30:密林の薔薇 ≪ローズ≫
25/02/19 誤字脱字の訂正、ならびに表現の一部見直しを行いました。
正午を過ぎて少しぐらいか、僕は疲労がかなり回復していることを実感し、瞑想から醒める。
Gさんとロアン、レイアはまだ横になっているようだ。
横にいたコマリが僕の顔を覗き込み、
「起きた?」
そう聞いてきたので、
「ずっと起きてはいるよ?エルフは眠らないからね」
「ドロウも眠らない、休憩は必要」
そっか、ドロウも眠らないんだ。見た目もそうだけど、特徴的な肌と髪の色以外は本当にエルフと変わらないな。
今朝の戦闘が少し気になったので聞いてみることにした。
「コマリは大丈夫?怖くなかった?」
コマリは少し考えてからこちらに少し身を寄せると、
「あなた守る。私、怖いものない?」
表情は暗くないし、大丈夫のようだ。
「うん、僕たちがコマリをちゃんと守るからね。安心していて大丈夫」
僕は笑顔で答えてから、
「少し薪を集めようか、手伝ってくれる?」
コマリは頷いて僕と共に立ち上がる。
すると少し遠くから雷の音が聞こえてきた。
こりゃ、降りそうだな。そう思って薪を集める前にコマリに手伝ってもらいながら天幕の準備をすることにした。
周囲を見回して適切な木を見定める。
天幕用の布を広げて、正方形の対角をそれぞれロープで木に固定して張る。そこらで調達した木の棒で張った布の真ん中あたりを支える。
寝転がるGさんをよけながら残った対角を近くの木の根元付近にロープで固定してから、もう一度最初に布を張ったロープを締めて強く張りなおす。
これで簡単な天幕の完成だ。
風が少し強くなる。すぐに雨が降り始めるはずなので、寝ている3人を天幕の下に移動させて、もう少し休んでいても平気だから、と声をかける。
急激に空が暗くなり、かなり強い雨が降り始めた。
「ザック、天幕の下に入ったら?」
周囲を警戒中のザックに声をかけると、
「周囲の視界が悪い、音が聞こえにくい。警戒を強めた方が良い」
そのまま周囲を巡回している。
「そうだけどさ、風邪でも引いたら」
「心配ない。レーヴァは病気にかからない。暑さ寒さにも強い」
そうかもしれないけどさ、彼だけに警戒させている自分に、人としてどうなのよ?と納得がいかず、モヤモヤした感じが残る。
そうか、スコールか。夕刻に必ずと言って良いほど降るんだった。
かなり強い雨だが、ほどなく上がるだろう。
予想通り一刻ほどで雨は止んで、嘘のように鮮やかな夕日がジャングルに差し込んでくる。
雨上がりの濃い緑の匂いが周囲に立ち込めていた。
寝ていた3人も起き上がり、Gさんは今日の呪文の準備を、他の二人は武器や防具の手入れをしている。
僕は天幕の下で使えそうな木の枝を探して、焚き火の準備をする。
「敵に見つかるから火を使わないんじゃなかったの?」
ロアンが尋ねてきた。
「うん、最初はそのつもりだったけど、方針転換。後続に対しての囮にもなるし、多分だけど遭遇する確率はそれほど変わらないと思うからさ」
「そーなんねー」
「いや、休憩であれだけイビキをかいていれば同じかな、って思って」
「あーたしかに」
ロアンは妙に納得したようだ。もちろん昨夜レイアがイビキをかくことは無かった訳だが。
雨に打たれなかったものの地面はかなり湿っており、結局火を起こすのは断念した。
Gさんの呪文の準備を待って、食事を摂る。おしゃべりを解禁。
まだまだ先は長い。出来るだけ休めるときに休まないと、心もすり減ってしまうからね。
「もう少しで出発だけど、後続の気配はないね」
ロアンがポツリと漏らす。
僕たちは戦闘もあったりして、行軍速度は決して早くはなかったはずだ。計画だと我々に追いつくことは無いかもしれないが、近くまでは進んできているはず。
火を起こすことにしたのは、後続にここで野営をしたことを伝えるためでもあった。
僕たちの進行痕は比較的わかりやすいはずだ。ザックが切り払っているから。順調に痕跡をたどれば、ここで野営をしたことが分かるはず。
