80:別れの時 ≪タイムトゥパート≫
25/02/22 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
25/04/19 誤字の訂正を行いました。
25/05/27 用語に誤りがあり、修正を行いました。
奇跡の力を行使してレイアの傷を治療し、次の一手を考える。
業火はレイアを巻き込むので使えない。確実に状況を有利にしなければ。
「祈祷」
続けて祈り、
「祝福」
そしてもう一つ。聖印を逆さに描いてから奇跡を行使する。
「大致傷」
負のエネルギーが奴を襲う。
当たった。完全ではないがかなりのダメージを与えられたはずだ。
「痛えだろうが、クソガキ!ご褒美だ、死ねよ!地獄の業火」
「があああああああ」
三度、地獄の炎が僕の体を焼いた。
焼き尽くされる。
いや、まだだ。まだ死ねない!
最後に見たコマリの顔が泣き顔なんて絶対に嫌だ。
地面に膝をつく。まだ生きている。生きているなら戦える。
「そこで見てんのは分かってんだよ、笑ってねえで力を貸しやがれ!」
突然レイアが叫んだ。僕にはその意味がわからない。
激しく闇の司教と切り合いながら、なおも叫ぶ。
「お前の話に乗ってやろうって言ってんだ、死者の王!
黙って力を寄こしやがれ。30分経って生きてたら、お前の手下になってやる!」
「レイア、ダメだ!悪神と取引してはダメだ!」
僕は精一杯の声を上げた。
「魂が穢される。それは絶対にしてはいけない」
だが、僕の声はレイアには届いていないようだった。
「自殺なんぞしねえ。これならいいだろうが!」
僕は立ち上がってよろよろしながらも、二人に近づく。
その瞬間に闇の司教とは違う種類の悪の波動が周囲に満ちる。悪しき、穢れた神威。
レイアの声が死者の王に届いたのだ。
「うおおおおおっ!」
レイアが猛獣のような雄叫びを上げる。
体の筋肉が一回り大きくなり、背に翼が生え、こめかみから2本の角が生える。
「ソウルイーターよ、私に従え!」
手にしていた両手刀が赤黒く脈打ち、奇声を上げた。
「闇に落ちたか、パラディンよ。いいぞ、いいぞ!」
オースティンが叫んだ。
「お前と一緒にすんじゃねぇ!」
激しくレイアがオースティンに切りかかる。圧倒的な剣圧がオースティンを襲う。
「これが、レイア…」
その戦闘能力は圧倒的だった。闇の司教に反撃することを一切許していない。
オースティンはかろうじてその攻撃を防いではいるが、反撃する糸口すらつかめずにいるようだった。
「それほど俺が憎いか、いいぞ、もっと憎め!」
「勘違いしてんじゃねえぇ、馬鹿。てめえを殺すのは憎いからじゃない。お前は未来に災いをもたらすからだ」
「なんだと?」
「15年間の答えだ。憎しみに囚われたままじゃ、明日は来ないんだよ。俺は15年でそれを学んだ」
「なぜだ、なぜおまえは…」
「時間がねえんだ。さっさと死ね」
レイアの強力な一撃がオースティンの盾を砕き、そのまま地面に倒れる。
そして躊躇することなく、奴の頭蓋を砕いた。
両手刀が甲高い奇声をあげる。
「耳障りな奴だ」
それからレイアは僕の方に歩いてくる。
「立て、クレリック。お前にはまだ仕事があるだろう」
そうだ、呆けている場合じゃない。
Gさんは瀕死の重症だ。まず治療をしなければ。
Gさんの元に駆けつけて、奇跡を行使して彼の傷を癒す。
意識はまだ戻らないが、これで命の危険はない。
次に祭壇の天の書を回収する。ここに置いたままにはできない。
そしてレイアに声をかける。
「Gさんは後で回収しましょう。外の応援が先です」
「いい判断だ、急ごう」
僕とレイアは来た道を走って引き返した。
ゲートをくぐって外に出ると、かなりの苦戦を強いられていた。
地獄の諸侯は片付いたが、その小型のものが一匹残っており、髭の悪魔も数体残っていた。
司教は右腕を失っており、左手一本で敵を食い止めている。
ローズは欠損こそないが全身傷だらけで、かなり危険な状態だ。
僕はその場で致命傷の回復の奇跡をローズに放つ。
同時にレイアが最前列に飛び出る。
治療に気付いたローズが振り返り、
「アレン?!」
と声を掛けてきた。
「よく耐えてくれたな、あとは任せろ」
レイアがそう言って、ものすごい勢いで悪魔を蹂躙していく。
僕は司教にも治療を施す。
「アレン、あれはレイアなのか?」
「事情は後でお話ししますが、レイアで間違いありません」
司教は驚きの表情でその光景を見つめている。
残っていた悪魔たちは15秒ほどですべて沈黙した。
「さて、Gさんを回収してくる。お前は手当てを」
レイアが再びゲートをくぐって行く。
「まさに、鬼神のようでしたね。あの方が味方でいて下さることが何と心強いか」
治療を受けながらローズがそう口にする。
だけど、僕にはわかっている。この後に起こることが。
自然と無言になり、司教の治療も行う。
治療が終わるころにレイアがGさんをお姫様抱っこで戻ってきた。
「肩に担ぐわけにもいかないからな」
そう言って地面に寝かせる。
そしてその場に座ると、こう言った。
「さて、この顛末をあんたらも知る権利があるし、俺は話す義務がある。時間は足りるだろうから聞いてくれや」
そう言って16年前の事件から話を始めて、今日この姿になる経緯を説明して話し終えた。
「アレン、お前は知っていたのか?」
