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思い出す色

「確かこの辺りだったはず……」


 ユーリアは遊び疲れてウトウトし始めた双子の弟妹、トゥールとジュリアを侍女に預け、幼い日の記憶を頼りに裏庭へとやって来た。

「どう見ても、ただのタイルだわ」

 あの日のようにぺたりと掌をつけてみても、何の変哲もない石で出来たタイル。その隣へ、更にその隣も。手を動かして触れてみても、開く為の仕掛けは見当たらない。

 ――実際には今ユーリアの立つ場所から数歩先が扉になっていて、しかもこの通路はあくまで城内からの逃走用。内側から開く為だけの扉だからもし外から見つけたとしても意味がないなんて、知る由もない――

 勿論、最初に入り込んでしまった場所辺りも探してみたが、既に埋められたのか隠されたのか、それらしき物は見つからなかった。


「お兄様に聞いても分かりっこないもの、ね」


 ここに来る前にとりあえず聞いてはみた。「ねぇ、私昔かくれんぼをしていた時に」そこまで言った時点で兄王子、カーディルは思い出したのか眉を寄せて不満気な声を出した。

「あぁ、あの時はまさか裏の方へ隠れに行くなんて考えてもなかった。トゥールとジュリアは大人しいから遊んでいても楽だろう?」

「他の子供と遊んだことがないから楽かどうかは分かりませんわ」

「カエルを追いかけて湖に落ちかけたりしないなら、楽なものだよ」

「あれは! ……少し、滑っただけで」

「それ以外にも……」


 こうして、聞こうと思っていた事は聞けず、ただただ自分のしでかしたお転婆話を聞く羽目になってしまったのだった。

 今でこそ侍女に毎日梳いてもらっている白金の髪は緩めのカールが背中の中程まで届く長さでキラキラと輝いているけれど、確かに昔は巻いたカールが夜まで保たない日が多い程に動き回っていた。髪どころか、ドレスに葉っぱや土をつけたのも数えきれない。

 流石に十歳を過ぎる頃から徐々に落ち着き、小さな頃を知らない人ならばお転婆具合を想像出来ないくらいには猫を被れるようになった。

 だから五歳になった弟妹達と遊んでいる時も、もっと動き回っても大丈夫なのに……と考えているのは内緒だ。だって遊んでいるのだもの、仕方ないでしょう? 用意していた言い訳を使う日は果たして来るのだろうか。


 探している扉は見つけられずに、無関係な方向へと思考を進ませていると城内の見張りの騎士に声を掛けられた。

「ユーリア様、何か落とし物でしょうか?」

「あ、いいえ。ほら、ここのタイルはいつ見ても素晴らしいと思って」

「そう、ですね……?」

 特に飾り立てられていない場所を突然褒めるのは苦しかったか。不思議そうに首を傾げつつも騎士は肯定をくれた。ユーリアは、ふふふと上品な笑みを意識しながらそっとそのまま踵を返し城内へと帰る。


「地下の通路なんて、城の見取り図にも書いてないもの。お父様に聞くしかないのかしら」

 聞いたところで教えてくれるのかも分からないが、少しでも情報を得るには必要な事ではあった。ただ、何の為にと聞かれた場合どうすれば良いのかが考えつかない。

 あの日、地下で迷った事は自分以外は知らないのだ。叱られて起きた後、誰一人として地下だの隠し通路だの言わないものだから、話さなくていいかと思って、大泣きしたのも迷子になったからではなく兄が探しに来ない寂しさから、となっている。

 それに、本当の事を言ったら余計に叱られるのではという、子供心もあった。


 明らかに入ってはいけないであろう場所に入り、見ず知らずの青年に助けられた。でもだからこそ、あの青年は誰なのか気になる。

 城に勤めているとしたら、十年間一度も見掛けないのもおかしい。薄くなった記憶の中にも残る、王城勤めにしては粗野な口調。王族にあんな口調で仕えていたら、不敬罪で捕まっているはずだが、そういった人物が罰された記憶も記録も無い。


 はぁ。ユーリアの口からは、意識せず溜息が溢れる。もう、声の質だってはっきりとは思い出せない。追いかけた背中は黒っぽい服を着ていた気がするけれど、ランタンしか光源が無かったのだから、本当に黒だったのかも確信が持てない。

