70:急襲 ≪アサルト≫
25/02/22 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
それからさらに2時間の飛行。陽は沈み、空は赤みを残すものの急速に暗くなってきている。
キャンプの位置はギヴェオン司教が知っているので迷うことはなかった。
地上に少し開けた場所が見え、明かりもいくつか見える。
司教はその上空まで真っすぐ飛行するようだが、僕たちに急降下できないので、手前から高度を落としてキャンプに向かう。
キャンプのほぼ中央で何かと戦う人影、エウリシュアだ。
僕は急ぎ接近する。
キャンプの外で天馬を降下させて飛び降りる。
その時、上空から急降下してきた竜の鋭い鉤爪がエウリシュアと戦っていた何かを吹き飛ばす。
ドラゴンは急上昇し、そこにはギヴェオン司教が立っていた。
彼はすぐに剣を抜き、弾き飛ばしたやつの方を見ている。
僕は負傷しているエウリに駆け寄るが、突然意図せぬ方向から鎖が飛んできた。
とっさに盾で受ける。激しい金属音が響き渡る、かなりの衝撃だ。
ほぼ同時に司教にも鎖が飛んできたようだが、彼はそれを余裕をもって剣で払った。
重症の治療の奇跡を自ら行使する。エウリの傷も先ほどと同様に治療に対して抵抗を示す。本当に厄介な敵だ。
それから司教の方を見ると、ゆっくりとその鎖を投げたであろう奴に近づいている。慎重な動きだ。
その先にいる奴は前進に鎖を巻いた人に近い姿をした何か。おそらく、悪魔の類だろう。
そいつはさっきの攻撃の際にちぎれ飛んでいた自分の左腕を握り、司教から視線を外すことなく、腕のあるべき位置に持っていくと、一瞬にして繋がる。
強力なんてものじゃない再生能力だ。僕がまだ使えない再生の奇跡に匹敵する。
コマリの加速の呪文が発動すると、司教は一瞬にして鎖の悪魔との距離を詰める。
鋭く頭部を狙って突く。だが鎖が左右からその切先を逸らす。
それと同時に3本の派手に棘のついた鎖が司教に襲い掛かった。
「くっ」
司教は短く息を吐き、二本を素早く捌き、一歩後ろに下がって回避する。
下がる司教に合わせて鎖がもう一本、直線的に放たれる。そこにタイミングを計っていたレイアが切りかかった。
放たれた鎖は司教の剣に巻き付き、その動きを止めた。しかし、それが仇となった。
レイアの両手刀が、悪魔の頭部から、奴の体に巻き付いている鎖ごと体半分を切り裂いた。
「おっさん、ナイスアシストだ」
レイアが剣を払い背に担ぎ直す。
「今夜は貴殿のおごりだな」
司教も剣をしまう。周囲を確認すると、そこらに聖炎の聖職者や従士が倒れている。
急ぎ治療に当たった。
重傷者22名(エウリシュアも含む)、死者4名。
今日準備しているのは1回分。明日は準備をできるだけして3人の蘇生が可能だ。
それまでに、少しでも多くの治療の奇跡を使える状態にしたいので、優先順位は決めなければならない。
司教に尋ねて一番能力の高い司祭を教えてもらい、今日使える奇跡で蘇生を行う。
死体の状態を確認し、激しい欠損が無いことを確かめたうえで、蘇生の準備に入る。
その場に跪き、祈りを捧げる。聖句を唱え、宙に神聖文字を描き、それが地面に転写されて魔方陣を形成していく。
数分後に魔方陣は完成し、最後に復活の宣言を行うと、司祭は激しく血を吐きながら息を吹き返した。
すぐに回復に奇跡を行使する。
僕の力では、生き返らせるのがやっとだ。損傷が激しい場合は欠損した状態は回復させることができないし、致命的な一撃による死であれば効果を持たない。首を切り落とされていたり、心臓を貫かれたりした場合は、蘇生できないのだ。
より強力な奇跡の行使ができるようになりたい。そうなればより多くの死を克服でき、そこから繋がるより多くを助けることができる。
治療を終えた僕に司教が声を掛けてきた。
「アレン。聖職者は時に、神の思し召しを覆すほどの力を預けられているのだ。我々はそれを決して忘れてはならない」
ギヴェオン司教は僕の表情に何かを感じたのだろう。
僕の思いは、まさに思い上がりだ。司教の言葉が耳に痛い。
「ご忠告、感謝いたします。肝に銘じます」
僕は司教に深く一礼して告げる。
