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God Bless You !!  作者: 灰色狼
第二章 月影の司教
89/90

82:月影の司教 ≪ビショップオブザムーンライト≫

25/02/22 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。



 東の空が白み始め、僕にとっての祈りの時間が訪れる。

 僕は礼拝所の外に出て、東の空に向かい、祈りを捧げる。

 祈りの中で新しい奇跡の行使が許されてゆく。

 僕はこの日、当面の目標としていた奇跡の行使が許された。


 祈りを終えて立ち上がると僕の隣で司教が祈っていた。

 天上神(セレスティアン)系の司教と聖炎(ホーリーフレイム)の司教が並んで朝の祈りを捧げる光景って、多分よそでは見られないと思う。

 僕はそのまま司教の祈りが終わるのを待った。

 司教が立ち上がり、僕に話しかけてきた。


「アレン、これからも私は若いパラディン達を世に送り出すことになる。その際にレイアの話をしても良いだろうか。

 彼女の生きざまは、よい教訓になると思うのだ。

 私は自分に問うてみた。16年間神との対話を封じられても、パラディンであり続けることが出来るだろうかと。

 正直に言うと自信はない。だが彼女はそれをやってのけた。のみならず、仲間を救い、世界を救った真の英雄だ」


「司教、しかし、教義的に悪神との契約はマズいのではないですか?」


「それは言うとおりだ。聖炎としては即時破門、死罪は免れないだろうよ。

 だが、それでも彼女はパラディンであり続けたのだ。神は彼女を見放さなかったし、彼女は神を信じ続けた。

 だからこそ、この話を若い者たちに聞かせてやりたい。

 何が正しく、何を信じるのか。そのために何を為すのかを考えさせたいのだよ」


「司教にそこまで言っていただければレイアにも異存はないでしょう。

 本人はきっと、そんなに大したことじゃないって、と言うとは思いますけど」


 僕はそう言って司教に笑った。

 彼も笑顔で答えてくれた。

 僕は考えていたことを行動に移す。


「司教、失礼ですが、右腕を見せていただけますか?」


「御覧の通り右腕は無いが?」


 そう苦笑いしながら肩から下が失われている右腕を見せる。


「少し、失礼しますよ」


 そう言って、月の聖印を宙に描く。


「聖炎の神に私がこの者に癒しを与えることをお許し願う。わが神よ、御力にて奇跡の御業をしめし給え。再生(リジェネレイト)


 僕は司教の右手部分に手をかざす。

 ゆっくりと光が集まり彼の右手の姿を形作ると、さらに光が集まる。

 光が揺らぎながら実体へと変化を始めて、徐々に光が弱まっていく。

 そして1分とちょっと後に、光は完全に消えた。


「ふう、上手くできたようです」


 司教は自分の右腕を触り、驚いている。

 そんなに驚かなくても、再生の奇跡は受けたことがあるだろうに。


「アレン、再生の奇跡が使えるのか?」


「はい。覚えたてのほやほやです。司教には申し訳ないですが、実験に付き合っていただきました。

 すぐにはお戻りになれないでしょうから、利き腕が無いのは不便だと思いますしね」


「ありがとうアレン。助かるよ」


 そう言って戻ったばかりの右腕で握手を交わす。


「アレン、この後の予定は?」


「はい。棺の準備ができているようなら、今朝出る船でストームポートに戻ろうかと思っております。

 間に合いませんでしたら明日か、それとも明後日か、いずれにせよレイアを太陽の神(ソロス)の見守る場所に埋葬してあげたいですから」


「そうか、それが良いだろうな。

 私は撤収組が戻ってくるのをここで待つ。状況を確認して、入植者の仮住まいが落ち着いたら街に戻る予定だ。

 まだ未払いもあるしな、街で再び会おう」


 そう言って、司教は宿の方に歩いていく。少し寝るのかな。

 僕は酔いつぶれた仲間たちを放置して、棺を頼んだ雑貨屋に向かう。店を開ける時間には少し早いとは思うが、船に間に合わせるためにはこの時間に行くしかない。案の定店はまだ開いていない。というか、まだどの店も開いていない時間だから仕方ない。