そうすれば僕たちの進行速度を伝えることが出来る。そうすれば後続の部隊は必要なら多少の無理をしてくれるのではないかと期待できる。
僕はGさんに相談してみる。彼はすぐにこれで十分では?と言って近くの木の前で呪文を唱え始めた。
するとそこに少し大きめの文字で宿営地1と彫られている。
「雨風で消えることもないし、木ごと切り倒さんと消せんし、魔法探査にも反応する。まあ、気が付かん可能性もあるが、書置きを残すよりは確実じゃろう」
そっか、それなら僕も。
Gさんのメッセージの近くにある小枝…植物の固めの蔓かな。そこに白い布を裂いてから結びつける。
「意図的に邪魔されなければ気付く確率はずっと上がるね」
ロアンも納得してくれた。さて、天幕畳んで出発準備。
追跡してきてたのは撃退できたようだし、少しは気楽でも大丈夫かなあ。
そんな感じで暗くなってきたので出発する。
ロアンに照明があった方が楽なら使ってもらっても構わないよ、と言うと
「照明があってもなくてもそんなには変わらないから。それよりも的になる方が怖いよ」
だそうだ。なので照明は諦める。
Gさん、ローブ丈が長いから歩きづらそうだなぁ。
僕だけかもしれないけど少し緊張感が緩和した状態で、途中に2度の休憩をはさみながら、空が白み始める。
二日目の行軍ももう少しかなあ。
30分後に宿営を決定。
夕方のスコール対策に天幕は最初から用意しておく。濡れて乾いていないから昨日よりは重いが、人手がある分普通に張れる。
昨日とは違って対辺の中点同士をロープで木に固定し、四隅を低い木に結び、杭を打って固定する。
この方が固定点が多い分、風が吹いても安定する。
天幕を張っている脇で集めた薪を組んで火を用意する。
比較的乾いてるものも見つかったので、今日は火を起こせた。
なんか久しぶりに炎の明かりを見る気がする。ちょっとほっとするって言うか、小さな安堵感があるというか。
「なんか和むよねぇ」
振り返り皆に言おうとしたその時。
背後から小枝を踏む音。感覚としては3メートル以内。とっさに振り向こうとするが、
「動くな」
首元に鋭い刃が押しあてられている。
わずかに感じる薄い刃の感触。
「全員その場を動くな!」
もう一度少し大きな声が響き渡り、一瞬にして緊張に包まれる。
声は女性。声の発せられる位置から僕と同程度かやや小柄。場所を考えればドロウの女性であることは間違いないだろう。警戒しているザックに気づかれる事無く接近したことから、狩人あるいは暗殺者か。いずれにしてもかなりの手練れだ。
声の主は周囲を見渡してからドラウ語で言った。
「巫女よ、こちらに」
僕のドロウ語の理解は完ぺきではないが、概ねは理解できる。
その言葉にコマリが今の場所から3歩ほど前に進むと、その場でダガーを抜いてこちらに向ける。
「一族の栄誉ある薔薇よ、剣を引きなさい」
「巫女?」
「理解しないのか?剣を引きなさい」
凛としたコマリの態度に薔薇と呼ばれた女性は押されているように感じる。会話からするに同じ一族の顔見知り。生贄を奪還しに来た者と思われる。
「巫女よ、なぜそう言うのか?
《巫女様、何故そのようなことをおっしゃるのですか》
これらはあなたを虜囚とした者だ
《この者たちは巫女様を誘拐した連中ですよ》」
「あなたは間違っている。
《あなたは心得違いをしています》
その男は、私に自由と世界の広さを教えた、私を守ると誓った。
《その方は、私に自由と世界の広さを説いて下さり、私を守ると誓ってくださいました》
私は尊敬する。我が主人となるだろう。
《私の敬愛する、主人となる方です》」
「巫女よ・・・」
「あなたがその男を切るならば、私は容赦なくあなたを殺す。
《その方を傷付けるようなことがあれば私は躊躇いなくあなたを殺します》
次に私は自ら死ぬを選ぶ。
《そして私はこの場で殉死を選びます》
もう一度言う。その剣を引け」
しばし訪れる重い沈黙。後ろのドロウの息遣いが少し荒い。
「巫女よ、蠍神との契約はどうする?
