62:神託 ≪オラクル≫
25/02/22 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
後始末が一通り終わって、作戦会議を行う。
分かっていることは今はとても少ないが、だからこそ情報を集めなければならない。
どこに敵の目があるか分からない。闇の司教の一件もそうだし、今回の件もまた然り。
まず天上神の教会に行き、司教のお見舞いと称してお願いを一つする。
今日、地下で回収したこの本のことはしばらくの間、他言無用を約束してもらう。
司教もこれが少なくとも悪魔が関わる程度には危険なものであることは承知しているし、その噂話など広がろうものなら、何が起こるかわからないという点で納得してくれた。
次に今考えうる最も安全な場所に移動する。
ドロウの集落を訪れてから、ラッシャキンの家を訪ねた。
彼は若い者たちを率いて狩りに出ているらしい。
一応、族長の許可は取りたかったんだけど…と思っていると、イシュタルがこちらに向かって歩いてきた。
僕たちが来ていることを誰かから聞いたのだろう。
「族長は最近お出かけになることが多いんですよ。こんな足だから仕事もろくにできない、とか言って雑用を私たちに押し付けて、狩りに出ちゃうって、どう思います?」
第一声が愚痴。たぶん苦労しているのだろう。ラッシャキンもまあ足を失っても健在のようだし、イシュタルには悪いけど、少しほっとした。
「突然で悪いんだけどさ、広場を夜まで使いたいんだ。構わないかな?」
「ええ別に問題ないですよ。名誉族長の御用でしたら誰も文句は言わないですしね」
簡単に許可が下りる。
「あと、もう一つ。万一襲撃とかあったらすぐに連絡をして欲しいんだ。昨日の騒ぎは聞いていると思う。ここも、他の場所も安全とは限らないからね」
「分かりました。皆にもそれとなく警戒するように伝えておきますよ」
僕がここを最も安全と考える理由は、僕が個人的にお願いできる最大の兵力があるのがここであるから。ドロウの住民の大半が戦闘訓練を受けていて、その多くがシティガードと変わらない、もしくはそれ以上の戦士としての能力を持っている。
さらに城壁の外なので、万一の場合にも被害を最小にすることが出来る。
ドロウの人々には少し申し訳ないとは思うが、最良の選択だと思っている。
「んじゃ、Gさん、始めてもらえます?」
僕の言葉でGさんが呪文の準備を開始する。
その辺に落ちている石ころとか木片を少し集め、ポケットから取り出した石灰のかけらと綺麗に成形された6面体の…石?
さらには糸くずとをそこに積み上げて水袋から水をかける。
手に銀の針金のようなものと小さな呼び鈴を持ってから、ゆっくりと呪文を唱え始めた。
ガラクタにしか見えない、木片や石が光りながら溶け合って、小さな魔方陣を形成し、それが徐々に広がっていく。
呪文の詠唱は続き、その魔方陣が10メートルくらいまで広がると、詠唱しながらGさんは地面から何かを持ち上げるような動作を行った。
するとそこからゆっくりと周囲の土が立ち上がり始める。
まるで土の中に埋まっていた建物が引っ張り出されていくような光景だ。
呪文の詠唱は10分ほど続き、魔法の行使が終わったようだ。
そこには結構大きな一軒の土壁の家が完成していた。
「魔法って便利ですよね。こんなことが出来るんなら街くらい一人で作れちゃいますね」
僕はGさんの魔法に感心し、そう伝えるが、
「残念ながら、この魔法は1日は持たんでな。村すら作ることはできんよ。即席は即席に過ぎん。
土壁じゃから、中は少々ほこりっぽいかもしれん。とりあえず、窓を開けて空気を入れ替えるか」
そう言ってGさんは手を二回打ってから
「窓とドアを開けてくれんか」
そう言うと窓やドアが順番に開けられていく。
「もう一つ準備をするでな、ここで待っておれ」
そう言ってGさんは出来立ての家に入っていった。
「旅先で毎日出してくれたら、夜も快適なんだけどなぁ」
ロアンの感想にレイアが突っ込む。
「気持ちはわかるけど、ある程度は高位呪文だろ?いざってことを考えると他を準備しておかざるを得ないだろうからな」
取り留めのない話をすること約10分。
Gさんが入り口に姿を現し、
「準備ができたので、皆中に入ってくれ」
僕たちはGさんの即席ハウスに入った。
中は最低限の品質ではあるものの、テーブルや椅子、寝台などが完備されている。安宿の大部屋の風情ではあるが、ほんの数分でこれが作られてしまうのはやはり驚異的だ。
「飲み食いするものは持ち込みじゃがな」
そう言って手を叩くと奥からカップとピッチャーが運ばれてくる。
「さっきの窓もそうでしたけど、これも家の機能なんですか?」
