65:聖月神教会 ≪フラワーセント≫
25/22/22 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
その日はラッシャキンのお宅で食事をごちそうになり、そのままGさんの魔法の仮住まいで休息をとった。
翌朝、それぞれが準備を終え、朝食をとってから建物の外に出ると、
「忘れ物はないかな?運が悪いと忘れ物も土に潜ってしまうからな」
各自が一応確認。問題のないことを告げると、Gさんは短くつぶやく。
「ご苦労さん、役目は終わった。地に帰れ」
そう唱えるとゆっくりと建物が土に沈んでいく。一分ほどの時間でそこは最初から何もなかったかのように平らで、ただの広場の一部に戻った。
僕たちはそれぞれ二人ずつに分かれて行動する。
レイアとロアン、Gさんとザック、僕とコマリ。
必要な物資を調達しながら、それとなくセーブポイントに向かうという話をする手はずになっている。
これは、あえて所在を明らかにすることで街に対する不要な攻撃を避けるためと、少しでも情報がほしいので餌を撒くためだ。
簡単に何か釣れるとは思っていないが、何か引っかかればラッキーだ。
僕はまず天上神の教会に向かう。
昨日の経緯もこれからの行動もレンブラント司教には伝えておくべきだと思う。彼も当事者だから知る権利もあると思うし。
教会のゲートをくぐり、礼拝堂に向かう。大騒ぎになったけれどもその痕跡はほとんどない。建物などには被害は出ていないし、亡くなった司祭には申し訳ないが、不幸中の幸いと言っても良いだろう。角の悪魔がもし表に出ていたら、被害はこの程度ではなかったはずだ。
礼拝堂に入り、主祭壇に祈りを捧げた。
コマリと二人で祈り終えると、右手の奥に司祭の姿が見えた。
僕は軽く会釈して、司教猊下に取り次ぎをお願いする。
彼は少々お待ちください、と言ってから奥に下がっていった。
「ここの神様、大きいですね。実際の神様もこういう感じなのですか?」
神像を見上げてコマリが尋ねてくる。
「僕がお会いした神様は、大きさだけなら僕たちとそんなに変わらなかったよ。実際はどうなんだろうね」
なんでもない会話をしていると先ほどの司祭が戻ってきて、こちらにどうぞ、と案内してくれる。
そしてそのまま司教の執務室に。
「お加減はいかがですか?司教猊下」
僕は部屋に入るとまず尋ねる。
「おかげさまで新しい腕も以前と遜色ない。傷も癒えているし、いつも通りだよ。そちらのお嬢さんは、確か君のパーティの…」
僕を見た司教の目が一瞬止まる。
ああ、そうか。僕じゃなくて、コマリを見たからか。
コマリの紹介をちゃんとしたことがないので、司教としてもドロウがいることに違和感を感じるのだろう。
それはある意味仕方ない。負のイメージは根強い。それを少しずつ払拭していかないと。
「紹介が遅れました。これはコマリと申します。もう少ししたら私の妻になる女性です」
僕が言う言葉に合わせて、自然にお辞儀をする。公の場での彼女の所作は本当に美しいと思う。
一方司教は少々驚いた様子だった。まあ、それも無理はない。
「そうだったのですね。それは知りませんでした」
司教の言葉遣いがおかしくなっている。そんなに衝撃的だったのだろうか。
「まあ、とりあえずお掛けなさい。すまんがお茶の用意を頼む」
僕たちに応接の椅子を進めてから、控えていた見習いにお茶の用意を言いつける。
彼は僕たちの正面に座り、話を始めた。
「今日は何か報告があって訪れたのであろう?早速だが聞かせてもらってもいいかな?」
「はい。まずは昨日こちらで回収した書籍ですが、非常に危険なものと分かりましたので処分いたしました。
同様の書籍があと2冊あるようですが、それがどこにあるのかは、今のところ不明です。
もう一つのご報告は、我々は明日にストームポートを発ちます。目的地はファーストポイント。
今回の一件はギヴェオン司教にもご協力をお願いする必要がありますので、出向くことにいたしました」
「そうか、ファーストポイントに行くか。現状を踏まえれば最善かもしれんな。聖炎の側からすれば迷惑、いや、本懐かもしれん。
しかし明日とはまた急ぐのだな」
「はい、私たちがあの本を持っていると思っている者がいるのであれば、また襲撃があるでしょう。ですので早い方が良いかと」
「そうか、うむ、どうしたものか…」