 ドンドン、と扉を叩き、


「朝早く申し訳ない、どなたかおられませんか?」


 少し大きな声で呼びかける。

 少しの間の後に、店主が出てきた。少し不機嫌に見えたが、僕を見ると表情を引き締めて深く礼をした。


「司教猊下自らお越しとは、光栄の至りにございます」


「改まらなくて大丈夫ですよ。私は庶民派ですから」


 そう言って笑いかけてから、


「朝早くに本当に申し訳ない。お願いしてある棺なのですが、準備の方はどうでしょうか?」


「はい、サイズが特殊ですのでまだ準備中にございます。もう少々お時間を頂ければと」


「無理を承知でお願いなのですが、今日中に何とか仕上げていただけないでしょうか?」


「は、職人一丸となりまして、ご期待に添えるよう努力いたします」


「本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」


 僕は主人に頭を下げてから、礼拝所に戻った。

 コマリとローズは、片付けの最中で、ザックは礼拝所前を掃除していた。


「おはよう、今日の船には乗れないので、もう一泊は決定だよ」


 そう告げて僕も後片付けに加わる。

 片付けているとコマリが話しかけてきた。


「アレン様、その、不謹慎かとは思いますが、伺ってもよろしいでしょうか?」


 コマリの質問に、少しドキッとする。昨日の夜の話が蒸し返されるのか?