テーブルについていた全員の前にカップが並び、順番にピッチャーから豆茶が注がれていく。
「同一の魔法内で完結しておるが、家の機能と言うわけではない。家を作る際にこの家の言わば召使いを同時に召喚しておるというのが正しいかのう」
召使い付きとはさらに驚きだ。
「この建物は魔法的に外部との情報を遮断する結界を施した。音も外には漏れぬ。扉と窓には警鐘がなるから誰か近づけばすぐわかる。
これで情報の秘匿は完ぺきじゃろう。さてと、それでは本題に入ろうか」
Gさんは何もない空間から、かなり高価そうに見える宝箱を取り出した。
その蓋を開けて、ロアンに声をかける。
「ロアン、すまんな。本を取り出しておくれ」
そう言ってその箱から昨日回収した本を2冊、ロアンが取り出す。
一冊はクリスタルに封された形、もともとなのかはっきりしないが、黒い革の装丁に見える。破損の痕跡もあり結界を抜ける際に傷んでいる。もう一冊は白の装丁。こちらは上品な高級書籍と言った感じだ。
「今わかっておるのは、この本はいずれも封印されて人目に付かぬ場所に隠されていた。あと、黒い方は属性を持っており、悪。おそらくは悪属性の者にしか開けぬじゃろう。白の方は中を見てみたが、わしには全く理解できん。魔法で解析すれば読めるかもしれんが、黒いのと関連があるので読むのは躊躇われる」
Gさんは豆茶をすすって続ける。
「そして最も重要な点は、この本をどういう訳か悪魔が回収しておった。回収担当が角の悪魔であった点、前回のリッチや、今回の襲撃の手口から考えれば、より力を持つ、魔法使いが関与しているのも間違いないじゃろう」
この辺は共通認識の確認だけど、この作業は絶対に必要だと僕は思っている。
それくらいは分かっているだろ、とか、常識だろ、とか。何の確証もないのにそんなことを言える方がどうかしてる。まあ、こういう人は軍隊内とかエルフに多いんだけど。
種族も育ってきた環境も違って、異なる背景を持つ相手に自分の命を預けるんだから、思い違いは時に致命傷に繋がる。
「で、わしはこれから伝承知識の魔法を用いて、この本の由来を調べてみようと思う。
恐らくは何か手掛かりは得られるじゃろう。それほどの時間はかからんと思うが、呪文を行使しておる間は、わしはただの人になってしまうでな。その辺は理解の上、助力を頼みたい」
Gさんはそう言って一同を見渡す。特に意見は出ない。というか、これが何なのかを明らかにしないと、何も始まらない状況なのだ。
「では、始める」
Gさんは手を叩いて奥から目に見えぬ召使に皿を持ってこさせて、ポケットから乾燥した木の棒と白い細い棒のようなものを取り出すと、木の棒は皿にのせて、その脇の象牙の棒を井の字に組んで置いた。
皿の上の棒に火を灯し、すぐに消す。白い煙が棒から立ち上り始める。炎を上げることなく、ゆっくりと燃焼している様だ。
煙が立ち昇り独特の匂いが部屋に漂い始める。香の類だ。いくつかの植物と可燃性のつなぎになるものを混ぜ合わせて調合された物だろう。
微かにカモミールのような甘い香り、微かにつんとする刺激。それほど詳しくは無いが、かなりの高級品だと思われる。
Gさんは静かに呪文を唱え始める。Gさんの口から発する音が、目に見えて静かに机に置かれた本の周りに降っていく。
テーブルの本を囲むように複雑な図形を描き、図形が完成したようだ。Gさんはそこに向けて静かに言った。
「世界の記憶よ、この品にまつわる伝承を示せ」
本の周囲に書かれた魔法陣が光を放ち、ふっと浮かび上がったかと思うと消えた。
「とりあえず、呪文は効果を発揮したようじゃ。あとは待つだけじゃな」
Gさんがふと息を抜き、一言告げた。僕も考えていたことがあるので、みんなに話してみる。
「実は少し考えていたことがありまして。本について調べるのと同時に、今回の件について神様にお伺いを立ててみようかと思うんです。
お答えいただけるのは基本的にYes・Noだけなので、何を聞いたらいいのか、皆さんにアイデアを頂きたいのですが」
「はい、いいえの答えしかもらえないのかぁ。質問するの難しいね」
「僕如きの能力ではそれが限界なんですよ。質問の仕方や内容によっては回答が得られないこともあるらしいです。なんせ今まで使ったことが無いので」
「わしは一つ尋ねたい事があるぞ?」
Gさんは素早く意見を述べてくれた。
「今回の件が闇の司教と関係があるのか、はっきりさせたいと思わんか?」
僕の考えていたことと全く同じことをGさんが口にした。
関係あれば黒幕確定だし、なければその存在は別に意識しておかなければならない。それだけでも十分に意味のあることだと思っていた。
「そうですね、僕もそれは非常に気になるところです。
他になにかいいアイデアはありませんか?
