34:蠍の巣 ≪スコーピオンズネスト≫
25/02/19 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。
扉をノックする音で瞑想状態から現実に戻る。
どれくらい休息していただろうか。
みんなはまだ眠っているようだ。
あ、目が合った。コマリも起きている。
僕は立ち上がりドアに向かって数歩進もうとしたときに、コマリが先に軽い足取りで飛び出して
「だれだ」
とノックに答えた。
「ローズです。私戻った、直ちに。」
と聞こえた。え?ローズさん?聖炎の部隊と一緒じゃなかったの?
僕は慌ててドアを開ける。
そこには若干疲れが見えるローズさんの顔があった。
「ひどい目に遭いましたよ。聖炎とはあんな連中なのですね…」
立ち話もなんだから、まずは中に入ってもらい座ってもらう。
「めちゃくちゃですよ。向こう見ずと言うか、特にあの隊長」
猛烈な愚痴が飛び出してきた。何が起こったのか分からないので、とにかく僕は一番知りたいことを聞いた。
「ローズさん、聖炎と一緒じゃなかったのですか?僕の予想だともう少しかかると思っていましたが」
ローズさんはため息交じりに答える。
「無茶苦茶だから、定位置に着いたと知らせに来たわけです」
「え?」
意味がわからない。順を追って説明してもらうことにする。
「出発してから彼らに合流するのに1日と半分ほどかかりました。そして貴殿から言われたとおりにエウリという男に書状を渡したのです。
彼は部隊の隊長の一人ではありましたが、司令官ではなかったので彼らの司令官と話をしたんですよ。彼はギヴェオンと名乗っていました」
え?
司教猊下、前線に出てきているの?こういうときって本陣に残って指揮を執るものじゃないの?
「いろんな意味でタガの外れたような男ですよ。申し分なく強いし、指揮能力も高い。周囲の人望も厚いですしね。
あの男がもう少し若かったら、夫に迎えたいぐらいです」
ちょっと頬が緩む。ローズさんってああいうタイプが好みなのかな。いや違うな。あれくらいの強さが好みなんだ。たぶん。
「で、なんでひどい目に遭ったんですか?」
「ああ、そうでした。合流時点で1日半遅れていることを知り、私がガイドとして同行することを聞いてから、彼は作戦変更を即決しました。
仕方ない、洞窟を制圧踏破しようと」
「洞窟って蠍の巣ってところですか?」
「ええ、そうです。その蠍の巣ですよ」
「事前の話では、かなり危険なところと聞きましたが?」
「少なくとも私はすべてを切り伏せながら進もうなどとは思いません。私があそこを通れるのは蠍に見つからずに移動できるからです。
いくらある程度人数がいるからと言って、危険なので思いとどまるように進言したのですが」
「突入した、と」
「1日近く前進したあたりから、皆さんの通った後を逸れて蠍の巣に向かいました。
蠍の巣の前で数匹の蠍を片付けて冒険者の1グループを警戒のために待機させたのち、そのまま巣の中へと入りました。
ここまでは良いのですが、行軍隊列がめちゃくちゃです。
司令官自らが先頭に立って、単独で進むというのですよ。隊長格の一人がやや後方にサポートとしておかれますが、他は下がって続けと言って」
先頭に立つのはあの人らしい気がする。その光景を想像するのは容易だ。でもそれだけならローズさんが「ひどい目」に遭ったというのは少しオーバーだとも思う。ローズは少しいらだつ様子で話を続ける。
「少数ではあるけど、罠もあるし、敵の不意打ちもあり得るので、私に先頭を任せてくださいと言いました。私はそのためにそこにいるのですから。
そうしたら、あの男はなんて言ったと思います?行軍速度が落ちるから不要だ。ですよ?信じられますか?
