77:墜星 ≪フォーレンスター≫
25/02/22 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
翌朝はみな普段よりも早く起きて準備を始める。朝の弱いGさんですら早起きだったのは少し驚いた。
周囲も着々と撤収の準備を進めている様子だ。
入植のためにここにいる聖炎の一般信徒たちですら、とても規律正しく動いている。
自分でそうありたいとは思わないけど、彼らの秩序だった行動はある種の美しさすら感じさせる。
僕らは早々に準備を済ませて、北門近辺に移動する。ロアンとコマリはいつもと変わらない感じだが、他のメンバーは少し緊張感があるように思える。
あ、ザックもいつも通りだ。墳墓からの帰還時に彼は初めて騎乗を体験して、それ以来とても気に入っているようだ。
そもそも動物と触れ合った機会がないわけで、最初はおっかなびっくりだったのだが、今では無類の馬好きにすら見える。彼は口数こそ少なく何を考えているのかは分からないが、その行動は素直そのものだから。行動を見ていれば自然とわかる。
15分ほど待機していると、ギヴェオン司教と同行する部隊が北門に集まる。司教を筆頭に副官がエウリ、聖戦士4名、司祭2名の合計8名。
僕が想定していた数よりは少ない。
「待たせたな。出発しようか」
司教が僕に声をかけてくる。僕は黙って頷いた。
その様子を見ていたエウリが叫ぶ。
「開門せよ!司教猊下の出陣である!」
扉が左右に大きく開かれ、北のゲートを警備しているデニスの部隊の聖戦士や従士達が敬礼している。
そこを司教が先頭に立ち、僕たちは街道に出た。
後方で扉が閉じられる音。大扉が閉じられる際に丁番が軋む音が響いている。僕にはその音が不吉な響きに聞こえた。
何もなければいいな。そう思いながら、僕はローズに合図して隊列の先頭に並ぶと、司教に話しかけた。
「司教、ルートに関して昨晩検討した結果、ラストチャンスを経由して旧街道を途中まで進み、ジャングルの薄い部分を抜けて荒野に出る経路を推奨します」
「そうか、なら貴殿に任せよう」
「ローズが先頭でペース配分を行いますので、指示に従ってください」
「分かった」
ローズにアイコンタクトして、僕は後方に下がる。ローズは単独で先頭の位置に馬を進めてから、現状のペースを保った。
少ししてから馬の歩む速度が上がる。
今までは馬が普通に歩く速度だったのが、早く歩く速度に変わる。そしてしばらくして再び歩く速度に。
それを何度か繰り返して、最後に駆歩の速度になってから、小休憩。
再度それを繰り返し、昼頃に大休憩となった。
休憩の際にはGさんが石の壁の呪文を操って、水飲み場を作り、僕が神に祈り、水と飼葉を分け与えていただく。
人間の食料は携行食で賄う。
1クール2時間半で途中で速度が上がる場面が何度かあると、乗馬慣れしていない人にはかなりつらいと思う。
うちのパーティーの場合はコマリとロアンだ。
二人乗りで騎乗しているわけだが、コマリは乗馬経験が殆どないため、疲れも相当なものだろう。ロアンは鞍に乗らずに簡易の鐙だけなので、やはり疲れているはずだ。昼の大休憩では二人を積極的に休ませて、その間にブランケットを畳んだ状態で鞍とその前まで敷いて、中ほどをひもで鞍に固定する。
少しは乗り心地が改善するはずだ。最初から気づいてあげられれば良かったのに。二人に少し申し訳ない。
二人には大丈夫かを尋ねると、大丈夫だとそろって答える。だけど、大丈夫じゃなくてもそう答えるんじゃないかと思う。
とりあえず今日はこれで様子見するしかない。
午後も同じように…と思っていたら休憩を2回挟み、一回当たりの騎乗時間は少し短くなったが、トータルでは午前中よりも随分長い時間を馬の上で過ごした。
