エピローグ
25/02/22 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
25/05/06 後書きを修正しました。(3章→4章)
25/09/06 4章執筆完了に伴い、一部名称の変更、訂正を行いました。
レイアの葬儀から3年が過ぎている。
たった3年なのだが、人間を基準にした世界は、目まぐるしく変わり続ける。もちろん変わらないものもある。
葬儀の直後にロアンも冒険者を引退した。
彼女はレイアの死後、ストームポートに戻る船でそれを決めていたそうだ。
主大陸の故郷に戻ることも検討したそうだけど、今はアウターシティ――かつて建設中だったストームポートの新しい外郭地区――のメインストリートで宿を経営している。その名も『ロアンの掟』。それなりに繁盛しているようだ。ドロウの女衆のアルバイト先としても人気で、僕たちパーティのたまり場でもある。
Gさんは塔を構えてから、出歩く機会が少し減った。大規模な遠征などには同行するが、そうでない場合は塔で研究にいそしんでいる。
パーティには縁あってドワーフが一人参加している。パーシバルという名の屈強な鍛冶屋だ。
ドワーフがいることは、個人的には不本意だが、ドワーフにしては良い奴だと思う。
僕たちは南の山岳地帯の調査と交渉事から戻ったところだ。
「エリー、今帰ったよ。変わったことはなかった?」
教会に戻り、僕の不在の際に切り盛りしてくれているエリーに声をかける。彼女も16になる。
レンブラント主教(当時は司教)のもとで基礎を学んで、その後すぐに僕の教会に来てもらった。助祭ではあるが、基本的な奇跡の力を扱えるし、実務能力にも長けている。
教会を空けることの多い僕の代わりに、立派に切り盛りしてくれている、事実上のボスだ。
「はい、特に変わったことはありませんが、オーグの出産期で、子牛に祝福をお願いされることが多くて。あ、あと聖水の残りが寂しいので、あとでお願いします」
「分かった、補充しておくよ」
僕は聖堂に入り、遠征の無事を報告し、感謝の祈りを捧げる。
聖堂と言ってもこじんまりとした、50人ほどでいっぱいになるスペースだ。
豪華さはないが手入れが行き届いていて、心地よい空間だ。
そこから正面に行き、玄関前の庭園を一回り。小さな庭だが、僕のお気に入りの場所でもある。
中央にレイアの墓があり、小さな太陽の神の神像が建てられている。
『私の騎士レイア』か。
―そうだぞ?―
レイアの声が聞こえる。最近馴染んだらしくて、レイアの口数が増えた。正しい呼び名は<レディアス>。宿題の答えの一つだ。
入口まで行くと、ラッシャキンに帰還の報告に行っていたコマリが戻ってきた。
「ラッシャキンは何か言ってた?」
「父様は相変わらずです。今日もお出かけでしたよ、もう少し立場をお考えになればいいと思います」
コマリがそう言うが、それは僕にとっても耳が痛い。それくらいで許してあげて。
それからさらに墓地のスペースを見て回るが、ここはまだほとんどが予定地で、がらがらだ。
だけど一番端に一つ、小さな手作りの墓石がある。
そこにはこう書かれている。
―ヘイワード神父ここに眠る―
僕が作って設置したものだ。もちろん、神父はここには眠っていない。
ノスタルジーかもしれないが、教会を引き継ぎここに設置する際に、これも必要だろうと思った。かつての月神教会に僕が初めて葬った人の墓。
実際に誰も眠ってはいないが、僕はここに二人のヘイワード神父が眠っている、と思っている。
オースティンの悪行は許されるものではないと思う。それでも彼はそれ以前に多くの人を救ったのだ。その事実は消せない。
どちらも彼であることに間違いないのだ。
それは僕にとっての戒めでもある。
簡単に祈り、僕は執務室へ入った。
いない間に届いた僕宛ての手紙をいくつかチェックする。
見られて困るものはないので、エリーにチェックをお願いしている。なので急を要するものはないはずだ。それでも僕が内容を知らないのはいろいろと不都合が生じるので、戻った時に必ずすることの一つでもある。
その中で目を引くものが2通あった。
一通はエウリシュアから。彼は現在、かつてのセーブポイント――今はフレイムシティ――に駐在する聖炎の、南の大陸の総責任者になっている。
去年昇進してギヴェオン司教から引き継ぐ形となった。
星が落ちた後、巨大な湖ができて、その脇に三度目の都市建設が始まっていたが、またも災難に遭って、今回は4度目だ。
曰く付きの土地なので、場所を変えればどうかと思ったが、神がお立ちになった聖なる地、だそうで、あそこでなければならないらしい。
こういうところは聖炎って頭が固いと思う。何度でも立ち上がる姿には感服するしかないのも事実だが。
で、今の街は以前よりも規模がさらに大きくなっている。人間だけで1000人を超えて、いくつかのドロウの部族が近くに住むようになったので、地域の人口は3000を超えているはずだ。その中心地として発展している。
聖堂が完成するので、記念式典を行うから、メンバーで参列してほしいとのことだった。
一応異教徒なんだけど、いいのだろうか?
