38:聖炎 ≪ホーリーフレイム≫
25/02/19 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。
25/04/24 一部表記を修正しました。
翌日の朝、出発の時間を迎える。
集まったドロウたちは誰もが抱えきれるギリギリの荷物を持っていた。
僕は事前に打ち合わせた通り、ラッシャキンに皆に向かって話をしてもらう。
「残念なことに昨日、長老エルガン、並びに長老デギューロの縁者総勢26名が離反した。
一族として恥ずべき事だが、今回は追放処分に留める。
我々は一族の新たな歴史を刻むために今日この地を離れる。
だが、もし、旧来の生き方を選ぶというものがあれば、この場から早々に立ち去れ。
族長はその生き方も間違いではないとおっしゃっている。
今から5分の後に我々は出発する。共に歩めぬものはその間に好きなところに行くが良い。
ただし、村に残ることは許されない。出発後、村に火をかける。以上だ」
彼の話はドロウ語で行われた。概ね意味は理解したつもりだが、最後の一節が気になって、話し終えたラッシャキンに聞いてみた。
「ああ、村は燃やすから残るなよ、と言った」
随分とあっさり言うものだ。
「そこまでしなくてもいいのでは?ジャングルに延焼しても大変だし」
「残して行っても後で蠍神の司祭どもに利用されるだけだ。燃やした方がいい。
それに、延焼の心配はいらんだろう。万一燃え移ったとして、半日もあれば鎮火する」
僕の心配をよそにラッシャキンは言い切った。
ここで暮らしてきた彼らが言うのだ。彼らの判断に従えば良いか。
すぐに5分は経つ。立ち去った者はいないようだった。
「出発」
司教が隊列の先頭で一同を率いる。
数名の聖炎の聖戦士がそれに随行する。
その後ろにラッシャキンが先導してドロウの部族の隊列が続く。
その様子を見ながら僕はローズさんに尋ねた。
「聞くの忘れてましたけど、何人いるんですか?」
「総勢836名、離反者を抜くと…810名、ですね」
予想の範囲内ではあるが、思ったよりも少し多い。
「食料などは大丈夫でしょうか」
「ある程度の保存食は持っておりますし、普通の食品もあります。足りなければ現地調達で、何とでもなるでしょう」
期待した答えは得られた。しかし、最初から食料の用意は不可能だと考えていたものの、この人数を実際に見ると少し心配にはなる。
そうしているうちに隊列は進んでいき、その場にいる人々も残りわずかになっている。
ローズさんが右手を挙げて何かの合図をした。
しばらくすると、集落の南の方から白い煙が上がる。
奥側から火を放ち始めたようだ。
あちらこちらで煙が上がり始め、この辺も煙が立ち込め始める。
「我々も出発しましょうか」
ローズさんが促し、僕たちも集落を出た。
何度か通った集落のゲートを出たところで集落内に散らばっていた衛兵たちが集まってくる。
全員揃っていることを確認し、彼らも集落に背を向け歩きはじめる。
一部に大きな炎が上がるのが見える。ドロウの戦士たちは後ろを振り返らない。
僕は彼らに覚悟のようなものを感じた。
その後、数時間歩き、蠍の巣への入り口付近で最初の休憩となった。
洞窟の入り口付近で警戒に当たっていたオズワルド隊の冒険者たちと合流し、彼らと少しだけ言葉を交わす。
特に問題もなく、退屈なもんだよ、などと言っていた。彼らは司教たちが通過後、洞窟の安全を確保するためにここにとどまっていたそうだ。
彼らの話によれば入り口側、洞窟の北の端にはブレイブのパーティが警戒に当たっているらしい。
休憩の後、順番に洞窟の中に進んでいく。
入る際に脱落者がいないかチェックして、揃っていることを確認し、最後に僕たちも中に入る。
入り口もだが、中も思ったより広く感じた。これなら荷車も移動できそうだが、途中に狭くなる場所が数か所あって人が通るには問題ないものの荷車を通すのは無理らしい。洞窟内で一泊し、翌日には洞窟を抜ける。
洞窟を出たところで予定通りブレイブ隊と合流。野生生物との戦闘はあったらしいが、こちらも問題はなかったようだ。
ただし、別の問題が一つあった。
洞窟の入り口を調査したが、崩落させて塞ぐのは不可能という結論に達したらしい。
