51:八本足の王 ≪バシリスク≫
25/02/20 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
25/04/24 一部表記を修正しました。
夜が明けてきた。
赤道付近なので気温は高いが、遮るものが少なく乾燥した荒野の環境では、夜間になるとかなり気温が下がる。
密林地帯からもかなり離れたはずだ。吹き抜ける風も乾いて感じる。
天上はまだ星が輝いているが、夜空の漆黒から深く鮮やかな群青に変わり始め、やがて、東から白み始める空のその下を業火のように赤く染め上げてからゆっくりと陽が昇り始める。
僕はコマリと並んで朝の祈りの時間を迎える。
荒野に出てから4日目。ストームポートを出て5日目になる。
ここまでは順調と言いたいところだが、そうはいかなかった。
期待していたドロウが同行することによる忘却の王の呪いの回避は、うまくいっていないように感じる。
セーブポイント再建に動いている聖炎の情報だと、移動における問題は発生していないようだし、ドロウが呪いを回避できるのはジャングル限定、と考えるのが正しそうだ。
だが、それが探索を行わない理由にはならないので、僕らは目的地に向かって進み続ける。
ストームポートから陸路を使ってラストチャンスに向かう道、大きく湾を迂回するルートの途中に遺跡がある事はよく知られている。
玉座門遺跡と呼ばれるその遺跡は、比較的早くから認知されており、小規模の遺跡が数多く点在することから、昔の都市の遺跡ではないかと考えられているが、学術調査はあまり行われていない。今ではラストチャンスへの移動に海路を使うので、この辺をうろつくのは冒険者くらいのものだ。
一方で冒険者からすると比較的手ごろな探索対象で、定番の場所でもある。もっとも、定番ゆえに発掘は粗方終わっているので、今更行っても旨味は少ないのだが、このところ、この地域に向かった冒険者たちが立て続けに戻ってきていない。
その調査と、忘却の王の呪いを受けない状態で移動し、実際の距離を確認するのが目的だった。しかし、すでに距離の測定は断念せざるを得なかったのだ。
「当初の想定だと、そろそろ到着なんですが、まだ見えませんね」
起きてきたレイアに声をかける。
「呪われちゃ仕方ねえよ。まあ、そのうち着くだろうさ」
僕はコマリと朝の食事の支度を始める。
湯を沸かし、挽いたコーンの粉を溶かしながら塩を足して、スープを作る。
もう一つの火にかけたポットに茶豆を挽いたものを少量入れて煮だす。
ドロウの基準からするとかなり薄め、だが、我々にはスッキリとしたちょうどよい感じで、香りも楽しめる。最近の僕らの定番だ。
火から少し離れたところでパンを温めて、ガッツリ食べたい人のために、ベーコンを厚めに切って炙る。
旅の朝食としてはかなり贅沢だと思う。でもこれも必要。
旅路が長く、特に目的地に何時到着できるかすらわからない状況では、食事は数少ない楽しみになる。
そこは少しでも充実させないと、精神的に参ってしまうからだ。
もちろん、皆ちょっとやそっとの事では折れないだろうけど、万全を期すのは大事なことだ。
食事を終えてキャンプの片づけが始まる。
慣れたものでみんな手際は良い。程なくして出発となった。
順調に気温が上がっていて、日差しも強い。今日も暑くなりそうだ。
ちなみにザックは朝からずっと新しいグレートアックスを磨き続けていた。よっぽど気に入っているんだろう。
僕が装備をもらったようにコマリとザックも必要になりそうな装備品をいくつか調達してもらったらしい。コマリはGさんの一昔前に使っていたものが中心であるが、ほとんど一式譲り受けたそうだ。僕もすこしだけお爺ちゃんがほしい気分だ。
