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God Bless You !!  作者: 灰色狼
第一章 嵐の港町 ~ストームポート~
33/90

31:懺悔 ≪リペンティン≫

25/02/19 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。



「え?どういうこと?なんでそういう話になってるの??」


 ローズさんの意思を確認した後、簡単な片づけを行い、各自休息に入る。

 その際にローズさんからもう少し話がしたいとのことだったのでレイアに見張りの順番を代わってもらう。

 僕が先に見張りを行うことにし、朝の祈りだけは今するしかないので、一刻ほどローズさんに待ってもらった。その間彼女はコマリと少し話をしていたようだ。そして今に至る。

 ローズさんは僕にこう切り出したのだ。


「アレン殿、コマリ様との婚姻は間違いないのですか?」


 僕はローズさんの話に我が耳を疑った。だが、その話を聞いてから思い返すと、納得できる部分とか、思い当たる節とかあったりもする。

 ローズさんに話を詳しく聞く。彼女はコマリと最初に話をしたときに、コマリが僕を主、つまり旦那様、という呼び方をしていたので、そういう話になっているのだと理解したが、僕のコマリに対する態度が少し違うように感じたため、先ほど詳細を確認したらしい。

 コマリは聖炎(ホーリーフレイム)の捕虜となった時の僕との会話を説明したようだ。コマリはその過程で、僕に蠍神(スコルピウス)の妻であることをやめ、僕の妻になるように説得された。その熱意が本物であると感じ、申し出を受け入れた。概略で言うとそういうことらしい。

 確認のために、そのときの会話の内容を僕の口からも説明する。エルフ語は分からないから共通語で話してほしいと言われたので、その部分は共通語で話した。

 一語一句そのときと同じであったかは自信がなかったが、概ねは正しく説明できたと思う。それを聞いてローズは少し難しい顔になった。


「双方の言い分は、どちらも正しいように聞こえます」


 ローズはそう言った。

 コミュニケーションの問題で、確かに大筋で意味の通る会話にはなっていたが、細かいニュアンスの部分がたぶん食い違ったのだろう。

 諦めるな、と言うのは、勝手に死ぬことを許さない、とも取れるし、身柄を預けるという部分は、身を任せるとも取れる。それに対して神の名や自らの名誉をかけて誓うというのは、求婚に聞こえないこともない。

 そこに、エルフとドロウが手を取り合える証明になるとか、コマリが美人だからとか言えば、そうもなるだろう。

 そう言われると、返す言葉がない。そこには一定の説得力がある。僕の自覚…配慮が足りなかったのか。そうも思うが、納得いかない部分もある。


「その場にいたザック、レーヴァの彼にも同じような話をしましたが、彼は僕の意図を100%理解しているようでしたが」


 ローズは少し笑い。僕にこう説明した。


「レーヴァにはそもそも婚姻と言う概念がないでしょう?誤解の余地がありません。

 ドラウには婚姻の概念があります。こういう場合は…そもそも虜囚に対して説得などしません。命じるか、力尽くで奪う」


 ぐうの音も出なかった。

 異文化の交流って難しい、そんな事を思いながら僕は少し思案を巡らせる。

 ローズも僕の意図を正しく理解してくれているようだ。彼女の口調が対等なものに変化したのが、その証拠だ。

 僕の様子にローズは何か思うところがあったのだろう。言葉を続けた。


「誤解があったのでしたら、その誤解は解かねばならないでしょう。今の話で貴殿に非があるとは言えませんし」


「もう少し知りたいことがあります。教えていただけませんか」


 僕はそう言ってローズにドロウの婚姻の考え方についていくつか聞いた。

 ローズの話では、ドロウの婚姻は契約とその宣言で成立する。婚姻契約の基本は一対一。不義は死罪か追放となる。

 例外もあって、力あるもの、つまり権力者とか武勇に優れるものは複数の契約を許される。部族長は複数の妻を娶るし、ローズも複数の夫を持つことも許されるという。ドロウにとって強い血、優れた血を残すことが最優先だから当然の制度だ。

