75:仮説 ≪ハイポテセス≫
25/02/22 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。
翌日の昼過ぎにエウリシュアやデニスといった聖炎の部隊が帰還した。
彼らもトラブルはなかったようだ。
早速、軍議用の天幕に回収してきた資料類が運び込まれて開梱されていく。
何冊かの書物や資料の束、書きかけの図面。大量の書き損じやメモの類。
羊皮紙も安価なものではないが、相当量がここにある。あそこからこれだけの量を運んでくるのは大変だったんじゃないかな。
そんな中、Gさんはくしゃくしゃと丸められた羊皮紙を丁寧に開いていく。それにさっと目を通すと、次の紙に。
僕も見てみる。書いてあることがかろうじて…わかるかな?という感じだ。
その多くが何かの魔法の理論的な事柄について書かれているのは分かるが、正確に理解することはできない。
僕はその場にいても役には立たなそうなので、自分たちの天幕に戻り、ザックと並んで座って鎧を磨いた。
どちらかと言えば、僕はこういう時間の方が好きだ。
今更こんなこと言うのもなんだけど、切った張ったの冒険者生活よりは、なんでもない日常をのんびりと暮らす方が性に合っているように思う。
小さな教会で村の子供たちと賛美歌を歌ったり、畑仕事に精を出したり。知らない世界を旅して、その日暮らしで酒場を渡り歩いて、陽気に歌って飲んで。
だけど現実は、悪魔と対峙し、伝説級の聖戦士が目の前で戦っている。
正直に言えば怖い。
痛いのは嫌だし、誰か傷つくのも見たくない。従軍した時にも同じようなことを思った。
同じことの繰り返し。だったらやめちゃえばいいじゃないか。コマリと二人で小さな教会を切り盛りして、ハーバーの人たちと慎ましやかに暮らせばいいじゃないか。
違う。それは僕の望みじゃない。
僕の根底にあるもの、僕という個人の土台は、あの日小さな窓から見た、孤高の女王の姿への憧れ。
だから今の僕がある。だから今ここにいる。その望みは余りにも遠い。馬鹿げているかもしれない。
でも、それでも僕はそこにたどり着きたい。できるできないじゃない。
僕はやるんだ。
堂々巡りしかねない思考が自分の中で淀みなく収束していく。
その時、小さな疑問がそこにあることに気づいた。
奴はどうだったのだろう。月影の司教と呼ばれたほどの、いわば聖者のような生き方をしていたはずだ。
奴は何を思い、旅をしていたのだろう。奴は何ゆえに闇に落ちてしまったのだろう。
闇に落ちる。一言で表現するにはあまりにも軽すぎる気がした。
何があったのだろうか、何を思ったのだろうか。何が奴を月の神から遠ざけてしまったのだろうか。
ダメだ。これは考えたところで分からない。
僕は一つだけ答えを持っていればいい。僕は奴とは違う。
そう思いながら、ゆっくりと瞑想から抜けた。
ああ、瞑想ってもっと混沌としてて、もっとイメージに寄った状態なんだ。それもより抽象的な。だから言葉で説明するの本当に難しい。
鎧はいい感じに磨きあがっている。脇の曲がりはここでは修理できないけど、傷んできていた留め金とベルトは取り換えることができた。
三日月刀を鞘から出して、刃の状態を確認する。目立った刃こぼれもないし、研ぎ直しも必要なさそうだ。
布で刀身を磨いた後に、ハンドガードの中央の聖印を丁寧に磨く。精巧な彫り物になっているから、汚れがたまりやすいのが難点だ。
時間をかけて丁寧に磨く。
毎日簡単なチェックと手入れを行ってはいるが、旅の最中は使う頻度も高ければ、手入れの時間も限られるので、こういう時にちゃんと綺麗にしておかないと。
夕食の前には、武具類の手入れが終わる。
ちょうどその時、仮の資料室となっている天幕からGさんが出てきた。休憩だろうか?