 それでも、扉が閉まり切る前に見えた白であろう髪と、銀色の瞳だけは間違いが無いと言い切れる。


 あんな綺麗な色を持つ人なんて、他では見た事が無いのだから。


 この国の王族の持つ紫がかった瞳も珍しい物として扱われている。白金の髪と青の瞳は貴族にも居るが、青に差す紫は、王族の血が混ざらない限りは現れない。そしてどんなに瞳の青が濃くても薄くても、紫色は浮かび上がる。

 魔力がそうさせるのか、妖精の祝福を受けた血だからなのか。理由は分からない。

 脈々と語り継がれてきたのは、セレスティアを建国した初代王の瞳は紫だったという。そして初代王の妃の瞳が青。それが混ざり合って、それ以来その二色はずっと瞳に残っているという。

 これは、白狼王と妖精姫という名で、子供向けの御伽噺として絵本にもなっているから国民であれば知っていて当然のお話だ。


 初代王は、全身に魔力を巡らせ白い大狼になれたらしい。だから、白狼王。妖精姫が本当に妖精だったのかは知らないけれど、絵本では妖精として描かれている。この世界に魔法はあるが、妖精の存在は不確か。

 そして残念な事に、今では潜在的な魔力はかなり弱まり、王族と一部の貴族はある程度ならば自由に魔法を行使出来るが、一般貴族と平民は精々が暖炉に火をつけたり、ランプ代わりに出来るくらいの光の玉を発現させるなど、生活魔法を不便じゃない程度に扱えるくらいなもの。魔力に困った事が無いユーリアでも、動物の姿へ変化するまでは出来ないので、昔の人なら本当に出来たと信じられない。

 

 フワフワと取り留めない思考のまま、自室に戻りソファへ腰を落ち着かせる。

 地下の通路。白い髪、銀の瞳。言葉少なに私を助けてくれた人。あのまま暗闇の中で迷い続けていたら……考えただけでゾッとする。

 命の恩人を探したくても、十年前の話をお父様へ持ち出して、今更怒られるのも少し……いやかなり嫌だわ、と頬に手を添える。

 

「そうだわ、探知魔法で地下へ通じる場所を探せばいいんじゃない!」


 名案が浮かんだとばかりに座ったばかりのソファから立ち上がると同時、ノックの音が部屋に響いた。

 もしや今の言葉を誰かに聞かれてしまったか、と冷や汗が滲む。

「な、なぁに?」

 動揺を隠しきれない声色で返事をしたが、侍女は慣れた表情で扉を開き一礼をした。

「トゥール様とジュリア様がお目覚めで、一緒にお菓子をと」

「分かったわ、二人の部屋へ行くわね」

「はい、失礼します」


 静かに扉を閉じた侍女は、全くと言っていい程いつも通りだった。

 お転婆と言われ続けているせいだろう、少し態度がおかしくても何か悪戯でもしたか、考えていたと思われている節はある。

 椅子に座ると音が鳴るおもちゃを仕込んでみたのはいつだったか。確か三年程前のはず。驚いた兄は椅子を見事にひっくり返したが、流石の王のお父様は何も気にしてない顔を作るのが上手かった。しかし仕掛けた夕食終わり、玉座には絶対にしてはいけないよ、と恐い笑顔で言われたのを思い出して身震いした。


「……ひとまず、探知をするなら寝静まってからにしましょっと。誰にも見つからないようにしなきゃね」


 デビュタントを目前に控えている年齢でも、父を怒らせるのは怖い。

 そしてどうせなら昼の内にしっかり寝て、夜中動けるようにしなくては。


 今からは弟妹とのティータイムが控えているので計画を実行に移すのは明日以降になってしまうが、可愛い二人との時間も大事だから仕方ない。子供は気付けば大きくなってしまう、を実感している真っ最中のユーリアは、お気に入りのスミレの砂糖漬けの入った飾り瓶を片手に持って廊下へと出る。

 その歩みは弟妹の可愛さ故か、明日以降の計画へ抑えきれないワクワク故か。今にもスキップしそうな程に、軽い足取りだった。

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