39:剣なき戦い(1) ≪バトルウイズアウトアームズ≫
25/02/19 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。
ラストチャンスにたどり着いた後は、やることが目白押しだった。
シティガードに事情を説明した後、ラストチャンスの東側に隣接する形でドロウの宿営地を設営して、彼らにとりあえずの生活基盤を作るように指示する。それをラッシャキンに引き継いでもらい、トランスポーターの事務所に行く。そこでオライエンの通信サービスを利用し、ストームポートのハーバーマスターに連絡を取る。
こちらからのメッセージをストームポート側の事務所で受け取り、ハーバーマスターまで伝えてもらうのだ。魔法や奇跡の力を借りて同じようなこともできるが、準備はしていないし、より多くのメッセージを伝えるのには向かないので、費用が掛かってもこちらの方が確実。彼らはその手の専門家だ。
その後、ラストチャンスの南側に仮の陣地を設営している聖炎のもとへ向かい、司教に声をかけて、ハーバーマスターとの会見に同席を願う。
彼は快諾してくれ、必要な時にまた声をかけることになった。
その後、改めてシティガードの部隊長と話をして、蠍神の軍勢と戦闘になる可能性を伝える。
ラストチャンスの防衛戦力はシティガードが100名弱。いないよりはマシだが、戦力として十分とはとても言えない。
さらに考えなければならないのは、この周辺に小規模な干拓村が6つほどあり、それぞれがここから半日程度離れたところにあること。
当然ながら、それらの村には野生の獣を相手に出来るハンターなどもいるが、その数は少なく、蠍神の軍勢が接触したら、壊滅的な被害が出る。
本音を言えば、それらの開拓村からこっちに退避してもらいたいが、僕にその権限は無い。とりあえず使いを出して注意喚起を促すことにする。彼らが自主避難してくれればよいのだが。
もちろん、何も起きないに越したことはないが、打てる手は、すべて打たなければならない。
余談だが、僕はそもそも何の権限も持っていないが、それらしく振舞うと、それらしく対応をしてもらえる。
必要なら預かっている印籠を使う事も考えているが、今のところ必要はなかった。
そうこうしているうちに、ハーバーマスターの返答が届いた。
早々にストームポートに戻って状況の説明をしろ、との事だ。
一度パーティの元に戻って、ストームポートに戻る流れになった事を説明する。
レイアも今回の輸送任務の完了を報告する必要があるので戻る必要がある。レイアが元受けとなっているので他のパーティにも支払いを行わなければならない。
Gさんは各種補充をしたいとのこと。ロアンは『だったら自分もポートに一度戻る』と言った。
コマリは僕についてくる以外の選択は無いし、ザックも装備を整えるために戻った方が良いだろうとのことになった。
ちなみにオズワルド隊、ブレイブ隊のパーティはここに残留するらしい。これはとてもありがたい。
先日の聖炎の降臨は彼らにも大きな影響を与えているらしい。彼らは少し興奮状態で、戦になるなら稼ぎ時だ、と言っているそうだ。
3、4日でこっちにとんぼ返りとなるが、一応決まったので、もう一度あちこち回る。
船で戻るので、船を手配する。ストームポートとラストチャンスは通常は週に1往復の船が出ていて、都合よく明日の朝に出航する船に乗れる。
ドロウの宿営地に行き、ラッシャキンに暫くここを離れることを告げてから一つ頼みごとをする。
危険を伴うので、確実に生きて戻ってこられる手練れを使って欲しいと念を押し、人選は彼に任せた。
シティガードに今日明日で何か起こることはないが、通常よりも気持ち警戒をするようにお願いし、聖炎の陣地へ。
そこで司教に明日からストームポートに戻るのに同行を願い出る。
彼はデニスに指揮権を委譲してから、同行を承認した。
ちなみにデニスに借りてる斧は返した方が良いかと聞いたら、あれは紛失したので、そのまま使ってもらって構わない、だそうだ。
こうして、慌ただしく一日が終わった。
これから正念場が続く事になるはずだ。
翌日になり少し慌ただしめの朝となる。
船に乗るのでコマリに少し朝食は控えめにとるように勧めて食事を終えると宿を出て司教と合流、港に向かう。
そこで大きな船という木造建造物と、海を始めて目の当たりにしたコマリのテンションは非常に高かった。
ジャングルで暮らすドロウには、船という文化はなく、これほど大きな木造建造物も存在しない。海ほど広大な水域を目にするのも、彼女にとっては初めてのことだ。