責任者が良いと言っているからいいんだろう。日時は10日ほど先。これなら参加できそうだ。あとでみんなに声をかけておかないと。
もう一通はギヴェオン司教から。今は枢機卿猊下だ。
去年本国に戻り大司教に就任、のち枢機卿兼・聖炎騎士団総司令になられた。後進の育成と、苦手な政治に邁進しておられる様子。
彼もフレイムシティの聖堂の完成式典に参加するために、ストームポート入りすると書いてあった。
船の予定は……明日入港予定とある。
出迎えに行かないと。相手は枢機卿猊下、聖炎の組織上でもトップに次ぐ偉い人なんだから。
手紙の内容をコマリに話してから、ロアンの店に行くことにする。
ザックとパーシバルはいると思うし、Gさんに使いを出してもらう必要もある。
エリーにロアンの所にいるから、と告げてから、アウターシティのメインストリートに向かう。
行き交う人たちが、気軽に声をかけてくれる。大半は顔見知りだ。僕は神父さんと呼ばれている。
司教猊下は大仰だし、気楽には接することができない。他の司教たちを同じように扱われても困る。
なので、僕は小さな教会の神父さん、というスタイルを通して、皆がそれに馴染んでくれた形だ。
ロアンの宿に入ると、結構な賑わいを見せている。まだ時間は早いのに、いいのかな、とも思うけど、平和な証拠だとも思う。
あれ? こんなことを昔思ったことがあったような。
僕が店に入るとそれに気がついた客たちが一斉に立ち上がる。
「ああ、気にしないで」
そう言って皆を座らせると、カウンターに座る。予想通り、ザックとパーシバルもそこにいた。
「なんだ。お偉いエルフ様じゃないか。一日に何度もご尊顔を拝したくないんだけどな」
パーシバルが悪態をつくので、少し付き合う事にする。
「ああ、パーシバルか。驚いたよ、ジャガイモ袋がしゃべったのかと思った」
その様子をザックが笑いながら見ている。
ザックには表情はない。なのだけど、彼は人の感情や表現に随分と慣れて、理解が進んでいる。
昔の彼だったらケンカの仲裁を始めただろう。だけど彼は今のやり取りが僕たちの挨拶だと理解して、それを面白いと感じているのだ。
時折、僕は彼の変わるはずのない顔に、笑顔や、不快感、悲しみや喜び、といった表情を見る。
彼が人として成長しているから、それが僕に伝わるんだと思う。
「おかえりアレンちゃん、コマリ」
カウンターの奥からロアンが出てきた。
知らない人が見たら宿のお手伝いをする子供に見えそうなのも以前のまま。
「アレンちゃん、いま言っちゃいけないことを言ったでしょ?」
ロアンの鋭い視線が僕を射抜く。こういう所も相変わらず鋭い。
「ああ、たしかに。ゴメン、コマリ、僕は今ロアンが今日も可愛いと思ってしまったよ。許してくれる?」
ロアンには答えずコマリに話しかける。
「ええ、もちろん許します。ロアンがお気に入りなら私の次の妾にしてもかまわないですよ?」
いや、そういう話じゃないから。
「ま、それなら仕方ないね。で、なんか飲む?」
「僕はエールをもらうよ。コマリはどうするの?」
そうコマリに聞いた時には、コマリの前にはクリームをたっぷり添えたパンケーキと、少し濃いめの豆茶を牛乳で割った飲み物が置かれていた。
ロアンの対応が、早すぎて怖い。
「パーシバルもエウリシュアは知ってるよね? 彼から聖堂の落成式に招待状が届いてるんだ。式は10日後だけど、2、3日のうちに出発することになるから予定を空けておいて。ロアンも大丈夫だよね?」
「数日いなくても店は回るから大丈夫だよ。Gちゃんにも連絡してあるの?」
「ううん、僕も手紙を確認したのがさっきだからまだだよ。使いを出しておいてくれないかな」
「うん、分かった。セーブポイントかぁ、懐かしいね。あたしはこの3年セーブポイントには行ってないからね、久しぶりの遠出だよ。
あ、あたしは一般人なんだから、ちゃんと護衛をよろしくね?」
「ロアン、あなたが一般人だとしたら、私は人間以下ということになってしまう」
ザックが言った。これはジョークなのだろうと思う。でも笑って良いかわからない。ロアンが「ゴメン、あたしが悪かった」とザックに謝っている。
腰の鞘がカタカタ、と音を立てる。そうだった。
「ザックのジョークで思い出したんだけど、明日、ギヴェオン枢機卿がストームポートに来るよ。連絡が来てた」
「司教はレディアスをまだ知らないよね。きっと驚くだろうね」
「ロアン、枢機卿、だよ。本人の前で間違えたら失礼だからね?
でも、そりゃ驚くと思うよ。剣に『おっさん、久しぶりだな』なんて話しかけられた経験はないだろうし」
腰で再び鞘がカタカタと鳴る。
「そうだね、彼の執行者も知性ある剣らしいから、意外と慣れてるかもしれないね」
そんな他愛のない会話が続いている。
そんな中、ふと考えた。
幸せは同じ形では続かない。この場にいる人たちは、ザックとコマリは分からないけど、ロアンにしてもパーシバルにしても、酒場の客たちにしても。
僕よりも先に旅立っていく。もちろん僕やザックにしたって、コマリもそうだけど、明日も普通に生きていられるとは限らない。
当たり前の幸せなんて、どこにもないんだ。
「ほら、コマリ、生クリームが口の脇についているよ」
そう言ってコマリの口元を指で拭い、自分の口に運ぶ。
にっこりと笑うコマリ。
それでも、今日という日は幸せだ。明日もこの幸せが続いてほしい。
だからできることはちゃんとしないと。
なんでもない平和な夜が訪れて、人々の日常は続いていく。
今夜も月の光が静かに世界を照らしていた。
エピローグに関してましては、当初構想の4章終了後の話となります。
4章執筆完了に伴って、役職等を一部変更しております。内容に関しては変更はございません。