確実に出入りを塞ぐ方法がないという事だった。
木材を切り出して詰めるとかして、時間稼ぎでもとか話していると、それならば、とGさんが荷物から2本の巻物を取り出した。
「強力な魔法使いがおれば意味が無いが、そうでないなら簡単には通れんじゃろう。中にはもう誰もおらんな?」
洞窟を出る際に脱落者がなかった事を確認した後に、入り口付近を簡単に確認。誰もいない。
「Gさん大丈夫ですよ。何するんですか?」
そう言うと、まあ見ておれ、少し下がってな。とGさんが言う。
手にした巻物を洞窟の方に向けて、込められた魔法を解き放つ。
「厚き岩にてこの場を塞げ、石の壁!」
掲げられた巻物にびっしりと記された魔法の文字が光を放った後、揺らめくように空間を流れ始めたかと思った瞬間に洞窟の入り口付近に飛んでいき、洞窟を塞ぐように広がり、さらに岩の壁に姿を変える。
引き続き呪文の行使を行うようだ。
空中に複雑な魔法文字と記号を書き記し、反対側の手から粉末状の何かを撒く。
「灼熱の炎にて敵を阻め、炎の壁」
呪文が放たれたようだが、僕には何も見えない。
Gさんは引き続いてスクロールを開いて読み上げる。
「永劫の時を超え燃え続けよ、永久化」
3つ目の呪文が放たれるが、僕の目には何の変化も見えない。
僕はGさんに尋ねる。
「すごい魔法使いみたいでしたけど、何をしたんですか?」
僕の言葉にGさんはため息交じりに答えた。
「アレン、お前は勘違いをしておる。わしはすごい魔法使いなんじゃ。
最初の石壁の呪文は分かったじゃろう。次に石の壁の中に炎の壁を設置した。最後のは火の壁が時間で消えぬように恒久化したのじゃよ」
「洞窟を塞ぐのなら、石壁だけで良いのでは?」
「石壁は実際普通の石の壁と変わらんら、力づくで壊そうと思えば壊せる。なので、石壁の間に炎の壁を立てたのだよ。
力場の壁あたりの方が良いとは思うが、生憎準備をしておらんのでな。
それに、どの呪文も魔法解呪の魔法で除去できるが、雑に使うと、壁ではなく最初に恒久化の呪文から破壊される。
まあ、ちょっとした時間稼ぎじゃな」
Gさんに言わせるとしないよりはマシ、とのことだったが、一応は塞げたし、当初の目的を果たせているように思える。
僕たちは少し先行した移動の列に追いつくべく、足早に移動した。
それから3日後の夕刻にはセーブポイントに到達する。
かなり順調に進み、予定通り到着した。
ドロウの人たちはセーブポイント北側の道路近辺に集まって野営の準備を始めている。
セーブポイントの中に収容できればそれに越したことはなかったが、この人数は流石に無理で、こういう形となった。
砦の中はと言うと、司教の指示で大急ぎの撤退準備が進められている。
僕らがここに来た時に使用したライノスや荷車は健在なので、それに積めるだけ積むつもりのようだ。
僕たちはセーブポイントの北ゲート脇に陣取って中の様子と外の様子を眺めながらのんびりと夕食の準備中だ。
そこにイシュタルが訪ねてきた。おすそ分けのパンと切り分ける前の焼いた肉の塊を手にして。
「ありがとうございます。肉は保存用ではないですよね?ついてから仕留めて調理まで終わったんですか?」
「パンも肉も焼きたてですが、さすがに狩りする時間はありませんでしたよ。
この肉はオーグという村で飼育していた大型の牛の類です、乳も取れますし、肉の保存性が極めて高いので重宝していました。
このパンの原料であるレッドコーンを飼料として与えて育てると、こいつの肉は生のままで一月以上は腐らないんです」
「えっと、レッドコーンと言うのは、こっちの人の言うロングコーンと同じ種類なのですか?」
「何と呼んでいるかは知りません。レッドコーンは昔からある貴重な穀物で、挽いた粉も保存性が極めて高いです」
「集落では育てていたのですか?」
「はい。もっとも、担い手は多くありませんでした。牛飼いや農業は、戦士を引退したものがする仕事、という位置づけですからね。
みんな現役でいることを重視しますし。まあ、遠出する連中が食料に困らない程度には作られてましたね」
「種もみ、作付け用の種などは持ち出せたのですか?」