そりゃテンションも上がるだろうと思うが、1日とは言え船旅も初めてな訳で…
と、僕の心配をよそに、船酔いしてグロッキーになったのは僕だった。
航海は順調で船の荷も軽い事から船足はかなり早かった、夜にはストームポートに着いた。
一月も経っていないのに、とても久しぶりな感じ。懐かしいという感覚もこういう感じなのだろうか。
時間も時間なので、夜が明けるまで船で過ごそうという話になりかけたが、僕は上陸を断固主張。
だが、コマリが僕と行動を共にすると言ってきかないので、結局僕が折れることになる。
少人数での移動はまだリスクが高い。この街の人々は、ドロウに慣れていないからだ。
夜明けとともに、僕は一足先に船から降りる。コマリも一緒だ。
他のみんなが起きるまで、少し時間があるだろう。
この時間を使って、気になっていることを一つ片付けようと僕は思ったわけである。
港から街とは反対側に向かう、少し前に、数日間とはいえ毎日のように通った道。
岩場の細い道を抜けてから洞窟の大きな入り口。
そこに立ち並ぶ粗末な小さな小屋。
まだ時間が早いので人影は見当たらない。
コマリにみんな眠ってるから、静かにね?と言ってから、洞窟の最奥へと向かう。
水場と、小さな祠。
そこに鎮座する水の神と月の神の小さな像。
決して立派とは言えず、少々雑な造りであるが、そこには神の息吹を感じる。
正しく祀られていて、神もその祈りに答えてくださっている。もちろん正しくというのは形式の事ではない。心の在り様だ。
周囲も手入れが行き届いていて、雑多な臭いが満ちるこの空間にあって、ここは清浄を感じる。
この様子に僕は少し安心し、簡単ではあるが神々に祈りを捧げて、静かに立ち去ることにした。
誰かと顔を合わせたら、多分騒ぎになって、この後の予定に支障が出る。
僕としてはちょっとしたお祭り騒ぎを楽しみたいのだけど、今はそうは言っていられない。
僕はコマリとその場を静かに立ち去った。
ほんの15分の散歩で桟橋まで戻ってくると、朝から作業に当たる港湾労働者たちの姿がちらほらあって、何人かが声をかけてくれる。
人数がまだ多くないので大した騒ぎにはならないが、声をかけてくれる人に挨拶を返したり、加護の印を切ったりしながら船の前まで戻ってきた。
そこで顔を合わせたのはシティガードの見知った顔、オーガスタだった。
「ドロウがなぜここにいる?」
彼女の第一声はいささか棘を含んだ物言いであった。まあ、ストームポートでは標準的な反応かもね。
さっき声をかけてくれた人々も、僕の連れとすぐに認識してくれたようではあるが、それでも疑念を抱いている様子だった。
シティガードはドロウについて少し情報を持っている。
ジャングルに住む堕ちたエルフたち。悪神の先兵。この辺が妥当なイメージだろう。
僕は友好的な表情を崩さず、動じることなく彼女の言葉に答える。
「彼女はコマリ、僕の妻です」
僕の言葉にコマリは貴族のお嬢様風にローブの端を掴んで膝を軽く曲げた礼をして見せる。
彼女は明らかに動揺しているようだ。しばし硬直した後に、こう返してきた。
「ドロウだぞ?それがエルフの妻だって?」
彼女はエルフとドロウが時に不仲であることを知っているようだ。それ故に彼女の中の常識が一つ壊れたのだろう。
まあ、彼女にとってそれ程の痛手にはならないだろうから、もう一つ事実を告げておく。
「仮ではあるんですけどね、僕は一応ドロウの部族の族長になってます」
この言葉に彼女がどう反応するのかが少し楽しみだったのだが、簡単にスルーされた気がする。たぶん考えるのをやめたのだろう。
「ハーバーマスターの使いで来たんだ。お前ら一行が船でついているから案内せよと。朝食でもとりながら話をしよう、との事だ」
港湾管理者はさすがの手回し、と言う感じだ。
僕はその場で謹んでご招待をお受けすると伝え、こちらは全部で7人だが、一人は食事をとらないことを伝える。
そして皆を呼んで来るので、しばし待って欲しいと言うと、
「お前らを案内したら、私は夜勤明けで休みたい。早くしてくれると助かる」
そう答えた。
僕は一度船に戻り起きていた普通の人達に向かって朝食がてらハーバーマスターとの会合になった事を告げながら、そこに転がり続ける一人の若年寄を必死に起こしていた。結局僕の手では起こしきれず、レイアが担いで船を降りる。
僕たちが下船するのを確認したオーガスタの表情が再び硬直した。
「聖炎の黄金の剣・・・?」
