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幼い日のこと

 王城の中には、いくつもの隠し通路がある。

 戦争が激しい時代は、そこを通って敵国の兵から身を守る事もあったし、王族の命を狙う暗殺者から逃げた事もあると伝えられている。


 そして、行き止まりになっているだけのブラフもあれば、国境近くまで伸びるものも。王城内の別の部屋へ繋がっているものもある。何故作られたかの背景を考えれば当然だが、それらの道の詳細は殆どの人へ伝わっておらず、地図らしい地図も用意されていなかった。戦争を何度もしていた時代なら兎も角、平和が訪れて大分経っていて、有効活用はすっかりされなくなっていた。


 右手を壁に擦り付けて歩く。泣いて泣いて、目の周りどころか頬も痛い。

「おにいさま……、どこぉ……っ」

 ひくひくと細かく上がる呼吸で息も苦しい。それでもカビ臭い道を進む足は止められない。

 漸く六歳になった少女には、その方が悪手だという事に気が付けなかった。どんどんと奥へ進み、入ってきた場所から遠ざかっていっている。五つ上の兄が妹の消えた場所の近くへ人を呼び、探し回っている事など知らないのだから仕方ない。


 歩みを止めずに泣く少女は、ユーリアという。セレスティア国の、由緒正しい王族の血を持つ王女の一人。その証拠に今は蜘蛛の巣を引っ掛けた上に埃もついてしまっているが本来は美しい白金の髪と、珍しい紫がかった薄青い瞳をしている。

 普段から少々元気が良すぎる、お転婆と称されていた姫は兄王子とのかくれんぼの最中に見つけたひっそりと存在する地下へ続くであろう穴に被さった、破れた鉄格子を潜ってしまった結果が今の迷子であった。


 普段ならばもうすぐティータイムとなる時刻、くぅと小さな音を鳴らしたお腹のせいでユーリアは余計に寂しくなってしまった。

「うぅ、っお、に……おにいさまぁぁぁ!!」

 大声で泣くなんてはしたないと咎める人も居らず、一人の孤独と空腹にもう耐えきれずに大声でわんわん泣いてしまう。一国の姫といえど体力を消耗しないように、なんて考えられるはずもない子供だ。ずっと暗い中で頑張っていたけれど、もう限界だった。

 広くもない道幅と、ずっと奥まで続いていそうな空間は変に声が響くのに、聞こえるのは自分の泣き声だけ――のはずだった。


「さっきからうるさいな……、なんでこんな所に子供が居んだよ?」


 突然聞こえた声は、妙に鋭くユーリアの耳へ届いた。低い父王の声でもなく、まだ子供らしい高さの兄王子の声でもない。低くも高くもない、聞き慣れない声だった。

「だ、だれぇ……?」

「そっちこそ」

 しゃくり上げながらどうにか問うたのに、返ってきたのは同じく質問だった。その上口調も荒い。これは王族として生まれ育っているユーリアには初めての経験だった。

 それでも気にせず、汚れてしまったドレスを摘み淑女の礼をする。

「わたしは、セレスト・ティア・ユーリアです」

 泣いていたせいで肩は揺れるし、歩き疲れた足は膝が落ち着かずにぐらぐらする。教育係が見たら、卒倒ものの淑女の礼だがどうにかやれた。

「あぁ、お前……この国の」

 呟いた青年がぐっと近寄せたランタンが眩しくて、ユーリアは目を細める。狭まった視界には見たことのない青年の姿が映ったが、しっかりと見ようとする前にくるりと背を向けられてしまった。


「迷ったんだろ。こっち」


 詳しい説明なんて一つもせずに、さっさと歩き出されてしまう。怪しいだとか、誰なのかだとか。そんな物は些細な事でしかなかった。今この場に自分以外の誰かが居て明かりもある、それだけが救いで足を動かす。

 迷いなく進む背中を必死で追いかけると、少しだけ広くなった空間に短い階段、そして天井部分には石造りの重そうな扉がある。ユーリアにはとてもじゃないが開けられそうにない石扉を、片手にランタンを持ったままの青年がひょいと軽々上へと持ち上げた。

「ほら、さっさと戻れ。お前の事を探してる声が近づいてる」

 青年の横を抜け階段を上がると、王城の裏庭だった。探してる声なんて聞こえてこないと言いたくて振り返ると、閉じていく石扉の隙間から白く長めの前髪と、外の明るさに照らされた銀色のように光る瞳が見えた。完全に閉じる寸前、慌てて声をあげる。

「っ、ありがとう!」

「ん」

 短すぎる返事は、外へギリギリ滑り出た。ずずず、と重たい音の後ぴたりと閉じた石扉は、周りの石タイルの一枚に紛れてしまった。


 本当に今、わたしはここから出てきたの? そう誰かに聞きたいのに、聞ける相手など誰も居ない。ぺたぺたとタイルを一枚一枚触ってみても、ただひんやりとするだけだった。

 それに、あれは一体誰だったんだろう。名前を聞く事すら出来てないと気付く瞬間、ユーリア様! と涙声の侍女に抱き締められた。

 侍女はユーリアが汚れている事なんてひとつも気にせず、怪我はないかと身体を触って、頭を撫でて確認をする。よかった、よかった……、もう一度抱き締められて、やっと自分がさっきまで地下で迷子になっていた恐怖を思い出し、今はもう慣れ親しんだ侍女が目の前に居ることに安心して、ユーリアも涙を再び流した。


 その後は、王と王妃に父の顔と母の顔でしっかりと叱られて、普段泣いた姿なんて見せない兄が、ぽろりと涙を落とし「バカ」と言いつつ抱き締めながら怒られて。

 暗い中を延々歩いて泣いて、すっかり疲れてしまったユーリアは、身を清められると夕食も食べずに寝てしまった。本人不在のまま、かくれんぼをしてもいいと約束した範囲を超えて隠れてしまったんだな、と小一時間の行方不明は結論づけられた。

 時間もそう長くなかったし無事だった、汚れもきっと隠れた時についたんだろうと誰にも隠し通路に入ったなんて疑われる事は無く、聞かれない。そのままユーリアもいつも通りの日々を過ごすうちに、隠し通路を彷徨った記憶も薄れていった。


 だからあれから十年後、双子の弟妹と遊んでいる時に不意に思い出した「あの人は一体誰だったのかしら」という質問を、誰にしたらいいのか分からないのだった。

初投稿、よろしくお願いします。

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