こちらに向かってきて、開口一番こう言った。
「アレン、すまんがわしの話に付き合ってくれ」
今一つGさんの意図が分からなかったが、話に付き合うのは一向にかまわないので、良いですよ、ちょっと待って下さいね。
そう言ってから、冷めてしまった豆茶をカップに注いで二つ持って一つをGさんに渡してから、座る。
「で、何でしょう?」
「いくつかの資料がいくつかの可能性を示唆しておるが、考えが上手くまとまらん。だからわしの話を聞いて、思ったことを口にしてくれればよい」
殊の外まじめな口調だ。おしゃべりを楽しみたいという趣旨ではないことは分かったし、Gさんは考えをまとめるきっかけのようなものを欲しているんだと思った。
「了解しました。ではまずはGさんの話を聞きましょう」
「うむ。まずあの本なんじゃが、恐らくは魔法を閉じ込めたものではあるが、そのものが強力な魔法を発するわけではなさそうじゃ。
書き損じの資料から推測するに、天の書の内容はこの世界の外側の別世界に関して書かれた内容ではないかと推測できる。
確かに今の我々の技術では到達できぬ話ではあるし、当時としても最新の研究の結果であろうことは想像できる。
じゃが、腑に落ちんのは本自体に魔力がありそれが何のためのものかわからんのと、
当時は写本もあったであろうに、この本があれほど大層な形で保管されていたこと。つまり4冊は何か特別な意図があって作られたものという事になるが、その目的もわからんのじゃ」
「資料もなければ、当時作った人もいませんからね。まあ、分からないのは当然だとも思いますけど」
「まあ、そうなんじゃが、それでは何の解決にもならんじゃろ?何か糸口は見つけんといかんのじゃよ」
「そうは言われましても…」
僕は伝承のいくつかを思い出す。
「伝承では当時、この世界は極度に接近した異世界と戦争状態にあったと言われています。
ドラゴン族や古代巨人族が世界を護るために協調して戦っていたと。
その戦いを終えるために巨人族は禁術ともいえる大魔法を使い、それに反対していたドラゴンたちは最果ての地に去ってしまい、世界とのかかわりを断った」
「研究者の間では定説と言われている話じゃな」
「本は作られたのちに、エルフやドロウに持ち出されているんですよね?でも、その後の行方は分かっていない。
で、その後に大災厄が起こった。
4冊の本がこの大厄災に関わっているのは間違いなさそうですよね?」
「うむ。そうじゃのう」
「だとすると、古代巨人族は最終的に4冊の本を持っていた事になりますよね?」
「断言はできんが、その可能性が高い。全部そろわんかったから大厄災になってしもうた、と言う可能性も考えられるしな」
「まあ、そうなんですけど、少なくとも4冊は一つの目的のために作られたのは多分あってますよね。大魔法を使うために。
だとすると、この本はオリジナルではなくて、写本なんじゃないです?英知の象徴としての」
「ふむ、そうじゃな。続けてくれ」
「そろそろご飯にしよう?お腹減った!」
天幕脇のかまどの所からロアンが声をかけてきた。ああ、そんな時間か。
「ゴメン、ちょっと取り込み中なんだ。悪いんだけど先に食べててよ」
僕はロアンにそう声をかけてから続ける、
「この本が大魔法を行使するために作られたものであり、象徴的な形が選ばれた。それが何かしらの魔力を持っている。
と仮定した場合に、これって、文字通り鍵、なんじゃないでしょうか?」
「鍵か。なるほど。辻褄はあっておる」
そう言ってGさんは何かを考えている。
「本が使われたのちに、古代巨人族は滅んでしまう訳じゃが、この鍵は残った。封印されていた祭壇のようなものは人間サイズであるし、本も人のサイズじゃ。あの本は手にする者によってサイズを変えるから、最後に封印したものは人のサイズじゃったのは間違いない。
あの祭壇を作って本を封じたのは、古代のドロウかエルフ。玉座門遺跡で出会ったのはエルフの幽霊じゃったしな」
「ドロウやエルフはその本のことを知っていたわけですしね」
「まあ、それが本そのものなのか、鍵なのかは定かではないが…封印したのがドロウやエルフであるなら、鍵の存在を知っておったじゃろうな」
「4つの本は、大魔法を使うための鍵で、実際に使用されたのちにエルフとドロウによって封印された。ここまでは良いと思いますが、どうでしょう?」
「そうじゃな。そこまでは大筋で正しいと思える。一息入れるか」
僕とGさんは食事の輪に加わる。
辺りはすっかり暗くなっていて、あちらこちらから笑い声が聞こえてくる。皆、今日の作業を終えて、食事を楽しんでいる様だ。
今日の食卓に並んでいる鳥はザックが弓で仕留めた物らだそうだ。
ラストチャンスの防衛戦で弓がどれほどの戦力となるかを痛感したらしく、あまり得意ではないが、必要なこともあるかもしれないと、ザックは弓のトレーニングもしている。そうレイアが教えてくれた。
ザックと言えば少し気になることもある。彼は食事を取る必要が無いし睡眠も必要としない。
だから僕たちが休憩をしているときも率先して周囲の警戒に当たってくれたりする。それはものすごく助かっているのだが、今みたいに安全がほぼ確保されている状況でも、食事の場に彼はいない。必要ないからと言ってしまえばそれは合理的なんだろうけど、僕はそうじゃない気がしている。
彼は食べることに興味を持っているが、それを体験することはかなわない。だから食事を見ないようにしているんじゃないかな。なんて思う。
僕個人としては彼を応援したいが、どう応援したものか。かける言葉が見つからないし、僕も月を目指して頑張るから、君も食べられるように頑張って。こんなのジョークにもなっていない。
ああ、ジョークと言えばザックはジョークにも挑戦しているが、ツボを得ないというか、センスがないというか。
ギヴェオン司教もそうだが、性格が真っすぐな人のジョークは笑えないものが多い。先日のローズの<私の活躍の場を>と言うその場に全くそぐわない意見も、元をただすと、先行した僕らの後を追って移動中だった彼らの会話の中で発したザックのジョークが原因だったようだし。
なんにせよ、ザックの望みは簡単ではないかもしれない。でも、30年もしたら、今とは全然状況が違うのではないかと思う。彼の魂はまだ若く、学べることが沢山あるはずだ。多くの事を経験して彼にしか見いだせない答えにたどり着くだろう。
そんなことを思いながらも食事を終える。後片付けをロアンとコマリに任せてから、僕とGさんは再び検証作業に入る。
Gさんは聖炎の天幕に行ってから何かを手に戻ってきた。
「さて。まだ考えたいことはいくつもあるぞ。次はこれじゃ」
そう言って持ってきた紙を広げる。この地域の簡易地図だ。
「本の発見場所を記入してある。何かに気づかんか?」
僕は地図を見ながら、考えてみる。気づかないかと言われても。
「強いて言えば、墳墓にだけ本が2冊ありましたよね。最後の一冊は他のとは全く違う形で隠されてましたけど」
「4冊の本をそれぞれ1冊ずつ配置したと仮定して、どこが怪しいと思う?」
正直に言えばどこでも良いんじゃないかと思う。強いて言うなら等距離とか?