そりゃ遅れを取り戻したいのはわかりますけど、あまりにも無謀に思えました。
なので、せめてサポートの聖戦士のポジションに置いてくださいとお願いし、許可を取り付けて進軍しました。
で、普通の速度で進軍を開始したのです。
もちろん先に目を配り、罠も見つけて警告を発するのですが、あのバカ男は止まらないのです。思いっきり罠に引っかかって…
本人は事も無げに罠をかわし、あるいは踏みつぶし、気にする様子もなく、進んでいくのですよ。
それに巻き込まれるすぐ後ろのポジションはたまったものではありません。私も危うく致命傷を負う所でした」
洞窟みたいな所の行軍は斥候を置いて慎重に進むのがセオリーだ。だけど聖炎には斥候を務められる人は多くないだろうと思う。だからそういうスタイルが彼らの中で定着したのだろう。個人的には納得。僕もその部隊に同行したいとは思えないけど。
「挙句の果てに、蠍神の司祭たちとの戦闘ですよ。しかもこちらが先手を取れる状況なのに、わざわざ出て行って降伏勧告とか。
普通しないでしょ?しませんよね?相手もそれなりの数がいる上にかなり危険な相手です。進言したのに華麗にスルーされるとか、ありえません」
結局のところ司教と3人の隊長級が前面に出て、戦線を形成し、戦線を維持しながらそれを他のパラディンとクレリックがサポートし随時優位に戦いを進め、ほぼ完全勝利を収めたという。
「スコーロウの司祭を上段から袈裟斬りで真っ二つとか。反則ですよ。私など後ろから、チクチクと弓を打つくらいしかすることがありませんでした」
なるほど、昨日までいた蠍神司祭たちは蠍の巣の異変に気がつき、そちらへ向かったんだ。そして猊下に退治されてしまった。
おかげで少し時間が余分に稼げそうだ。
ひどい目に遭ったというローズさんは、戦闘の高揚感と何より戦闘において見せ場がなかったことが不満なのだろう。
「ありがとうございます、ローズさん。よくわかりました、お疲れさまでした。
お疲れのところ申し訳ないのですが、お願いがあるんですけど」
ローズは不機嫌を継続したまま、
「あなたも見かけによらず人使いが荒いですね。まあいいですよ、聞いてあげます」
と言うので、僕は遠慮なくお願いする。
「族長さんの所に行って、護衛部隊が到着した事、蠍神の司祭達を撃破した事を伝えて頂いて、聖炎の部隊が集落の囲いの外で野営をする許可を取ってもらえませんか?」
「ええ承りました」
そう告げて行こうとするので慌てて呼び止めて、
「で、その後に戻ってきていただいて、聖炎の人たちの所まで案内をお願いします」
そう伝えると彼女は頷いて去っていった。
部屋の中を見ると、レイアとロアンは起きている。Gさんはまだお休み中のようだった。
「今の話聞いてました?」
僕はレイアに話しかける。
「いかにも聖炎のパラディン、って話だと思ったよ。普通に考えればあまりにも馬鹿げているってことも込みでな」
「あのパラディンのおっちゃん、っと猊下って、洒落にならないくらい強そうだったからねー。レイアちゃんと戦ったらどっちが強い?」
「条件次第だが、地力だけなら五分五分。なんでもありなら勝てねえだろうなぁ」
珍しくレイアが弱気に思える発言をする。二人とも僕よりはるかに強い事は間違いないので、僕の目からは優劣の付けようがない。
蠍神の司祭が片付いているのは朗報だし、思いもかけない形で順調だ。
そんな話をしていると
「もどりました」
扉が開き、ローズさんが戻ってきた。
いくら何でも早くない?
そう思って尋ねてみると
「分かった、他はお前に任せる、と族長は申されてましたので」
会議中でかなり紛糾している状態だったらしい。それはそうだろう。
「ええ、移住のお願いはしましたので、それを皆さんで計っておられるのでしょう」
「長老衆は移住に否定的、イシュタルを先頭に若い世代は移住賛成とはっきり割れた形になっているようでしたね」
ローズが場の雰囲気を伝えてくれた。
これは後で聞いた話なのだが、イシュタル、族長と一緒に話を聞いていた近衛はローズの幼なじみでコマリとは近習のような関係だったらしい。
王侯貴族などでは子供のころから有力貴族の子弟が側付きとして使えることが多々ある。非常に長い時間を共に過ごすうちに、家族に近いあるいはそれ以上の信頼関係が生まれる訳だ。権力を持つ立場になった時に、古くから仕える彼らは最も信頼できる相手となる。
「ローズさんの報告が少し後押ししてくれるでしょう。余計なことをしてくれたと我々が吊るされる可能性も否定はできませんが。
まずは聖炎のみなさんの所に案内してください」
「わかった。行こうか」