ザックは装飾具、指輪や護符の類は今使っていないモノから有用なものを選んで渡されていて、武器だけは彼の好みに合うものが見つからなかったので、レイアが選んで購入したらしい。
時折小休憩を挟みながら、昼過ぎ。さすがに暑いが、夜のジャングルを進むよりは遥かに楽だ。
見通しは良いし、湿度も低い。まあ、金属鎧はかなり熱くなるんだけど、その分風は心地よく感じられる。
他愛のない話をしながら僕らは進み続ける。
しばらくして前方に小さな岩のようなものがいくつか見える。
「何でしょう?ただの岩かな」
コマリには見えているが他の人にはまだ識別できていない。
少し近づくとそれが人間の石像であることに気がつく。
数体並んでいるようだ。
そのころにはみんなそこに何かあることを認識して、少し注意深く進んでいく。
「止まって。周囲を警戒」
僕はその石像が余りにも精巧である事に気が付いた。これは単なる石像じゃなく、石化された人間だ。
ロッドを地面に突き立てて、命令を発する。
「周囲の脅威を明らかにせよ」
ロッドは言葉に答えて前方の地中に3体の脅威があることを告げ、僕たちに加護を与えてくれる。
「恐らくバジリスク、無視界戦闘のできる人はそれで、そうでなければ直接見ないようにして」
叫んでから祝福の奇跡の行使、Gさんも加速の呪文を皆に掛ける。
向こうは土の中から動こうとしない。あくまでこちらが近づくのを待つつもりらしい。
それなら。
「神の怒りに身を焼かれるが良い!業火」
おおよその位置に、僕が使うことのできる最大の攻撃的な奇跡の力を放つ。
意図した位置にまばゆい光と炎の柱が立ち、その下からたまらず3匹の大トカゲが飛び出してきた。
二匹には当たっている、一匹は無傷のようだ。奴らは赤茶けた岩のような肌をしているが、中央の一匹は赤黒く毒々しい色をしたひときわ大きなトカゲだ。
僕は不意にその一匹と目が合う。マズイ。精一杯精神的に身構える。幸い石化はまのがれた。
レイアとザックは左右に展開しそれぞれ相手の視線に入らない位置から斬撃を加える。レイアが攻撃した業火に焼かれたトカゲは動かなくなる。
あと2匹。
コマリが赤黒い奴に蜘蛛の糸を放ち、拘束を狙う。呪文は功を奏し、奴の動きを大きく制限した。しかし。
「コマリ!」
ほぼ同時にコマリの体から色が失われてゆき、瞬く間に石像と化した。
僕は一瞬自分を見失いかけたが、冷静さを取り戻して、ザックに治療の奇跡を放つ。
Gさんが火球の呪文を唱える。
炎が爆発的に広がり、正確にトカゲだけを焦がす。
「まだ足りんか、タフな奴じゃ」
ザックとレイアは確実に斬撃を与え続けているが、とめを刺すには至っていない。
僕はロッドをワンドに持ち替えて、バジリスクに向けて振る。
赤い熱線が放たれてトカゲの鱗を焦がすが、まだ暴れている。
しばらく時間がかかったが、新たに石化の犠牲者を出すことなく、3匹目まで何とか倒せた。
「ふむ、このバジリスクは、野生種じゃないかもしれんな。どこかの誰かが故意に呼び出したものの可能性がある」
「Gさん、コマリを治してくださいよ。あれは石を血肉に変えるの呪文でなければ元に戻らないのでしょ?」
「その通りじゃ。解呪も魔法解呪も効果が無い。すでに石に変わってしまっとるからのう。
真なる蘇生の呪文も効果が無い。死んでおらんからじゃ」
「呪文はあるんでしょ?すぐに元に戻してください」
「呪文はあるが、今日は準備しておらん。元に戻るのは明日じゃな」
「そんな呑気な事を」
「ないものはないからのう。幸い石化はそれ程害がない。明日戻せば問題ないわ」
重たい石像を壊さずに運ぶことは容易ではないし、仕方なく今日はここでキャンプだ。
それに他の石像も何とかしなきゃいけないし、明日以降、数日ここに留まることに決まる。
