42:指揮官 ≪コマンダーオリヴィア≫
25/02/20 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。
翌日も晴天。よく考えると、ここの湾内で雨が降っているのを見たことがない。
天候操作の影響ではないだろうし、ちょっと先に年中嵐が吹き荒れる海域があるせいだろうか?
そんなことを思っているうちに船は出航する。
ハーバーマスターが尽力してくれたのだろう。近くにあった港の補修用の木材やコンクリートなど、さらには大きめの木のコンテナが4つ船に積み込まれた。
追加派遣されるシティガードの部隊はもう少し後になるが、オリヴィアを含む21名は、この船で移動する。
今日からは2隻体制で、ラストチャンスとの間をピストン輸送する。毎日どちらかの船がこの港を出る予定だ。順調ならば。
船の中ですることもないし、乗船しているレーヴァたちと言葉を交わしてみる。
その、なんというか、会話が弾まない。彼らは俗世に関心が薄く、大きな苦悩を抱えているわけでもなさそうだ。
ハーバーマスターが戦争の犬、という言葉を使っていたのを思い出して、ああ、本当にそんな感じだな、と思った。
戦場に長くとどまりすぎた者は、戦地でしか生きられなくなる。
もう平穏な日常には順応できなくなるのだ。
何人かはそういう人間も見た気がする。
根本的に違うのは、彼らが戦うこと以外の価値を知らないという点ではないかと思う。
もっとも、それを彼らに教えるのは多分不可能だ。
彼らが感じ、学び、その中で実感するしかない。そのためのきっかけがあれば彼らの人生も変わるのだろうに、とも思った。
そんな様子を見ていたのだろう。オリヴィアが話しかけてきた。
「あなたはずいぶんと変わっていますね、将軍閣下」
「将軍はやめてください。閣下も不要ですし。で、私はどの辺が変わっていますか?」
「あなたは今回の戦闘の総指揮をとられる。であれば将軍は正しい肩書では?」
「私は名前で呼ばれる方が慣れているし自然なんですよ、オリヴィア」
「なるほど、そちらの方が自然に受け入れられるわけですね。ですが、名前で呼ぶのは失礼に当たります。ですのでディープフロスト卿?などが適切でしょうか?」
「適切じゃないです」
僕は苦笑いして続ける。
「アレンと呼ばれるのが普通なのですよ。組織上今回はあなたの上官かもしれませんが、一時的なものですし。卿は爵位かそれとも司教などの地位にあるかする方に付ける敬称ですからね、私はそんなに偉くないのです」
「質問がありますが伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「仮にあなたが、そんなに偉くない方と仮定します。その方がなぜ防衛戦の司令官に指名されるのでしょうか?」
「そうですね、少し難しいかもしれませんが、説明しますね。
まず、今回の任務に最適な人事はハーバーマスターもしくは聖炎のギヴェオン司教だと思います。ですがその選択は出来なかったのだと思います」
「それはなぜでしょうか?」
「まずギヴェオン司教に関してですが、街の統治者の立場からすれば、彼を総司令官には任命できないのです。聖炎教会という別の組織の人間に彼らの兵を預けるのは形としてマズい。聖炎が彼らに協力し、なおかつ聖炎を指揮下に置く形でなければなりません」
「どうしてですか?」
「政治的な駆け引き、他の勢力とのパワーバランスを維持するためです。彼らが少なくとも聖炎教会の人たちよりも積極的に事態に対処した実績が必要なのです。わかりにくいとは思いますが、体面、彼らの面子の為ですね」
「そういうものなのですか」
「そういうものと理解して良いと思います。で、ハーバーマスターが任命されなかったのは、彼が優秀だったからです」
「優秀であれば任命されるのが普通では?」
「そうですね、普通はそう考えるでしょう。ただ、彼は内政や交渉に優秀でも、軍事には必ずしもそうではないと判断されたのかもしれません。向かないことをやらせて、彼を失う結果は避けたかったのだと思います」
「なるほど、優秀でも適材適所、ということですね」
「はい。で、大して偉くもない僕が総司令に任命されたのは、大して偉くなくても総司令が街の統治者によって任命されているという形が保てる。加えて、今回の事情を最も知っている人物であり、失ってもストームポートにとって痛手とはならない人物。そういう意味では適任だったのでしょう」
「閣下、今のお話ですと、我々は捨て駒、ということでしょうか」
「それは人によって思惑が異なります。あなたとあなたの部隊を私に託したのは、ハーバーマスターでしょう。彼は僕がこの戦いで勝利を収めると考えたので、あなたたちを私に預けたのだと思います。他の街の統治者達は、恐らくどうでも良いのでしょう。
そして僕の立場からすれば、あなた方の支援が得られることはとても幸運です。楽ではない戦いなのは事実ですが、もちろん私も負ける気などありませんからね」
「アレン閣下、あなたの指揮下に入ることを名誉に思います」
「そう言ってくれると嬉しいですよ。でも、閣下は不要ですよ」
「それでは、師匠とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「そうですね、所有者ではなく、師匠なら、ギリギリOKでしょうか」
