40:剣なき戦い(2)
25/02/19 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。
その後僕たちはシティに入って、それぞれの補給を行った。
Gさんはスクロールの補充に、レイアさんは輸送任務の報告と報酬の受け取りに。
ロアンは銀行にちょっと行ってくると言って、本当にちょっとで戻ってきた。
僕とコマリとザックは、特にすることは無い。中央公園でのんびりと座って待っていたのだが。
ザックは北の大陸の大きな都市を見たことがあるので、それほどでもないが、当然ながらコマリは都市と呼べるレベルの集落を見たことが無い。
建物の多くは北の様式で、いろんな所からの移住者が混在していることもあり、街並みは様々な様式が入り乱れ、混沌とした雰囲気を醸し出している。
そわそわして落ち着かない様子。興味が尽きないのは間違いない。いろいろと見てみたいはずだ。
正直に言うと、街中を歩き回るのはあまり気が進まない。好奇の目や場合によっては憎悪が彼女に向けられることを僕は心配している。
そんな心配をよそに、彼女は興奮しているようで、じっとしていられない気持ちが伝わってくる。
リスクはあるが…これも一歩踏み出さなければならないことだと思うので、僕から声をかける。
「すこし街を見て歩こうか?」
その言葉を聞いた時のコマリの笑顔はとても印象的だった。普段よりもずっと子供っぽい笑顔。
「僕とコマリはその辺りを少し歩いてみるけど、ロアンとザックはどうする?」
僕の問いかけにザックはすぐに立ち上がり、ロアンは
「あ、これは何かご馳走してもらえる流れだね?」
と一緒に行くことになった。
まず目の前のマーケットに向かう。
しかし最初の目的地にたどり着く前に小さな露店で足を止めた。
小麦の薄い生地に果物やクリームを包んで食べる菓子を売る店だ。
ロアンは手早く露店の店主に、何種類かの果物とヨーグルト、それにバニラカスタードとクリームの2種類を注文。
僕も朝食をろくに食べなかったことを思い出して、甘くない生地に野菜と肉を巻いてもらい受け取る。
「はい、コマリ。きっとこれは初めての味だからね、驚くよー」
最初は植物の葉に包まれた状態で渡されたものを、どうやって食べるのか少し悩んでいたようだが、僕とロアンが食べるのを見て、見よう見まねで口にする。
一口食べてわずかに固まったように見えたが、その後は一気に完食した。
「感想は聞くまでもないね、女の子が甘いものが好きなのは世界共通だね♪」
コマリの食後の笑顔にロアンもご満悦のようだ。そりゃ、これだけ喜んでもらえればうれしくもなる。
ロアンはコマリに少しかがむように言ってから、口の脇についていたクリームを指ですくって、ペロリ。
まるで優しいお姉さんのようだ。身長はロアンの方が低いけど。
そんな光景に少し和んでから、マーケットに足を踏み入れる。
日用品から武器防具、魔法の品物までと、あらゆるものが雑多に売られているから、目移りするのも無理はない。
勝手に触っちゃだめだからね、と一言注意してから、のんびりと歩いて見ていく。
コマリは衣服やアクセサリー類、鍋や掃除用のブラシ、武器防具まで、あらゆるものが珍しく見えているらしい。武器にしか興味を示さないザックとは対照的だ。僕は周囲の様子を細かく見ていたが、確かに異様な光景なので目は引くが、最初に目が行くのがザックなので、あまりドロウであるコマリに対して視線がいかないように感じる。これはザックの功績だ。
ひと回りしてから、今度はちゃんと買い物しに来ようね、と言ってマーケットを出て、正面の統治者の館を見る。
今頃は会議中なのだろうか、そんなことを思いながら、銀行前を経由して公園の元の位置に戻ってきた。
司教とレイアが戻ってきていて、Gさんはまだのようだ。
「先に宿押さえて来るよ。ラスティでいいよな?」
レイアはそう言って錆び釘亭に向かった。
そこでGさんが戻ってくるのを待ちながら隣にいる司教にポツリと呟いてみる。
「うまくいきますかね」
しばしの沈黙の後、司教は空を見上げながらこう返した。
「上手く行かせるさ」