僕は、太陽剣をいまのまま使ってもいいか伺いたいと思ってるんですけど」
「ああ、それは良いんじゃない?お許しをもらえればアレンちゃんもスッキリするだろうし」
「いくつくらい質問できるものなんだ?」
レイアが訪ねてきたので、何か聞きたいことでもあるのかなと思いつつ、僕は答えた。
「最大で9個だと思います。数が減る可能性も否定できませんが、6~7個が確実な線ではないでしょうか?」
とりあえず出たアイデアを羊皮紙に書きとる。
一同は腕を組んで真剣に考えてはいるが、答えが2択であることを考えるとどう聞いたものかを悩んでいるようであった。
「この際、個人的なことでも何でもいいと思いますよ?アイデアがなくても今出てる二つは聞くことにしますし」
「アレン様、月の神様が私たちの婚姻を祝福してくださるかを伺っていただいてもよろしいですか?」
コマリがすぐに反応した。彼女としては興味があるところなのだろう。思いっきり個人的ではあるが、僕も気になるところだったりはする。
「んじゃ、あたしも聞いてもらおうかな。このパーティを抜けるべきか」
ロアンの発言に僕は凍り付く。ロアンが今後の僕の進もうとしている道を重荷に感じているのは、以前に聞いて知っていた。しかし、このタイミングでそれを思い出すことになるとは思わなかった。
「そうですね、大切なことです。お伺いしてみましょう」
「私も聞いてみたい。私は人として生きて、人として死を迎えることができるのだろうか」
これは神様に尋ねるまでもない質問に思えた。少なくともザックは僕から見て人だと思うし、いずれ人として死を迎えるだろう。
だが、本人の気持ちを考えると、僕ではなく神の言葉が欲しいのも理解できる。
「分かりました。それもお伺いしましょう」
そう答えて僕はレイアをちらっと見る。
彼女と目が合う。彼女は一度目を伏せてから、口を開いた。
「俺も聞いてもらっていいか。あまり詳しくは説明できないんだが…私の願いは成就するだろうか、と」
曖昧な質問で未来の事となると、正確な答えを得られないことが多いと聞いている。神とて全ての人の運命を管理しているわけではない。
だが、レイアの表情は誰よりも真剣に見えた。
断る理由もない。
「分かりました。それも伺ってみますね。これで全部で6つですか。良い所かもしれませんね。
他にないようでしたら、この質問で神託を受けてみようかと思います」
他に質問は出ないようなので、僕は交神の奇跡の準備を始めることにする。
小さめのカップと皿を用意してもらい、それを手に壁際に向かう。
壁の前にカップと皿を置いてから、聖水を床に少量まき、カップを聖水で満たす。
皿の上に香木のかけらを置いて、その前に跪いた。
別に壁に向かう必要はないのだけど、そこは僕が落ち着くからである。
目を閉じて手を組み、祈りの詞を捧げる。
幾度か祈りの詞を繰り返すと、ゆっくりと神の気配を感じ、周囲から自分が切り離されていく感覚。
やがて周囲の存在が希薄になっていき、そこに存在するのは自分だけの状態になる。
少し朝の祈りを捧げる時間に似ているが、そこに在る神の存在が普段よりも圧倒的に近くに感じる。
目の前で光がスパークするようなイメージと共に、僕は何かと深くつながったような感覚を覚えた。