「はい、最近ですが話してもらいました。Gさんは1年くらい前には相談を受けていたようです」
「そうか、そうだったのだな」
司教はそれっきり黙り込む。
「最後にこの姿になっちまったのは、太陽の神に本当に申し訳ないと思っている。
神はアライメントが変わる事を余儀なくされた後も、私をいつでも復帰できるように力添えしてくださった。だからこの剣にのまれずに済んだ。
そしてこの地に導いてくださった。自らの鎖を断ち切るチャンスを与えて下さった。
だから俺はこの瞬間もパラディンの魂を持っていられる」
そこまで言ってから、一息ついてさらに続けた。
「死者の王との契約がもう少ししたら完成してしまう。生憎自殺は出来ないと来ている。
なので申し訳ないが…
司教、俺を殺してくれないか」
「貴殿がそれを望むなら、介錯致そう。太陽の神のパラディンよ」
司教が重くゆっくりと答えた。
「だめです。司教、その役目は僕が負うべきです」
僕は口を挟んで主張した。
「正直に言えば、俺としてはその方が嬉しい。だがお前にできるのか?」
レイアの言葉に僕は返す。
「できるできないの話ではなくて、しなければならないんです。せめてあなたの体を傷つけたくない。司教にはできませんから」
そう答えている間にも僕はすでに涙が止まらない。
この手でレイアを殺さなくてはならない。本人もそれを望んでいる。
「そうだな、アレン。私はお前に殺されたい。それが最後の望みだ。お前の手で、俺が死者の王の手に落ちるのを阻止してくれ」
「勿論です、邪神なんかにあなたを渡すものですか」
「ありがとう、アレン」
それからレイアは立ち上がり、司教の前に移動すると、
「ギヴェオン司教、色々と世話になった。あんたとは一度勝負してみたかったよ」
「レイア殿、貴殿の信仰と勇気と仲間たちへの忠誠は、世代を超えて語られるであろう」
そう言って左手で握手を交わす。
次にローズの前に移動する。
「ローズ短い間だったが、ありがとうな。この青白いの、腕っぷしは全くだから、力になってやってくれ」
「レイア、あなたの事は忘れません。私は貴方の戦士の魂と共にこれからも戦います」
そう言って抱擁を交わした。
横たわるGさんの前に移動する。
「寝起きが悪いのは最後まであんたらしいと思うよ。世話になったな、ありがとう」
そう言ってGさんの肩に触れた。
「さあ、時間ももうない。あ、肝心なことを忘れてた。あの魔剣、処分方法がわからないから何とか処分してくれ。
鞘がなくなっちまったから、多分手近な誰かを誘惑するはずだ、よろしくな。さて。アレン、頼むよ」
そう言って少し離れたところに横たわる。
僕は彼女の脇に移動して跪く。
「なあ、アレン。つまらないことを聞いてもいいか?」
「レイア、なんです?」
「お前から見て、俺はまだ美しいか?」
思わず言葉に詰まる。彼女との記憶が一気にあふれ出す。
「ええ、何度だって言います。レイア、あなたは美しい」
「そうか、よかった。信託ってのはやっぱ正しいものだな。俺はケリを付けて、すべてを終わりにしたかった。
そしてできれば戦いの中で死ぬんじゃなくて、こうやって安らかに最後を迎えたかった。お前が俺の思いを理解してくれたおかげで、心願は叶うわけだ」
「ええ、そうですね。レイア。さよならは言いませんよ。また会いましょう」
「ああ、そうだな、また会おう」
彼女は静かに目を閉じた。そして一言言った。
「俺の魂をお前のものにしてくれ」
僕は涙を止めることができなかった。
でも、これは僕の仕事だ。しなければならない事だ。
月の聖印を逆に切る。
そして小さくつぶやいた。
「月の神よ、この高貴なる魂をお導き下さい。僕によってもたらされる死」
静かだ。
風の音すら聞こえない。
僕の嗚咽だけが止まらず周囲に響き続ける。
邪神の遠ざかる神威を感じる。
お前なんかにレイアの魂は渡さない。僕のものだ。彼女の死も僕のものだ。僕の罪だ。
不意に強烈な光が天から射した。
その瞬間に世界が変わる。
真っ白な世界、周囲には何もなく、誰もいない。
目の前に横たわったままのレイア。
後ろに鮮烈な力を感じる。神威だ。
目の前でレイアがゆっくりと起き上がる。
「レイア?」
神の奇跡?レイアを蘇らせてくれたのか?
レイアは起き上がると僕の脇を通り強力な力のする方に歩きはじめる。
「レイア、待って、僕だよアレンだよ」
そう言いながら振り返るが、あまりにまばゆい光でそちらを見ることができない。
「神様、太陽の神、どうかレイアを連れて行かないで!」
僕は必死になって叫んだ。
だが、誰も何も答えない。
不意にレイアが足を止めて振り返る。
そして数歩戻ってきて、僕を抱きしめてくれた。
その感覚はない。でもそれを感じる。
そして僕を見てから笑顔を見せて、首を横に振った。
僕にだってわかってる。わかってるけど認めたくない。
レイアはもう一度満面の笑みを浮かべて、強い光に向かって歩いていく。
僕は黙って見送るしかない。
あんな笑顔を見せられたあとではもう、駄々をこねることも、僕にはできなかった。
世界が一転し、玉座門遺跡に戻ってきた。
目の前にレイアがいる。もう喋る事も笑う事もないレイアが。
僕が経験する親しい人との2回目の別れ。
そして、僕が信頼という言葉の意味を理解してからの初めての別れ。
大切な人を失うということが、どういうことなのかを教えてくれた別れだった。