 エルフはと言うと、婚姻と言う考え方そのものが薄い、ほとんどないと言ってもいい。これは種として出生率が極めて低いが故に子供を残すことを最優先でそうなったと言える。子供は一族の宝として扱われ、一族全体で子供を保護し育てる。

 誰々の子、と言う意識が無い訳ではないが、一族の子供、と言う意識が強い。近いタイミングで生まれた子供は皆兄弟のように育つし、子供たちから見て大人はみんな親戚のおじさん、場合によっては父母と同じような関係になる。

 そういう環境で育つため、集落内では比較的自由に関係を持つ。エルフにとってみればそれは普通のコミュニケーションの一部ですらある。エルフが性欲をほぼ持たないからこその文化である。だが人間(ヒューマン)の感覚からすれば、知人とお茶を飲む感覚でセックスをする、などと言われたり、エルフは貞操観念が破綻しているとか、エルフの性にタブーは無い、とか言われるのはこの辺の事情もある。

 人間の感覚が間違っているとは言わないが、大きな誤解があることを知って欲しいとも思う。大前提として、人間の方が比較にならないほど性欲が強く、繁殖能力も高いのだから。

 もっとも、エルフの生態に詳しい人間は極々少数だし、一般的にエルフがどんな種族であるかを全く知らない人間の方が圧倒的に多いのも事実だ。

 エルフたちも人間との差異は心得ているから、集落を一歩外に出れば、若干の息苦しさを感じながらでも、人間たちの基準に従って行動をする。


 一つ、似た風習があることを知った。エルフで言う取替子、ドロウで言う忌み子。どちらも種族の中で稀に生まれる肌の色が極端に異なる子供の事だ。

 エルフは極稀に肌の黒い子供が生まれることがある。その子は暫く集落で育てられるが、20年を期限に追放される。平たく言えば子供のうちに捨てられるのだ。

 多くは人間などに拾われて育てられることになる。数は極めて少数で、馴染むことは難しいだろう。

 ドロウの忌み子はやはり極稀に肌の白い子供が生まれる。その子は生まれながらにして奴隷と同様に生きることになる。有力者の子に生まれた場合は、生まれなかったことにされるのが通例らしい。


 そんな感じでエルフの婚姻関係に関して説明すると、若干呆れたようにも見える表情で、こう言った。


「なるほど。種族的に近い事は知っていましたが、やはり風習はかなり違うのですね。

 相容れないのもわかる気がします。ただ子供が最優先なのは変わらないですね。忌み子に関しても」


 ドロウの方がある意味人間(ヒューマン)的で感情寄りの部分が強いと思えるので、この反応も当然に思える。

 すこし話がそれてしまったが、ドロウの風習を聞いた結果、整理できる部分もあった。

 自分が結婚することなんて考えたこともなかった。

 人間にとっての結婚がとても意味のあることも理解しているし、エルフが結婚に意味を見出さないのもわかる。

 では、僕にとってはどうなのだろうか。

 幾つか自分に心に問いただし、確認する。

 そしてローズに意見を求めることにした。


「今の僕の率直な考えを聞いてくれないでしょうか。あなたはこの件について事態を最も公平に判断できる人物だと思いますから」


「貴殿の私に対する評価はともかく、この件について事情を最も知る者であるのは事実ですね。話を聞きましょう」


「まず、正直にいって結婚するとは考えたこともありません。想像すらできませんでした。もっと正直に言えば結婚は自分を縛る契約の一つだとすら思っています。

 だけど、少し想像してみるとそれはそれで悪くないのかもしれないとも思います。多くの幸せな家庭を見てきましたし。

 冒険者を引退するつもりは今のところありません。だから腰を据えて結婚をすることはまだできないと思います。

 コマリは美しくて聡明な女性だと思います。その誇り高さも含めて。僕にとって好ましい人物なのは間違いない。だけど彼女の年齢からして結婚の対象としてみることは難しいです。