「もちろん、持ってきていますよ。オーグも成牛は連れてきていませんが、幼牛は何頭か連れてきてますから、1,2年で繁殖も可能でしょう」
「そうですか、それは良かった。これはみんなで有難く頂きますね」
なん日ぶりかのちゃんとした食事。もちろん嬉しかったがそれ以上に先への展望が一つ見えたのは僕にとっての大きな収穫だ。
あちらこちらで小規模の宴会が始まっているようだ。
移動中は落ち着いて食事もできなかったし、少し安心したのだろう。
翌日、いつものように周りよりも早めに動き出す。
だが、いつもとは少し違った。周囲も動き始める時間だったのである。
ドロウもエルフと変わらないくらい浅く短い睡眠時間で休息が取れるようである。コマリを見ていてそう思っていたが、この状況を見るに間違いない。
セーブポイント側は、かつてのセーブポイント、と呼ぶにふさわしい状態になっている。
外周を囲う木柵も、物見台も解体されていて、いくつかの天幕と小屋が残るばかり。
多くの聖炎の人たちは地面で無造作に眠っている。遅くまで作業していたようだが、思っていたよりも作業は進んでいるようだ。
僕はまず、朝の祈りを捧げる。
呪文の準備を終えて、散歩がてら周囲を見て回ることにした。コマリも一緒についてくる。
ドロウの人たちの反応は様々だ。あからさまに敵意を向ける人はいないものの、疑念や困惑、そういった視線が圧倒的に多い。少数ではあるが、敬意を向けてくれる人もいるのは嬉しいが意外でもある。
そのままラッシャキンの所に向かう。もちろん用事はないのだが。
彼はドロウのお茶を飲みながら、彼らの習慣の一つである煙草をふかしていた。
その脇で若く見える二人のご婦人が食事の支度をしているのが見える。
「母上」
コマリが呟き、ご婦人の一人が顔を上げてハッと固まった。
「コマリ…」
抱き合う母と娘。バタバタしていて今までいるであろうコマリの母親の事は失念していた。これは言い訳だが、僕の中に家族の概念が無いため仕方ない。
もう少し早く気だ付くべきだったとは思うが…素直に謝ります。気がつかないでごめんなさい。
その様子を見るラッシャキンはとてもうれしそうに見えた。
「その、今まで気が回ってませんでした。二人を会わせてあげる時間はもっと早くに作るべきだったと思います。申し訳ない」
その言葉にラッシャキンが答える。
「今までバタバタだったからな。なに、生きてさえいればこうやって再会もできる。俺としては文句は言えんさ」
ラッシャキンがお茶を勧めてくれたので、僕は彼の横に座り、一口飲む。うん、相変わらず苦い。
「そう言えば昨日からローズさんを見ていませんけど、どこかお出かけですか?」
「周囲の、特に旧集落方面の偵察を頼んだからな。まあそう遅くない時間に戻るだろう」
「そうですか。族長、少し謝らなければならないことがあります」
「族長はお前だろ?で、謝る事とは?」
「はい。これからラストチャンスと言う集落、拠点に向かいますが、そこでしばらくの間、テント生活を送っていただかねばなりません」
「しばらくという事は、そこから再度移動するのか?」
「僕はその方が良いと考えておりますので、その方向で調整したいと考えています。
ストームポートという北の大陸からの入植者の街があるのでその近くが良いと思っています」
「直接そうできない理由は?」
「街の権利者、北の大陸の事情ではあるのですが、北の決まり事で、その人たちが、南の大陸の統治権を持つことが認められています。
なので、彼らの意向を無視することは出来ません」
「その権利者とやらの配下に加わるという話なら、一族は再び揉めることになるぞ」
「ええ、そこは僕も考えていますよ。彼らの配下ではない形での協力関係を作れると思っていますので、その為に少し時間が欲しいのです」
「そうか、そこまで考えているのであれば、問題もないだろう。なにせ族長はお前だ、好きにするといい」
「その族長の件も一つお願いがあります。定住地が決まり、ストームポートとの交渉がまとまったら、また族長に戻ってもらえませんか?」
「それはいいが、今の決まりでは俺とお前が戦うことになるぞ?」
「それは構いませんよ。開始早々に降参しますから、その後に追放処分にしていただければ問題ないでしょう」
