49:閉幕 ≪フォーリングオブザカーテン≫
25/02/20 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
僕たちは5分ほどの行進の後、ジャングルから開けた場所にたどり着く。
戦闘はひと段落して膠着状態になっているようで、そこら中におびただしい数のドロウの死体が転がっている。
戦闘直後の戦場は、いつだってこんな有様だ。
そこには、死しかない。
僕たちはその中をラストチャンスに向けて歩いていく。
ラストチャンスから50メートル。ちょうど堀のある辺りで、ラストチャンス側から大きな歓声が上がる。
僕たちはそこでジャングルの方に振り返り、横一列に並ぶ。
司教が槍を高々と掲げて叫んだ。
「蠍神の司教は死んだ。貴殿たちに戦う理由がまだあるのかを問う。
我々の神は寛容である。降伏を申し出るなら身の安全を保障しよう。
降伏を受け入れられぬなら、早々に立ち去るが良い。追撃は行わぬ。
そしてまだ戦い足りぬと言うのなら、貴殿たちが流したいだけ血を流せばよい」
その声は、静まり返ったジャングルに響き渡る。
しばしの静寂の後にローズさんがドロウ語でジャングルに向かって叫んだ。
「私はドュルーワルカの一族、密林の薔薇だ。
この場にいる各部族に伝える。
我々は人間たちと共に未来を築くことを選んだ。
そしてドロウは人間と共に戦えることを今証明した。
もし、お前たちがともに歩むことを望むのであれば、我々を頼るが良い。
我々は他の一族であっても友として迎える用意がある。
それぞれの村に戻り、よく考えよ」
再び静寂が訪れる。
この話は聞いていなかったので、ローズさんのアドリブか、ラッシャキンの指示なのか。
いずれにせよ、今ここで戦う理由をなくすには一役買うと思う。
一呼吸おいて、僕たちは再びラストチャンスに歩きはじめた。
近づけば防御柵は何か所か壊れているし、町の囲いに少し焼けた跡が残っている。かなり攻め込まれはしたのだろう。
被害が出るのは避けられないが、可能な限り少なくあってほしい。
聖炎の本陣まで来ると、見慣れた顔がいくつも見えた。デニスも無事のようだし、ザックも返り血こそ浴びているが健在だ。
ロアンが走ってきてレイアに抱き着く。
「無事でよかった、ホントに、心配したんだから」
僕は歩み寄ってきたザックとハイタッチを交わす。
その向こうにオリヴィアの姿が見えたので、被害状況を確認する。
「当方の死者、ドロウが14名、聖炎の従士1名。町中の警戒に当たったシティガード3名。合計18名。
重傷者で治療不可の者がドロウに4名、シティガードに1名。合計5名。
その他重傷者はじめ負傷者の治療は概ね完了しております」
「18人…」
犠牲者を一人も出さずに勝つなんて無理なことは分かっている。この規模の戦闘での犠牲者としては十分少ないと思う。だけど18名……。
救えたんじゃないだろうか。もっと良い手があったのではないだろうか。もっと準備ができたのではないだろうか。
そんな思いが頭を支配する。
「まだ全て終わったわけではない。悔やむのは後にしろ」
司教が僕の後ろから静かに告げた。
その通りだ。
僕はオリヴィアに警戒を継続するように指示を出し、一度壁の向こうの本部に戻って腰を下ろした。
そう言えば、ラッシャキンを見てないが、まさか。
急に気になってオリヴィアに尋ねる。
「ラッシャキン族長が見当たらないけど、どうしたの?」
オリヴィアはその問いに対してすぐに答えない。僅かな時間がとても長く感じる。
「ラッシャキン族長は、生きておられますが、右足を失われました」
生きててよかった。ものすごくほっとするが。
「何があったの?スコーロウの襲撃の際に負傷したの?」
僕は状況の確認をするが、想像したものとは全く違った。
オリヴィアの説明によると、敵の総攻撃を凌いでから膠着状態になる。その時点でラッシャキンは無傷だった。
その中でヴィッシアベンカという一族のガルスガという族長が、名指しで一騎打ちを申し込んできたという。
ラッシャキンはそれに答えて戦場の真ん中で一騎打ちに臨んだ。
「そして、背後から透明化したスコーロウに不意打ちを食らい、躱しきれずに右足を失われました。
不意打ちを仕掛けたスコーロウは、一族の誇りに泥を塗ったと、ガルスガ族長にその場で殺されました。
その後ガルスガ族長はラッシャキン族長を担いでこちらまで運ばれたのちに、戻っていかれました」
いや、気持ちはわかるけど、ほぼ勝ち戦が決まっているのに、そんな無理しなくても。
