43:防衛準備(2)
25/02/20 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
船が入港したのは日が暮れて随分と経ってからだった。
さすがに時間も遅いし、みんな起きてはいないだろう、と思っていたら、ザックとコマリが港で出迎えてくれた。
それは良いのだが、オリヴィアが
「師匠アレン。全員上陸いたしました。以後荷物の搬入に当たります」
と僕に報告してきたのを聞いてザックに絡まれる。
どうして自分は拒否しておいて、あのレーヴァはあなたをあるじと呼ぶのか、と。
僕は彼に事情を説明し、折り合いがついたのが師匠であって、別に僕は彼女の主人ではないし、今は確かに部下であるが、それは一時的なものだと説明する。ザックは一応納得したものの、それなら自分も師匠アレンと呼ぶ、と言い出して聞かない。
今更変える必要もないと思うが彼がそう希望するならと、折れて話は落ち着いた。
コマリは何をもめているのかいまひとつピンとこなかったようだが、話が落ち着いてからは今日の出来事を色々と教えてくれる。
一日で伐採はかなり進んだようだった。
ほぼ予定通りまでジャングルが開かれており、見通しが格段に良くなっている。
そしてこの時間も作業している人たちがいるようだ。
確かにドロウの休息時間はエルフと変わらずに短いが、それでもちゃんと休まないとどこかでバテるから。
そう思いながらもラッシャキンの所に行き話を聞く。
非戦闘員の数は情報がどうやら行き違いで、僕が船に乗るころに届けられたようだ。
内容を知らないのでもう一度聞くと、
「戦闘の役に立つというレベルなら、750人ほどだ」
そう答えた。僕の想定よりもかなり多い。
確認のために聞いてみると、
「ドロウは物心つくころには弓を引くし、子供のうちからそこそこの腕前で問題ない。
引退したとはいえ狩人を続けていたものは、簡単には衰えない。彼らは死ぬまで戦士だ」
何となく想像していた答えが返ってきた。
もちろん、彼の言う事は理解できる。エルフも老人と呼ばれる状態が無い。老化はするが緩やかで、人間のように明らかに老人と言う状態にはならないのだ。
だけど、心を鬼にして言う。
「成人していない者、引退した者、乳児を抱える親、これらは除外してください。彼らが生き残れば最悪の事態となっても部族は存続できます」
「戦いで滅ぶことを恐れる我々ではない」
ラッシャキンは一歩も引かぬ構え。もちろん、言いたいことは十分理解している。
「それでも、これは一族が生き延びるための戦いです。勝ち負けはやってみなければ分からない。だけど、滅んでは絶対にダメです」
なかなか引かないラッシャキンに「これは族長の命令です」と伝家の宝刀をかざし引き下がらせた。
その上で、今一度数を確認すると、概ね650と答えた。
全人口の8割が実戦に耐える計算か。まあ、その、戦闘民族だよね。
冷静になってエルフの200人規模の集落で想像すると、引退者が20、半人前以下の子供が10。その保護者が同数で残り10。
…妥当な線だった。
次に偵察に出ている人員を確認する。
ローズさんとイシュタルを筆頭に近衛4名の計5名が単独偵察の形で展開中だそうだ。
今のところ連絡はないという。まあ3日くらいだとそんなに進んでいないだろうからね。
でも、どうやって連絡をするのかと尋ねたら、ジャングルの植物からとれる油をベースに作った魔法薬があって、それで言葉を遠くに伝えられるそうだ。
秘術魔法に何か似た呪文があった気がする。
彼らは大規模な狩りの時などに連絡手段として使うそうだ。数は多くは無いが、恐らく足りるだろう、という事だった。
早々に確認したいことは出来たので、今日は休息をとることにする。
宿に行くかと悩んだが、ラッシャキンが勧めてくれたこともあり、彼の天幕の隅を借りることにした。
人々の中に身を置くことの有難さと、コマリが隣にいる事が僕の心に言いようのない安定感をもたらしている。
僕は安らかな瞑想の中に身を置いた。
翌朝、いつもと変わらぬ朝にはならなかった。