「はい、お師匠」
呼ばれてみて悪い気はしないけど、少し誤解を招きかねないよねぇ。
今更思ってもOKって言っちゃったし…ま、今回の戦闘が終わるまでだから良いか。
「で、話は戻りますが、私のどこが変わっていると思ったのですか?」
「はい、我々の部隊指揮官は我々個人に対して興味を抱くことはまずありません。生物の特性として男性の上官は私に対して性的な興味を持つことは何度かありましたが、そういった方々も私が彼らの性的な対象になり得ない、と知った段階で興味を失います。あなたは我々を個体として認識し、積極的にコミュニケーションを取ろうしています。そういう方にお会いするのは初めてです」
「んーなるほど。そうだね、少しひどい事を言うようだけど、多くの人たちは君たちを人として認識できていない。だけど僕は幸いにして君たちが個体として存在する、人格を持った存在、と認識できている点が変わって見えたのではないかと思うよ」
「はい、おっしゃることは理解できます。今日から君たちは人だ、と言われた我々も同様に自分を人として認識できませんでしたから。ですが、師匠はなぜ我々を個人として、一つの人格として認識できるのですか?」
「僕の仲間、友人にザックと言うレーヴァがいるんだ。彼のおかげかな。彼はそこらにいる人よりも人間らしいと感じるよ。
ラストチャンスにいるから会う機会もあると思うよ」
「彼はマークイレブンですか?」
「たしかそう言ってたと思う」
「なるほど。マークイレブンは最も人間に近いと言われています。その後に作られたマークトゥエルブは、彼等より合理的に判断するように教育を受けました。
彼らが人間的に見えるのは納得がいきます」
「僕は、必ずしもそうだとは思わないけど」
「それはなぜですか?」
「そう、君がそれはなぜ?と問うから」
「おっしゃる意味が理解できません」
「君がなぜ?と問うのはなんでなのだろう」
「それは、私が理解できないことを理解するために知る必要があるからです」
「うん、そうだよね。でも、政治的な理由とか、興味なくて当然じゃないかと思うんだ」
「それは先ほどの話ですね」
「そう。もし君が戦うための機械だとするなら、上官が誰であろうと関係ないし、僕がレーヴァに興味を持っていること自体、興味がないんじゃないかな」
「そう、なのでしょうか?」
「円滑なコミュニケーションの為に相手の事を知るって言うのは正しい事だと思う。たがいに話をしてお互いの事を知る。そうすればコミュニケーションが自然と取りやすくなる。まあ、時にあまり知りすぎない方が円滑に進むこともあるけどさ。だけど、それって人と人の間での話だと思うんだ。
君がただの機械なら、疑問を感じることはないはずだ。多分だけどね。疑問を持つのは、状況を見て考えているからで、とどのつまりは知りたいっていう欲求だと思うんだ。
それってさ、人の持つ好奇心とか、向上心とか、そう言うものじゃないかって思うんだよ。
人の子供って、知能が発達する段階で必ずと言って良いほど、あらゆることに対してなぜ?なに?どうして?って聞く時期があったりするものらしいよ。
僕から見ると、君は知識の中でいろんな事を知っているけど、実感とか理解とかは追いついていないんじゃないかって感じるんだ」
「……」
「きっとあそこにいる彼らもね、情報が少なくて、外の世界とつながる方法を知らないだけじゃないかって思うんだ。
レーヴァには育つという過程がないから、それを学ぶ機会がないままだったんじゃないかなって。
僕は君たちが魂を持っていると感じるし、生きていることも疑う余地はない。
魂が学ぶきっかけを待っている、そんな気がするんだよ」
「魂……私の魂?」
「そう、君の、君だけの魂ね」
「私にも魂がある」
「うん、あると思うよ」
「それは、魂とは、どんなものなのでしょうか?」
「いろんな解釈があるよ。僕なりの考え方もあるけど、今日はその話はやめておこう。僕は聖職者で、なんか怪しい宗教の勧誘みたいになっちゃいそうだしね。
答えを求めるのは良いことだけど、意外と自分の中に答えが見つかることも多いんだよ。
しっかり考えること。そして考えないこと。禅問答みたいだけどさ、案外考えていないときの方が答えに近づけたりするものだよ」
「考えるけど考えない。それは、感じること?本能に従うこと?」
「時間があるときに考えるのは良いことだよ。だけど考えすぎると堂々巡りに陥ったりするし、いい加減ってのはなかなか難しいからね。
突き詰めすぎず、気楽に生きるのも悪くないと思うしね。
あー、この話はこのくらいにしておこう。今夜眠れなくなりそうだしね」
僕は話を切り上げる。彼女とこういう話をするのは悪くないと思うが、彼女にとって良いこととは限らない。
彼女の口にした感じることって、とても大切だと思う。理論で理解するのではなく、感覚で理解する。そういう経験って必要だと思うし大切だと思う。
偉そうなことを言える立場じゃないと思うんだ。
僕も彼女も、同じように心の成長が追いついていないんじゃないかって、そう思うから。
きっと彼女も思う日が来るんじゃないかな。
穏やかで気持ちのいい風だな、とか。