僕は少し出かけてきます、と皆に言い残して部屋を後にする。コマリが一緒に行きたいと言っていたが、この集落の中でみんなが不安にならないようにと言って残ってもらった。実際、ドロウの集落内にいて勝手が分からないのは不便なのもあるが、コマリが出歩く危険性が高い事を考慮したからだ。
集落の人たちにから見て、コマリは裏切り者と認識される可能性もある。コマリもある程度覚悟はしているだろうが、その言葉を実際に浴びるのはかなりつらいことになるはずだ。
僕はローズの後ろについて歩く。
僕ももちろん攻撃の対象になり得るわけだが、ローズさんがいてくれるので、実際の攻撃対象になる可能性は低い。罵声を浴びせられても僕は気にしないし、幸いなことに正確には意味が分からない。
集落から出てジャングルの中を歩くこと10分ほどで、聖炎のキャンプに到着した。
「皆さん、ご無事で何よりです。しかし、無茶なことをなさったみたいですね」
その声に、エウリとマッカランの二人が笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「無茶、ね。ある意味あの方の取っては普通なのだろうけど。我々は慣れているが、そちらのドロウのお嬢さんが一番大変だったのでは?」
エウリがローズさんに問いかけ気味に話をする。
「私には常識と分別のある大人の行動にはとても思えませんでした」
ローズさんが正直な意見を述べると、彼らは「その通りだな」と笑い声をあげる。
「司教猊下もいらっしゃるとは思っていませんでした。お話ししたいのですがお目通りをお願いできますでしょうか?」
僕は彼らに伝えると、
「野戦の場合は立場をあんまり気にしなくて大丈夫だ、ついて来い」
そう言って案内されギヴェオン司教の天幕に案内される。
「猊下、アレンが来ましたよ」
普通にさらっとマッカランが声をかけると、
「ああ、入ってくれ」
割と気軽な返事が返ってくる。
そのまま天幕の中に入ると司教は、割と雑な感じの普段着、袖なしのシャツにひざ丈の腰巻、という出で立ちで武具の手入れをしている。
「まずはこの度の大勝利、お慶び申し上げます」
僕はそう言って一礼すると、
「ここでは堅苦しいのは抜きだ。楽にしてそこらに座ってくれ」
と言ってこちらに向きなおす。
「状況はどうなんだ?目論見通りに進みそうか?」
まさに単調直入。
「猊下が帰り道を確保した上に、この辺に展開していた蠍神の司教を叩いてくださったおかげで、時間的余裕は当初考えたよりもありそうです。
説得に関しても後押しする形になりますので状況は悪くはないと思います。ですがどう転ぶかはまだわかりません」
「まあ、そうだろうな。簡単に説得できるとは思ってないし、むしろ無謀な話ですらある。状況が悪くないと言うだけでも奇跡的だ」
「予断は許しませんが、全体的な状況を考えますと、流れはこちらにあります。これも猊下の無茶のお陰としか言いようがありません」
ギヴェオンは愉快そうに笑いながら
「司教と言う立場は事務仕事が多くてな。たまに暴れんと体が鈍る」
いや、教会で立場のある人なんだから、そこは少し自重すべきでしょ。と思うが、これは口には出さない。実際、彼がこの場にいることをとても心強く感じている。
「実は、キャンプの位置を集落のすぐ外側にお願いしようと思ってきたのですが、明日にでもお願いできますか?」
「その方が良いのだな?」
「はい族長の許可は頂いておりますしー」
そこでローズさんを見て彼女が頷くのを確認してから
「その方がリスクが低いと考えます」
「なるほど、別動隊がいたとして、睨みを利かせられるし、良い的になるか」
「恐れ入ります」
僕の考えはお見通しだ。あえて囮にすると言っているのに動じもしない。僕は一礼する。
「よい、今回の目的は蠍神への決別を望む民の保護だ。そのための盾になるのは我々の本懐でもある」
その後、もう一人の隊長格であるソウザを加え、一仕切り話をしてからその場を後にした。
ローズさんと部屋に戻りながらぽつぽつと言葉を交わす。
「みんなにとって何が最良なんでしょうね」
僕のつぶやきにローズさんが答えた。
「結局、最良の選択なんて誰にもわからないんです。
結果を見て良かった、悪かったなんて子供にでもわかる事ですから」
この言葉は事実だと思う。
だからこそ、僕は皆が良かったと思える未来を求める。
すべてを満足させる結果なんてなくても、そこを目指す努力は必要だ、とも思う。
星がまたたきはじめる夕暮れ時。
月の神がお出ましになるのはもう少し後のことだろう。
闇に溶け込み始める景色を眺めながら、取り留めもなく思うのだ。
明日もよい日だったと思えるようになればいいな。




