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魔女と騎士  作者: 寒がり
1/2

1-1 ”騎士団”所属 ”騎士”ノックス 


『いつか私の事を忘れる時がくる、でもそれはきっと悲しいことじゃない。それはキミが私の事を忘れるくらい幸せな日々を送っている証拠』


 厚い雲に覆われ、雨が降る中、地面と雨が重なる音で他の音は何も聞こえない。それでも目の前で弱弱しい顔を、優しい笑顔を浮かべる彼女の声だけは鮮明に聴こえている。地面に両膝をつき、衣服に泥をつけようと構わない。


『こう........なった.......ときの......た.....め......手紙.......よん..でね』


 傷は深く、奇跡でも起きない限り治ることのないのは嫌でも理解してしまった。それでも彼女は呼吸するだけで走るであろう激痛を感じさせない素敵な笑顔で言葉を途切れさせながらも紡いでいく。


『ありがとう........!.......わたしの.........騎士様!』


◇◆◇◆

 

 目覚めは思っていたよりも落ち着いていた。二年も前の光景を未だに夢で鮮明に見る辺り、未だに当時の件を引きずっているのだと自分自身に言われている気がしてならない。外の景色を遮る布から漏れる暖かな微光を布を動かすことで朝の見慣れた景色が視界に映る。既に朝の市場は人で賑わい、そこにいる人々の表情には幸せを感じさせるものがあった。


 市場の人込みを見詰め、眠気から完全に目が覚めていない脳であったが、それでも今の時刻が昼に近いものなのだと分かった。


「やらかした.........まずい!」


 動揺から来る焦りで意識ははっきりと寝台から飛び起きる。寝巻姿から普段の仕事着に急いで着替え、洗面台の前に移動すると大きく天に上る寝ぐせを水で濡らし、他の部分だけは直す時間がないと諦め、顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べることもせず、ドタバタと激しい足音をたて、玄関で靴を履き、そのまま扉を開けて家を飛び出した。


「おいノックス!遅刻か!!先月もやってたろ!?」

「良い歳こいて何やってんだい!!」

「これ以上降格処分食らうといよいよクビになっちまうぞ!」

「うるせえ!!」


 通勤路には家の窓から見下ろせる市場がある。そこで店を構える人々はノックスにとって顔なじみであり気心知れた仲の関係。ノックスとは一回りも二回りも歳の違う市場の人々ではあるがノックスの口調は崩れ、それだけで良好の関係だというのは傍から見ても明らかであった。


「ノックス!」

「あ........おっと」


 走りながらも名前を呼ばれ、止まることなく振り向こうとすると林檎が一つ飛んできた。林檎はノックスの進んだ先を読まれていた場所に投げられ、それは見事にキャッチすることが出来た。


「会議で腹の音が鳴らねえように少しは何か入れとけ!」

「ありがとう!!」


 石造りの建物、階段、人々の行き交う隙間を抜けながら今度は大きな広間に辿り着く。そこはメガロスという国で一際有名な観光場所【英雄像】が置かれるエウリュス広場。近所にある小さな市場ではなく、エウリュス広場には観光客を目的とした出店や大道芸で人々の注目を集める人達など賑わいは都市一番と言ってもいい。


 その広場の端、つまり人の少ない場所を通り抜けノックスはエウリュス広場を後にした。人の集まりが最も多い場所であるエウリュスを抜け、そこから全力で走ること数分。ノックスはようやく目的地であり自身の職場である巨大な建物へと到着した。


 そこは「騎士団本部」と呼ばれるメガロスの騎士と兵士達が集まる組織の本部の建物だ。周囲を鋼鉄の柵で覆われ、敷地内に入る為にある門の数が二つ、各二名の兵士が門番として常時警戒状態となっている。


「...........」

「........はあ」


 ノックスは役職上門番を担当する兵士よりも数段上の云わば上司のような存在。しかし急いで門を通るノックスを見る彼らの目は尊敬などではなく呆れと勤務中の気の緩みをもたらす厄介者のような眼差しであった。