「なんだろう?言ってみて」


 僕を表に出さず、そう答えた。


「不謹慎なのは承知で申し上げますが、私はレイアさんを少しうらやましく思ってしまいました。

 もし私が死んだら、レイアさんと同じように葬儀を執り行っていただけますか?」


 コマリの表情は真剣だ。当然だとも思う。仲間の死は自分の死も意識せずにはいられない。

 だけど、そんなことが起きちゃダメなんだ。何としても阻止しなければならない。


「たぶんだけど、それはないよ」


 僕の言葉に、コマリが驚いて固まった。


「だってさ、僕が生きてる限りコマリは死なないし、死んでも生き返らせるから。

 コマリが死ぬのは僕が死んだあと確定だからね。僕がコマリの葬儀をする事はないと思う」


 僕の決意だし、こうあって欲しいという希望交じりではある。コマリの葬儀なんて想像したくもない。


「正しいことを言ってると思いますけど、そういう所が唐変木って言われる理由ですよ。ホント分かってないですね」


 脇にいたローズがそう言った。


「え?」


「コマリ様はレイアを羨ましいと言ってるでしょ?そりゃ、そうだと思いますよ。レイアの幸せそうな顔に、あなたの献身的な振る舞い。

 私ですら死は二人を分かつことは出来ないって言われてる気がしますよ」


「あ。」


「鈍感と言うか、見えていないと言うか。そういう所をもう少し気にしないと、いつか女に刺されますよ?」


「ごめん。おっしゃる通りです」


「謝る相手を間違えてます。私に謝ってどうするんですか」


 手厳しいローズの言葉をよそに、僕は慌ててコマリを抱きしめる。


「本当に唐変木でごめん。でも僕はコマリを失いたくない。絶対に失えないんだ」


 僕の言葉に少し笑い声で答えてくれた。


「仕方のない方です。今日はその答えで許してあげます」


 そう言って僕の頬にキスをしてくれた。


 午後の少し遅い時間に、撤収部隊の支援に出ていたエウリシュアが単独で先行して戻ってきた。

 司教に報告がいくつかあったようだ。そのあと僕たちが占拠している礼拝堂にやってきた。

 礼拝堂に入るなり、顔が強張り、引きつる。司教からは何も聞いていないようだ。


「これが、レイア殿なのか?」


 多分本人はやっとの思いで絞り出した言葉だろう。彼の顔に浮かぶ色は複雑だ。驚き、憎しみ、怒り、そして強い葛藤。

 悪を討つのが信条の聖炎のパラディンだ。悪魔の姿を見て感じるのが、こう言った感情である事はある意味当然だ。

 だから僕はひと押しする。


「エウリ、レイアの顔を見てあげてください」


 彼の顔が驚き一色に染まる。


「こんな、こんなことがあるのか。悪魔にこのような顔が出来るのか…」


 正直に言えば色々と言ってやりたいことがあったが、今朝の司教の話を思い出した。

 僕はその役目は司教に任せることにして、短く告げた。


「悪魔にはこんな顔は出来ませんよ。ここにいるのは紛れもなくレイアです。納得できますよね?」


「すまない、失礼なことを口走ってしまった。発言を撤回し、謝罪したい」


「構いませんよ。レイアもそれくらいの事は気にしないでしょう」


 それからエウリは抜刀して最敬礼の後、その場に膝をついて祈ってくれた。

 彼は立ち上がると僕に向かって言った。


「正直、何と言えばいいのか分からない。レイア殿があの姿なのも、あのように穏やかで神々しさすら感じる表情をしているのも。

 そして君が思ったよりもはるかにいつも通りなことも。私の理解を超えてしまっている」


「そうですね。今回の件はギヴェオン司教から語られるでしょう。僕が普通に見えるのは、レイアがそれを望んでいるからです。

 いつまで泣いてんだ、この馬鹿って、絶対に怒られますからね」


 僕は笑ってそう答える。


「君はとても強くなった、そんな気がするよ」


「ええ、この強さはレイアが教えてくれました。彼女のお陰です。

 エウリシュア、今日はありがとう。レイアも喜んでいるでしょう。

 まだ、あなたにも仕事があるでしょう。お行きなさい」


「ああ、そうだな。またいずれ」


 そう言ってエウリシュアは礼拝所を後にした。

 僕は大粒の涙を一つこぼした。悲しくない訳がないじゃないか。でもレイアに強さを教わったと大見え切ったんだ。絶対に泣けない。

 そう思っていたが。

 誰にも見られなかったんだ。いいことにしよう。レイア、それで許してくれるよね。


 夕刻になって棺が運ばれてきた。それは僕の想像を超えた立派なものだった。

 急がせるんだから、相応のものでよかったのに、と言うと雑貨屋の主人はこう言った。


「司教様の直々のご依頼で、しかも世界を救った英雄の為のものとなれば、簡易なものでよいはずがございません。

 職人一同の、いえ、街の皆の感謝を込めて作らせていただきました。お納めください」


 その言葉に少し感動して、支払いを聞いたが、彼は受け取れませんと言った。先ほど申しました通り、これは皆のせめてもの感謝の気持ちです、と。

 そうして運んできた職人たちと店主は帰っていった。

 全く関係ない昔の記憶が蘇る。放浪して行き倒れて、空腹で死にそうだった時に食べ物をくれた行商人の顔を不意に思い出す。

 似ている訳でもないのに、少し不思議だったが、でも改めて思う。この世界は悪い奴ばかりじゃない、守るに値する人が沢山いるんだと。

 ザックと二人で納棺を行い、彼女に手向けられた花もそこに入れる。

 運ぶための荷車を手配して、出発の準備が終わった。明日の夜にはストームポートだ。

 僕は宿に向かい、宿のおじさんに挨拶する。

 清算しようとしたら、ここでも断られた。礼拝堂にいて宿を使われてませんから、と。数日前から仲間も滞在しているし、食事や酒なんかも提供してもらっているので、そうはいかないと、言ったが、是非ともまたお越しください。その時はちゃんと御代も頂きますから、と。