さすがに司教は有名人だ。司教が同行することはハーバーマスターには伝えてある。だがこの反応からするに彼女は聞いていなかったようだ。
コマリを見た時よりも確実に今の方が緊張しているように見える。
僕は司教の方をちらっと見ると、彼と目が合った。
「お主のようなものが、あちらこちらであることない事吹聴するからな」
と悪戯な笑みを浮かべて僕に言った。
彼の今一つ笑えないジョークは僕もスルーだ。無視するわけにはいかないから
「そーですよねー」
とだけ答え、僕らはハーバーマスターの事務所に向かった。
詰所奥の上り階段から城壁の上へと抜け、ハーバーマスターの屋敷兼事務所に向かう。
そこで中に招き入れられてそのままダイニングに案内された。
ホストの席にはハーフフットの男。彼は席を立ち僕たちに告げる。
「お疲れのところ、ご足労願い恐縮です。せめてものおもてなしという事で朝食をご用意しておりますので、お寛ぎください」
彼は少し芝居がかって口上を述べるかのように言った後、一礼した。
ここは返答をすべきところだが、その任は司教に任せるべく、司教をチラ見。
司教は意図を汲んでくれて
「早朝の訪問、礼を欠きますがご容赦願いたい」
彼はそう言って一礼した。
僕たちは着席を促されて、長テーブルに着く。
ホストの位置がハーバーマスターで、彼の右手側に司教。僕たちはホストから見て左側に6人が並ぶ。
僕はレイアを一番ハーバーマスターよりに座ってもらおうと思っていたのだが、却下されてハーバーマスターに一番近い位置に座る。
最初に話題に上がったのは、依頼されていた書状の件で、レイアは確かにお渡ししました、と述べるとそれで終わる。
そして本題のドロウに関する話題となった。
一連の話を司教が順を追って事の顛末を話している。基本的にシンプルで間違いのない情報が伝えられた。
その話を聞いたハーバーマスターは腕組してこう返す。
「つまり、蠍神の信徒を村ごとさらってきた、というわけですな?」
これは面倒ごとを持ち込んだ、という、かなり棘を孕んだ言い方だと思う。大筋で間違いではないものの、そこは少し正しておく必要がある。
僕は発言の許可を求めた。
「いちいち許可を求めなくても構わんよ。ここは非公式な場だ。ギヴェオン司教も同意していただけますな?」
司教は無言で頷く。
僕はさっそくハーバーマスターに言った。
「彼らは蠍神の圧政に苦しんでいて、その支配から逃れる機会を伺っていたところ、我々に遭遇したのです。
我々は協力を申し出て、彼らを連れてきた次第です」
僕の言葉に、ハーバーマスターは大きくうなずいて見せた後に、
「建前としちゃ筋が通ってる、形だけでも領主である以上は街の統治者は無視は出来んと。
まあ、そういうお前さんの気持ちは理解したが、ここは非公式な場だ。実利で話そうや。
公の場でお前さん達の立場は十分に配慮するつもりだから、安心しろ」
僕は彼に一礼する。彼は我々に協力する、それに値するものがあれば。と言っているのだ。
つまり彼は交渉のテーブルに乗る事を了承したのである。
彼は続けた。
「と言う訳で、お前さんの要求を言ってみろや」
「では申し上げます」
僕は一気に想定している条件を伝える。
・ドロウの入植村をストームポート近くに確保すること。
・彼らの囲い地に自治権を認める事。
・彼らの取引に通常貨幣を用いる事。
・必要に応じて彼らがストームポート内への出入りを認める事。
・入植地周辺の土地を開墾した場合、それは彼らの自治権の及ぶ範囲として、それを認める事。
・彼らの要請に応じて、ストームポートは防衛戦力を提供すること。
・そのほか細かい事項に関しては、渡来する冒険者と同等に扱う事。
それを目を閉じて聞いていたハーバーマスターが、脇でメモを取っていた執事からメモを受け取ってもう一度確認している。
「で、そっちから提供できるメリットは何だ?」
僕はポケットから取り出した、レッドコーンの粒をハーバーマスターに見せる。
「これが何かご存じですか?」
僕の問いに彼はすぐに答えた。
「ロングコーンだな。これがどうした?」
僕は確信の無かった部分を埋めてから、彼にドロウが提供できる彼にとってのメリットを並べた。
・彼らはこの植物の栽培方法を確立していること。
・彼らはガルカッタと同じ性質を持つオーグと言う家畜を持っていること。
・彼らは移動の際に忘却の王の呪いの影響を受けないと思われること。
・彼らは近隣のジャングルでの生活で得た有益な知識をロングコーンやオーグに関して以外でも多数持っていること。
・彼らは優秀な戦士、狩人を輩出し、その人材は極めて有益であること。