 敷地内に入り、建物の中に入るとこれまでの道のりのような全力疾走ではなく、早歩きで広いロビーを抜けていく。既に太陽が真上に昇りそうになっている時間帯、ロビーには騎士団に勤める内勤の人間がちらほらといるがその中を急ぎ足で突き進むノックスはどう見ても異端者であった。内勤の同僚達に軽い会釈で挨拶を交わしながらノックスは目的地、団長室の前へと到着した。扉の前で息を整えると準備が出来たと思い扉をノックする。室内から入室の許可の言葉が聴こえると扉を開けた。


 室内にいるのは団長室の席に座る一人の男性だけだった。白髪頭のオールバックに制服の上からでも分かる鍛え抜かれた体躯を持つフォス・スリロスだ。フォスは書類仕事をしていた中、入室してきた相手がノックスだと分かると書類から視線を上げ、ノックスへと向かった。


(この人の前に立つと普通に緊張するんだよなあ)


 ノックスにとってフォスは兵士時代からの上司であり、そこから数年の時が経過した今でもこうして相対した時の緊張感は初心のままである。


「ノックス。これ以上今の生活態度のままだと団長である俺もお前の味方をすることは難しいぞ。騎士団会議でお前の名前が挙がる度に俺を含めた数名が擁護している。それに”魔女会”の長もお前には期待しているんだ。彼女の面子、我々の面子の為にも少しは”騎士”としての志を持って欲しい」

「.......分かってます。すみません」


 団長の言葉は全て正論であった。以前までのノックスと違い現在のノックスの仕事ぶりは騎士団という厳格な印象のある組織において自堕落であり市民からは悪い印象を持たれかねない。それを自覚しているからこそフォスの言葉にノックスは謝罪の言葉を口にするしかなかった。


 ノックスは理解していた。とある一件で自身の役職が()()()から()()の一段階の降格処分だけで済んだのはフォスの云った通り多くの人間が自身を守った上なのだと。そもそも騎士から聖騎士に昇格するには第三者の介入が必須事項であり事情を知らない人間からすればノックスが騎士に降格したことに対して特に思う部分はなかった。任務の最終的な顛末を辿ればノックスの処分は本来であればもっと酷いものになっていた筈だが、その事情を知る人間はごく僅かであり情報統制がされている。


 だからこそ現在もノックスは騎士団に”騎士”という役職で籍を置いている。それを重々承知しているノックスはフォスに対してただ謝罪の言葉を述べるしかなかった。それしか返せるものがなかったからだ。


「.........今の騎士団は人員は確保されているが質は厚くない。その理由は?」

「大戦以降、入団希望者及び学園への入学を希望する者達の数が年々減少傾向にあること.....ですか」

「そうだ。毎年学園から騎士団へそのまま入ってくる兵士の数はそれなりに確保されてはいるがその数も徐々に減っている。加えて何かしら問題を掛かえている若者が多い。新規兵士の割合で見ると翌年まで在籍している者など五割程だろう。他の者は個人的な事情でやめていくがその三割は精神面に問題ありと判断された者達だ。実力が伴っていようとそのような者達を騎士団に在籍させ続ける訳にはいかない」

「そんなにですか.....」


 騎士団の主な仕事は街の治安維持と街の外からやってくる脅威の排除。常時街に入る入口には兵士十数名を配置し、広い街を巡回する為の人員に街の主要機関の護衛など常に騎士団の人間が街中にいる。それに加えて書類仕事をこなすための人員まで確保と、希望者減少という厳しい状況に流石のフォスも苦労を隠せないでいる。加えてそのような問題を抱えているのだから現在問題を起こしていると言っても過言ではノックスは更に肩身が狭くなる想いであった。


「というわけで.......お前には新しい任務を与える。これがその書類だ」

「(というわけで?)分かりました」


 そう言い手渡された書類は正式にノックスが担当することが決定している次の任務について記載されている書類だった。


【騎士団所属”騎士”ノックス。汝に魔道騎士学園での特別講師の任を与える】

「...........」


 話の流れ的にそうでないかと思っていた。


「人員の数はこの際どうでもよい。気にするのはその質を高めることだ。学園に対し現役の人間を一人、騎士団と魔女会から各一人任命される。選出する人材に対して特に学園から条件を提示されている訳でもなく各組織の人間、騎士団でいうところの俺と他数名で選んだ」