休憩の回数だけ、Gさんも呪文が必要で、僕も呪文が必要だ。ただ、飼葉を用意することは毎回は無理なので、途中は水だけで馬に我慢してもらう。
そうして初日の行軍は、陽が沈み、薄暮の時間に終了となった。結構な強行軍だ。
「このペースなら最短5日で遺跡まで到達できると思いますが、コマリ様の状態が気になりますね」
キャンプの準備を進めていると、ローズがそう話しかけてきた。
「そうだね。慣れない乗馬を後4日。馬車かせめて荷車を用意した方が良かったかもしれないね」
夜になると、馬の数が突然少なくなる。聖炎の司祭が乗る2頭が残るのみだ。僕たちの乗っている馬はGさんが魔法で召喚したもので夜には召喚が解除される。パラディンは自分の乗用馬を呼び出すことができるそうだ。どこにいても。ある種の魔法、奇跡である。夜になれば厩舎に戻すそうだ。
我々は徒歩での移動も考慮して荷物は最小限度で、荷馬車の類は必要としないが、一方セーブポイントの退避には荷馬車は必要だ。そんな事情もあって荷馬車は今回用意されていない。
「明日まで耐えてもらって、ラストチャンスで馬車を用意した方がいいかな」
僕はローズにそう告げてから、コマリの様子を見てきてもらうことにした。
僕が行くよりは色々と正直に言いそうな気がしたから。
食事を終えるまでに、僕にはしなければならないことがあった。
ストームポートに連絡して、最新の情報を入手すると同時に、こちらの動向を伝えておかねばならない。
報告だけならレンブラント司教が正しいと思うが、僕は情報を得られる可能性のある人物に通信を試みることにした。
皆から少し離れて、地に膝をついて祈りの詞を口にする。
「我が主なる月の神よ、御力をお貸しいただけますよう願い奉ります。
ストームポートのハーバーマスター、ジン・ラグストフに言葉を届ける力をお貸しください」
そう言って月の聖印を宙に描き、さらに祈りを捧げる。
しばしの祈りの時間の後、自分の意識がハーバーマスターを見つけた感覚を感じる。
「ハーバーマスター。我々は今ラストチャンスまで1日の地点。4日後玉座門遺跡に到達予定。情報を求む」
そう口にして一呼吸半の後に、返答があった。
-闇の司教に動きなし。街は現状平穏。警戒レベルを一段階上昇中-
僕は気になっていたことを聞いてみる。
「魔弾の射手の現在地は?」
-現在、遺跡にて偵察中。これは内密に-
ここでハーバーマスターとの連絡が切れた。
非常に便利な奇跡なのだが、要求される技量が高いうえに、交信できる情報が少ないのが難点だ。
だが、ある程度意味のある通信ではあった。と思う。
僕は仲間の元に戻ってから、Gさんに通信の内容を伝えて意見を求める。
「ケイトは玉座門遺跡か。なら、先だっての報告の後に、すぐに戻った可能性が高いかもな。一連の任務として」
「行政官殿の任務ってことですよね。でもなぜ玉座門遺跡を監視させてるんでしょう?」
「理由まではわからんが、行政官殿は何か知っている、ということなのだろうよ」
「魔弾の射手の情報を内密にって、これはどっちの意味でしょうね。この情報そのものを伏せておけということか、それとも教えたことを伏せておけということか」
「常識的には前者だろう。じゃが、後者もなかなか面白い見方じゃのう。ここは両方と考えて良いのではないか?」
「そうですね。司教たちにはどう伝えます?」
僕個人としては伝えておいていいと思うが。
「すべて伝えて良いのではないか?伏せておいてくれと言うておけば」
「了解です。そうしましょう」
話が終わったところにローズがやってくる。少し離れたところから目で合図をするのでそちらに行くと、
「コマリ様からは口止めされていますが、お伝えしておきます。
その、コマリ様は、お尻が痛いそうです」
恥ずかしくて言えないか、それは仕方ない。ローズがいてくれて良かった。
