29:行軍 ≪マーチ≫
25/02/19 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。
出発してから4時間くらい経つだろうか。そろそろ2回目の休憩を取ろうかと、僕は少し迷っていた。
まず、期待した敵襲は出発直後にはなかった。追尾されていれば疲労のピークになる夜明けを狙ってくるんじゃないかと思う。
鬱蒼としたジャングルを進む速度は思った以上に遅く感じる。
日程は通常速度で計算した。些細な、だけど大きなミスだ。
ザックが斧を時折振り回して厄介な蔓、蔦の類を切り払ってはくれているが、予定した進行速度には足りない。
後続の聖炎は重装が基本だから、もう少し進行速度が遅くなるかもしれない。
まあ、距離は保たれるだろうから、無理に急ぐこともない。日程が1日か最悪2日延びることを覚悟するしかない。
そう判断して、休憩を取ることにする。
少しだけ先行しているロアンが後方を確認するタイミングで、ハンドサインを出して、集合。休憩となった。
一度目の休憩で気が付いたのだが、レーヴァって変わった座り方をする。
修道僧が時々する、正座、と言うやつだ。僕には膝が痛くて無理。
その膝の上、右ひざにコマリ、左ひざにロアンが座っている。地面に直接座るよりも安全で汚れないからと言っていた。
人を椅子代わりに酷くない?と思ったがザックがそうするように言ったらしい。
痛くないなんて、すごいよねーと感心した。
僕は座っているロアンに小さな声をかける。
「どう、きつくない?大丈夫?」
「警戒しながら前進は慣れてるからね。ただ、迷宮とか洞窟とかと勝手が違うのは事実かな。
まあ、もう少し慣れれば楽になるっしょ」
ロアンは軽い調子で返してくる。まあ大丈夫だと思う。本当に無理な時はそう伝えてくれるはずだ。
「あ、ロアン、ちょっとそのまま」
僕は普通のポーチから軟膏の入った瓶を取り出して、そこから塗り薬を指に取ると、ロアンの頬にそっと塗る。
「別に大した怪我じゃないから、ほっといても大丈夫だよ」
「まあ、そう言わないで。植物性の毒とかだってあるし、そこから被れたりすると後が厄介だから」
よし、これでいい。ん?
「私も、切り傷。薬塗って」
僕の左側から肩を軽く叩かれてそちらを向くと、そこに座っているコマリが手と足を出して小さな傷を見せている。
「はい、ここと、こっちね」
同じように薬を塗ると、とても満足そうに笑った。構ってほしかったのかな。
そのあとにレイアの脇に行く。
「後ろの様子はどうです?」
「基本的には問題なさそうだな。まあ、連中は気配消してるだろうからな。いても簡単には見つけられんだろうが」
「不意打ちは十分気を付けてくださいね」
「心配すんな。一発くらいなら死ぬこたねぇ」
そう言って笑い飛ばす。声を控えめにして。
そんな感じで短い休憩の後に再出発。
順調とは言えないが、ひとまず問題なく滑り出した。
見通しの悪いジャングルに、ところどころ月の光が差し込んでいる。
それはまるで、月の指し示す道しるべのように感じられた。
見上げるとわずかにのぞく空の東側が明るくなり始めている。日の出間近のようだ。
4時間くらいは歩き続けたと思われる。
そろそろ宿営するタイミングかな、と思っていると、ロアンが足を止め、左手を握り、手を挙げる。
全員がその場に立ち止まる。
ロアンはハンドサインを続ける。耳付近に手を当ててから左方向に手を回しながら2本3本と指を立てた。
続けてもう一度耳に手を当てて今度は右手で右側に手を回しながら指を1本立てる。
左側に2、3の足音。右側に同じく1。
僕はロアンを指さしてそのまま上に向ける。ロアンに集合を伝え、レイアを振り返り親指と人差し指を開いた状態で僕とレイアを差して手首をひねり、ポジションスイッチを伝える。
レイアは頷いて静かに僕と場所を変わり隊列の左側に、僕は進行方向の右後方に位置する。
