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God Bless You !!  作者: 灰色狼
第一章 嵐の港町 ~ストームポート~
37/90

35:決闘 ≪デュエル≫

25/02/19 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。



 宿舎に当てられている部屋に戻り、みんなに聖炎の人たちの様子を話しながら、特にすることのない時間を過ごす。

 ちょっと前にローズさんが呼ばれて出て行ったが、今は戻ってきており、その際に夕食になりそうなものを差し入れてくれた。

 呼び出しは何だったのかを聞くと、


「ああ、蠍神(スコルピウス)の司教が討たれた時の状況を教えろって事でしたよ。

 長老連中の口が開いたまま呆然とする姿は、なかなか見ものでしたね」


 ギヴェオン司教の武勇伝がまた一つ増える訳だ。

 蠍神の帰属を捨てきれない人たちにとって、退路を断つという意味でも効果があるだろう。

 そして、何か鶏肉のようなものを食べながら、すっかり抜けていたことを思い出したので、それをお願いできる唯一の相手、ローズさんにお願いする。


「明日の朝からは不要になりますが、今夜までは連絡役が必要になります。お願いできる人がローズさんしかいないので、よろしくお願いできませんか」


「ホント、あなたは人使いが荒い」


 そう言いながらも少し飲み食いした後に、行ってきますねと言い残して、部屋を出て行った。


 客間と言ってはいたが、ぶっちゃけ窓のある空の倉庫、と言った感じだ。

 だけどこの数日ジャングルの中を歩いてきたことを考えれば、屋根があって、四方を壁に囲まれていて、常に乾いた床がある。

 これだけで十分快適な気がする。いや、高い気温と湿度の影響で快適ではないが、それでもそこにある安心感が、心に快適さをもたらしてくれた。

 多分少し気が緩んでいることもあるだろう。

 食事をとったら少し休みたくなってきた。

 Gさんは食べたらすぐ寝てるし。

 ザックは座っている。動いてはいない。何をしているのだろう。レーヴァも瞑想とかするのだろうか?

 レイアとロアンは装備の確認とメンテナンスをしている。

 野外の緊迫感はなく、少しのんびりとした安堵感が漂う。

 まだ緊迫した話し合いが続いているのに少し不謹慎と思いながらも、僕は十分にくつろいでいた。

 コマリに共通語を教える目的もあり、ドロウのお茶のことから始まり、伝統行事やコマリの好みなどを話した。

 とりとめのない話をするのが、なんだか心地よい。

 不意に扉をノックする音。僕の中の安堵感が消える。

 レイアが立ち上がりドアをゆっくりと開く。

 そこに立っていたのはイシュタルであった。


「我々の話し合いは、ひとまずの結論に達しました。

 族長よりお伝えしたいことがあるので、集会所にお越しください」


 彼は一礼してそう言った。


「では、僕が行きましょう」


 一応交渉の代表者は僕な訳だし、僕が行かないのは形式的にも格好がつかない。

 最低限の護衛としてレイアに同行を頼んで、一緒に行くというコマリには留守番を頼んだ。

 彼女は渋々ながらここに残る事を承諾してくれたので、先ほどの集会所に向かう。

 前を先導するイシュタルに状況を聞こうかとも思ったが、ひとまずの結論に達した、とのことだったので、この場で話を聞くのもどうかと思う。まずは族長の話を聞いてから、そう決めて無言で付き従う。


「お連れしました」


 イシュタルが扉を開き僕とレイアを招き入れる。

 彼は扉を閉めると、車座の中の彼の位置に座り、手で前に進むことを促す仕草をした。

 僕はその指示に従い数歩前に出る。

 車座の一同が向きを変えて僕の方を向き、そのタイミングでラッシャキンが口を開いた。


「貴殿の先ほどの提案について我々は協議した。

 結果、貴殿の提案には同意できぬ」


 ダメだったのか。少し力が抜け、いや、足に力が入らない。膝が震えている。


「ただし、これは協議の結果の総意ではない。

 貴殿の提案を受け入れるべきとの意見も多数ある。

 よって、協議の結果としては貴殿の提案に反対となったが、貴殿には我々の掟に従い、族長に挑戦する権利を与える。

 貴殿では相手にならぬだろうから、貴殿が代理を指名することを許可しよう。

 そちらが勝てば、当然提案は受け入れられる。一族の命運はそなたに委ねられる。

 私は返答を求める。挑戦するか?退くか?答えよ」


 背筋が伸び、全身に力がこもる。

 これは、族長が仕掛けたある種の賭けだろう。常識的に考えれば、部族外の者に族長に対する挑戦権、つまり族長の座を争う戦いを認めることなどありえない。ましてやその戦いに代理を認めるなどあろうはずがない。

