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暗中模索

 ベッドに入ってから三十分。うっかりといつも通りに目を閉じて眠りそうになるのを堪えて、そっと起き上がる。

 枕元に沢山の小説を運んで、続きが気になって夜更かししてしまったの……と普段よりも寝る時間を確保したのを無駄にしてはいけない。


 部屋の真ん中に膝をつき、両の手を床へくっつける。毛足が短くともふわりとした絨毯のおかげで冷たくもないし、痛くもない。そしてそのまま目を閉じる。ふぅーと細く長く息を吐いて、吸う。じわじわと指先まで温かくなるのは、魔力がそこへ集まっているから。集めた魔力を床へ這わせて、少しずつ伸ばしていく。


 下へ、もっと下へ。伸ばした魔力は私の腕、私の足。廊下を隅から隅まで歩き回っている感覚で、住み慣れた場所の中から違和感を見つけ出せ。


 焦って魔力を流す量を増やしては、誰かに気が付かれてしまうやも。卵を持った時よりも大人しく、他国の貴族へ挨拶するよりも穏やかで上品に。そうやって丁寧に枝を伸ばす。


 どれくらいそうしていただろうか。

ぷはっ、と息を吐いて床にへたり込んだ。


「ちょっと、広すぎるわ……」


 ユーリアは魔力制御は得意な方と自負している。量も多いがそれ以上にコントロールを、魔力関連の教師に褒められてきた。

たとえば、王城よりも広い草原で縫い針を一本落としてもユーリアは見つけられる。ただ、それは魔力を無尽蔵に広げていい場合、に他ならない。


 今みたいに私利私欲でしかない探し物を、誰にも見つからないよう慎重に、となると草原より狭くとも一瞬たりとも気が抜けない。

 地図に載っていない所を探っているなんて、下手をすればクーデターを計画していると勘違いされる可能性もある事くらいは分かっている。勿論それは考えうる中で、一番最悪の可能性だけれど。


「うぅ……くらくらする」


 緊張感と魔力消費の疲れが、どっと降り掛かってくる。床につけていた両手を払いながらゆっくりと立ち上がり、ベッドへ腰かけるとサイドテーブルに置いてある水を、コップ一杯喉へ流し込む。常温になっている水が、魔力を使ったことでほんのりと上がった体温には気持ち良い冷たさに感じる。

「別に、全体を一度に見なくったっていいのよね」

 腕組みしながら頭の中で城内の景色を浮かべていく。明日はこの辺りからこの辺りまでがいいかもしれない? あぁでも、向こうの方も気になる。無理のない範囲で集中力が持つ時間と消費魔力量は今日で掴めた。それを基にして城内を数個にブロック分けをしながら、口元にはついつい笑みが浮かんでしまう。

 恩人に会えるとは限らないのを理解しているが、しかし目的の人が見つからなくとも、ひっそりと存在する場所へ行くのは面白そうだと思ってしまうのを止められない。


 でもユーリアには不思議と、またあの人に会える気がしていた。なんの根拠もない自信と勘だが、こういう時は当たるものだ。


 今日はさっさと寝て起きたら脳内に組んだ予定の場所から見てみよう。そうと決まれば、目を閉じたユーリアはスイッチが切り替わったように夢の中へと旅立って行った。


  ◇  ◇  ◇


「……ここも外れ!?」

 あれから三日が経つというのに、さっぱり手応えを感じられない。今日は城から出て、ガゼボでお茶をしながら探ってみているというのに。連日の探索で、何食わぬ顔で地面を探るのも慣れたもの。私はただ紅茶を楽しんでいますよの表情で、物伝いに魔力を流していた。

 しかし、こうなってくると六歳のあの日の記憶すら疑わしくなってきた。実は、悪い夢でも見ていただけなんじゃないかと思いたくもなる。だけど悪い夢だったにしては、あの暗闇の中で味わった孤独と恐怖には現実感があった。


 きちんと端から順番に、見逃しがないよう調べているのにどこにも違和感がないという事が、逆に違和感となって浮かんでいた。

「隠し通路だから、隠れてて当然とはいえ……」


 呟いてはっとした。正真正銘、隠されていると。


 三日間、建築物として構造の違和感を探ればどこかで通路に繋がるだろうと思っていた。しかし、その通路も入口も魔力で隠蔽されていたとしたら?