待ち伏せ、半包囲の形。正面にも恐らく敵がいる。
ロアンに最後尾のポジションに移動してもらい、後方を警戒してもらう。
周囲を監視できる状態を作って、しばし息を殺す。ロアンが左側に向けて短弓を撃つと合図してきたので、僕は頷く。
奇襲をかけようとしている敵に先制できるのはアドバンテージが大きいと判断した。
ロアンは静かに弓を引き絞る。わずかに聞こえる木材の軋む音。そして小さめにパンと弾ける音がすると程なくギェっとくぐもった声。
ほぼ同時に荒っぽく草を踏みつけ接近してくる音。
僕は手早くシンボルを描き「神の祝福」の奇跡を行使する。
続けてGさんが呪文を唱え始める。短い詠唱の後に<加速>の呪文が効果を表した。
それを合図にレイアが2,3歩前に出て突進してきた敵を盾で受け止める。
レイアの盾が蠍の鋭い爪を弾く。大型の蠍がそこにいた。
レイアのサイドには複数いるはず。こっちにもいるはずだが、来る。僕は右サイドから接近してきた大蠍をレイアと同じように盾で受け止めて戦闘状態に入った。
受け止めてすぐに三日月刀で切り払う。月光を浴び煌めく白刃が蠍の爪を捉えるが、弾かれる。固い。
ザックはレイアのフォローには入らず、進行方向を警戒している。たぶん何かを補足しているんだと思う。
レイアサイドには蠍の他にドロウのレンジャーと思われる人影が二つ。一人はレイアに肉薄する。もう一人は後方から弓でレイアを狙っているようだ。
ロアンは短弓をしまうとジャングルの闇に紛れるかのように姿を消す。
後方が無警戒になるのは気がかりだが、それでも左サイドの数的不利は解消すべきだ。
僕はそんな事を思いつつ三日月刀を振り続けた。
Gさんが二つ目の呪文を唱える。呪文はレイアの相対する敵のわずかに後方に効果を表した蜘蛛の糸の呪文だ。蠍とドロウの体に絡みつき動きを封じる。
「爺さんナイスアシストだ!」
レイアは一気に敵2体に対して畳みかけた。
僕は目の前の蠍一匹で手一杯。ザックは何かと戦闘状態に入っている。かなり大きな何か。
拮抗状態が続くが、一気に局面が動く。
絡み着く糸に捉えられていた大蠍がレイアに切り伏せられると、Gさんはそこのドロウめがけて3回目の呪文を行使する。
ドロウに向け垂れたGさんの手から2条の赤く輝く光が放たれると、一本がドロウを直撃して燃え上がらせた。
僕は大蠍との戦闘を継続しているが、僕には筋肉が足りない!手傷は負わせているが、致命傷には程遠い感じだ。
敵の攻撃をかわしながら、中程度の回復の奇跡をザックに行使。すかさず蠍が攻撃してくるが盾で防ぐ。
僕はここを維持できれば、何とかなる。レイアはまだ大丈夫、ロアンは?
僕の視界にはない。敵の弓による攻撃が無いから、おそらく交戦中だ。ザックは大きな蠍のようなモノ、ちゃんと確認できない何かと交戦中、優勢とは言えないが互角に戦っているようだ。僕は少しだけ振り返り、レイアに声をかける。
「レイア、ロアンの援護に」
「わかった」
Gさんは魔法を放つ。紫の光の尾を残しながら飛翔する5本の魔法の矢が僕の前の蠍に突き刺さる。急激に蠍の動きが悪くなったのを見て、渾身の力を込めて三日月刀を突き立てると、蠍の動きが止まった。
素早く刀を抜き、ザックの後ろ側に移動。ザックが戦っているのはさっきまでの蠍よりも2周りくらい大きな蠍の頭の所にドロウの上半身。ケンタウロスの蠍版みたいなやつだ。ザックの方がやや分が悪いように見える。僕は刀をワンドに持ち換えて盾を構えた。
ザックと蠍人間の一進一退の攻防が続く。ザックは典型的な力押しタイプ、殺られる前に殺れのスタイルだ。敵の攻撃もかなり食らっている。
絶対的に相手の方が体力がある。僕はワンドを振りながら治療を続ける。
ザックの猛攻が続くが蠍人間も攻撃の手数で圧倒しようとしている。治療の効果もありザックは互角に戦ってはいるが、このままではジリ貧になる。
どうする、どうすればいい?