 あと、これは誰にも言ったことはないけど、必要だと思うから打ち明けます。

 僕はある方の寵愛を得たいと願っています。僕の在り様を受け入れて貰った上で愛されたい。そのために冒険者をしていると言っても過言ではないんです。その思いが断ち切られない限り、たとえコマリを妻にするとしても、正妻にはできない。それは彼女に対して不誠実です。

 これは純粋に打算だけど、彼女の一族を説得するために、コマリとの婚姻関係は有利に働くと考えている僕がいます。これも不誠実極まりないと思います。

 そして、そのためにドロウの婚姻の習慣について伺いました。

 誰かと結婚する…誰かを愛する、どういうことなのでしょうか…」


 話しているうちにそれが自らへの戒告の言葉に変わってゆく。

 思考が淀み、自分の中が混沌として行くのを感じる。

 自分の言葉に自分が嫌になる。この期に及んで打算交じりで、汚らわしい。欲深い自分がひどく醜く思える。

 僕はその場にうずくまり、顔を伏せた。

 心が痛い。

 愛ってなに?


「急にどうしたのですか?」


 ローズさんの声だ。何を言ってるんだろう。

 その後も、断続的に彼女の声がしているのはわかる。だけど、何を言っているのか理解できない。


「顔を上げなさいと言ってるんです!」


 僕の意思を無視して顔が上を向く。乱暴に髪を掴まれて顔をあげさせられたのだ。

 間近にローズさんの顔がある。

 瞳に浮かぶのは怒りの感情。心の傷が開く。意識が混濁し、記憶と入り混じる。

 ああ、謝らなくては。ひどい事をされる前に。

 一瞬にして心が恐怖に染められる。

 痛いのは嫌だ。

 声が出ない。

 許しを請う言葉を、言わなきゃ。

 ああ、そうだ。若いご婦人の場合はお嬢様だ。

 お嬢様、お許しくださいませ。

 こう言わないと。

 意を決し、そう言おうとした時に、再びローズと目が合う。

 瞳に浮かぶのは…憐れみ?

 一瞬恐怖が和らぐが、別の色の恐怖が心を染め上げる。

 自分が息をしていなかったことに気が付き、咳き込みながら慌てて呼吸する。

 そして反射的に口から出た言葉は


「そんな目で見るな!」


 だった。


「おまえ…」


 ローズさんの声が聞こえた気がする、掴まれていた髪がゆっくりと離された。


「そんな目で見ないで、お願いだから…」


 僕はそう呟いていた。たぶん。周囲にも聞こえるくらいの声で。

 涙が溢れだす。

 心の痛みには慣れてる。

 蔑まれようと、罵倒されようと、憎悪だろうと、

 耐えられない痛みは多分無い。

 その場は痛くても、時間が経てば癒える。

 だけど、憐れみは耐えられない。

 憐れみ自体に痛みは無い。

 でも、僕の心に残った傷や刺さったままの棘を思い出させる。

 ひとつひとつなら何とでもなる。

 けど、すべての痛みが同時に襲ってきたら耐えられるわけがない。


 もう何も見たくない。

 だから目を閉じた。

 もう何も聞きたくない。

 だから手で耳を塞いだ。

 その姿を自分でも浅ましいと思う。

 でも、他に方法が思い浮かばない。

 僕は救われたい。

 だけど周囲は闇に包まれて、僕は一人だ。

 寒い。

 僕の体は震えていた。



「|姉さま、お願い《姉様、お願いがあります》」


コマリ様(コマリ様)


私と同じする(私と同じ振る舞いをし)私の言葉(私の言葉を)伝える(通訳してください)出来るなら(可能な限り)正しく伝えるため(正確に伝えたいのです)


私、あなたに従う(仰せのままに)