朝の祈りの中で、聖職者の職能が上昇しているのを自覚したのだ。それは喜ばしい事で、使用が許されるようになった奇跡を使えるように準備する。そして祈りを終えたのだが、何か自分の中に違和感がある事に気が付いた。
少し瞑想してその違和感の正体を掴もうとするがはっきりしない。
少しモヤモヤした感じを抱えたまま、僕はコマリとザックを伴って皆が泊まっている宿に向かう。
今日の町の様子は早い時間からざわついている。ラストチャンスに住む人たちの避難が始まったからだ。
いち早く脱出しようとする人は多くは無いが、それでも確実に避難しようと、それなりの人数が港に集まっていた。
基本的に多くの資産を持たない農業従事者や、小規模の商人などが、今日出る折り返し便に乗るべく集まっているようである。
平穏とは言い難い朝の空気の中、僕らは宿について、レイアとロアンに合流した。
レベルが上昇して奇跡が少し多く使えるようになったことと、何となく感じるモヤモヤの話をすると、ロアンがその答えをくれた。
「吟遊詩人のレベルも上がったんじゃね?あたしも昔、探索者と軽戦士のレベルが同時に上がったことがあって、最初気が付かなかったんよ。なんかそん時みたいに感じるけど」
なるほど。そういうことか。
納得する部分は大きいが、それはそれで少し困った気もする。
正直に言えば僕は吟遊詩人としての能力上昇は意図しておらず、最短で聖職者としてのレベルを上げたかった。
より多くの奇跡を、より強力な奇跡の力を授かるために。少なくとも死者蘇生の奇跡を早く使えるようになりたいと思っているから、回り道はしたくなかった。
「ああ、確かに最近は吟遊詩人が本職か?なんて思う事も多かったな」
レイアにとどめを刺された気がした。
うん、確かにそうだよね。そんなに聖職者らしくはなかったよね。いや、いつだって心持は聖職者なんだけど。
「聖職者としても成長してるんだしさ、まあ、そんなに落ち込むこともないんじゃない?」
ロアンの言う事も正論だとは思うけど、なんか自分の中ではしっくりこない。
「聖職者はともかく、吟遊詩人に関してはトレーナーがいないと、正しくレベルは上げられませんね」
せっかくだから出来ることは増やしたいとか思うけども、ストームポートに戻らない事には必要な知識を得られないだろう。
「まあ、自分で出来ることをやって見たら?Gちゃんから魔法でも教わって見れはいいじゃん?確かバードって使えるよね、秘術魔法」
後でGさんが起きてきたら相談してみることにしよう。
レイアもロアンもレベルの上昇は自身で確認済みらしい。
その話の流れでザックと、コマリの話に及ぶ。
「ザックも、たぶんレベル上がってるんじゃないか?戦闘スタイルからして突撃兵系だとおもうけどさ」
レイアが指摘する。僕はザックに「そんな感じする?」と尋ねてみると、
「確かに戦闘能力の向上は感じられる。これはレベルが上がった自覚、なのか?」
「それなら間違いないだろう。俺でも教えられる技能もあるから少し訓練してみるか?」
ザックの答えにレイアが太鼓判を押した。確かに戦闘技能などはレイアが教えることもできるだろう。
「でも職能違いますよね、大丈夫なもんなんですか?」
これは僕の素朴な疑問。自分にも関わる話だし。
「覚える内容にもよるだろうけど、多分問題ないんじゃないか?レベル上昇はしてる訳だし、その経験に基づく戦闘技能をマスターしようって話だからな」
なるほど。言われてみればそんな気もする。
いろいろ経験して、出来ることが増えた結果のレベルアップだから、うん、そうだよね。
そう言えばコマリって職能は何なのだろう。気になって聞いてみる。
「蠍神の聖職者1、呪術師1、多分。」
そっか、族長の娘は蠍神の巫女としての教育を受けるんだっけ。
聖職者としてのレベルは別の神に仕える段階で引き継がれるかはわからない。やり直すにしても比較的早いとは思うが。
後は魔法使いか。イメージ的には納得だけど、ドロウ的にレンジャーとかあるんじゃないかと思ってた。
「ウィザードとしての基礎教育は受けてるんだろうけど、本格的な魔法を扱う所は訓練を受けてないみたいだから、Gさんに教えてもらうと良いんじゃないかな?