 これが唯一のチャンスならば、それに懸けるしかない。

 僕はその場に膝をつき、深く一礼してから一語一語をはっきりと答える。


「一同の皆様に、名誉ある権利を与えていただきましたこと、深く御礼申し上げます。

 その名誉、謹んでお受けいたします」


「そなたの指定した期間に合わせるため、明日正午、私と貴殿の指定するものが中央の広場にて名誉と尊厳をかけて戦う。

 条件はただ一つ。どちらかが力尽きるまで戦うこと。異議のある者はこの場にて申し立てよ」


 しばしの沈黙。


「一同の沈黙を持って異議なしと認める。

 ドュルーワルカの族長、ラッシャキンの名において宣言する。

 誓約は成された」


 僕はその場から動かずにいたが、イシュタルがやってくると


「部屋までご案内します。どうぞこちらへ」


 と言って僕たちを外に連れ出した。

 僕は彼にすぐに尋ねた。


「まずはお部屋まで参りましょう。コマリ様にも説明が必要だと思いますし」


 イシュタルはそう言うと無言で部屋への道を少し急いだ。

 ドアの前で扉を開き僕たちを中に入れると扉を静かに閉じた。


「イシュタル(兄さま)!」


 コマリの声が真っ先に聞こえる。彼女としてもイシュタルと話がしたい所なのだろう。

 イシュタルはコマリに一礼してから、話を切り出した。


「会議の推移について簡単にご説明します」


 彼の話によると、移住賛成派はイシュタルを筆頭に若手4名。反対派は長老衆の3名。おそらく族長は賛成するので多数決で決まると思っていた。

 だが族長はなかなか賛成の意見を表明しない。彼には理由が分からないまま、議論は堂々巡りを続けた。

 そのうちに長老衆の一人が「あのエルフはコマリ様の夫、であれば族長に挑戦する権利もありますな」などと賛成派に言ったらしい。

 その直後に族長は反対の意見を表明。その後しばらく不毛な議論が続いたのちに、族長が切り出した。

 我々は伝統と掟をどうするのかで議論している。私は伝統を重んじたい。であるので、伝統に従い族長への挑戦権をあのエルフに与えようと思う。と。

 当然賛成派はそれに異議を申し立てるが、その声に族長が答えて言ったのだ。

 あの軟弱なエルフでは相手にならんのは分かっているから、代理を立てることを許そうと。

 反対派も賛成派も不満があったが、族長がそう裁定したので、それでよいと、全会一致となった。


「正直申し上げて、族長が何を考えておられるのかは分かりかねます」


 イシュタルは説明して最後にそう漏らした。

 僕には族長の考えがおぼろげながらも見えた気がする。

 反対派の長老に、反対を言い続けさせない手が欲しかったのではないだろうか。部族が分裂したりしないように。

 だから反対派に回り、伝統を維持する立場を表明した上で伝統にのっとり族長への挑戦を行わせることにしたのだろう。

 伝統ではありえないエルフの族長誕生という決定が、蠍神への決別を示すことになる。

 だが、伝統を守る立場の族長が破れた以上、新しい決定に文句は言えない。

 心理的に部族の人を納得させる方法としては、申し分ないと思う。

 だが、気がかりなこともいくつかある。

 イシュタルに聞いてみる。


「二つほど質問があります。一つ目は族長が最後にされた宣言なのですが、族長の名において、とおっしゃられていました。これは通例通りですか?」


「会議の場では通例通りかと思いますが…気にしていませんでしたが、族長を決める戦いを宣言されたのですから、正式には蠍神の名において宣言されるのが正しいかと思います。まあ、誰も気にしませんでしたし、族長もいつもの感覚で言われたのだと思います」


「もうひとつ。この挑戦の結果、負けた方はどうなるのですか?」


「多くの場合は戦ってそのまま死ぬか、生きていても名誉の死と言う形で葬られます。善戦し、命に別条がないようであれば追放処分が通例です」


 つまり、ラッシャキンは自らの命を賭して挑んでおり、相手にも同じ覚悟を求めている。

 それだけの決意を示せ、ということなのだ。彼は誇り高いし名誉と尊厳をかけて、と誓っているので、簡単に負けてはくれないだろう。

 一族を守る力が無いと思えば容赦なく相手を倒すかもしれない。

 だが、これしか方法がない。


 僕は少し考えこみ、この場合の最善策を組み立てる。


 まず、イシュタルに他言無用とくぎを刺し、推測した族長の考えを説明する。これが真実かどうかわからないことを最初に告げてから。

 次にコマリに話す。イシュタルに細かいニュアンスは補足してもらいながら。

 コマリは気丈に誇りをかけた戦いならば、父様は命を落としても後悔はないだろうと言い切る。それは疑う余地のないことだと僕も思う。コマリですら一族の為に命を捨てることを厭わなかったのだ。その父親が自らの身を厭うはずもない。だけどコマリが父の死を口にすることが僕の心には痛い。