「いや、それは問題だろう。おまえを追放処分にすれば、その後の問題が発生した場合に交渉事は誰が行う?」
「それは族長がお考えにならなくては。私は冒険者ですし、事態が落ち着けばまた旅暮らしになりますからね」
ラッシャキンは少し考えた様子であったが、
「考えておこう」
この一言で我々の会話は終わることになった。僕の希望的観測ではあるが、ラッシャキンはその方向で考えてくれていると思う。
コマリは母親と話をしているようなので、しばらくここにいて貰うことにしてから、ラッシャキンに一礼してその場を去る。
次に向かうは聖炎の司教の所だ。
司教も朝のお務めは終わったらしく、食事をとっているところだった。
「おはようございます司教。進捗はどんな感じですか?」
「見ての通り順調だ。ドロウの連中も作業に手を貸してくれたので、かなりはかどっておる。今日中には出立できるだろうよ」
「そうですか。今のところ全て順調ですね」
「いささか、順調すぎるのが気にならん訳ではない。幸運はそう続くものではないからな」
いや、司教、慎重なのはわかるけど、その手のお約束はあえて口に出さないでほしい。
これは僕の心の声なので、当然彼には伝わらないが。
「撤退の際に、この地を去るにあたって小規模な儀式をしようと思う。時間を少しもらうことになるが、そのくらいなら問題ないだろう?」
「ええ、もちろんです。その辺の作法などは存じ上げませんので、聖炎の方々の良いようになさってください」
そんな会話を交わしてから、仲間たちの元に戻る。
良い感じに朝食の準備ができているみたいだ。Gさんも起きて呪文の準備をしているようだし。
そんな感じで少しだらだらと過ごしていると、エウリが昼過ぎには出発の予定だと伝えに来た。彼はそのままラッシャキンの元にそれを伝えに行く。
そのころにはコマリもこっちに戻ってきてGさんと何か話をしているようだった。
ちなみにGさんはエルフ語も普通にしゃべれるようなので、コミュニケーションは全く問題ないと、思いたい。
昼頃になって、聖炎の人たちが出発に当たって儀式を執り行うそうだ。
セーブポイントを開設して今日までに、犠牲となった人たちの弔いと、神の地である場所を去る事の赦しを求めるそうだ。
少し離れて欲しいとのことなので、近くにいた他の冒険者やドロウたちとより北側に移動する。
先に出立しても構わないとのことだったが、聖炎の宗教儀式に少し興味があったので野次馬となる事を決めた。
多くのドロウたちも、何が始まるのかと、セーブポイントの方を気にしている。
中央付近に高く積まれた木材に火が入れられる。
その周囲を取り囲むように聖職者や聖戦士たちが並び、その後ろに従士や一般の信徒たちが並ぶ。
僕たちはさらに後方で野次馬の群れ。
司教は僕たちのちょうど反対側で向こうが正面のようだ。
積まれた木材はあっという間に火に包まれて、最初は上がっていた白い煙が今は殆ど出ない。安定した燃焼状況になっているようだ。
司教の号令で、周囲の人たちが片膝をつく。
そして神を称える言葉がそれぞれの口から発せられる。
祈りの言葉が少しづつ大きくなっているように感じられる。それと同時に周囲の気温が下がった感じ。
風が少し吹き始める。
やがて風は火に巻き込まれるように広場と化したセーブポイントの中央に集まり渦を作った。
空は気が付けば厚い雲に覆われて周囲は薄暗くなっている。
火の勢いはどんどんと強くなり、真っすぐ点に向けて伸びて行く。そして何処からともなく聞こえ始めるあるはずのない鐘の音。
「こ、これって…」
僕はこれがちょっとした儀式などではなく、神降ろしと言われる類のものに思えてきた。宗教行事としても最上格で、そうそう執り行われるものじゃない。
周囲もただならぬ雰囲気を感じているのだろう、小さなさざわめきが起きている。
ひときわ大きく鐘の音が響く。
炎の柱は、まるで天をも貫くようにたように伸びていった。するとそこから地上に太陽の光が降り注ぎ、燃え盛る炎は光の柱へと変貌する。
僕はそこからあまりにも強い力、神威を感じる。僕は五感の機能を失った感覚に陥った。
目の前で光が始め、世界を包む。
すべてが光に染められた光の世界。何も見えない光あふれる、光の闇。