ひどい場合は火傷のような状態から水膨れになったり、皮がめくれることもある。
「あとで見てあげてくれないかな?多少赤いくらいなら問題ないから、この軟膏を塗ってあげて。
変色が深刻なら、自分に治癒の奇跡を使うように勧めてあげて」
そう言ってポーチから軟膏を取り出してローズに手渡す。
「明日、あと一日は頑張ってもらわないといけないからね」
それから食事を取って、司教たちと明日の予定について細かい所を決めてから、夜の見張り順を決める。双方から2名ずつということになっているので、前半はローズに、後半は僕が担当することにして、ザックには夜通しで見張りを頼む。
そして就寝。無事に今日を終えることができた。
翌朝となって、僕は朝の見張りを終えて、奇跡の準備をするべく、朝の祈りを始める。
魔法使いも聖職者も、朝のこの時間は大忙しだ。呪文の準備が終わるころにはレイアとロアンが食事の支度をしてくれている、これはありがたい。
一方で聖炎の方々はと言うとこれから準備…はせずに、そのまま携行食をかじっている様だ。普段なら従士や見習い聖職者が行うのだろうが、今回は同行していない。少し可哀そうに見えたので、暖かい豆茶を振舞う。
そうして食事を終えて、早々に出発。
今日も昨日と同じペースで進んでいく。昼の大休憩でローズにコマリを確認してもらい、何とかなりそうだと報告を受けた。
午後になっても同じペースで進み、昨日と同様に薄暮のころにラストチャンスにたどり着いた。
二日の強行軍ではあったが、最短でたどり着けたと思う。
コマリの所に行き、馬から降りるのを手伝ってから、
「よく頑張ったね」
そう言って頭を撫でると、泣きながら抱き着いてきた。
結構痛いのを我慢していたようだ。
しかし無事にラストチャンスにたどり着いた。これでコマリのお尻は守られる。そう思ったときだった。
胸の中で泣いていたコマリが、おもむろに顔を上げて周囲を見渡す。
近くでGさんが何かを言っている。
「おかしい、何が起こっているんじゃ?」
僕は周囲の様子を確認しようと見渡すが、何が起こっているのかさっぱりわからない。
「警戒せよ、何かが起こる」
Gさんが大きく叫ぶ。僕たちは緊張するが、何をどう警戒すれば良いかすらわからない。
「Gさん、何に警戒すれば?」
「それが分かるなら、ちゃんと言うとるわい!」
その時、僕にも異変が感じられた。
この地に存在する魔力がかなりの勢いで流れている。ストームポートの方向に。
そして小さく地面が揺れた。
「地震?」
そう思った次の瞬間。
一瞬西の空が明るくなったかと思うと、地上から天に向かって進む光が見える。
発せられた方向は玉座門遺跡の方向だ。
発せられた光は白く強烈に輝きながら一本の糸のように天に消えて行く。
そして静かになった。
「魔力は安定したようじゃな。とりあえずは、大丈夫のようじゃ」
「Gさん、今のは…」
「奴じゃろう。何かの力を使ったと見える。今のところそれが何かわからんが、一つ分かるのはストームポートの方向に魔力が流れたこと。
周囲の魔力を吸い込むように…祭壇か。ストームポートで何か起こっておるかもしれん。アレン、確認してくれ」
「でしたら連絡所を使いましょう。その方が確実で早い」
そう言って宿屋の先にある、トランスポーターの事務所に向かい走ろうとしたときに、上空から聞いたことのない音が聞こえてきた。
僕は立ち止まり上空を見上げる。
「何の音だ?」
近くにいた港湾作業員らしい男が口にした。
勢いよく流れる水の音を少し離れて聞いているような、だけどももっと甲高い音のようにも聞こえる。
音のすると思われる方向を見ていると、赤い光点が見えた。
「星?流れ星か?」
光が徐々に強くなってきている。流れ星じゃない。けど、あれは何?