 ギヴェオン司教がどこにいるかを訪ねたが、エウリと共に、撤退中の人達の元に向かったらしい。

 明日の朝に発つので一応挨拶と思ったが、いないのでは仕方ない。

 僕は礼拝堂に戻ってラストチャンスの最後の夜を過ごした。


 翌朝も早めに起きる。棺の中のレイアの顔を確認してから、朝の祈り。その後に軽めの朝食、そして礼拝堂の掃除。

 準備が出来て棺を荷車に乗せようとしたが、棺が重くて動かせない。

 仕方が無いので一度蓋を外した状態で5人がかりで何とか動かし手荷車に乗せ、その後に蓋だけ運んで乗せる。

 ザックと僕とで荷車を引くつもりでいたが、ザックが一人で大丈夫だと言い、Gさんが葬列の体を為した方がよかろう。おぬしは先頭を歩けというので、それに従う。

 大きな聖印も、権威の象徴のメイスもないので、僕は三日月刀を奉刀の位置に構えたまま歩く。

 僕の後ろにコマリが続き、ザックが荷車を引き、左右にローズとロアンが、最後尾からGさんが続く。

 形式にこだわらなくても良いんじゃないかと思ったが、こだわるべきだという事にすぐに気が付く。


 港の桟橋に続く大通りに、人々が並んでいたのだ。

 荷車の車輪が回り、きしむ音だけが響く。

 儀礼装に身を包んだ10名ほどのシティガード達が僕の前に素早く並び、僕の歩調に合わせるように先頭を歩きはじめる。

 左右の人々は棺が前を通るときに祈りを捧げ、通り終わると葬列に加わっていく。

 ほんの10分ほどで港に着くと、礼装のガード達は荷車の脇に整列して、10名で棺を担ぎ上げた。

 そして船へと進んでいく。

 港湾作業員も、船員も、姿勢を正してその様子を見守っている。

 僕たちは低層の貨物室の奥に用意されていた台の前まで進み、ガード達はそこに棺を下ろした。

 そして再整列すると、


「勇者レイアに敬礼!」


 指揮官と一同が敬礼をして、下船していった。

 街のすべての人が集まったわけではないだろうが、それでもとても多くの人がレイアを見送ってくれている。

 僕は胸が熱くなった。だめだ、最近涙腺が壊れてるみたいだ。

 船は程なく港を出た。荷物は殆ど積まれていない状態だ。

 ハーバーマスターが気を回してくれたんじゃないかと思うが、あの場に集まってくれた人たちの哀悼の気持ちは本物だったように感じる。

 レイアだったらこう言うだろう。

 大げさにすんじゃねぇよ、ガラじゃないんだ。恥ずかしいだろ。

 でも、僕は先ほどの葬列が嬉しかった。

 葬儀は死者の為のものじゃない、残った人たちの為のものだ。そんな言葉に納得する。


 夕刻に順調に港に到着した。

 今回は時間的にはそれ程離れていなかったはずだが、いろんなことが起こり過ぎた。

 ハーバーの景色が酷く懐かしく感じる。

 桟橋が普段よりも圧倒的ににぎやかだ。これもハーバーマスターの差し金だろう。

 港の牽引装置によって船がゆっくりと桟橋に接岸した。

 荷下ろしはクレーンで行われるが、レイアだけをクレーンで吊るすことに少し抵抗感を感じたので、周囲にいた船員に声をかけて、手伝いをお願いする。

 僕らの手で上陸させたかったからだ。

 船員たちは快く手伝ってくれた。人員用のタラップから、レイアを担いで船を降りる。

 ハーバーマスターがわざわざ出迎えに来ていた。


「大変だったな、そしてよく戻った」


 彼は握手を求めてきた。僕はその手を握り返して答える。


「大変でした。失ったものも大きいです」


「桟橋で帰還を祝う式典を行いたいのだが、少しだけ付き合ってもらえないかな」


「正直に言えば、さっさと寝たいところですが、ご好意を無にはできませんから、少しだけならお付き合いします」


 船員からシティガードにレイアの棺が引き継がれる。

 船員たちに礼を言ってから、桟橋を進むと、その先に小さな会場が用意されていた。

 ハーバーが襲撃されたときバリケードを築いた辺りだ。

 さっき言ったのは本音である。僕は少々船酔い気味だ。

 そこに近づくと、歓声が沸き上がる。


「今、ご到着になりました。救世の英雄、アレン・ディープフロスト司教猊下です」


 その呼ばれ方に酷い違和感を感じる。

 と言うか、このお祭り騒ぎは何なのだろう。

 紹介されたので無視はできない。なので、その場で手を上げて周囲に応える。

 隣にいるハーバーマスターに小さい声で尋ねる。


「なんですか、式典とおっしゃいましたか、この騒ぎは」


「この間の地震で教会の聖堂が倒壊しただろ。市民に少し動揺が広がっているんだ。