司教が少し考え込む、何か僕たちの力を必要とすることがあるのだろうか?気になったので率直に聞いてみる。
「どうかされたのですか?私たちに御用でも?」
「いや、そういう訳ではないのだが。そうだな今話しておくべきだろう」
司教は一人で何かの結論に達したようで、執務机に戻って何枚かの資料と思われる羊皮紙を持ってきた。
そこに先ほどの見習いが、お茶を持ってやってくる。
司教は資料に目を通しながらお茶が入り終わると、見習いに声をかけた。
「ありがとう、呼ぶまで下がっていなさい」
見習いは一礼して下がっていく。
「これは本部から届いた資料なのだが、君には悪いが少し調べさせてもらったのだよ。
現在、君は天上神教会に所属していない。そうだね?」
「はい、おっしゃる通りです。正式な教会の一員にはなっておりません」
「ふむ、でもう一つ調べたのがこの資料で、聖月神教会に関するものだ。聖月神教会は規模こそ小さいが、その創立はかなり古い。今は信徒がいるのかすら定かではない状況だが。現在、月神教会は保留となっている。戦後の状況確認が終わっていないので削除されてはいないが、いずれ現状の調査が行われて教会はなくなるだろう。
そこで考えたのだが、アレン、君が月神教会を引き継ぐというのはどうだろう。この南の大陸に移転させて」
「えっと、心情的に育ててもらった教会がなくなるのは悲しいですが、それはそれとして。猊下が外郭教会の保護をされる意図が今一つ分かりません」
率直に答える。ここに新たに教会を立ててもメリットが無いと僕は思う。
「いくつかメリットがある。一番大きいのはアレン、君が天上神教会の一員ではない、ということだ。
万一君からの支援要請があったとして、教会は動く理由があまりない。だが、関連教会からの支援要請なら、少しは動く理由になる。
君が正式に教会の一員になれば、それもいいが、組織に組み込まれると上の意向を無視できなくなる。
私としても、君に見習いの真似事をさせるのは、本意ではない。というか損失ですらあると思う」
「私を評価していただけるのは有難いです。ですが、教会を運営するとなると、放置もできないと思いますが」
「それは教会の運営方針の話だから、君が外回りに精を出しても問題ないだろう。
独立しているが、天上神教会との関係を確保する良い手だと思うが?」
確かに、それはその通りだ。でも教会主となるとやっぱり放置もできないし、責任も生まれると思う。それを放置するのはどうなのだろうか?
僕は少し考え込む。司教がそこまで押す理由もわからないし。
「他にも理由がある。一つは聖炎にスカウトされるのを防止するため。
もう一つは君に二つ名を持ってもらいたいと考えているんだよ」
司教は一息ついてお茶を口にした。
「私の二つ名とは?」
「月影の司教。そう名を広めてもらいたいと思っている」
僕は司教の言葉にお茶を吹き出しそうになった。月影の司教ってかつてオースティン・ヘイワードが呼ばれた名前だ。
あまりにも縁起が悪い気がする。
「猊下、悪ふざけに聞こえますが、真意をお聞かせいただけますか?」
「悪ふざけなどではないよ。君は司教を名乗るに相応しい実力を持っている。
何より月影の司教の名が悪名として残るのは私としては耐えがたい。神の名を汚すことになる。
君はその悪名を払拭するだろう、そう思うのだよ」
確かに月影の司教、という二つ名が悪名であるのは僕としても気分が悪い事だ。オースティン・ヘイワードのせいで月の神様が悪いみたいに思われるのは心外だ。その汚名を晴らすために僕が名乗るというのは確かに方法としてアリだと思う。僕は月の神様の信徒なのだから。
「それにだ、君は月の神の加護を受けておるようだ。君以外にこの名を名乗れるものはおらんと思うのだよ」
司教はさらに押してきた。僕は加護を頂いていると思っていないのだが。
「おっしゃることはよくわかります。私も月影の司教という呼び名が悪名であることには憤りを感じます。
ですが、私が司教を名乗るのはやはり時期尚早すぎるとも思うのです。神の加護を受けている訳でもありませんし」
「罰当たりなことを言ってはいかん。私には君から月の神の神威が感じられる。
君から微かに花の香りが漂っているのだよ。夜の女王の香りが。間違いはないだろう」
ナイトクイーンは月の夜に一晩だけ咲くという花だ。月下美人とも呼ぶらしいが僕は見たことが無い。
にしても、これは昨日言われた僕が唐変木ってやつの続きだろうか?