聖職者として教えられること、奇跡の授かり方なんかは僕が教えられると思うし」
そんな感じで、今日はみなトレーニングに励むことに決まった。僕は各所との連絡とか調整があるので、合間とか時間を見て、と言う形になるが。
そんな事をしている場合ではない、という見方もあるだろうが、冒険者のレベル上昇は戦力の上昇に直結する。
戦力が限られている以上、有効な手段なのは間違いない。
あの司教の戦いぶりを見れば、誰もが思うはずだ。あの人一人で100人分ぐらいは戦うだろうと。
通りをこちらに向かって歩いてくる司教の顔を見ながらそんなことを考えていると、彼は宿に入ってきた。
「戻っておったな。子細を詰める必要があると思うが?」
彼の言葉に、僕は頷き、仲間たちと別れて場所を変える。
戦闘の方針と戦術を説明する必要があるので、シティーガードの部隊長と、ラッシャキン、オリヴィアにも集まってもらう必要がある事を述べると、司教は使いを出してくれた。僕と司教は聖炎の陣にある彼の天幕へと向かう。
しばらく司教と二人だったので街の統治者の会談で思った事を司教に伝え、彼の意見もいくつか聞いた。
彼は直接街の統治者と面通しを行っていなかった。
伝え聞く話として、3人の領主の子孫と初代から仕えるエルフの話は知っていた。
彼はおおむね予想通りだったのだろう、僕の話を淡々と聞いていた。
一通りその辺の話が終わったころに、ラッシャキンが、それに少し遅れてシティガードの部隊長と、オリヴィアがやってきて面子がそろう。
「この度のラストチャンスの防衛戦で総指揮を任されることになりました。全力で任に当たりますので、皆さんのご協力をよろしくお願いいたします」
僕の簡単な挨拶で会議が始まる。
僕の頭の中では作戦は立っているし、それに沿った防衛線づくりも進んでいるので、それから説明する。
迎撃戦のセオリー通りに戦うのが基本だが、いくつかの確認を踏まえながら話を進めていく。
今の指示通りの陣地づくりを進め、同時に最低4か所の監視塔を作る事と、戦闘の推移を説明していく。
監視塔の上からの魔法による長距離攻撃と、カタパルトによる攻撃、それより前に来たら弓による攻撃、最終防衛線まで来たら槍による攻撃。
原則として乱戦には持ち込ませない、こちらから打って出ることもしない。
ラッシャキンにドロウたちの弓の技術をいくつか尋ねる。全ての者が人間の狩人と同じ程度に使えるという。曲射に関して尋ねてみると、
「長距離での狙撃は流石に限られたものにしか出来ん」
と答えたので、狙わなくても良いので、指定した距離に撃つのは可能かと聞いたら、少し練習すればすぐに出来るだろう、と答えた。
「ドロウの皆さんを能力の高い方から半分、その他に分けてもらい、それぞれをさらに4グループに分けます。
計8グループが出来る訳ですが、能力の高いグループからと、低いグループからと1グループずつセットにして、1部隊を構成します。
それぞれの部隊は堀の手前に設置する防護柵の内側に2列で並ぶ形に配置。
前列が能力の高いグループで、後列が低いグループとなります。
敵の進行状況に応じて攻撃方法を変えていただくことになります。
後列は基本的に曲射で堀の向こう側に矢を降らせてください。前列は状況で戦闘方法を変えていただきます。
敵が堀より向こうなら曲射で、堀を超えてきたら直接弓で狙ってください。防御柵まで肉薄されたら、柵越しに槍での攻撃をお願いします。
はっきり言いますが、これは戦士としての戦いではないと思いますが、そこは我慢をしていただきたい。
蛮勇は不要です。確実に、冷徹に、敵を減らすことを考えてください。
繰り返しますが、蛮勇は不要です。もし、一部の者が勇み足で前に出ると、そこから総崩れになる可能性があります」
ラッシャキンを見て念を押す。
「あとラッシャキン族長には少数の手勢を率いて、4部隊間を回っていただきます。必要に応じて、指示を出すのと、敵の突出等がある場合にはその位置を支えていただきたい」
ラッシャキンは頷いた。
「聖炎のみなさんは南ゲート前配置で、堀や柵の無い所を進行してくる敵を迎撃してください。あまり前に出過ぎないようにお願いします。
一部の聖職者の皆さんにはドロウの各部隊に同伴していただき、負傷者の治療などをお願いしたい。
あと、タイミングはまだわかりませんが、どこかのタイミングで、馬上突撃をお願いしたいのです」
「ほう」
聞いていた司教が意外そうにつぶやく。