 それからレイアに向き直して話す。


「レイア、申し訳ないが…」


 その先も続くはずだった言葉はレイアによって遮られた。


「全部言わなくてもわかってる。今回は俺の出番は無しなんだな?その判断は正しいと思うぜ」


「それでも場合によっては…」


「そこまで込みの話なのもOKだぜ?」


 そう言ってウインクして見せる。


「まあ、お前の力になれないのは悔しいが、あのおっさんの方が適任なのも間違いないだろう。それに根拠は無いが、あのおっさんは断らないぜ?」


 レイアはそう言って話を終えた。

 僕にはレイアに戦って欲しくない理由がもう一つある。コマリとの関係がぎくしゃくすることを懸念しているのだ。

 頭では理解していても、感情では、ということはよくある。

 僕は特に言葉を発せずにレイアに向かって頷く。

 そして、一堂に向かって一つ提案した。


「みなさん、お寛ぎのところ恐縮ですが、今夜は野営しませんか?」


「なぜですか?」


 一番最初に反応したのはイシュタルだった。


「理由は一つだけ。反対派の強硬派とかいるようでしたら、今晩中に僕の暗殺を企てるでしょう」


「無論、そんなことはさせません。我々が身を挺してでもお守りします」


「イシュタルさん、あなたがそう言ってくださることは嬉しいですし、その言葉も信じています。

 ですが、暗殺未遂でも、起こってはいけないのです。起こさせないか、起きても何もなかったことにする必要があります」


「どうしてですか?」


「族長は一族の総意として移住する形を望んでいらっしゃる。ですが未遂であっても暗殺騒ぎが起きてしまうと…」


「なるほど、対立が表面化してしまう…」


「はい、なので思いとどまらせるためには我々は今夜、聖炎(ホーリーフレイム)のキャンプにいるほうが良いと考えます。

 あそこにいるのであれば、かなりの戦力を要する必要が出てくるでしょう。少数精鋭の暗殺者を送り込むとしても、我々は対処できると思いますし、その事実を隠し通すこともできるでしょう」


「ご配慮、痛み入ります」


「気にしないでください。族長のお計らいに、少しでも報いたいのです」


 そういうことでイシュタルに先導をお願いして、聖炎のキャンプに向かう事となった。

 荷物は僕が少し多めに持ち、レイアにGさんを担いでもらう。


「このジジイ、本当に起きねえな」


 僕らは静かに移動を開始した。

 囲いのゲートを出る際は衛兵との接触は避けられないが、イシュタルがともにいるので問題ない。

 10分ほど歩き、して今日二度目のキャンプ訪問となった。

 その手前で何事かとローズが姿を見せる。

 その時点でイシュタルに礼を言ってから戻ってもらい、聖炎の天幕群の端に僕らの簡易キャンプを設営する。

 作業はみんなに任せて僕はローズさんを伴って、司教の天幕を訪れた。

 

「夜分遅くに失礼します」


 僕が声をかけると、少し赤い顔をしたソウザが姿を見せた。


「なんだ?アレン、酒の匂いにつられて戻ってきたのか?」


 少しいい調子のようだ。僕は猊下に火急の要件があり参上した次第です。と告げると、中に確認すらせずに入れ、と真顔で言われた。


「アレンか、火急の要件とはなんだ」


 こちらは少し機嫌が悪く見える。飲んでるのを邪魔されたのが気に入らないのだろうか?


「はい、彼らの方針が決まり、猊下にお願いしたいことがありますので、順を追ってご説明いたします」


 そう言うと彼らが出した結論、それに至った経緯、僕の推測による族長の考えを伝え、最後に


「私の代理として猊下に立って頂きたい」


 と話を締めた。

 その場にはソウザとエウリがいたが、彼らの表情にも緊張が走る。

 猊下はカップの酒を一口含むとこう切り出した。


「お前の所の女戦士はかなりの腕利きだと思うが、あの者はこの話を了解しておるのか?」


 最初に聞いていたのが、戦士の矜持か。この人らしいと僕は思う。


「はい、私の考えに同意してくれました」


「あの者は私と変わらぬ程度の技量があろう。何故あの者を使わずに私を使うか?」


「理由は二つございます。

 一つ目はレイア、私の仲間の女戦士ですが、彼女の意見は猊下と戦うならば、条件によっては互角、何でもありなら猊下が勝つと申しておりました。

 二つ目は身内への配慮にございます。族長はコマリ、開放していただいたドロウの娘の父親になります。レイアと戦った場合、結果に問わず遺恨となりましょう。出来ればそれは避けたいのです」


