32:再誕 ≪リボーン≫
25/02/19 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
どれくらい意識を失っていたのだろうか。
僕が目を開けたとき、そこにはコマリの顔があった。
よく覚えてはいないのだけど、コマリの膝枕で眠っていたようだ。
周囲は陽が傾き始めていて、夕刻間近、というところだろうか。
「目、開いた?」
コマリが笑いかけてくれる。
僕は起き上がってまず言うべきことを伝えなければと思った。
「ごめん、本当にごめんなさい。みんなにも謝らなきゃいけないけど、コマリにはちゃんと伝えなきゃいけないと思うんだ」
コマリは微笑んだまま首を振る。謝罪は不要、という意味だろうか。
こちらの様子に気がついたローズを呼び、通訳を頼んだ。
「ローズさん、昨日はごめんなさい。あなたが怒るのも当然の事を口にしました。まずは謝罪させてください」
「私も頭に血が上っていたようです。謝罪を受け入れる。帳消しにしてほしい」
再びコマリに向かって僕は話をする。
「コマリ、お願いがある。とても身勝手なのは承知の上でのお願いだ。
僕はある方に誓いを立てている。その誓いが今の僕の根底にあるんだ。
その上、僕は自分の愛情を信じられないときてる。
それでも、僕は君にそばにいてほしい。
ひどい話だし、ろくでもないことを言っているのも自覚がある。
それでもお願いする。
君が成人したら、正式に僕の妻になってほしい。
ローズさん、あなたにもお願いがある。僕がふざけたことを言っていると思うなら、この場で僕を切り捨てて欲しい」
そこまで言ってから僕はその場で深く頭を下げる。
最初に沈黙を破ったのはローズさんだった。
「貴方はそういうところが馬鹿正直というか、くそ真面目というか、頭が回らないというか。
人をいらだたせる天才ですか?」
「え?」
「…。そういう所は足りないのでしょうね。そもそも明け方に私が怒ったのは何故か理解していませんね?」
「えっと、僕がコマリを政治的に利用してるからとかじゃないんですか?」
「当たらずとも遠からずですが。もちろんそこは腹立たしいと感じます。
ですが、私が怒った最大の理由はあなたが余りにもコマリ様の事を理解していないからです」
「どういうことでしょうか?」
「ドロウの結婚の制度に関して説明しましたよね。私とコマリ様の会話は聞いておられましたよね?ドロウの言葉が分からなくても大意は理解できたのではないですか?」
「はい、その通りですが」
僕の返事にローズさんは頭を抱える。
「コマリ様は覚悟をされてたんですよ。ひどい仕打ちを受けようが、妾の立場だろうが、あなたについていくと。この唐変木!!」
「あ」
罵声を真正面から受けて、僕は固まる。
言われてみれば全くその通りだ。唐変木まで含めて。
「今のセリフは今朝のうちに覚悟して言うべきだったって事です。この女の敵!
ついでに言いますけど、私があなたを斬れるわけないでしょ?わかってて聞いたのですか、このおたんこなす!」
「申し訳ありませんでした。僕は唐変木で、女の敵で、おたんこなすです」
「わかればいい、分かれば!」
僕は頭を下げるしかない。
言われてみればその通り。
一応の区切りで形にしようと思ったのだけど、そもそも形になっていたというか、締まりがないな。
ローズさんのお許しは頂いたとして、肝心な本人の意思を確認する。
「|私に異存ない《私に異存のあろうはずがございません》
|私の気持ち、誓いの時同じ《私の気持ちはあなたとの契約がなされたと宣言した時と変わりません》」
コマリが僕にそう答え僕に向かって一礼してくれた。
次は仲間たちとちゃんと話をしなければ。
警戒中のザック、最初に目を覚ましたレイア、ロアン、の順に今朝方の騒ぎの一件について詫びを入れて、食事の時にでも少し話をさせてほしいとお願いした。
皆二つ返事で、ロアンなんかは、気にすることは何もないと思うけどねーと言ってくれたりもした。
Gさんが目を覚まして、呪文の準備をしている間に食事の準備をして、ほどなく食事が始まる。
僕が意識しているせいもあるだろうが、なんか静かにみんな黙々と食べている。コマリは少しご機嫌に見える。
「では皆さんに聞いていただきたい事があります。質問は後程受け付けますので、まずは聞いてください。あ、ザックも警戒は良いからこっちに来てくれないかな」