自問するが決定的な一手が無い。
再びGさんの魔法の矢が蠍人間に突き刺さると同時に、後方から飛来した矢が蠍人間の右目を貫いた。
「ロアン!」
僕は声をかける。少し後方から弓を放つロアンの姿が見える、負傷しているようだが、動けるようだ。
レイアが猛スピードで僕の脇を駆け抜け、ザックと入れ替わるように蠍人間の前に立つ。ザックはレイアの一歩後ろに引いたのちに奴の左側に回り込みながら攻撃を再開させた。潰れた右目の死界を移動しながら攻撃を入れ続ける。
こうなると勝負がつくのに時間はかからなかった。
レイアのカウンター気味の一撃が蠍の足を切り飛ばし、バランスを崩しかけた隙を逃さず、ザックの戦斧が胴を薙いだ。
大量の血しぶきが舞い、蠍人間はその場に崩れ落ちる。
僕はロアンに駆け寄り、治療の奇跡を行使する。
「わりい、思った以上に手強かった」
「無事で何よりですよ。無理はしないでください」
Gさんもコマリも無傷なのを確認して、レイアとザックの治療も行う。
レイアはそれ程でもないが、ザックはかなりのダメージを負っていた。使える奇跡は全て使い傷の回復を終える。
「ダメージは残ってませんか?」
僕の問いかけに、口々に大丈夫と答えた。
「とりあえず一息入れたいですが、時間も時間なのでここから少しだけ進んで、野営にしましょう」
そう言って立ち上がり移動しようとしたが
「ちとまて」
Gさんの声に僕は動きを止めてGさんを見る。Gさんは何か呪文を唱えると、
「回収すべきものは回収せんとな」
そう言って襲撃者たちの装備をいくつか回収し始めた。
「使えるものがあれば使う。金目のものは回収する。冒険者の基本じゃよ」
僕はまだ気持ちが高ぶっているが、Gさんは冷静と言うか、マイペースと言うか。
その場に座って一休みすることにして、Gさんが換金性の高い装飾品や武器防具を回収してきて彼の持つ保存袋に入れるのを待つ。
「とりあえず、もうひと歩きじゃな」
Gさんの声に僕は立ち上がり、僕たちは30分ほど先に進んでから野営を張った。
火は焚かないまま、保存食をかじり一息つく。慣れない行軍であったこともあり、体が休息を欲している。
「さっきの大きな敵、コマリは知っている?」
僕がコマリに尋ねるとコマリは頷いてから
「あれはスコーロウ、ドロウの遠い一族。蠍神の加護を受けた一族」
そう答えた。
遠い一族、か。そういえば、さっきの襲撃者にドロウもいたな。同族と戦うことに葛藤があるかもしれない。
顔見知りがいたのか気になったが、コマリに尋ねることはしなかった。出来なかったという方が正しいかもしれない。
代わりに僕はコマリの頭を撫でてから、疲れただろうから少し休んで、と声をかけた。
野営中の見張りの順番を決める。ザックは休息は必要ないから休憩中はずっと警戒に当たる。
念のために最初の2時間はレイアにも警戒を頼み、昼過ぎからは僕が警戒に加わることを決めると、陽の昇る方角に向かって祈りを捧げる。
新たな奇跡の力を賜るために。
祈りを終えるころにはGさんとロアンは静かな寝息が聞こえてきた。
ドロウは眠るのだろうか?素朴な疑問だったが、コマリも眠っているように見える。
「悪いけど少し休ませてもらうね、お先に」
レイアにそう告げ、僕も座った姿勢のまま休息に入る。
隣にコマリが来たが、僕はそのまま瞑想を続けた。
長い一日が、ようやく終わる。
しかし、まだ旅の一日目が終わったばかりだ。