でも、そこはドロウの誇りの譲れない部分なのだろうな、とも思う。
「それで、ラッシャキンは?」
「現在仮救護所でお休みになられています。出血が多かったようですので、傷は問題ありませんが、動けるまでは少し時間が必要かと思います」
「不幸中の幸い、ですね。とにかく生きててくれてよかった」
僕はコマリにラッシャキンが深手を負ってしまったことを伝え、救護所に見舞いに行ってあげて、と伝える。
彼女はすぐにその場から駆け出して、本部宿屋前の救護所に向かった。
ふう。
椅子にだらしなくもたれかかり、少しだけ脱力。教会でこんなことはできないけど、今ここでなら許されるだろう。
疲れているし、気持ちがまだ昂っている。
まだ完全に気を抜くわけにはいかない状況だ。
ぼんやりと空を見る。
今日は月が沈むのが早い日だっけか。夜空に月の光は見えない。
明け方近くだから、それも仕方ないと思う。
ふと思い出して姿勢を正す。
椅子に座ったまま、神に懺悔を行う。
奇跡の力を正しくない方法で用いました。どうぞお許しください。
僕は深く祈り、そのまま瞑想に入った。
1時間ほど過ぎて空は明るくなり太陽が昇り始める。
そのタイミングでオリヴィアに声を掛けられました。
「1名が接近中。伝令かと思われます」
「まだ警戒中だよね?」
「はい、臨戦態勢を維持しています」
「僕も見に行くよ」
そう言って聖炎の陣地前まで出る。
人影は50メートルほどの距離で止まった。
ドロウの男性のようだ。
「ガルスガ族長です」
オリヴィアが僕に告げる。
ガルスガは声を張って告げた。
「私はヴィッシアベンカ族のガルスガだ。先は一騎打ちに応じてくれたにもかかわらず、あのような不埒を許したことをまず詫びたい。
我々3部族は、これよりそれぞれの集落に帰還する。我々はドュルーワルカの一族に私怨はない。
では、これにて失礼する」
堂々とした態度に、僕は強く好感を抱いた。理由は何であれ、かなりの数の民を失ったにもかかわらず、私怨は無いと言い切れるのは凄いと思う。
僕が感心していると、司教が前に進み出た。
「私は聖炎の司教、ギヴェオンだ。
貴殿らの勇猛果敢な戦いに敬意を表す。
この数の死者を連れて帰るのは困難であろう。そこで、我々の流儀にはなるが、死者を弔う許可を頂きたい」
「ギヴェオン司教殿、貴殿のおっしゃる通り彼らを連れて帰ることは叶わぬ。
できることなら我々で弔いたいところだが、貴殿の申し出、ありがたく受けさせていただく」
彼はそう返して一礼して去っていった。
立ち去る彼の背を見送る。
彼が何を思うかは分からないけど、その背中は大きな覚悟を背負っているように見えた。
どんな状況であっても、自らの誇りに恥じぬ、そんな決意を感じさせる背中だ。
決して揺るがない強さ。
僕の知るドロウたちに共通する部分。
コマリやラッシャキン、ローズさんやイシュタル。
皆僕の持っていない強さを持っている。
僕もその強さを身につけることができるだろうか。
程なくして警戒態勢を解除、ただ鉄の監視団には監視塔及び周辺の警備任務をお願いして、他は休息を取ってもらう。
本来であれば戦闘の終結を宣言したいところだが、ドロウはともかくスコーロウの連中は近くに潜んでいて機会を伺っている可能性もある。
周囲の安全の確認が終わるまでは気が抜けない。
一応の報告をストームポートに入れてから、すっかり忘れていた食事を取る。
疲れているからなのか、今一つ食は進まないが、それでもとれるときにとることは必須だ。
何とか押し込んで、外に出る。朝のすがすがしい空気は、熱帯の湿度を帯びた熱い空気に入れ替わり始めている。
早々にすべきことが多い。
オリヴィアに異常が無いことを確認して、司教の所に向かう。
さっきの弔いの話を詰めないと、死体が腐敗が進んだら問題になる。
司教は休息中らしかったので、そこにいたエウリに話を聞くと、当然ながら聖炎は火葬だそうだ。
多分ドロウは土葬だと思うから、確認するために、歩いていたローズさんを捕まえて話を聞くとやはり土葬、正確には樹木葬だ。
故人を土に返し、新たな一族の恵みになる。そう言う循環の思想があるらしい。
他の氏族に関しては詳しくは無いが、概ね変わらないはず、と言う話だった。
もう一度、聖炎の所に行き、協議を行う。
聖炎の方針としてはドロウは信徒と言うわけではないので、我々の手順で進める必要はないが、土葬で進めるなら、基本的に行える儀式はない、ということだった。ラッシャキンの意見も聞きたいと思い、救護所に向かう。