その中で自分がその光に溶けていくような感覚。痛みも苦しみもない。全てに混じりゆく感覚。
不意に腕を掴まれる感覚を覚えて我に返る。
僕の左腕をコマリが強く握ってくれたのだ。
もちろんそこに居られる聖なる炎の神が悪いわけではない。これは神威に当てられて飲まれそうになった僕の心の弱さ。コマリがそれを救ってくれた。
一度自分の基準点がはっきりすると、そこに境界を引くのは難しくはない。
僕はコマリの方を見て、感謝の意を伝えるために笑いかける。
コマリも安心してくれたようだ。笑顔を返してくれる。
光炎の柱から音が発せられた。たぶん声だ。僕には正しく聞き取れないが、その音は明確な意図を持っているように感じられる。
その場にいた聖炎の人々は正しく理解したのだろう。姿勢を変えて炎を見つめている。
そして炎の中に浮かび上がる人影。若い女性…人間の少女と言って差し支えない若い人物が、静かに両手を天に掲げて、ゆっくりと光を中を上ってゆく。
その少女に付き従ういくつかの影。はっきりとは分からない、けど、それがその少女に導かれる魂であると思った。
この地で命を落とした聖炎の信徒たちは、いま神の導きにより天に上ろうとしている。
その光景は余りにも圧倒的で、周囲のドロウたち、冒険者達から全ての音を奪い去っていた。
聖炎の信徒たちの詠唱だけが響き続ける。
天高く上りゆく少女は不意にこちらを向いて、僕と目が合った気がした。
多分僕の気のせいなのだろうけども、その瞳に宿るものがなんであるのか、僕には伺い知れなかった。
ただ、雲間に消えゆく最後の瞬間、わずかに口元が緩んだように見えた。微笑み…?
それが実際に起こった事なのかすら定かではない感じがするが、その記憶は僕に強く刻まれた。
周囲の明るさは元に戻っていて、炎も、普通に燃え上がっている。
炎の周囲の聖炎の信徒たちは立ち上がって、炎が燃え尽きるのを見送る。
静かに無言で、見つめる先の炎は急速に衰えて、消えた。
「今一度神を称えよ」
向こう側から司教の声が聞こえる。
一同は口々に祈りを捧げ、忠誠を誓いなおし、感謝の言葉を述べていた。
近くにいたGさんに小さな声で聞いてみた。
「幻術の類ではありませんよね?」
「違うと断言は出来んが、仮に幻術として、これほどの事はわしには出来んよ」
彼らしい物言いに、僕は納得する。
多分今のは現実だ。そもそも神威に触れるとか、普通は体験すること出来ない。貴重な体験であることは間違いない。
正直に言えばそれが聖炎の神であった事が残念に思えた。
儀式を終えた聖炎の人たちは慌ただしく出発の準備をしている。
たまたま近くにいたデニスに声をかけて、僕は聞いた。
「全然『ちょっとした儀式』じゃないように感じましたが、聖炎では、あれがちょっとした儀式なのですか?」
「そう言われると困るな。儀式そのものはちょっとしたもの、だったはずだが、我々も驚くレベルのサプライズだよ」
デニスはそう答える。
僕は聞いたついでで気になったことを聞いてみた。
「炎の中に見えた御姿が、聖炎の神なのですか?」
「ああ、あれは神ではないよ。聖炎の神は人の姿をなさらない。あそこに見えたのは聖炎の護り手、テレシア様だ。
ちなみに声が聞こえたろ?あれは聖炎に仕えた最初のパラディン、ティナ様だ。彼女は神格を得て、聖炎と我々を繋ぐ役割をなさっている」
そういう話をどこかで聞いた記憶がある。
体験して実感としてある今は、その内容が持つ意味がまるで違う重みを持っている事に気が付いた。
残念ながら『聖炎の声』は正しく聞こえなかったんですよ、と伝えると、
「ああ、そうだな。お前は異教徒だからそれは仕方ないだろう。さて、そろそろ出発のようだ」
そう言ってデニスは司教の元に走っていった。
司教はこっちに向かって手を振ってそのまま隊列の先頭に向かう。
ドロウの人々の間を進んでいくときの、周囲の反応が今までと少し違っていることに驚く。
いや、当然だろう。この人が神との直接対話をしていたと皆が思っているわけだから。
実際に対話があったのかは知らないけども、僕にだってそう見えるわけだし。
やがて、隊列が動き出す。
そしてその5日後。
我々は無事にラストチャンスにたどり着いた。