「これらはストームポートにとって得難いものであると確信しておりますが、いかがお考えになりますか?」
ちなみにガルカッタとは、ストームポート近辺で捕獲される鹿の種類である。肉質も良く、その上生のままでもほとんど傷まないという特殊な動物だ。
ハーバーマスターは腕を組んだまま、僕の発言を吟味しているようだ。
少しの間を置いてから
「ああ、条件としては悪くない。この街を一変させるインパクトを持ちうるな。もちろん、いい影響を与えるって意味だ。
街だけじゃなく、大陸そのものへの影響もかなり大きい。
大きな声じゃ言えないが、少し昔にはドロウと交易が出来ないかと交渉をしたことがあるらしいが、ことごとく失敗したと聞いている。
100年くらい前の話じゃないかな。それ以来共存は不可能ってのが定説だったんだよ」
「では交渉は成立したと考えてもよろしいのですか?」
僕は少し乗り出し気味に彼に問う。
しかし、彼は少し渋い顔をして答えた。
「いくつかの条件の修正が必要だ。今言えるのは、開拓地の権利問題と商取引に関しては今の条件じゃ理解は得られねえだろう。
そして最大の問題は、この線なら街の統治者の連中は首を縦に振ると思うが…俺の一存じゃ決められん話だからな」
彼の意見はもっともだろう。
彼は多分嘘は言っていないし、こちらの提案は十分に利がある事を理解してくれた。
その上でだ。
「双方にとって実りある交渉になったのは喜ばしい限りですが、その前に対処しなければならない問題がございます」
僕の発言にハーバーマスターは「そうだな」と小さく答えた。
そして何かを少し考えてから、彼は言葉を続ける。
「約800人の部族を、滅ぼすなり連れ戻す為の軍勢が送られた可能性がある訳だ。最低1000人、余裕があればそれ以上の数になる、だな?」
「はい、おっしゃる通りかと存じます」
「ストームポートの戦力は限られている。
率直に言うが、シティガードを総動員しても1000名はいないからな。
レイブンズに協力を仰いでも、せいぜい50やそこらだろう。ここで戦争になる事は誰も想定していなかったからな」
「ドロウたちは自らの氏族の存亡がかかっておりますので、総力を挙げて戦うでしょう。
一方で、部族間の抗争とは違い、蠍神に対する恐怖も少なからずあるとは思います」
「聖炎はこれと戦う準備を進めておる。数こそ50そこそこだが、士気は極めて高い。なにせ聖炎の神から直々にお褒めの言葉をいただいたのだ。
無論、貴殿らも協力はしてくれるものと思っているが?」
司教がハーバーマスター追い打ちを掛ける。
「ああ、そこは理解している。理由が何であれ、ストームポートに対する防衛戦で、聖炎は全滅したが、ストームポートは被害なしだった。
なんてのは悪評以外の何物でもない。街の統治者の能力そのものが疑われる」
そこで彼は一呼吸置き続けた。
「だがな、無いものは無いんだよ。ラストチャンスを放棄してストームポートの城壁を使った防衛戦ぐらいしか方法が思いつかん」
「ではそうするべきなのでは?」
「ラストチャンスとその周辺に500人以上がいる。それにドロウが800だ。輸送船を総動員して1日平均で200人程度を運ぶのが限界。
今すぐ動いたとして人員だけでも1週間はかかる。それに荷物を加えると、間に合わない可能性が出てくる。
それ以前に差し迫った脅威が明確でない以上、簡単に避難命令を出せんよ。
経済を停滞させることに反対されるだろうし、責任問題となれば、誰かの首が飛ぶ」
「とは言っても人命には代えられないでしょう。何か起これば、その時は大きな感謝を得られるでしょうし、
そうでなかったら、笑って済む話にしてしまえば良いんです」
我ながら無茶苦茶だとは思うが、他に方法が無い以上、撤退すべきだ。
「ここで話していても、埒が明かないのは事実だな。街の統治者を招集して会議を行うことにする。
さっきの条件の話も通さにゃならんし、そのための防衛をどうするかも話さなければならんからな」
「そうですね、お願いします。手を打つためには早い決断が必要です。それと、くれぐれも…」
「条件に関しては交渉の余地を残すようにしてやる。俺は公平な男だからな」
「詳細が決まりましたら連絡をください。私は明日の朝の船でラストチャンスに戻る事にします」
周りに相談なしで決めてしまったが、現地で出来ることをする。これが今の僕にとって最も重要なことだと思える。
みんなには必要に応じて戻ってもらえばいい。
こうして、今後の方針に大きく左右する重要な会談が幕を閉じた。