それは置いておいて、僕が月影の司教を名乗れば、元月影の司教は面白くない、いや自ら神を捨てたのだから、そういう感情は抱かないかもしれないが、少なからず興味は引けるだろう。
「幸いにして月影の司教の名を悪名と認識するのは教会関係者だけであろう。闇の司教と月影の司教が同一人物であることを知るのはごくわずかだ。
先日の襲撃騒ぎで蘇生を受けた者は、喜んで君を月影の司教と呼ぶだろう。何の不都合もないと思うが、どうだろうか」
正直に言って乗り気にはなれない。レンブラント司教がこうまで推すのがピンとこないというのもあるが、僕には分不相応というか、早すぎると思う。
「この話は、とりあえず保留にして頂いてよろしいですか?先にお話ししましたように、明日にはストームポートを発ちますので」
ここで慌てて決める事でもないだろうと思うし、時間が経てば考えも変わるかもしれない。
先送りを提案したが、
「手続きは私の方でしておくから、君はひとこと、うんと言ってくれれば、万事がうまく行く。体裁はおいおい整えれば良いし、教会本部から監査の類があるわけではないだろう」
司教は一歩も引かない構えで、ここで決めたいようだ。
「なぜお急ぎになるのですか?私が月の信徒であることは揺るぎませんし、僕の準備も十分とは思えません」
「聖月神教会がいつまで保留なのかは分からない。その点だけでも早い方が良いと思う。
それに、そう遠くないうちに君は奴と対決することになるだろう。その時に私は出来る援助はしたいと考えている。そのために必要な体制は整えたい。
ここの教会には戦力と呼べる程のものはないが、少なくとも私が動くことが可能となる。
私も奴の旅を終わらせたいのだ。この世界のためにも奴自身のためにも」
司教のこの言葉に、僕は返す言葉が見つからなかった。
彼が心のうちにどういったものを抱えているかは、正直僕には計りかねる。
だが、僕たちはすでに闇の司教と対峙する形になっている。だからこそストームポートを出る訳だ。今決定しなければ、彼としては傍観者でいるしかなくなってしまう。その焦りがあるのだろう。かつて何かできたかもしれない、彼はそう言っていた。そういう後悔の念が司教にはあって、自分のできることをしたいと思うが故の焦りみたいなものが。
「分かりました。僕は特に何もしませんが、司教のお考え通り進めてください。先のことは事態が落ち着いてから考えることにします」
僕は折れることにした。
使える戦力が大きいに越したことは無い。その一点で納得することにする。
「アレン司教。私にも無理を言っている自覚はあるのだ。押し付けてすまない。だが、それに見合うだけの支援はするつもりだ」
彼は立ち上がって握手を求める。
さっそく司教と呼ばれるのには少し抵抗があったが、そこは気にしないことにした。
僕も立ち上がって、彼の手を握った。
「それでは行ってまいります。何かありましたら連絡を入れますので」
そう言ってから僕たちは一礼して執務室を後にした。
まあ、教会を移転してその代表になったからといって、何かが大きく変わるわけでもない。
少なくとも今目の前の事に集中しよう。ほかはなるようにしかならない。
マーケットに寄って治癒の杖や、火球の杖、加速の杖、ポーション類と食料などを補充して、コマリと共に居酒屋フェニックス亭で食事を兼ねてお茶をする。
補充は何とかなったが、ほとんど文無しだ。数泊分の宿代と食費。寂しいがまあ困る事もないだろう。
その後にハーバーマスターに出立することを伝えてから、船の確認をしてドロウの集落に戻る。
宿泊費は少しでも節約しないと。もちろん、これからの旅が安全である保証はない。コマリを両親に会わせておいてあげたいと思ったのもある。
とりあえず準備は整った。
明日もいい日になるといいな。
月を見上げて、そう思った。