周囲を警備していたザックを加えて、一同がそろったので僕は話始める。
「今朝がたはお騒がせして申し訳ありませんでした。
そしてもう一つ。僕自身の問題で、僕は皆さんを信頼出来ていませんでした。本当に申し訳ない」
まずそう言ってから深く一礼する。
「そんなことなら気にしなくていいって。ある意味、冒険者あるあるだしさ」
レイアがそう言ってくれた。だが、僕個人としてケジメはつけたい。
「そう言ってくださるのはとてもうれしいです。ですけど、僕自身のけじめとして、もう少し僕の我儘に付き合ってください。僕から話したいことは3つあります」
そう続けて皆が話を聞く状態になる。
「僕は15の時に両親を目の前で殺されました。僕はその時、賊に捕まって奴隷として売られたのです。
そして何回か転売されて、19の時に性奴隷として買われました。
とても大きな娼館でした。詳細は知りませんが今思えば大きな組織が運営していたのだと思います。
かなりひどい目には会いました。死にかけたことも一度や二度ではありません。
そんな生活の中でも僕には一つ楽しみがありました。
部屋の高い位置にある小窓から見える、月を見る事です。
月の光だけが僕にとって安らぎでした。
そんな生活を続ける中で僕は月に二つの誓いを立てました。
一つ目は、自らを憐れまない事。今思えば本能的に感じていたのだと思います。自らを不幸と思えば、心が折れてしまう事を。
二つ目は、必ず生き延びて、月の女神の隣に立つ男となる事。子供のころの誓いですからこんな感じでした。
実際その娼館でどのくらいの期間を過ごしたのか、正確には分かりません。この時期の生活では時間の感覚が余りにもあやふやでしたので。
ですのでこれから先は年齢は推定、という事になります。
50歳を過ぎた頃、娼館で大きな騒ぎが起きて、僕はそこから逃げ出すことができました。
従属の輪はその際に壊れたので、対となる証文は燃えたか破れたかしたのでしょう。僕は数日間必死に逃げました。そこからとにかく離れないといけないと思ったからです。
生きるために人を殺すこと以外は何でもしました。そうして大きな寺院にたどり着いたのです。
そこで僕は聖職者として人生を再スタートさせるはずでしたが、その、事件を起こして、追い出されてしまい、すぐに放浪生活に戻りました。
2か月ぐらいでしょうか、放浪の末に、戦火で荒れた小さな村の教会にたどり着きました。
セレスティアンの教会ですが、そこは古く小さい教会で、月の女神を祀るだけの教会でした。その教会にいた神父に救われたのです。
彼は僕から今しているのと同じような話を聞いたうえで、人の世界で生きていくための常識とか、倫理観を教えてくれました。
聖職者としての心構えとか、奇跡の技の技術的な部分とか。今思えばこの時が僕の人としての再出発だったと思います。
そこで20年ほど聖職者見習いとして暮らしましたが、教会の神父が亡くなられたのです。
その後再び放浪生活となりましたが、この時は聖職者として旅をしました。その後志願して軍隊に入り、20年ほど過ごしています。
再び放浪生活の後に、南の大陸に渡ることにして、今に至る訳です」
僕は淡々と語って一息つく。
正直に言えばこの話をするのは僕にとって愉快ではない。世の中の人の多くにとって、僕の略歴は「可哀そうな人」ととらえられると思っているからだ。
それでも話をしようと思ったのは、仲間に信頼している事を伝えたいという思いもあったし、仲間に僕を知って欲しいというエゴでもある。
それに、二つ目の話を説明するには、先にこの話をしておく方が理解しやすいと思うからだ。
「ここまでが一つ目です。僕の略歴になります。もし何か質問があればお聞きください」
一同がやや重い空気の中、ロアンが手を挙げた。
僕はロアンに発言を促す。
「んとさ、エルフの年齢感覚って今一つ分からないんだけど、15歳とか50歳とかってどうイメージすればいいの?」
「そうですね、15歳と言うと人間なら6~8歳、50と言うと16~20歳くらいですかね。70くらいで半人前ですが大人と変わらない仕事を任されるようになるようですし、エルフで一般的に成人と認められるのが100歳くらいです。
