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God Bless You !!  作者: 灰色狼
第一章 嵐の港町 ~ストームポート~
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5:悪の気配 ≪サインオブイーヴル≫

25/02/17 誤字脱字の修正、および一部表現の変更を行いました。



 繰り返される朝のひと時。

 呪文の準備では普段とは少し違う選択をし、身支度をしてから、下に降りる。

 まだ約束の時間には早いので、朝食をとりながら、サザーランドがやってくるのを待つ。

 僕が食事をとり終えるのを見計らったかのようにサザーランドが現れた。


「おはようございます、サザーランドさん。まずは座ってください」


 カウンターの隣の席に座ってもらい、今日の段取りを説明する。

 食料を中心に昨日よりも少し運ぶものの量が多いのと、昨日と同じように進められるかを確認してから動き始める。

 最初に部屋から樽を運んでもらい、僕は雑貨屋の門をたたいて店主を起こし、布地をある程度まとまった量仕入れる。

 その間にサザーランドは荷車に鍋やパン籠、道具類などを積み込んで、戻った僕と合流。

 昨日と同じ道を通り、桟橋から奥の洞窟へ。

 昨日と同じように何人かが荷車ごと担ぎ上げて運んでくれて、現地に到着。

 到着と同時に人々が集まり始める。混乱は少ない。

 購入してきた布地と昨日用意した甘めのパンに<清め>の奇跡を施し、樽を水で満たす。

 そのころには昨日のかまどに火が起こされており、鍋が暖められ、湯が沸かされる。

 

 サザーランドに声をかけて、配給の際に神から頂いた甘いパンは日持ちしないので今日中に食べることを念押しすることと、鍋が温まったら配給を始めるようにお願いしてから、昨日の母親の元に向かう。

 昨日と違い治療用具一式のほかに最低限度の冒険用装備の入った袋も持ち歩く。


 小屋にたどり着き、声をかけると昨日の母親が出てきた。

「ちゃんとお眠りになりましたか?」と聞くと、「はい」と短く答えた。表情は明るくは無いが笑顔を作っている。

 笑えないよりは、笑うふりをするの方が随分マシだ。僕も笑顔で「それは良かった」と答える。

 笑顔には人を安心させる力がある。幸せにする力と言ってもいい。これは僕が経験から学んだことだ。

 深刻な状況なら深刻な顔をするのが普通だろうし、正しいのかもしれない。実際に何をヘラヘラと、とか、不謹慎だとか、不真面目だ、だとかの誹りを受けることは少なくない。でも僕は知っている。笑顔を向けることで相手の心は軽くなる。

 どれほど厳しい状況で、助かる見込みが極めて薄いときでも、僕は「状況は厳しいですが、全力を尽くします」と笑顔で告げるようにしている。

 そうすることで、仮初でも、偽りなのかもしれないけど、希望を与えることが出来る。最悪の結果になって罵倒されようとも。

 少しでも希望が無ければ、祈る気持ちが無ければ本当の意味での『奇跡』は起きないのだ。


 小屋に入ると昨日同様に嫌な空気が充満しているのを感じる。

 すぐに診察をはじめ、昨日と状況が変わっていないことを確認すると、昨日忘れていた確認を行う。


「神にお願い申し上げます。悪意ある毒の存在をお教えください」


 何の反応もなかった。力は顕現しているのを感じるので、この子が毒に侵されている可能性も消える。

 うん、間違いない。たぶん。


「神よ、御身の御業にて、この者をお守りください。聖域の加護(サンクチュアリ)


 同じ祈りを2回繰り返し、母親と子供の安全を確保した後、三日月刀を抜き天にかざし左手を母親にかざして、続けて祈る。


「御身の御業にて、この者を蝕む邪念を払い給え。解呪(リムーブカース)