それほど重く語られなかった言葉だが、僕にはそれが頼もしかった。
この人は何一つ諦めていない。
全力を尽くすつもりでいる。
「弱気は禁物ですね。うまく行くか、ではなくて、上手く行かせる。ありがとうございます」
そう言うと待っているGさんではなく、シティガードが一人、息を切らしながら走ってきた。
「エルフの聖職者、アレンだな?」
「そうですが何か?」
「街の統治者がお呼びだ。お館まで同行を願う」
僕は仲間たちに、Gさんと合流したらラスティに向かうよう伝え、一人でシティガードについて行く。
ギヴェオン司教も同席するべきだろうと思うのだが、僕一人が名指しで呼ばれた訳だ。司教はそういう所を気にする人ではないが、僕的にはやはり気になる。
マーケットの脇を抜けてキャッスルの正面から中に向かう。
階段を上り少し奥まったところに案内されると、扉の前で待つように言われた。
誰もいないし、席を勧められたわけではないが、気にせずに壁際の椅子に腰かけた。
建物の造りは立派なものだ。まさに王侯貴族の屋敷と言う感じで、壁に懸けられた絵画も、廊下に並ぶ彫刻も、足元の絨毯も。いずれも高価なものなのは見てすぐにわかる。
ラストチャンスの防衛戦の配置を考えていると、扉があき、執事風の人間に中へどうぞ、と声を掛けられた。
僕はその案内に従い扉の中に入る。
中は少し広め、この屋鋪の造りからするとむしろ小さめの一室。そこに5角形のテーブルがあって、そこに座る5人。
一人は見知った顔。3人の人間、一人のエルフ。エルフ?
「彼が今回の立役者、アレン・ディープフロストです」
港湾管理者がそう僕を一堂に紹介する。
そう言われたので一応礼儀に沿った形で、そこで一礼。
「ご紹介に預かりました。アレン・ディープフロスト、月の神に仕える聖職者でございます」
そう言ってからもう一度深めに礼をする。
「アレン、貴殿に街の統治者の方々を紹介しよう。
正面に居られるのが、当代のウエルナート男爵家当主、ラッセル・ウエルナート様、
左手に居られるのが、現スタントン家当主、ジョルジオ・スタントン様、
右手に居られるのは、現フェルベア家当主、ボグナート・フェルベア様。
こちらが・・・」
僕は彼の紹介に合わせ、そちらを向き礼をする。彼らは一応目を合わせて、頷く。
3回繰り返し、4人目の紹介に入ったところで紹介される本人が口を開いた。
「初代ウエルナート男爵よりお仕えする、フィセリウス・アル・デューザルと申します。こちらで行政官のような仕事をさせて頂いております」
本人の自己紹介はもう少し長かったので、この場ではざっくり省略させてもらった。
過剰に装飾する言い回しと、鼻に付く言い様が完璧なエルフであることを物語っている。余談だが名前にアルと入ったのは、自分がエルフの高貴な一族の出である事をアピールする際に付ける。彼らはエルフではなく、ハイエルフだと、言いたいわけだ。
僕はエルフらしくエルフ語で、でも少し手短に返答した。
「高貴なる方、御自らのご挨拶を頂きまして、身に余る光栄にございます」
そして優雅に一礼。それを見てから
「そして私が港湾管理者を拝命している、ジン・ラグストフだ」
もちろん、彼にも一礼する。
「さて、貴殿にこの場に来てもらったのは他でもない。
街の統治者の皆様方は、貴殿から直接事の次第を伺いたいと仰せだ」
「お言葉を返すようで恐縮ですが、ハーバーマスター様からご説明があったかと存じます。同じことを繰り返すことになりますが、よろしいでしょうか?」
「それで構わん。貴殿の口から語られることを望んでおられる」
ハーバーマスターがそう言うなら、従うほかない。
時系列に沿って、補給物資の護衛任務から、ラストチャンス到達までの過程を、大まかに説明する。
「そのうえで、ドロウの入植の許可を頂きたく、ハーバーマスター様にご相談させていただいた次第です」
こう締めくくった。
話を終え、それぞれの様子をうかがう。
人間の3人はどちらかと言えば無関心。本音で言えば関わりたくないのだろう。
行政官殿は好奇と疑念。
そんな感情が読んで取れる。
早々に行政官殿が尋ねてきた。