エルフの時間感覚は人間とは多少違いますので、普通はゆっくりと育つわけなのですが、僕の場合は外見の年齢に見合うよりも精神的に成長が早くなったと思いますし、知識量は実年齢に見合ったものに近かったと思います。もっとも、娼館にいた頃は学習する機会はとても限定的でしたが。
僕は自称『エルフでも1、2を争う変わり者』などと自己紹介することもあるのですが、僕の感覚は基本的に人間に近いんですよ」
ほかになにか、と言いかけると再びロアンが手を挙げている。
「興味本位でわるいけど、最初の教会で事件って、何やらかしたの?」
「それはですね、少し申し上げ難い事なんですが、背景から察していただきたいのですが、僕に色々と教えてくれた司教様にどうしても感謝の気持ちを伝えたくて、当時僕が思いつく大人が喜ぶことと言うと…これ以上は、その、察してください」
コマリとザックは全く分からなかったようだが、他の人は察してくれた。それでいい。
「では二つ目に行っても良いですかね。今朝方僕が口にした「あの方」についてです。
これを説明するために、長い略歴を話したわけです。お察しの良い方はお気づきかもしれませんが…
はっきり申し上げます。私が敬愛してやまないのは月の神です」
「それは宗教における神としてではなく、という意味か?」
レイアがすぐに問う。
「勿論、宗教上仕える者として、というのはあります。ですが、
不敬を恐れずに言えば、僕の気持ち…欲望としての望みです」
一同は言葉を失う。
神の寵愛を受けたという伝説は数多くある。
しかし、それを望むと公言する人はいないし、いたとして狂信者の類だ。
「なるほどのう。大きな野望か。たしかにな」
Gさんが相槌を打つ。
「英雄に、いや伝説になることを目指すのか?」
レイアが呟く。
「それは少し違いますよ。僕は月の神様に愛されたいのであって、英雄にも伝説にもなりたいわけではありません」
「私も聞いていいか」
少し遠慮がちにローズさんが口を開く。
「もし、だ。神があなたに愛を約束するが、条件としてコマリ様を切り捨てることを求めたら、あなたはどうするのだ?」
「昨日までの僕なら選べなかったでしょう。でも、今ははっきりと言えます。
コマリを選んだ僕の在り様をすべて受け入れていただけなければ意味がありません」
ローズさんには納得してもらえたようだ。そこで話を続ける。
「コマリの名前が出たので、3つ目の話をさせていただきます。
僕は正式にコマリを妻として迎えることになりました」
「英雄欲を好むとは、よう言うたものじゃの。しかもロリコンとはのう」
「Gさん、それは大きな誤解です。正式に結婚するのはコマリが成人を迎えてからです。それまでは婚約という形になります」
「私、今すぐ妻でいい」
「いや、コマリ、気持ちはうれしいけど色々と問題があるから」
コマリにそう言ってから、僕は続ける。
「少なくとも神の目に留まろうというのですから、多くの厄介ごとが舞い込むはずです。
時には神の怒りや不興を買う事もあるでしょう。
それでも皆さんは僕と共に旅を続けていただけますか?」
「冒険者の本懐みたいなもんだしな。先にリタイアすることになるかもしんねえが、面白いじゃねえか」
「仲間がそれを願うのであれば、手助けせんという選択は無いわ」
「仲間を助けるっていうのは、爺ちゃんと同じ気持ちだけど、最終決断はもう少し先にさせてもらって良い?正直あたしには話がおおきすぎるのよね」
ロアンが少し難色を示す。僕はロアンの反応はもっともだと思うし、彼女の判断を尊重したい。
「もちろん、今すぐに決めなくても構わないと思う。ただ、出来れば今回のミッションは最後まで付き合ってもらいたいかな」
「うん、途中でほっぽり出すほど薄情じゃないからだいじょーぶ」
「ロアンありがとう。という事で僕からの説明は以上になります。何かご質問はありますか?」
僕はこの場を締めるつもりで、こう切り出した。
だが、一人の手が上がる。Gさんだ。僕は発言を促す。
「質問、なんじゃが、アレン。お主の推定年齢は何歳なんじゃ?」
「僕の推定年齢は105歳ですよ。僕の知識からの推測ですが、誤差は2歳ってところです」
「お主は成人しておるのだな?」
「ええ、僕が教会を後にするとき70くらいの時に、勝手にですけど成人しました。エルフの集落にいた訳じゃないですからね、誰かに認められたわけじゃないですけど。ただ、今の年齢ならだれにも文句は言われませんよ」
「お主の人生は波乱に満ちておる、と言うよりもまさに波乱そのものじゃな」