僕はGさんに向かって叫ぶ。
「Gさん、あれ!」
そう言って点を指さす。
Gさんはそちらを見て、しばらく呆然としていたようだ。
そして弱々しくつぶやくのが聞こえた。
「天が、落ちてくる……何ということじゃ」
光はさらに強くなりかなりの速度で落ちてきているのが分かる。
その方向には、セーブポイントがある。
数秒後、その赤い光点は一回り大きく見え、落ちた。
瞬間にそこに太陽が沈んだかのような大きな光が見え、空も一瞬赤く染まる。
光が消えたと思ったら地響きが伝わると同時に、ドーンという音。そして程なくして強烈な風が吹いてきた。
嵐の真っ最中のような風が町全体を襲っている。
僕は咄嗟に3歩ほど動いてからコマリに飛びつき、コマリを風から守るように地面に伏せる。
数秒吹き続いた風が止んだ。
幸いにして建物を吹き飛ばす程ではなかったようだ。
「司教、司教の誰かに通信の奇跡を使ってもらって状況を確認してください。僕はデニスに呼び掛けてみます」
僕は跪き、神に祈る。
「月の神様、お願いします。聖炎のパラディン、デニス・ガートランドにお繋ぎください。彼が無事でありますように。
彼らが無事でありますように」
祈りながら月の聖印を宙に描き、さらに祈る。
-神様、お願いします。皆の無事を。少しでも早く-
僕の祈りは集中力を欠いていたように思う。冷静でいられるわけがない。
だが、神は僕の願いを聞いてくれた。意識の端にデニスの存在を感じる。
「デニス、無事なんだね?みんなは大丈夫?」
少しの間の後に、答えが返ってくる。
-被害状況はまだ不明。現在の所死者23名、重傷者多数。セーブポイントに残っていたら全滅だった-
「何が起こったかわかる?」
-星が降ってきた。セーブポイントに直撃したように思う。その後の強烈な風で多くのものが吹き飛ばされた-
そこで通信は切れた。
この奇跡の限界だ。彼が負傷しているかは聞かなかったが、パラディンなら即死さえしなければ簡単には死なないはずだ。
取り急ぎ司教に報告する。
彼に会話の内容を伝えたが、一瞬、わずかに表情が緩んだが、その後は厳しい表情のままだ。
「ガイア、あれは天の書の力だと思うか?」
厳しい表情のまま司教はGさんに問う。
「確定できませんが、その可能性が高いかと」
Gさんは声を震わせながら答えた。
「防ぐ手立てはあるか?」
「試してみねばなんとも言えません。確実に効果があると思われるのは、願いの呪文か、奇跡によって神の介入を請うか」
少し考えた司教は周囲の聖炎の人々に言った。
「エウリシュア、全員を率いて救助に迎え。1日半あれば到達するだろう」
「はっ。司教はどうなさるおつもりですか?」
「決まっておる。闇の司教に再びあれを使わせるわけにはいかぬ。これから単独で奴を討ちに行く」
「それは余りにも無謀です。まだ悪魔を飼っている可能性も十分にあります。司教がいくら強くても、一人では」
僕はたまらず口を挟む。司教は僕に向かって鋭い視線を向けた。
「ではどうしろと?次に奴がどこを狙うと思う?どれだけの人が死ぬと思う?たとえ負けると分かっていても行かねばならん」
司教はとても怒っている。当然だ。彼の配下の多くが死に、これからも死者が増えるかもしれない。負傷者もたくさん出ている。
そして放置すればまた人が死ぬ。奴がストームポートに使えば1万の人が。主大陸の大都市に使えるのであれば、10万の単位で人が死ぬ。
その行いを許せるはずがない。
その思いは僕も同じだ。
司教はこう言っているんだ。
できる、できないの話ではない。するか、しないかだ。と。
「はい。ですので我々もお供します。呪文の準備が必要ですので、明朝までお時間をください」
これが僕の下した決断だ。