 耳を塞ぐ僕の手に、そっと誰かが手を添える。

 小さな手だ。

 その手が首元から頭の後ろに回される。

 細い手。

 そして僕の左のこめかみに頬が触れる。

 頬や腕に感じる重み、体温が伝わってくる。

 もう一人、同じように僕に腕をかけて右のこめかみに頬が触れる。


「汝は主、愛す人よ」

「私の愛する旦那様」


 ドラウ語でコマリの声、その後に共通語でローズさんの声だ。

 耳を塞いでいても漏れてくる音と、頬から骨を伝わる響きが混じり合い、聞こえてくる。

 その音は自然と僕の中で一つの言葉として明瞭に認識できた。


「どうぞ、私が側に控えることをお許しください」


 しばしの沈黙の後、僕の口は自然と開いた。


「なぜ」


「私があなたを愛しているからです」


「…そんな訳ないじゃない。僕を愛してる?君は僕を何も知らないじゃないか」


「ザックが私の命を救って尚、私は死を望んでいました。そんな私に生きる希望を与えてくれたのです。

 私の目には、あなたはみまごう事無き月の使徒だと思いました」


「…」


「ジャングルに向かう夜、宿営地に響く歓声。あの時のあなたはまさに伝説の語り部であり、伝説を作る人の姿でした」


「どっちも成り行きみたいなものじゃない。本当の僕じゃない。

 さっきの聞いてたんでしょ?僕の中は普段からあんなんだよ。打算的で不誠実で、矮小で小賢しくて、醜くあまりにも弱い。結局自分の事しか考えていない」


「旦那様はそうおっしゃいますが、私の目には内なる悪と戦っている高潔な姿に見えました」


「目が悪いだけじゃないの?」


 自分でも思う。あまりにも子供じみた返答。だけどコマリは気にもせず続ける。


「少なくとも、本当に不誠実で小賢しく、矮小で醜い者ならば、懺悔も自らを戒めることもしないでしょう」


「…」


「少し想像を交えて話すことをお許しください。

 私は思うのです。あなたは愛を求めているのに、愛を知らないのではないかと。

 いえ、知らないのではなく、自分の愛を信じられないのではないかと。

 そしてそれは、ご自身がご自身を赦されないからではないかと思うのです。

 あなたの過去に何があったかは存じ上げません。

 ですが、それが今の在り様を否定できるものではないでしょう。

 軽々しく口にして申し訳ないとは思いますが、あなたの過去がどんなものであったとしても、今のあなたを否定するものではないのです」


 コマリの声が少し震えている。彼女の涙が僕の頬を伝う。


「私はそんなあなたが愛おしく思えるのです。

 どうか私をお傍においてください。

 私を愛してくださいとは申しません。ご自身を愛してあげてください。

 その為に必要なら、わが身を厭いません。

 あなたの心が安らぐなら、どのように使いになられようとも」


「なんで、なんでだよ!」


 僕はそれだけを口にして何も言えなかった。

 コマリはそのままの姿勢で少し僕を強く抱きしめる。

 正直に言えば、まだ幼さの残るコマリに真正面からぶつかられ、負けたのは悔しかったし、情けなかった。

 でもそんなことはどうでもいい。

 なんで、そんなに僕に愛情を向けられるの?

 なんでそんなに強いの?


「私がそうしたいのですから」


 彼女の言葉に、心の中の何かが弾けた。

 僕は泣いた。

 声を上げ、子供のように泣いた。

 こんな泣き方をするのはいつ以来か覚えていない。

 ひたすら泣いた。

 しばらく後の記憶はない。

 多分泣きつかれて眠ったのだろう。

 エルフは眠らない……はずなのに。




 非常に苦労しました。

最初に書いた時に苦労し、修正する際にも苦労しました。

物語を語る本人が、PTSDの症状で混乱するシーンなのですが、情報の整合性や情報の開示の仕方、表現など、とにかく私にとっては難易度が高かったです。

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