「神は時に厳しいことを求められる。私とて仲間や部下を失うのはつらい。助けることができるなら助ける事を選ぶだろう。
我々は神ではない。あくまでも神の代行者なのだよ。そして同時に我儘で自分勝手な人間でもある。
我々がすべきこと。それが何なのかは、生涯をかけて答えを出さねばならない宿題だな。
と、偉そうなことを言ったが、アレン。彼を救ってくれてありがとう。そして残りの3名も救ってやってくれ、この通りだ」
司教が僕に頭を下げた。
彼もまた、自ら道半ばで今も悩み、迷っているのだ。
それが人として生きること。
「明日になりますが、残りの3名も蘇生します。お任せください」
僕は彼にそう言った。
今僕はこの場にいる。そして、目の前で悪魔によって命を絶たれた人がいるのだ。
救わない道理はない。僕はそれが神の思し召しと信じる。
間違っていたら神に怒っていただこう。
他力本願かもしれないが、今の僕はそれでいいと思った。
治療をワンドに頼らずに、自らの奇跡の行使で行い、今日使える力はほぼ空状態だ。
さすがに疲れた。
少し休みたいと思ったが、もう一つしなければならないことを思い出す。
僕は広い場所に移動してから、指笛を鳴らす。
上空から三頭の天馬が舞い降りてくる。
その先頭に立つ馬の頬を撫でて、感謝の意を伝える。
彼らは意図を理解したようだ。
数回頭を振ると、ゆっくりとその姿を消した。彼らの世界に帰っていったのだ。
とりあえずこれで一息入れられる。
ロアンとコマリにお願いして豆茶を入れてもらい、落ち着くと、そのまま少しまどろみに落ちた。
眠っているわけではない。これは瞑想だ。
小一時間経ってから瞑想から抜けると、キャンプは全体的に落ち着きを取り戻してきているようだ。
僕は立ち上がって、司教とエウリシュアのいる方に向かう。
気づいたエウリは立ち上がり、歩み寄ってきた。
「危ない所を助けて頂き、感謝の言葉もありません。本当にありがとう」
そう言って深く頭を下げたので、僕は
「とりあえず無事でよかった。兄弟」
そう言って彼の肩をポンポンと叩く。
それから司教の脇に座って詳細な状況を訪ねた。
「昨日、エウリシュアが2層目の探索を完了させて、帰還の際に墳墓で異変が起こったそうだ」
司教がまとめた情報を僕に教えてくれた。
少し遅れていたが、無事に2層目を調べ終えて、キャンプに帰還することにした。
構造は把握しているので迷うことなく入り口付近まで来たときに、奥から悪魔の集団が襲ってきた。
探索隊は撤退しながら入り口付近で防衛線を構築し、迎撃をしたものの、数に押されて防衛しきれず、キャンプまで撤退。
そこで現地のサポート部隊を直ちに撤収させて、再度防衛線を築いた。敵の一部は撤収したサポート隊を追撃したようではあるが、こちらも数が多く、援護を出せなかった。そしてこの状況になったそうだ。
従士とは言え、聖戦士だし、初級冒険者よりは圧倒的に能力が高い。中堅の冒険者と遜色ない能力のものもいるが、一対一では分が悪かったようだ。彼らの悪を討つ一撃は効果的だったようだが、如何せん敵の数が多く、負傷者が出始めると形勢は一気に不利になった。
エウリを筆頭に正規のパラディンは奮戦したようだ。
髭の悪魔は蛮族などと戦い方は変わらないが、鎖の悪魔は極力姿を現さず、周囲から鎖を使って少しずつ削る戦い方をしてきたと言う。奴は鎖そのものを自由に操る能力があるらしく、複数の方向からの不意打ちを食らって傷を負い、回復しきれずに皆力尽きていったそうだ。
動けるのがエウリに一人となった段階で、奴は姿を現して、エウリと戦っていたらしい。
万全で一対一ならエウリにも十分勝機はあったんじゃないかと思うが、その時点で彼の使える奇跡は底を突いているし、負傷も負っていた。
悪魔らしく、いたぶりながらエウリを殺すつもりだったと推測できる。
「気になりますね、天上神教会襲撃の際と状況が似ています。こちらの方が大戦力のようですし」
奴らは聖炎の部隊がある程度墳墓を探索を完了するのを待っていたのではないかと推測できる。
2階層の探索が終わり、帰還する状況であれば、探索隊の使える奇跡の数は減っているはずだし、排除するのに適したタイミングと言える。