「相変わらず馬鹿正直な奴め。まだ聞きたいことがある」


「何なりと」


「アレン、お前は私の部下か?」


「いいえ、部下ではございません」


「では、聖炎の信徒か?」


「いいえ、違います」


「では、私の子か、甥かなにかか?」


「…いえ、違います」


 この質問の流れは…まずい。


「では別の聞き方をしよう。そなたにとって私は何なのだ?」


「…」


 僕は返答に窮する。同盟者では対等になってしまう。協力者…かろうじて無難か?

 そんな事を考えているうちに次の質問が来る。


「そなたが私にそなたの代わりに戦えと言える根拠を申してみよ」


「…根拠はございません。猊下のお情けにただただ、すがるのみにございます」


「私の情け、か」


 司教は何かを考えているようだった。

 淡々と発せられる彼からの問いは、話の流れは断る方向である事を示唆するように思える。だが、いまだ司教は断るとは言わない。

 僕は彼の返答を待たねばならない。

 ほんのわずかな間が、僕にはとても長く感じられた。


「慈愛、慈悲、そう言うものは神の御心。我々は神の御心に沿うために、私欲、私情は捨てねばならぬ。

 奉じる神が異なろうとも、そこはお前も同じであると思うが違うか?」


「仰せの通りにございます」


「我々は私情によって判断してはならぬ。此度のそなたの願いは、言えば私闘の代理人だ。私の立場からすれば断るのが正しい判断だとも思う。

 だがな、自らの無力を認め、助けを請う年若き友の願いを、私は無下にはできん」


「猊下…私を友とお呼びくださるのですか…」


「はっきり言うが、私はエルフを好かん。連中は人間を自分達より下等だと思っている節がある。私が過去に会ったどのエルフも私よりはるかに年上だ。見下したくなるのも分からん話ではない。だが私は人生の長さで人の価値が決まるなどとは思っておらんのだよ。いかに長く生き膨大な知識を得ようとも、それを正しく使えぬなら人としての価値は無いに等しい。

 私はそなたの中に、私と同じ感覚があるように思えるのだ。そなたは人と対等の信頼関係を築ける。私に対して形式ではない敬意をもって接することを知っている。だから、私も一人くらいはエルフに友と呼べるものがいても良いと思うのだよ」


 僕はギヴェオン司教の言葉に何と返せば良いか解らない。彼は僕なんかに過大な評価をしているのではないだろうか?

 彼が僕を過大評価しているのか、いや誤解をしているのか。その勘違いを利用しても良いのだろうか?

 そんな考えが頭の中を巡る。この場で彼に何と答えればよいのか-。


「寛容であれ、だが、大義を忘れるな。周囲に対しても、時には自分に対しても寛容である方が物事はうまく運ぶし、自然と笑顔は増える。だが、大前提となる大義がある事を決して忘れてはならん。自らの立つべきが何たるかを忘れなければ多少の甘えは許されるものだ。過ぎれば簡単に心を腐らせる。

 尊大になるな、傲慢であるな。人一人の力などたかが知れておる。年齢が上だからと言って気負い過ぎるな。それはある種の傲慢だ。年齢が正しい判断を導き出すとは限らんのだから。自らが傲慢で無ければ、友と呼べる相手の言葉は自然と耳に入ろう。

 そして謙虚であれ、だが卑屈にはなるな。謙虚さは重要だし、その過程として自らを疑う事も必要だろうよ。だがな、過ぎればそれは卑屈になる。卑屈は己が魂を貶めて自らの正しさを見失わせる。