「.......」

「何だ、あまり良い顔をしないな。実戦から少し離れていることも選んだ理由の一つなんだが」

「いえ、学園に対して俺の身分だと少し嫌な懸念がありまして」

「というと......?」

「魔道騎士学園って役職とか関係なしに人の地位で判断するっていう生徒が多いと耳にしたことがあります。貴族の人間も多く、それの相手をする教職の方々もそれなりの地位を得ている家の人間が多いとも。その中で俺は平民ですし、ましてや学園には通っていないので特別講師として出向いたとしても良い顔をあまりされないのではないかと」


 魔道騎士学園は、国が魔女と騎士を育成するために設立した教育機関。国中から優秀な魔女と騎士の卵達を集め未来の優秀な魔女と騎士を育てる古い伝統を持った学園だとノックスは記憶している。しかしそれと同時に入学する生徒の多くは何かしら高い身分に名を連ねる家の出身者などが多く、平民という身分の生徒はそのような家柄の良い生徒から差別されているという嫌な噂も聞いたことがある。


 ノックスはその噂が真実がどうかなど対して気にも留めていないが、噂が絶えることもなく、そして先程団長の口から語られた学園卒の兵士の精神面問題から、噂が本当であると自然と行き着いてしまった。


「安心しろ良い顔をされてないっていうのは現状と何も変わらない」

「.......はい」

「ノックス、お前はもう少し自信をつけろ。今回お前を特別講師に選んだのは確かな実力があると分かっているからだ。その期待に応えてくれよ」

「分かりました」


 フォスの励ましで渋々ではあるものの任務を正式に引き受けることにした。


「任務開始は三日後、期間は約三カ月。その後の任務は今のところないが学園の状況次第でもしかしたら期間延長の可能性もあるかもしれん。その辺を視野に入れつつ任務に当たってほしい。話は以上だ」


 ノックスは「.......失礼しました」と短くフォスに伝え団長室を後にした。


◇◆◇◆


「はあ........」


 ()直属の部下の気の抜けた後ろ姿が部屋からいなくなり、再び一人となったフォスはすぐさま溜息を吐いた。勿論その原因は今しがた団長室を出て行ったノックスにある。


 騎士団は団長を頂点に、聖騎士、騎士、兵士と四段階の階級に分けられている。内勤職の職員に関しても同様の階級が存在し、現在ノックスが籍を置いているのは”騎士”で中間の位置に属している。


 情報の混乱を防ぐため基本的に”団長”から”聖騎士”へと情報の伝達や任務の内容が行く。”聖騎士”には十数名の直属の部下をつけることが出来、その人数の規模は”聖騎士”の個人差にもよる。勿論部下を必要としない”聖騎士”も存在し、以前までこの階級であったノックスはこれらの分類に入る。


「...........」


 フォスは上へ顔を向け目を瞑る。思い起こされる記憶は”聖騎士”だった頃のノックスの頼れる姿だ。元々騎士団を志望するようなありふれた馬鹿真面目の若者ではなく、どちらかと言えば怠け者のような印象ではあった。しかし人一倍努力家で市民に対しての評価は当時の兵士の中では一番高かった。評価に実力が追い付き、いよいよ”騎士”へと昇格し、魔物との闘いではかなりの戦果をもたらした。”聖騎士”に昇級してからは他の同僚達と違い部下をつけないで相棒の二人きりで任務にあたることが殆どであったが、どれも十分な成果と結果を団長室へと報告にきてくれたものだ。


 だからこそ本当に優秀な”聖騎士”の一人として数えていた部下があれほどまでに堕落しきった日々を過ごしているのはやはり()()()()()()一件が未だに尾を引いている。


 この仕事をしていると誰かを亡くすことなど最早慣れ切ってしまっている自分がいる。団長という責任が常に伸し掛かっている中、部下の死亡報告書、死傷者の数が記載された報告書などを見ると嫌な気分にもなるが「またか」と悲しみの感情が徐々に湧かなくなってきている瞬間が一番嫌になる。


 人として正しい感情をしているのは間違いなくノックスの方だ。しかしこのまま潰れてほしくはなかった。それが団長であるフォスの純粋な願いだ。


「この任務で少しでも気が変わることを祈ろう」


 フォスの願いは誰にも聞かれることはなかった。



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