ギヴェオン司教は腕を組み目を閉じて何かを考えていたが、おもむろに口を開いた。
「今突入すれば奴らを押さえられるかもしれんが、こちらの消耗を考えると翌朝までは待たねばならん」
「しかし、それですと、明日は蘇生ができないことになってしまいます。敵には高位の魔法使いがいると思われますし、戦力的にも十分かどうか」
僕は懸念を伝える。単純に戦力と言うなら司教にエウリ、僕たち4人で十分だ。だが本の収められている祭壇の知識や、敵の魔法使いに対処するにはGさんの到着を待った方が確実だと思える。明後日には陸路を到着してくれるはずだ。
だが、それだけ待てば奴らは撤退している可能性も高い。
「明朝、準備ができ次第、我々は突入する。これは決定事項だ。
アレン、貴殿らにも協力を要請するが、無理強いはできん。
高位の聖職者、優秀な戦士、探索者、魔術師が加わってくれれば心強いのは事実だ。
同行してはもらえないだろうか。この通りだ」
ギヴェオン司教が頭を下げる。それに従うようにエウリも頭を下げた。
その意気を汲んで協力したいとは思うが、仲間の命を預かる以上、即答はできない。
「意向は承りました。少々お時間をください。私の独断では決定しかねますので」
そう告げてから、その場を一度去る。
仲間の元に行き、意見を求めるためだ。
コマリたちの元に戻って、状況とギヴェオン司教の決定、そして要請があったことを伝える。
最初に口を開いたのはコマリだった。
「アレン様は行くべきとお考えなのでしょう?でしたら私は付き従うまでです」
彼女の意思は常に一貫している。こういってくれると思っていたが、それが一番の心配でもあるのだ。
コマリが僕たちのパーティーで一番経験が浅く、リスクが一番高い。できることなら危険にさらしたくはない。
「あたし個人としての意見は、賛成しかねるよ。リスクが高すぎる。けど、これってそれでも行かなきゃって場面だよね」
ロアンらしいと思う。普通の探索であれば、無理をするところではない。だけど、状況がそれを許さないことも理解してくれている。
「俺としては行くべきだろうと思う。ストームポートの一件もあるし、危険なのは間違いないが、放置する方がより危険だろう」
最後にレイアが答えた。全員の意見は一致している。突入に参加することは決定だ。
「ありがとう、みんなが無事に戻れるように最善を尽くします」
そう言って僕は頭を下げる。
「いや、アレンちゃんが頭下げることじゃないでしょ?仲間なんだからさ、そういうのはやめてくれない?」
ロアンが真っ先に言ってきた。
「そうだね。何とか乗り切って、みんなで祝杯をあげよう。もちろん、ギヴェオン司教のおごりでね」
僕はそう答える。
みんなでそろって司教の元に行って、こちらの決定を伝えた。
司教は僕たちに向かって
「ありがとう」
と短く礼を言い、頭を下げた。
そして僕たちが同行することで、突入する部隊編成が決まる。
僕たち4人と、聖炎の司教、エウリ、ディックと言う名のパラディンと蘇生させた司祭アンジェリカ。合計8名の構成となる。
構成的には問題ないが、強いて言えば魔術師が一人しかいないのがやはり気がかりだ。
進行に当たって行軍順も決めておく。
移動時はロアンが先頭で、その後ろに司教とエウリ。僕がその後ろで、さらにコマリとレイア。聖炎の司祭とパラディンが続く。
戦闘が始まったら、ロアンがコマリの所まで下がる。最後尾のアンジェリカとディックは状況に応じて動き、今回はレイアは前に出ずにロアンとコマリの護衛に徹してもらう。レイアは前に出られないことが少し不満そうではあったが、了承してくれた。
突入は明朝。今夜はこれで解散し、各自準備に入る。
夜間の警護は突入に参加しないパラディン達が引き受けてくれることになった。
彼らも突入したがっていたが、ここに残る他の聖職者や従士たちを守るのも重要な任務だ。我々が突入している間に襲撃を受ける可能性は低いと見てはいるが、ないとは言い切れない。その場合には彼らは厳しい戦いを強いられることになる。
こうして決めるべきことを決めてから、今夜のうちにできる準備をして、休むことになった。
明日は長い一日になるはずだ。
すべてがうまくいきますように。
僕は月に祈ってから、瞑想に入った。