ラッシャキンは横になっていたが、意識は回復していた。コマリと二人の奥方に囲まれて、少し幸せそうにも見える。
邪魔するのは少し気が引けたが、時間との勝負の部分もあるので、お邪魔することを決める。
「お加減はいかがですか」
僕はそう声をかけてから、ラッシャキンの寝台に歩み寄る。
「気分は悪くない。ガルスガの話は聞いた。奴はツイていたってことだな。まともに戦えば俺の方が強いからな」
「それだけ元気があれば大丈夫ですね、少し安心しました」
話もそこそこに、弔いに関しての話を切り出す。
「そうだな、できるなら土に返してやりたいな」
ラッシャキンも同じ思いなのだろう、ドロウの葬儀に関して少し話を聞くと、
「葬儀と言うほどのことはないよ。血族の者がその血族の墓地に当たる場所に埋めてから、その上に植樹をする。
植えられる木には特に決まりはない。大きく育つ木はいずれ切り倒されて、一族の誰かの家の柱に使われたり、実を付ける木だったら、毎年収穫が行われる。
肉体が滅んでも、魂は一族と共にあって、恵みをもたらし続ける、それがドロウの在り方だ」
話を聞いて納得はしたが、根本の部分の問題を突き付けられた気もする。結局一族の眠る地でなければ弔いにならないのでないか。
それをラッシャキンに言ってみると、
「確かにその通りだが、そこらで朽ち果てるよりははるかにマシだろうよ。少なくとも大地に帰れれば、魂は一族の元に戻るだろうからな」
うむ。それは正論な気もするけど、都合の良い解釈な気もする。
死体をそのまま放置して、魔物を呼んだり、疫病を発生させたり、アンデッドの群れを出現させるわけにはいかない。
結局他に良いアイデアもないし、土葬、植樹を行うことに決めた。
堀を墓地に見立てて、そこに埋葬し、木柵で囲う。東西2本に分かれている堀をいくつかに分けて通行できる場所を確保して、植える木は大きくない種類のものにする。人数分植樹を行うのは不可能なので、一定間隔で、植樹を行う。
こんな感じでラッシャキンと話はまとまった。
植樹するのは茶豆の木が良いのではないかとのことだ。
あまり大きくならないし、葉も茂らない。日陰で育つから開けた土地で育つかは正直わからないが、入手性は高いので、ジャングルのそこらで苗は確保できるはずだ、と教えてもらった。
その方針を一応聖炎に伝えてから、ドロウの人たちに、死体を堀に移動させるように指示を出す。
その際に徹底させたのは、
「身ぐるみを剥いではならぬ」
ということだ。
反発の声が大きかった。彼らにとっては正当な戦利品に該当するからだが、有無を言わせない。
本来であれば遺品になりそうなものを回収して、返還してあげたいところだが、その目途は立たない。
であれば、そのまま一緒に埋めてあげる方が良いだろうと言う判断だ。
盗みが発覚すれば一族の恥として処断される旨を伝えて、作業にかかる。
中には運悪くカタパルトの樽が直撃して、形を留めていないような死体もあったが、可能な限り回収してもらった。
僕は死体を置かない場所を指定して目印の木杭を打って、後々の通路を確保した。
スコーロウの死体はどうするのかと聞かれて、困ったが放置するわけにはいかない。
近くで作業中のドロウに尋ねてみると、『同族ではないし、敬う理由もない』とのことだった。
これはまとめて焼却処分かと思っていたら、焼却するならバラしたいとのことだった。言っている意味が今一つ分からなかったので詳しく聞くと、下半身部分は蠍で、その素材は生活に有用だという。その部分は回収したいとのことだった。
僕としてはそれを断る理由も無いので、許可を出すと、彼らは手際よくスコーロウの死体を一か所に集めて、手慣れた感じでバラバラにしていった。
翌日には複数の偵察隊を周囲に派遣することにした。
鉄の監視団による警戒は続いているが、他は戦後処理に忙しくなっている。
夕刻には死体の片づけがひと段落する。まだ腐敗が酷く進んでいる様子がないのは幸いだ。
聖炎の聖職者たちに協力をお願いして、形式は違うが魂の安寧と健やかなる輪廻を祈る。
それから3時間ほどで埋葬が完了し、完全に土の下に埋められた。
翌日には偵察隊が返ってきて、脅威は確認できずとなり、鉄の監視団を含めて、警戒解除を宣言した。
シティガード総出で5番カタパルトを解体、港湾用のクレーンに組み戻してもらう。
ドロウたちは引き続き埋葬と柵を作ってもらい、一部は近隣のジャングルから茶豆の木の苗を探してきてもらう。
とりあえずの形にはなったので、ストームポートに再度連絡を入れる。
周囲に敵影なし。戦闘は正式に終結した。




