46:幕開け ≪ビギニング≫
25/02/20 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
ラストチャンス到達まで、あと3日。
最新のローズさんからの報告だ。
僕たちの予想した進行速度よりも2日ほど早い。
ローズさんからの報告では、休息の時間は最小限で進んでいるとのこと。
進行速度は予想通りとはいかなかったが、このペースで進むということは、向こうには呪文使いがいない可能性が高い。
蠍神の司祭たちは呪文を使わないつもりだろうか?
おそらく近くまで進軍し、休息を取った後に総攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
この数日はGさんが大忙しだった。
石の壁の呪文で石を作ってもらって、それを切り出して…と思っていたのだが、どうやら直接石弾を作れるらしい。そこでお願いしたら、見事に10センチ角の石が大量に作られた。これを毎日繰り返し、数日間続けた。
敵に対する奇襲の予行演習、さらにはコマリの訓練と、僕たちのパーティの中では最も多方面にわたり忙しかったんじゃないだろうか。
ああ、これは言い過ぎだった。いつも働いている姿をあまり見ないので、僕の中で補正がかかってそう見えていただけだと思う。
僕も訓練に少し忙しかった。その成果は見せられるくらいになっていると思う。
一番忙しかったのはザックだろう。
搬入が遅れていたバリスタ類の設置作業、防護柵の最終点検と補強、カタパルトの弾薬類の運搬、その他木材加工まで、ザックは休むことなく働き続けていた。
ロアンは、何をしていたのかよくわからない。だが、本部にはいつもいた気がする。基本的に和みキャラだし、マスコット的存在?
レイアは連日ドロウの部隊の機動練習。隊列の変更や槍の使い方の指導などを熱心に行っていたようだ。
コマリは魔法使いとしてデビューし少し成長。この短期間で第2段階の呪文を使えるようになっている。そうそう、彼女も月の神に仕える聖職者としてもデビューした。
信仰に対する基礎はあったが、彼女は蠍神の聖職者ではなかったようだ。笑ってはいけないが、そもそも蠍神への信仰心そのものがなかったらしい。だが、彼女は月の神に対する信仰は抵抗なく生まれたようだ。
僕の影響だと言っていたが、ジャングルの空にだって月は輝く。身近な信仰の対象であったのは間違いないと思う。
ラストチャンス到達まで1日の距離。
この段階で堀には可燃性の油が撒かれる。
ちなみに今は堀は堀に見えない。
ジャングルを切り払った際に出た大量の小枝や細い木を適当にばら撒いたため、多少へこんではいるものの、まるで落とし穴のように見える。
堀の幅は4メートルある。浅いが装備を抱えたまま飛び越えるのは困難な幅。かつ最小の時間で掘れる幅で設定したわけだが、欲を言うともう少し広くしたかったところだ。
こっちはすべての準備が完了した。ローズさんの報告では、まだ十分な休息時間を取る感じではないので、恐らく移動後少し手前で最終準備と考えているのだろう。
主力はまだ十分に休ませておいていい。鉄の監視団を中心に哨戒を行う。
敵がラストチャンスの手前で停止。
夕刻のことだ。
その報告で監視塔から見てみるが、ここからでは視認できない。
恐らくは向こうも、ジャングルの中からこちらを窺っているのだろう。
配置に関しては前にドロウの3部族が並ぶ形で、恐らく中央が一番厚い。両翼がそれぞれ400程度。
その後ろにスコーロウの司祭が数名、直属の部下を率いて60程度。
最後部にエルダーとその直衛が50程。
現時点でラストチャンスを包囲するような配置ではないようだ。
こちらはすでに配置についているが、少し位置の調整が必要かもしれない。
「本格的な攻城戦なら戦力が2倍ではキツイという事を知らんのだな」
司教が呟く。これは想定通りだ。向こうは数の上で圧倒的有利だと思っているし、大規模な飛び道具もない。集団戦闘も得意ではない。
この時点で敗北はないだろう。あとはどう勝つか、それだけだ。まあ、それが一番難しいところでもあるのだが。
ラッシャキンを通じて、ローズさんたちにエルダーの襲撃計画を伝えるよう指示を出す。状況を見てエルダーの守りが薄くなったタイミングを教えてほしいと。
そして襲撃隊のメンバーをこの時初めて公表する。事前にGさんには伝えてあったが、公表は初めてだ。
メンバーは僕、レイア、Gさん、コマリの4名。現地でローズさんたちと共闘になるので襲撃隊は全部で9名だ。
「直衛の数が半分になるタイミングがあれば決行します。おそらくは敵の2回目の突撃が始まるタイミングになるかと思います」