 魔力は便利で万能感すら思わせるが、その実、魔力の質や量、そのどちらかが上の相手には太刀打ち出来ない。その実力差は、魔道具の助けを借りてもひっくり返せるか怪しいもの。つまり、何も感じさせないくらい隠すのが上手く、かつ魔力量の多い相手が存在するのが確実となった。

 ユーリアは、父王よりも魔力量が多めではある。母は筆頭公爵家から嫁いできたので魔力量は父より少なく、兄も王族だから潜在的に多いがそれでも父より下か同じくらい。双子は幼くて、思い通りに魔法を使うのはまだ出来ない。

魔法をきちんと扱えるようになるのは、早くて八歳を超えたくらいからが通常だ。だからあの時の自分は暗闇の中で魔法を行使するなんて考えもなく、泣いて歩くしか出来なかった。


 冷め始めた紅茶を一口、二口。好きな香りを意識して、気持ちを落ち着かせた。

 たとえどれだけ上位の相手だろうが、魔法を使えばわずかにでも痕跡が残る。だったら自分が探すべきは直接の通路ではなく、何かを隠した跡。


 ユーリアの悪い癖がゆっくりと頭を擡げる。

難問好き。それだけ聞くと決して悪い事とは思われないが、もっともっとと貪欲に求めては色々な師を困らせてきた。学問、マナー教養、魔法、その他色々。生徒の学ぶ意識が高いのは教師として喜ばしいことであっても限度はあった。

 代々の王族が引き継ぐ美しいと言われる相貌が、きらきらと大きな目を輝かせて難かしい問題をくれ、と乞うのだからなんとも言えぬ圧がある。そうして悩みに悩んだ数名の教師は手を組み、ユーリアの求める難しい試験を用意してきた。それらは、ユーリアが魔力制御に長けている理由にも繋がる。


「ユーリア様、そろそろ冷えてまいります。中へお戻りに」

 少し距離を置いて控えていた侍女がそっと声を掛けてきたのに、こくりと頷いて立ち上がる。

「えぇ、部屋へ戻るわ、片付けをお願いね」

「はい」

 弾む声は楽しさを一切隠せていないが、侍女はまた何か悪戯が考えついたのかしらと思う程度で深くは聞かない。家族も家臣も、王女は国や民が不利益を被るような事はしないという信頼を持ち、何より楽しそうにしている王女が好きなので、本人の自覚以上に甘やかされている。


 部屋へ戻る途中、父王と出会った。

「おや、ユーリア」

「お父様! この時間に執務室以外に居るのは珍しいですが……何かありましたか?」

「人と会っていたんだよ。ユーリアは少し冷えているようだ。きちんと暖まりなさい」

 父王は髪型を崩さない程度に頭を撫でると、執務室の方向へと歩み出した。成人としてのデビュタントを控えているのに子供扱いして、と思いながらも、父に頭を撫でられるのは好きなので何も言わず礼で見送る。普段通りの触れ合いの中、初めて城の中で違和感を見つけた。


 見知らぬ魔力の香りを、父の手から微かに感じたのだ。

気にしなければ気付かない程度でも、王である父に残るのはおかしい。攻撃をされたと言える程に苛烈なものではないし、治癒を受けたにしてはあまりに薄すぎる。

 その些細な、ともすれば記憶からすぐに居なくなってしまいそうな魔力痕を忘れる前にと足早で自室へ急ぐ。


 夕食まで本を読むと伝え侍女を下がらせると、早速先程と同じ香りの痕跡を見つける為に意識を城内へと伸ばし始める。


「…………見つけたっ!」


 時間にしてたった数分。父に残っていたのと同じくらいに薄く、周りに簡単に溶け込めるくらいに自然な魔力痕を見つけるのに成功する。

 その場所は、国随一の蔵書量を誇り王城内でも一、二に大きな部屋として誂えられている、図書室だった。

確認はしていますが誤字脱字等あったらすみません。


読んでいただき、ありがとうございます!

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