 柔らかい光が子供の体を包み、黒い胞子のようなものが宙に舞い上がりながら消滅していく。

 どうやら解呪は成功しそうだ。僕は周囲への警戒を強める。

 呪いをかけた者がこれに気が付いている可能性は高い。このタイミングでの襲撃もあり得るからだ。


 一息置いてから子供の瞼が開く。


「ここは…私は…」


 周囲の様子をゆっくりと見回しながら現状を認識しているようだ。僕と目が合い、そして脇に佇む母親の姿を見ると、


「お、かあさん?」


「アナスタシア!」


 母親が駆け寄り子供を抱きしめる。


 上手く行ったし、このタイミングで襲撃は無さそうだ。だが警戒を緩める訳にはいかないし、少しでも安全な状況を作りたい。


「動けるかな?できれば広場に移動して、水分と食事をとった方がいい」


 僕は勤めてゆっくりと優しく話しかける。警戒していることは悟られないように。

 彼女はゆっくりと身を起こし、「うん」と短く答えた。

 少し足取りのおぼつかない子供を抱いて母親とともに広場に向かう。歩きながら彼女に何が起こったのかを聞いた。

 洞窟の水場から水を汲んで戻る途中に、急に気分が悪くなり、意識を失いかけた。その後自宅まで何とか戻ったのだが、その後の記憶は無いらしい。

 戻る途中に昨日話を聞いたハーフフットの男がこちらを驚きの表情で見ているのに気が付いた。僕は相手には気づかれないように広場に戻る。

 心配し過ぎだと思うが、聖水の小瓶を取り出して子供に飲ませると、食事を取るように勧めてから、その場から立ち去る。


 広場から少し離れたところで最小の動作と声で悪の看破(ディテクトイーヴル)を行使する。

 悪の属性に類するもののが感じられる。僕は奇跡の効果が継続するように集中しながらゆっくりと歩く。

 少し離れた広場の人々の中にも悪の気配はあるが、市中のレベルと変わらない。モラルの低い小悪党の類だろう。目くじらを立てるほどではない。

 ゆっくりと水くみ場に向かうと、さっきのハーフフットが慌てて歩いているのが見えた。彼は悪として認識されない。

 だが、彼にはわずかだが悪の残り香のようなものが感じられる。

 水くみ場に程近い場所に悪の気配が少し濃い場所があるのを確認したので、小走りに移動するハーフフットに声をかける。


「ああ、あなたは昨日の」


 その声にビクッとしてその場に足を止めた男はその場に固まって小さく震えていた。


「大丈夫ですよ、あなたが罪を犯してしまったのは、あなたが自ら望んだことではないと、神はご存じです」


 これはブラフであるが、おそらくは確信を突いているはずだ。

 彼はゆっくりとこちらに向き直り、その場に崩れ落ちた。


「こんな事になるって思わなかったんだ」


「大丈夫です。悪いようにはしません。ですから知っていることを話してくださいませんか?」


 極力優しく話しかけると、彼は重いながらも口を開いた。それは僕の予想とそれ程かけ離れたものではなかった。

 彼は先週見知らぬ男に声をかけられて、この近辺で幼い子供のいる家を教えてくれないかと聞かれたのだ。

 金貨を握らされて、彼はブットバルデ家の話をしたらしい。

 それから数日後一家は突然失踪したのだ。

 彼らの姿が消えた翌日、あの男が再び現れて、とんでもない悪事に加担してしまったな。彼らはひどい目にあうだろう、お前のせいで。と脅されて別の子供のいる家庭を教えるように脅されたらしい。それで仕方なくアナスタシアの話をしたところ、その日のうちにあの子は倒れたそうだ。

 その翌日に僕がサザーランドと一緒にここにやってきた。という流れらしい。

 嘘を見破る奇跡は使っていないが、この男は嘘はついていないと思う。

 この男が事件の犯人である可能性も考慮していたが、彼に悪意がないのは間違いないし、良心の呵責があるからこそ嵌った罠だ。


「話してくれてありがとう。あなたに責任はありませんよ。法に裁かれることもありませんし、神もお咎めにならないでしょう」


 彼は声を殺すように泣いている。

 実のところこれ以上彼にかける言葉はないが、救いを求めているのも事実なので言葉を続ける。


「もし心の苦しみから逃れたいのであれば、毎晩神に祈ると良いでしょう。神はあなたの言葉に耳を傾けてくださる。

 もし、それでも心が苦しいのであれば、サザーランドさんに打ち明けると良いでしょう。その時には僕があなたは赦されると言ったことも一緒に伝えてください」


 とりあえずサザーランドあたりに振っておけば大丈夫だろう。気のいい奴だし適度に怒ってくれて、でも仕方ねえだろう、と言う感じで落ち着いてくれるはずだ。


「あなたにお願いがあります。これから2時間ほどは水くみ場に近づくなと私が言ったって伝えてください」


 その言葉で彼は広場に戻っていった。

 さて、ここからが本番だ。

 正直言うと奇跡を行使できる残りの数が心もとない。どれくらい困難かは予想できない。

 確実を期するなら日を改めて他の冒険者、ガイアさんたちの顔が浮かんだが、助力を求めるのが正しいだろう。

 だが、ここで日を改めると、事件解決は難しくなる可能性もある。今は巧遅よりも拙速を貴ぶべきだ。

 覚悟を決めよう。為すべきことを為すんだ。



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