「普通に考えれば分散させておくのなら、等距離、って感じなんでしょうか?」
僕は地図上のジャングルの南西付近を指さす。玉座門遺跡と墳墓に仮想の線を引き、ストームポートの線対称にある地域だ。
「そうじゃな。じゃが、わしはこう思う。何らかの意図的な配置をしたのであれば、この4角形はいびつが過ぎる。
魔法の基礎から考えれば、正4角形に配置されるべきじゃと思う。大厄災の際にかなり地形が変わっておるしその余波もあるじゃろうから、当時は正4角形に近かったかもしれんが…わしにはそれは可能性が低いように思えるんじゃよ。
わしはこう考える。今見つかっている3か所が正三角形の二つの頂点と、その中心点と仮定すると…」
Gさんは地図を指さす。海の中だ。
「この辺にもともとあったのではないだろうか。じゃが海に沈むことが予見できた段階で誰かが地の書を移動させて隠した。
そう考えるとすっきりせんか?」
一定の説得力があるようには思う。だけど決定力にも欠けている気がする。
「すっきりはしますが、そんなに安易なものなんですか?何て言うか、もっと複雑な決まりごとみたいなものはないんです?」
「魔法として考えればいくらでも複雑になる。だが、鍵がこの本だとすると、シンプルにしかならんよ。その術式の根幹を支える部分は非常にシンプルになる」
Gさんはそう言うと少し考え込んだ。そして。
「もし、じゃ。地の書を除く3か所の遺跡が、本を封印するためのものではなかったらどうじゃろうな」
静かに言った。
封印するためのものではない?確かに封印するためだけにあの大空間を用意する意味が分からない。
地の書みたいに隠して封印してしまった方がより確実だろう。封印するだけなら、別に魔法の法則とか関係ないだろうし。これも地の書が証明してくれている。
「それって、あの遺跡が大魔法を発動するための施設だってことですか?」
僕は思いついた可能性を口にした。
Gさんが頷く。
「あれを封印したエルフやドロウは、いつの日にか再び使う事を想定しておった。実際には使われんかったんじゃろう。
そのために施設を残し、管理していた。じゃが、彼らも実質的に滅んでしまい、生き残った者たちにはその知識は伝わらなかかった。
最後に残った真実を知るものが、他に使われることを恐れて封印を施し、石板を残した。どうじゃろう。考えられる話ではないか?」
オースティン・ヘイワードが、わざわざ墳墓に戻り研究していた理由も説明がつく。
「オースティン・ヘイワードは、そう言った部分まで知っているのでしょうか?」
「断言はできんが、少なくとも奴に仕えているリッチは、古代巨人語を理解するのは間違いない。当時の魔法使いを探し出してリッチとして復活させた可能性が高いのではないか?だとすると、ある程度の知識を持っていると考えた方がいいじゃろうな」
「でも、起動装置の一部が海の底で、しかも他の本は既に存在しない。起動しないとなると、彼は意味の無いことをしていることになりません?」
「一部だけでも魔法が起動するかもしれん。破壊を目的とするならば暴走させるだけでも十分という考え方もある」
「大厄災が再び起きる、と」
「もちろん、全部仮説に過ぎんと言われればその通りじゃ。じゃが、そうであった時のインパクトは大きいでは済まされん」
仮説を裏付ける情報を集める必要がある。思いつく方法は一つだけ。本が封印されていた祭壇を詳細に調べることだ。
最も近いのは墳墓。
「明日から墳墓に戻って再調査ですね」
「それが一番の近道じゃとわしも思う」
だが、墳墓の再調査が行われることはなかった。