 ストームポートが安全である事をアピールしたいんだよ、偉い人たちは」


「そう言う事ですか。正直に言いますけど、あまりお祝いする気分にはなれないですよ。仲間を失ったんですから」


「それは重々承知だが、そこを押して頼んでんだ。もうちょっとしたらお前さんにスピーチが回ってくる。短くていいから闇の司教の討伐報告と、危機は去ったと宣言してくれ」


 そう言い残してハーバーマスターは壇上に上がっていった。

 ちょっと釈然としない。ラストチャンスでのお見送りは哀悼の意を感じた。レイアの死を悼んでくれていた。

 だが、今はどうだ。この場に哀悼はない。あるのは安堵、歓喜。少しばかりの狂気。


「では改めて、私からもご紹介致します。アレン・ディープフロスト司教猊下です。拍手でお迎えください」


 ハーバーマスターの話が終わり、僕の番らしい。

 歓声と拍手が巻き起こり、それに押し出されるように壇上に向かう。

 仕方ないので付き合う覚悟を決める。


「ご紹介に預かりました、聖月神教会のアレン・ディープフロストです。

 お集まりいただいた皆様に感謝を申し上げます。

 最初に皆さんにご協力をお願いしたいことがあります。

 今回の件で、セーブポイントで25名の死者が出ました。そして私の大切な仲間である、レイアを失いました。

 彼らの為に祈りたいと思います」


 僕はその場で手を組んで、祈りを捧げる。会場も静まり返った。

 しばしの沈黙ののちに、僕は続ける。


「皆さん、ありがとう。皆さんの祈りは亡くなられた方に届き、彼らもこの街の平和を見守ってくれることでしょう。

 今回の一連の事件はたった一人の人物によって引き起こされました。

 そしてその人物は、この世界のどこにもいません。平和は守られたのです」


 聴衆が一斉に沸く。僕は手を上げて静聴を求めた。

 再び会場が静かになる。


「ですが、私たちは忘れてはなりません。

 これほどの事件がたった一人の人物によって起こされたことを。その人物が過去に聖者のような行いを為したことを。

 誰もが闇に堕ちうるのです。

 慢心してはなりません。今自分が善人であるからと言って明日の自分が善人であるとは限らないのです。

 平和は誰かがもたらしてくれるものではなく、皆が、それぞれが努力せねばもたらされないのです。

 一つ紹介させてください。

 私と共に戦い、命を落としたパラディンの言葉です。

 憎しみに縛られていたのでは明日は来ない。未来を求めるのであれば、自ら一歩前に進むしかないのだ。

 ですから、皆さんも憎しみの闇にとらわれることなく、善き心で前に進むことを努力してください。

 月の神の恵みと祝福が、あなた方にもたらされんことを祈ります」


 そう結び、宙に聖印を書いた瞬間に風が吹く。

 甘く爽やかな花の匂いが一帯を駆け抜けた。神の御計らいだろう。

 会場が小さな奇跡によってふたたび湧き上がる。

 僕はその歓声には答えずに、壇上から降りた。


「これで役目は果たしましたよ」


「なかなか説教が板についてるじゃないか。正直に言って感心したぞ」


「もとからですけど、聖職者の端くれですからね。そろそろお暇したいのですがよろしいですか?」


「そうだな。疲れてるだろうし解放してやるよ」


 ハーバーマスターはそう言うと、壇上で何か喋っていた進行役に合図を送った。


「ディープフロスト司教猊下がここで退席なされます、皆さま、拍手でお送りください」


 その声を聞いてから立ち上がり、みんなに小さく、「帰ろう」と言って脇に下がる。

 そこで荷車を借りて、レイアの棺を乗せてもらった。

 シティガードの一人が我々がお運びします、と言ったが、丁重に断った。


「大切な仲間の最後の旅なんだ。僕たちが連れて帰る」


 そう言って僕が荷車を引く。ザックが私が引きますと言ってくれたが、僕が引きたかった。

 少し頭に血が上っている。冷静になりたかった。

 だからザックには後ろから助力してくれるように頼む。

 僕が荷車を引く姿を見た、聴衆からざわめきが起こる。そんな雑音気にしない。

 力を込めて一歩一歩踏み締めて前に進む。ザックが力を少し多めに加えてくれて、随分と楽に進み始めた。

 ロアンが、コマリが、Gさんが、そしてローズも。

 皆が手伝ってくれて荷車は進んでいく。

 15分後に目的地であるドロウの居留地の集会所についた。

 哨戒に当たっていた戦士が気づいて連絡したのだろう、すぐにラッシャキンがやってきた。