Gさんのその一言を最後に出発の準備を始める。
皆が手際よく片付けていく中で、僕はローズに声をかけた。
「ローズさん、お願いがあります」
「月の神をここに連れてこい、とか言わないのであれば、お聞きしますが?」
「さすがにそれは言いませんよ。実はですね。集落の人たちの移動にあたって、護衛を務めてくれる聖戦士の部隊が我々より半日程度の距離にいると思うのですが…いや、正確な距離は分かりませんが、彼らに伝言を届けていただきたいのと、彼等の集落までの道案内をお願いしたいのです」
「それは構いませんが、私がのこのこ行って言う事を聞いてくれるとも思えないのですが」
「なので、この書状をお持ちください」
目の前で羊皮紙に書状を書く。
内容はローズの身分と僕が道案内を頼んだこと。
理由として、忘却の王の呪い対策に有効と思われること。
この2点を書き、月の神のシンボルと僕のサインを書き込む。
「この書状を渡していただければ大丈夫でしょう」
「誰に渡せば良いのですか?」
「あー今回の作戦の前線指揮官を確認してませんでした。隊長さんにと言えばわかるでしょう。あ、来ているならエウリに、と伝えてください」
「来ていればエウリに、ですね」
「はい。メッセンジャーとしての信憑性が増すでしょう」
「では私は先に出発します。コマリ様の…これは不要ですね」
「お気をつけて、後程また」
彼女はそのまま僕たちの来た道をたどっていった。
その背中に僕は祈る。
神の祝福の在らんことを。
程なくして僕たちも出発した。
夜間行軍も三日目ともなると、勝手が分かり、慣れてもくる。
当初想定したペースよりは遅れていると思われるが、おおむね順調と言って良いと思う。
前日と変わらない感じでジャングルの中を進み、一度目の休憩を取った。
休憩中、警戒に当たっているザックと一緒にコマリが何やら周囲を見て回っている。
その様子を見ていると、僕の方に駆け寄ってきた。
「旦那様、こっち」
「旦那様はやめようよ。嫌って訳じゃないけど、なんか落ち着かないし、名前で呼んで欲しいかな」
そんな事を言いながらコマリに手を引かれて数歩移動する。
立ち止まって南西の方角を指さしてコマリはこう言った。
「こっち、蠍の巣」
抜け道になってる洞窟の事だ。
コマリは軍議の内容をちゃんと聞いていて、覚えていたのだ。
「北側、コマリ知らない。正確、ちがう。でもこっちの方角」
コマリは洞窟の北の出口の場所を知らないから、正確には分からないけど、こっちの方角にあるはずだ、と言っている。
この近辺で暮らすドロウの方向感覚はおそらく正しい。
「コマリ、どれくらい進むと蠍の巣の入り口に着くかわかる?」
「一日。問題ない、陽が沈む前」
問題なく今日中に着ける。違うな、ここから一日、順調に進むなら今からでも、夕刻前には着けるということだろう。ドロウ語で同じことを言ってもらって、この認識で間違いない事を確信する。
とりあえず、地面に基準点を設け、コマリの指さす方向に杭を打つ。ザックにお願いして小ぶりな木を切り倒してもらい、適度な長さに切り分けてもらってから、杭を打ち直し、Gさんにお願いして魔法の印で基準、蠍の巣、と記述してもらう。
これで分かるだろう。
問題は…
僕の推測だと忘却の王の呪いはドロウには影響を及ぼさない。彼女たちがこの辺の地形を正確に把握しているのが推測の理由である。
後続の部隊がここまで来て、二手に分かれることになる訳だが、洞窟の出入り口をジャングルの中で見つけるのは困難。そうするとそちらの先導をローズさんが行うことになるだろう。という事は本隊の到着が遅れる可能性が高くなる。
このことに関しては手の打ちようがない。
ただ、現地から戻る際の注意事項として覚えておかなければならないだろう。
僕たちは休憩を終えて、行軍を再開した。その日も大きなトラブルはなく朝が近づいてきた。
いつもと変わらず、野営の支度をして、なんでもない話をしながら、今一つ楽しめない保存食を押し込んで、交代で休みを取る。
いつもと変わらない光景。これが冒険者の日常。
だけど今日の僕にはこの何でもないことが、とても幸せに感じられた。
少し大げさだけど、小さな幸せが溢れる光景。
そこにいる愛すべき人々。
昨日までとは少し違う世界。
世界が変わったわけじゃない。
そう、僕が変わったんだ。