メンバーにコマリがいる事が特に問題視されたが、これにも理由はある。彼女がドロウであり、Gさんの瞬間移動の呪文を確実に成功させるために必要な要素であること。彼女が聖職者の職能を持っていること。人数が9名、継戦能力を考えれば癒し手は2枚欲しい。能力的には低くても杖による回復役が期待できる。彼女が魔法使いであること。クレリック同様、攻撃魔法もワンドで補える。火力が必要な場面で期待できる。
こう説明すると、誰もが納得せざるを得ない。それをすべて満たすのはコマリしかいないからだ。
「で、司教に一つお願いがあります」
僕はかなり真剣な顔で言ったと思う。
「想像はつくな、お前の『お願い』はどうせろくな事ではあるまい」
司教はニヤニヤとしながら返してきた。
「実際に我々がテレポートした後に、敵の直衛を引き付けて欲しいのです」
「簡単に、一番難しいことを言いよる」
司教はそれでもニヤニヤし続けている。この人には何か考えがあるのは間違いない。僕は期待してもよさそうだと確信した。
「司教にしかできないと思いますので、是非ともお願いします」
「保証はせんが、できるだけのことはやってみよう」
司教は頷いて見せた。大丈夫、上手く行く。
「で、この後はどうするのか?敵が攻めて来るまで狸寝入りでもしてるのか?」
ラッシャキンがしびれを切らしそうだ。
「そう思っていましたが、敵を少し脅かすのも悪くないかなと思ってます。どちらが良いでしょうね?」
「第5カタパルトですか?」
オリヴィアが問い返してくる。
「あれなら敵は射程に入っていますからね。まずはブランデーを一樽ほど贈呈しても良いかな、なんて」
「洒落としても面白いとは思うが、その後の戦況が不安定にならんか?」
Gさんの発言だ。確かにそうとも言える。だから悩んでいるのだ。
「なに、一発ぶち込んで、腰を抜かすならそれも良し、敵が慌てて出て来るならプラン通り迎撃するだけだ」
ラッシャキンさん、血の気が多いですね。
「僕も待つよりは仕掛ける方が好きなんですよね。その方針で行きましょうか」
「伝令から一騎ジャングルから出てきました。スコーロウです」
「どれ、口上でも述べに来たか。聞いてやらんとな」
司教は楽しそうに外に向かう。
僕たちもそれに続いた。
夕刻が迫る中、スコーロウが一人、ゆっくりと南門前50メートル地点までやってくる。
蠍の下半身にドロウの上半身。蠍神に祝福された種族とされる。
「蠍神様の司教、ロルガンド様の使いで参った。ロルガンド様は寛大にも今すぐに戻ればドュルーワルカの一族に赦しを与えるとおっしゃっておる。
今すぐに投降すれば、我々も戦う理由が無くなるというものだ。返答は如何に」
恐らくは司祭クラスだろう。十分に危険な相手だと思う。
そこに向かって司教が歩いていく。
ゆるぎない信念の足取り、とでも言うのだろうか。威風堂々とスコーロウの前まで進み出る。
「私は聖炎の司教、ギヴェオンだ。口上承った。
そしてこれが返答だ」
次の瞬間の彼の動きが見えなかった。
薄暗いからじゃない、あまりにも早すぎて僕の目には捉えられなかった。
司教は2歩踏み出した位置で剣を振り終わった形で静止し、剣を一払いした後、鞘に納める。
少し遅れてスコーロウがその場に崩れ落ちる。
「司教ロルガンドとやら、交渉するつもりなら、格下を寄こさずに自ら出てこい。
これはこの者へのせめてもの手向けだ。受け取れ」
ジャングルに向かってそう叫び、ゆっくりと振り返って戻ってくる。
僕はオリヴィアに『5番、酒樽を』と短く告げる。
少し間を置いてジャングルの奥から木々がなぎ倒される音が響く。
ジャングルの奥で人の声を聞いた気がする。
司教はゲート前まで戻ると、憮然としながら「あれくらいでは準備運動にもならん」と呟いた。
その光景は、ドロウたちにとって衝撃的なものだった。
彼らの常識からすればあり得ない光景だからだ。
ドロウの上に君臨するスコーロウを、反応すらさせずに一撃で葬り去る。
彼らからしたら、「そんなのあり得ないでしょ?馬鹿じゃないの?」と以前に聞いたようなセリフになるのだろう。
今のところジャングルの方に目立った動きはない。混乱で突撃騒ぎにはならなかったようだ。
それも無理はない。こちら側のドロウたちが受けた衝撃を、向こうも同じように感じたはずだ。
しかも、どこからともなく酒樽が宙を舞い、自分たちに向かって飛んできたのだ。
敵に恐怖心を植え付けるという点では、大成功のパフォーマンスだった。
おそらく奴らの侵攻は9時間後。それまでの間、小規模の斥候や破壊工作が行われるだろう。
呪文使いに休息を命じる。
僕も少し休むことにする。
幸い僕は8時間もの休息は必要ない。
こうして静かに、戦争の幕が切って落とされた。