「族長、集会所を数日お借りしても良いですか?レイアを雨ざらしにはしたくないので」


 その言葉と棺で状況を理解してくれたようだ。

 数名のドロウたちも駆け付けて、集会所の中に棺を運び込むのを手伝ってくれた。

 ようやく長い一日が終わる。

 レイアの旅が終わるまでもう少しだ。


 その後に僕はかねてからの計画通り、ラッシャキンの失われた右足を再生させた。

 驚く彼の顔が、今日一番の僕の喜びだ。

 精神的な疲れが癒される気がする。

 こうして静かに夜は更けていった。


 翌日も朝から忙しい。

 僕は礼装のローブに着替えて、天上神(セレスティアン)の教会に向かう。

 後回しになってしまったが、ここも被害を受けているんだ。

 様子を確認しなきゃいけないし、頼みたいこともある。

 早朝の時間であるが教会の朝は早い。ゲートや外柵は無事であったが、聖堂は見事に崩れていた。大部分が地下に崩落したようだ。

 幸い、宿舎棟の方は無事のようで、僕が訪問すると、すぐに司祭の一人が司教を呼びに行ってくれた。

 向こうからレンブラント司教がこちらに向かってくるのが見えた。

 開口一番被害状況を訪ねると、レンブラント司教は告げた。

 聖堂以外に建物の被害はなく、執務室も無事だった。ただ、礼拝堂で祈っていた見習いが一人、崩落に巻き込まれたそうだ。

 奇跡的に一命は取り留めたが、両足の損傷がひどく、治療が出来なかったそうだ。

 僕はその見習いの所に連れて行ってもらい、足の状態を確かめる。

 治療が行われているが、骨折の状況が両足とも酷かったようで、足はあるが機能しない状態だった。

 すぐに再生の奇跡を行使する。

 足そのものは存在するので、ほぼ瞬間的に回復するはずだ。

 少し待ってから、立ってごらん?と優しく話しかける。

 10代中盤の少年は、僕はもう歩けなくなったのです、と動こうとしない。なので、僕はこう言った。

 聖職者になろうと言う君が、神様の奇跡を信じないのは問題だよ?信じて。そして立ってごらん。

 その言葉に彼は恐る恐る足を動かす。彼の表情がパッと明るくなるのが見える。

 動きます、僕の足動くんです。立てます、歩けます。そう言ってその場に跪いて神に感謝の祈りを捧げている。

 それから僕は司教に重要な話があると告げ、彼の執務室に移動した。

 

「そうか、そうだったのか」


 彼は深いため息を一つついてから、話を続けた。


「これほど近くにいて気づかなかったよ。彼女がかつてのレディア・オーソンだったとは」


 司教はオースティン・ヘイワードに関してかなり詳細な調査を行っているので、関連した事件に関して知っているはずだと思っていた。

 その予想は当たった。


「私は彼女の最後を見届けました。太陽の神(ソロス)が迎えに来られるのも。

 疑う余地はありません。教会での彼女の復権を。そしてソロスのパラディンとして、教会に埋葬していただきたいのです」


「残念ながらその許可は私には出せない」


「なぜですか?」


「教会の上層部はかつての月影の司教の事件を一切公表せずに闇に葬るつもりなのだよ。推測ではあるがな」


「それは奴が闇の司教になり、多くの罪を犯したからですか?」


「それもあるが、奴が闇に落ちるに至った原因が、どうも教会にあるようなのだよ。調査でいくつかそれを臭わせるような証言があるが、確証はつかめない。当事者の多くが奴に殺されていてね。真実を知ると思われる人物は、いるのだが、私には手を出せないのだ」


「しかしそれとレイアの件は別の話なのでは?」


「地位の高い聖職者が、高位の聖職者とは限らないのが現実だ。レディアの復権を認めることは、教会の非を認めることになる。

 彼らはそれを嫌うのだよ」


「つまり政治的な話という事ですね」


「そうなる」


 薄々はそうだろうと思っていたが、教会という組織は腐っているのだ。尊ぶべきを尊べず、欲に目を瞑る。

 レンブラント司教の手が及ばないという事は、大司教か枢機卿。組織の最上位に位置する訳だ。


「わかりました。彼女はソロスの元に眠らせてあげたかったのですが、私の教会で埋葬することにします」


「私からもお願いする。そうしてやって欲しい。今の天上神(セレスティアン)教会では彼女も喜べないだろう」


 それから少しこの教会の話をした。地下の空洞は大半が埋まっており、これ以上の崩落の危険性は低いと判断されているが、同じ場所には立てられないので、教会そのものが移転することになるだろう。規模を小さくして。という事だった。