 これはそなたの友からの、ささやかな忠告だと思ってくれれば嬉しい。

 さて、今一度問うぞ、そなたにとって私は何だ?アレン?」


「司教様は…敬愛する友にございます」


「まだ固いな。今はかろうじて合格点としてやるぞ、アレン」


 僕は黙って一礼する。


「と言う訳で、お前の願いは聞いてやる。だが、一つだけ条件がある」


「条件を仰ってください」


「うむ。アレン、お前は決して闇に落ちてはならん。悪に染まってはならん。それをこの場で友として誓え」


「ギヴェオン司教。私は私の神と、友であるあなたに誓います。私は闇に落ちません。私は悪には染まりません」


「うむ、それでいい。お前が道を踏み外せば、私はお前を切らねばならなくなる。

 その時は躊躇はせんが、友と呼んだものを切るのは気分のいい事ではないからな。

 どうだ、エウリシュア。なかなか良い説法であったろう」


 僕はその場で再び司教に一礼し、矛先の向いたエウリの言葉を待つ。彼は少しだけ間を置いてから、


「日頃の猊下のお言葉とは思えぬほど、感動いたしました。

 先ほどのお言葉の数々は、この私めも訓戒として心に刻みます」


 そう言って一礼した。


「初めの一言二言は聞こえなかったことにしてやる。まあ、くそ真面目な話など、たまにするから有難くも聞こえるものよ」


 司教はそう言って笑い、続ける。


「まあ、ドロウの族長との一騎打ちなど、早々できるモノではないしな。ましてや聖炎の威光を蠍神に示せる機会ともなれば、戦わぬ理由はない」


 その言葉にエウリとソウザは顔を見合わせて笑う。

 僕の口元も少し緩んだ。

 その様子を見て、一つ頷いた司教は言葉を続けた。


「そうだ、ちょっとだけ打ち合わせが必要だな。アレン、お前は私が族長に勝てば満足と言うわけではあるまい?

 勝つことは必須だが、決して殺すなと思っているのだろう?」


「はい、正直に申しますと、仰せの通りです。ですが司教の安全を考慮すれば、私から言い出すことは出来ませんでした」


 本当にこの人には頭が上がらない。と言うか最近みんなに頭が上がらない気がする。


「まあ、そうであろう。族長はいずれお前の義父になる訳だからな」


 その言葉を聞いてすぐに振り返りローズさんの顔を見るが、彼女は目を合わせない。


「そこでだ。お前のその希望を聞いてやる代わりに、一つ条件がある」


 また条件。少し体に力が入る。無理難題は言わない人だが、何を言い出すかわからない人なのは間違いない。聞くのが怖くもあるが、聞かない選択肢は僕にはない。


「仰ってください」


「30年後か40年後、お前の結婚式を私が執り行う。

 天上神(セレスティアン)の聖職者とドロウの娘の結婚式を、聖炎(ホーリーフレイム)の司教が行う。面白いとは思わんか?

 聖炎のパラディンが、ドロウの一族の長の座を懸けて戦うという酔狂にはぴったりだろう?」


 この条件を僕はどうとらえて良いのか、悩んでしまう。

 司教の年齢は聞いていないがおそらくは40中盤から50くらいじゃないかと思うが、だとすれば40年後に彼が式を取り仕切る事は恐らく不可能。

 現実的でない条件を提示する意味は?

 そこで司教の笑い声が響く。


「そういう所が馬鹿正直とか固すぎるとか言われる所以だ。そこは考えなくても良い所だぞ?

 私を友と思うなら迷わずに、笑えば良いのだ」


 それは僕の頭にない正論であった。

 僕は一瞬唖然とした表情をしたと思う。

 その次の瞬間、思わず噴き出して、大きな声で笑ってしまった。

 正直に言えば司教のジョークは決して上手いとはいえないが、それを真に受けて真剣に悩む自分が滑稽に思えたのだ。

 多分司教もジョークの出来栄え以外に関しては同じことを思ったのだろう。

 司教も笑い、エウリやソウザも笑う。

 なんだかよくわからないけど、おかしかった。笑える状況ではないはずなのだが、笑いが止まらない。

 笑いが止め切れていないまま、僕は司教に言った。少し意地悪な笑みを浮かべて。


「その条件、喜んで受けます。絶対に執り行っていただきますからね」


 司教も笑いながら答える。


「ああ、おかげで私も死ねぬ理由が増えるというものだ」


 ひとしきり笑い、落ち着いたところで、司教の天幕を後にする。

 ここを訪れた時との心境の差を感じて、少し自嘲した。

 きっと僕は単純なんだ。

 あれ程深刻に考えていたのが、今は心が軽く、すべて上手く行くように感じられる。

 

「器の大きな人と言うのは司教のような人を指すのだろうな」


 僕は誰に言うでもなく口にした。


「それは同感です。ですが族長も器の大きさでも負けていませんよ」


 脇にいたローズさんの耳に届いたらしく、彼女はそう答えた。

 その表情を盗み見ると、彼女は微笑んでいた。

 天を仰げばそこで月が笑っているように見える。

 たぶん明日も良い日になる。


 僕はキャンプに戻る直前になって、ここでの野営の許可をもらっていないことに気が付いた。

 とはいえ、今更許可を取りに戻るのも気が引ける。今夜は自分を甘やかすことにする。


 ジャングルの夜は昨日までと変わらずに更けていった。






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