《巫女様はスコルピウスとの契約を如何なされるのか》」
「破棄。我々は蠍神と別れる。新天地へと向かい、未来を得る。
《破棄します。我々はスコルピウスと決別し、新たな地へと移り住み、新たな未来を築くのです》
一族を導くため私は村に戻る。私の主人に連れられて。
《一族を導くために私は集落へと向かいますわが主に伴われて》」
一瞬ドロウの手が震える、怖っ。
だが次の瞬間首に当たる刃の感触はゆっくりと消えて、彼女は鋭利な短剣を鞘に納めた。
一斉にレイアとザックが取り押さえようとするが、
「やめて!」
コマリの言葉に二人はその場に止まる。
「彼女、敵ではない。戦う必要ない」
こうしてその場は収められた。
とりあえず…
野営の準備を終えてから簡単な食事の準備をする。
調理して食べるようなものは今回持ってきてないから、せめて少しでも暖かいものを、と薬湯を用意。
これでも暖かいものを口にするってなんかほっとする。
「まずは先ほどの無礼、ご容赦ください」
平に伏してドラウのアサシンが詫びを入れる。流暢な共通語だ。
食事が少し落ち着いたタイミングで彼女から話を聞くことにしていたのだが、この一言が口火を切る形になった。
「私はドュルーワルカの一族のドロウレイス、ジャングルの薔薇と呼ばれるものです」
真っすぐ見据える目が鋭くてかなりきつい印象ではあるが、顔立ちは整っていて美人だ。髪を肩上で揃えていて、仕草によって揺れるのがとても印象的。
彼女はコマリがザックによってさらわれたことを知り、勝手に単独で、コマリを捜索していたようだ。
コマリが蠍神の妻となる事が決まった段階で、蠍神の司祭たちがコマリの側仕えとなっていたため、集落へ知らされたのは数日後の事だったらしい。
「なるほど、いくつか教えてもらっても良いかな?あ、えっと、ジャングルの薔薇さんだと呼びにくいので、ローズさんって呼んでいいかな?」
「はい、主様のお好きなように呼んで頂いて構いません。また、遠慮なく何なりとお尋ね下さい」
「いや、主様は止めてください。アレンで良いですよ。ローズさん。ドロウの習慣とかに詳しくないので教えて欲しいのだけれど、ドロウレイスってどういう意味なのかな?」
「ドロウレイスは一種の称号とお考えください。一族で特に優れた戦士が司祭の神託により名乗ることを許されます。その時点でドロウとしての名前を捨てて、通称や二つ名で呼ばれるようになります」
「司祭と言うのは蠍神の司祭だよね?我々の聖戦士に近いのかな?」
「はい、司祭は蠍神の司祭です。あと私が知る限り聖戦士は神の加護を受け奇跡を行う司祭に近いと考えますが、ドロウレイスは神より試練を授かり自らを鍛えます」
「どちらかと言うと、修道士に近いのかな。あと、ドロウレイスは一族に所属するのかな、それとも司祭の配下になるのかな?」
「ドロウレイスは基本一族の守護者となります。ただし、蠍神から命が下れば司祭の指示に従い動くこともあります」
「そっか、さっき勝手に単独でコマリを探してたって言ってたけど、今回は司祭の命令があったわけではないんだね?」
「仰せの通りです」
「では、ローズさんとコマリの関係は?」
「私はドロウレイスに選ばれる前は、巫女様の護衛として姉妹のように過ごさせて頂きました」
ああ、なるほど。王侯貴族では王子などと年の近い有力貴族などの子息を一緒に育てることがある。将来の補佐役、固く結ばれた配下として期待される。それに似た関係か。という事は。
「今更なのだけど、コマリは族長の娘なの?」
「はい。蠍神の巫女は族長の家に生まれた女が務める習わしです。男児が無ければ巫女は婿を迎えて一族を率います」
「と、言う事は族長には男児がいて、後継者は決まっているんですね?」
「それが、まだ現族長はお若いので、今後世継ぎを設けられるとは思いますが、現段階では巫女様が唯一の後継者であらせられます」
なるほどなるほど。
「では今回のように、後継者が巫女しかいない状況で、妻として選ばれるのはよくある事なの?」
「厳密に申しますと、巫女は巫女となった時点で蠍神の妻の一人となります。ですが、実際にお召しになる事は…知る限りでは聞いたことがありません」
僕は思考を巡らせる。
コマリの一族を説得できる可能性がかなり高いと思った。
蠍神に選ばれた戦士ですら、憤りを抱えている。彼女にとっては極めて苦しい事であるが。
先ほどのコマリとの話で、我々の目的はおおよそ伝わっているはずだ。それでも剣を収めたのは、彼女なりに落ちる所があったのだろう。
少なくとも彼女はコマリの味方だ。
敢えて今尋ねる事ではないかもしれない。そう思いながらも僕は彼女に聞いた。
「コマリとの会話で、我々の目的は知っていると思います。そのうえであなたに僕は聞きたい。
あなたは蠍神に仕える戦士ですか?それとも一族の守護者ですか?」
彼女が蠍神の戦士であれば、我々は討たねばならない相手だ。一方で一族の守護者であれば我々に協力してくれる可能性もあるだろう。
普通の状況なら、二つの立場は両立する。だが、この状況はどちらかを選ばねばならない。
僕はどちらを選ぶのかを問いただした。
ローズは一呼吸間を置くと口を開いた。
「私はコマリ様を守りたい。一族を守りたい。コマリ様が覚悟を決めておられるなら、私になんの異存もありません」
彼女は覚悟を決めていた。
「ありがとう、そしてごめん」
僕はそれしか言えなかった。
肩にかかるドロウ達の命の重さを改めて感じる。
ドロウ語のセリフの部分はルビでしのぎ切る予定でしたが、文字数制限でそういう表現ができないことに投稿時に気付いて慌てて修正しました。
かなりセリフ周りがお見苦しいですが、ご容赦ください。
この点は今後の課題とさせていただきます。