「司教、お気を付けください。司教がそれだけご存じであることを、相手も知っているでしょう。何かの際は私やギヴェオン司教をお頼りください。

 きっと力になれると思います」


「ディープフロスト司教、君もな」


 そう言って握手を交わし、ドュルーワルカの集会所に戻る。みんなにはレイアの遺体の警護に当たってもらっていた。

 僕らは彼女が蘇生されることのリスクを考えて、それを防がなければならないと思っている。

 蘇生された場合何が起こるか。少なくとも僕たちはもう一度レイアを殺さなくてはならなくなる。想像しただけでも恐ろしい。

 なのでいくつかの神託を頂くことにしている。

 教会で男の子の足を先に再生したのも、神託を受ける際のダメージで、今使える最高位の奇跡の力を使えなくなることを懸念していたからだ。

 少なくともラッシャキンの足を戻してから、神託を頂く予定にしていた。


 僕は神託を頂く準備を済ませて、祈り始める。


「わが神にお願い申し上げます。太陽の神(ソロス)にご神託をいただけますよう、お許しいただくとともに、お力添えをお願いいたします」


 そう告げて月の聖印を切り、さらに太陽の聖印を切る。基本的に神託を頂けるのは使える神か、それに連なる者からのみ。

 こんな神託を受けるという話は聞いたことが無いが、僕は出来ると信じていた。もちろん根拠なんてない。

 静かに祈り、徐々に意識が広がっていく。

 そして太陽に意識が向いた瞬間に世界が一転した。


-誰ぞ、我を呼ぶものは-


 声が響いた。まばゆい光の世界の中で、その存在を感じる。この感覚を僕は知っている。


「無礼を承知でお呼びだて致しました事、深くお詫び申し上げます」


-月の使徒か、久しいな。何用か-


 太陽神が僕を覚えていたことにまずは驚いた。そして思いのほか親しみやすいことにも驚いた。でも驚いている場合じゃない。


「御神にお伺いしたきことがございます」


-許す。申してみよ-


「パラディン、レディア・オーソンの契約はいまだなされてはおりませんが、消えてもおりません。彼女を生き返らせることは可能でしょうか」


-お前の言は正しい。契約は消えておらぬ故、地上に呼ばれぬように私が保護しておる。もしお前が望むのであれば、この者の魂を自由にしよう-


「恐れながら保護していただきとうございます。かの者が悪の手先になるなど、私には耐えがたき事です」


-この者の魂は、そなたと共にある事を望んでおる。故に、そなたはこの者の魂の器を用意せねばならぬ-


「魂の器。それは何でございましょうか?」


-この者は武人として、そなたを守りたいと申す。私としてもその望みをかなえてやりたい、あとは自ら考えるがよい-


「ありがとうございます。次にレディア・オーソンの亡骸を私の教会にて埋葬しとうございます。お許しはいただけますか?」


-許す-


「ありがとうございます。最後に手元にありますソウルイーターを破壊する方法をお教えください」


-ないー


「ありがとうございます。私は月の信徒ではございますが、御神の御心に添えますよう努力いたします」


-期待しておるー


 そう言い残し神は去られたようだ。

 僕はゆっくりと瞑想から抜ける。

 宿題も与えられたが、これで行動方針を決めることが出来る。

 その日から僕たちは地味だけど忙しい日々が始まった。


 その日のうちにレイアの遺品整理を行う。彼女の持っていた荷物の大半は彼女と共に埋葬することになった。

 予備の武器と、冒険中に着る寝間着代わりの皮鎧。そのほか日用品。普段これだけあれば足りない事はない。

 なんとなくだけど、これらには手を付ける気にはなれなかった。その中から小さな銅製の鍵を回収する。

 銀行の口座も確認する。銀行の窓口に行くと当人か、当人を証明する銀行の発行したIDは必要だと言われる。

 それがこの鍵だ。口座を持つ人にはこの小さな鍵が渡されている。僕も当然持っているから、この鍵が何であるのかはすぐに分かった。

 現金は宝石も含めて金貨115000枚相当。荷物の方はいくつかの武具類が出てきた。見ただけでは能力と価値は分からない。とりあえずの一覧を作成する。形見分けをして、残りの物は処分しよう。