コマリの石像を見ながら、会話が弾むわけもなく、静かな夕食を取った後に、休むことになった。
僕はコマリの石像が気になって、ほとんど休めなかった。倒れて破損したらどうしよう、と気になりはじめると、どうしようもなくなる。
朝食もそこそこにGさんに呪文の準備をしてもらい、コマリを元に戻す。
「あれ?私…バジリスクは?」
時間が停止していたような反応。いや、コマリの感覚では時間が止まっていたのだ。
僕は思わずコマリを抱きしめる。状況をまだ完全に把握していないだろうが、コマリに慌てる様子はない。
「さて、落ち着いたかの?」
一番落ち着いていなかった僕は、Gさんの声で一度コマリを離してから、状況の説明をする。
夜のうちに確認してあるが、Gさんが石像を元に戻せるのは1日二人。コマリの他に確認できた石像は8。
今日を含めて5日必要。放置はできないので、石化解除が終わるまでここに留まる事は決定済みだ。
もっともその場合には石像を動かして場所を替えねばならない。1日くらいならともかく、それ以上になれば死体が腐り悪臭が漂う。
「とりあえず、石像を一か所に集めてくれんか?上手く行けばまとめて元に戻せるかもしれん」
Gさんの指示に僕たちは従い、石像を動かし始める。
装備ごと石になっていて、一体一体が相当重く、雑に扱って破損させるわけにもいかない。
周囲を捜索しながら僕とレイアとザックの3人で慎重に一か所に集めていく。
過程で腕だけとか、足だけの石像も発見したが、これは元に戻しようがない。
「バジリスクは生でも、石像でも食らうからのう。部分だけ残っとるのは、食われた残りじゃろう。さすがにどうしようもない」
Gさんは集められた石像に損傷が無いことを確認していく。
亀裂や欠損が無いことを確認すると、
「石化を解くには石を血肉に変えるの呪文しかないと思うておったが、この呪文も効果があるはずじゃ」
そう言って呪文の詠唱を開始する。
複雑な魔法の言葉による詠唱を行いながら、宙にいくつもの文様を描いていく。
言葉と描かれた文様が地面に複雑な文様を描いていき、石像の足元を埋めていく。
一分ほどその詠唱が続き、Gさんは一呼吸置いてから、静かに魔法の発動を宣言した。
「魔力破り」
地面に広がっていた複雑な魔術文様が光を放つと、すべて消える。同時に石に変えられてた人たちが生身の体へと変化を遂げる。
「成功はしたが、失敗もあったか」
8人のうち一人は石像のままであった。
「一人なら、確実に戻せるからな」
そう言ってGさんは石を血肉に変えるの呪文を行使した。
こうして石になっていた8人は、人生を継続できる状態に戻った。
状況を説明し、事情を確認すると、冒険者達は3グループで全員そろっていれば16人。つまり半数が犠牲になった模様だ。
最初のグループがここに到達してから、3週間ほどが経っていると推測できた。
状況を踏まえていくつか協議してから、今後の方針が決まる。
バジリスクの巣は調査を行う。
生還した8人はストームポートに帰還する。
Gさんの使える高位呪文が底をついているので、今日はこれ以上の活動は行わず、生還した8人も休息を取った方が良いと思われるので、このままキャンプを継続する。
ただし、バジリスクの死体が腐敗を始めるので、少しここからは移動する。
と決まったので早速そこから約1キロほど距離を取ったところにキャンプを設営した。
翌朝、冒険者たちは帰還の途についた。
パーティとして構成のバランスがいいとは言えない状態であったが、人数的にも帰り着くには問題はないだろう。
僕たちはバジリスクの巣に戻る。
手早く巣を調べてから、玉座門遺跡を目指す予定だ。
定番の場所で旨味は無いかもしれないけど、僕はまだ見たことが無いから、一度くらいは見ておきたい。
この時はまだ、そんな観光気分でいた。