「かつて我々もドロウとの連携を模索した事があったのだよ。だが、ことごとく失敗し、我々はドロウは交渉の対象たり得ぬと判断したのだ。
ところが貴殿は説得し、彼らの崇拝する神との決別を決意させた。どんな魔法を使ったというのだ?」
「私は聖職者ですので、魔法には明るくありません。今回が偶然にも好機であったと言うほかありません。
彼らは50年前に他の氏族との争いにより追われる形で今の地に定住しました。
その上蠍神から生贄を要求されていたのです。
さらに幸運なことに現在の族長が若く聡明であったこと。
これらの条件が重なったがゆえに、こういう流れになったと考えております」
「とは言うが、それでも一族全てがその決定に従うというのは信じがたい」
「はい、仰せの通り離反者も出ました。ですが少数で済んだのも事実です。
この件については聖炎の皆様のご協力が大きいと思います」
すべては語らないが、事実を述べて行く。
嘘を言い、それを悟られれば疑念はより強まる。だから嘘はつかない。
「聖炎の協力、とな?」
「はい。既にギヴェオン司教からの援軍要請も届いているかと存じますが、彼らはすでにドロウたちを守る決意を固めております。
実際、ドロウの一族を導く際に、聖炎の神がご降臨されました。
その姿は神と呼ぶにふさわしく、仕える神がある身である私も、心を奪われそうになったほどです。
ドロウたちにはまさに救いの神に見えたことでしょう」
ここまで話をして場の様子をうかがう。状況はあまり変わっていないが、行政官殿は疑念を薄めている。
「であれば、それは聖炎の独断で行ったこと。ストームポートは無関係であろう?」
スタントン家の当主が口をはさむ。
ハーバーマスターがそこにやんわりと言葉をはさんだ。
「おっしゃる通りではございますが、彼らの責任において彼らが民を守る、ということを認められますと、彼らの権利を擁護することになりかねません。
大陸における独占的権益が危ぶまれる事態に発展するかと思われます。我々は許可を与える立場であると同時に、彼らを庇護する勤めを担う形になります」
「貴殿の言は正しいな。今ここで聖炎の黄金の剣見殺しにしたなどと知れれば、北の王国や帝国に口実を与える良い種になるだろう」
行政官がハーバーマスターの発言を肯定する。
流れ的には悪くない。
行政官が続ける。
「ストームポートの立ち位置は極めて微妙なバランスの上に成り立っている。
そのバランスを崩すことは出来ない。対面上だけでも彼らの要請に答えぬ訳にはいかない」
そう言って彼は腕組をした。
目を瞑り、何かを考えている。
重たい沈黙が場を支配する。
しばらくして行政官は口を開いた。
「防衛に当たり援助は行うが、ストームポートを巻き込むわけにもいかない。
提供できる物資に余裕はあるが、兵員に関しては期待するな。
貴殿も防衛戦には参加するのであろう?」
行政官の問いに僕は答える。
「私には彼らをここまで導きました責任がございます。もちろんその責務は全うする所存です」
「よろしい、貴殿の覚悟は聞かせてもらった。
貴殿には、ラストチャンスでの防衛戦を指揮することを命じよう。
仮に貴殿や聖炎が全滅したとしても、我々はその責任を負わぬ。
ラストチャンスおよびドロウの非戦闘員をストームポートに一時的に避難させる。
これが我々が妥協できる最大限だ。
もし貴殿が生きて帰り、ストームポートが戦火に包まれてなければ、改めてドロウたちの受け入れ条件に付いて詳細に詰める。
どうだ、引き受けるか?」
僕としてはほぼ満額回答だ。
結局の所、彼らに選択は二つしかない。一つはストームポートを要塞に見立てての全面防衛戦。
もう一つはある程度の犠牲を前提にしたラストチャンス防衛戦。
僕としてはストームポートの防衛戦の方が望ましかったが、彼らの協力を引き出せた点だけでも十分と言える。
僕は深々と一礼し、こう言った。
「若輩ではございますが、謹んでその任、受けさせていただきます」
その直後、僕は退出を許された。いや、追い出されたというべきか。
彼らはまだ何か話をする必要があるらしい。
あとでハーバーマスターを訪ねて、使える物資の算段をつけなければ。
明日戻る予定は少し延期しなければならないだろう。