 夜に皆で集まって、僕の一覧から品物を一つ選んでいった。実物を見ている僕は公平性の観点から、最後に選ぶ。

 ちょっとしたくじ引きのようで、本人の目の前でレイアには悪い気もしたけど、楽しかった。ちゃんとみんなお礼も言えたし。

 僕は週に一度、レイアに遺体保護の奇跡をかけ直す。その時に化粧もし直して。でも、今日が最後かもしれない。

 準備が進んでいる教会の予定地が確定したので、レイアの墓の場所も決定した。

 そして墓碑銘を決める作業が少しだけ難航した。みんなが結構好き勝手言うから、本人の前で。

 一応みんなの最終案を上げておくと、

 Gさんが「聖騎士レディア・オーソン、ここに眠る」

 ザックが「最強の女戦士(アマゾネス)、ここに眠る」

 ローズが「戦神レイア、ここに眠る」

 コマリが「私の好敵手()、ここに眠る」

 ロアンが「私の騎士レイア、ここに眠る」

 僕のが「永遠の友レイア、ここに眠る」

 だった。

 どれも似たような感じではあったのだけど、少しずつイメージが異なっている。

 僕は自分では良い線だと思ったけども、ローズが爆弾を落とした。


「彼女の本当の最後の言葉は『私の魂をお前のものにしてくれ』でしたね、アレン。ですのでロアンの案が彼女の希望に近いでしょう」


 この一言で圧倒的多数によりロアンの案に決まった。

 私のって、ロアンのって意味じゃないの?と聞いたら、冗談のつもりで言ったんだけど、墓はアレンちゃんの教会にあるんだもんね。墓碑銘から『私』を想像すると誰になるか…確かにローズの言うとおりだね。

 とさらっと言われてしまった。

 僕は少し気恥しい。自分では絶対に付けないと思うけど、レイアがそれを喜んでくれてる気もした。


 レイアの遺産配分がすべて終わり、僕はその資金で教会の建設計画を作った。

 Gさんはドロウの居留地のはずれに、自分の研究室となる塔を作るそうだ。

 ザックは現金の受け取りを拒否しようとしたが、これを機にちゃんと銀行口座を作ってもらって、自らで管理するようにしてもらう。

 コマリは僕に管理を丸投げして、ローズは私はパーティメンバーではないから受け取れないと言うので、パーティメンバーとして迎えることを決定した。

 現実問題前衛が一枚減ってしまったので、補充したいというのもある。手っ取り早いスカウトだ。これで断れないだろう。


 色々な準備が順調に進み、レイアの埋葬の日を迎える。

 教会はまだ建設すら始まっていないが、場所やレイアウトは決まっている。レイアの墓は墓地のスペースではなく、教会正面に予定している小庭園の中央に設置することを決めていた。

 ドロウたちがザックと共に深めの穴を掘り、底の部分を石畳で補強するが石室にはしない。棺はいずれ自然に還るだろう。その方が良いと思った。

 石畳に太陽の神(ソロス)の聖印を書き、四隅に悪に対する防御の奇跡を施した小さな石塔を配置する。

 そしてゆっくりとレイアの棺が下ろされた。

 僕は短く祈りを捧げて、穴から出る。そして棺の頭側に立って、歌う。レイアの為だけの鎮魂歌(レクイエム)を。

 それを合図にGさんが土をかける。ロアン、コマリと続く。ローズが、ザックが、ラッシャキンが、土をかけ、棺が見えなくなっていく。

 僕は全ての土がかけ終わるまで歌い続けた。太陽の神(ソロス)鎮魂歌(レクイエム)、エルフの葬儀で歌われる送り歌。月の神(デミムア)鎮魂歌(レクイエム)。1時間くらいだったろうか。仲間が見守る中、棺の埋められた場所は小山のようになっていた。

 その山を囲むように小石が並べられていく。

 土の流れ止めを兼ねた目印だ。小山は時間が経つと土が締まって平坦になる。そのころに墓石を設置する予定だった。

 僕たちはその場を離れた。

 知らない人が見たら、薄情とか思うのかもしれないけど、それは違う。

 レイアはようやく落ち着けたんだ。それにこれからいつだってここで彼女に会えるのだ。


 宿題も含めて、僕たちにはやるべきことがまだ沢山ある。

 

 


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