「彼らは恐らく騎馬との戦闘に慣れていません。敵の足並みを崩す一手になると思います。矢からの防御の呪文を用意しますので、敵の歩兵をかき回していただきたい。数はお任せしますが、決して足を止めず、少し蹴散らして騎馬の脅威を敵に知らしめたら、すぐにお戻りください」
「作戦は理解した」
司教も少々不満そうではあるが、こちらの意図は伝わっているようだ。
「鉄の監視団はこれから建設する物見台にて、敵への魔法による長距離攻撃と、弓による攻撃をお願いします。
敵も最初に潰しに来ると思いますので、十分注意して行動してください。局面によっては聖炎の部隊と突撃もあり得ますが、可能性は低いですしその場合は指示をしますので、その可能性だけ頭の片隅に置いておいてください」
オリヴィアも頷く。
「シティーガードの皆さんはこれから来る2部隊も含めて、ラストチャンス内にいていただきます。
一部はカタパルトの操作、残りはここにいる冒険者の部隊と協力して、囲い地の内側、特に港湾の両端を中心に警備していただきます。
恐らく敵は最初の攻撃で、背後からの陽動を行ってくるはずです。数は多くないと思いますが、それを確実に封じて頂きたい。
もちろん、カタパルトでの攻撃をみれば破壊工作も考えるでしょう。正面からの侵入は困難ですので、海側から来るのは間違いないと思います。
確実に補足して殲滅してください」
「あと、基本は僕も前線で状況を見て支援しますが、どこかのタイミングで、指揮をとれなくなると思います。
その際は各自の判断で継戦してください」
「それはどういうことですか?」
オリヴィアが質問してきた。
「僕は可能な限りどちらにも被害が出ないうちに戦闘を終結させたいと考えています。
そのために、敵の総大将を少数で強襲します。
まだ、いくつか計画の詳細を煮詰める必要がありますが、その実施には僕を含めて僕たちのパーティを中心に編成するつもりです」
「それは手としては面白いが、リスクがかなり高いのではないか?」
司教が突っ込んでくる。
「恐らくこの戦法を粘り強く続けられれば、こちらの被害は最小限の被害で防衛できるとみていますが、一方で向こう側のドロウには甚大な被害が出るでしょう。
できるだけそれは避けたい。なので、この作戦は必要不可欠と考えています。
もちろん、事は慎重に進めますし、失敗はしないつもりですが、実際にやって見るまでは何が起こるかわかりませんから」
「であるなら、私も参加しよう」
「俺もその舞台に上がらせてもらう」
司教とラッシャキンの声が重なる。
「お気持ちはうれしいのですが、ラッシャキン族長にはドロウの指揮をお願いしなければなりません。ローズさんも近衛の方も出払っている状態で誰が指揮を執るのですか?族長の代わりに近衛の方々には強襲に参加していただくつもりでいますから、ここは我慢なさってください。
司教もそうおっしゃるとは思っていましたが、やはり同じ理由で聖炎の指揮を執っていただかないといけないのもありますし、それ以上に、敵の目を十分に引き付けていただかなくてはなりません。そのためには前線で時折派手に暴れていただく方が良いと考えます」
「私を、囮に使うと?」
「そう言わないでください。一番目立つ一番強い人は、最終防衛線にいるべきだ、ということなのですから」
暫くは押し問答が続いたが、最終的には納得してもらった。
少数での強襲で、確実に仕留めるなら最大戦力を投入すべき、それは確かに筋が通っている。
だが、失敗した場合の保険は無くなってしまう。最悪、強襲に失敗したとしても、最終的にはこちらが勝たねばならないのだ。
ギャンブルで勝つのではなく、我々の勝を決めた上で、ギャンブルをするのでなければならない。
我々が勝つために司教は必要なピースで、失う訳にはいかないのだ。
「もちろん、僕も死ぬつもりは毛頭ありません。ただ、今回は我々に任せてください」
そこでひとまず方針説明は終わった。
作戦開始までの段取りや物資の配備。例えばラストチャンスの囲い柵周辺にどれくらい水を配置するか、堀は最終的には小枝や枯れ草で満たして油を撒いておくとか、監視塔やカタパルトの設置位置。
細かい部分を共有して、当面は防衛体制の確立のために準備を続けることを確認して、すべての話が終わった。
最後に宿の一階を今後の司令部にすることを決めて、解散となる。
気づけば、昼過ぎだ。
小さなラストチャンスの町が活気づいている。
街の外で作業する多くのドロウたち。
店じまいや、いない間の防備を進める住人たち。
資材の運搬や建築に当たるシティーガードやレーヴァたち。
いろんな人の思惑はあると思うけど、全体が一つの方向に向かって動いている感じ。
少し不思議な高揚感がそこに漂っているように思えた。




