28:出陣 ≪フォーザフロント≫
25/02/19 誤字脱字の訂正、および表現の一部変更を行いました。
昨日届けた荷物は今、大急ぎで食料品と一部の武具を中心に荷下ろしされている。
大半が食料品で主に保存食類だ。
堅パンに干し肉、塩漬け肉、ジャムや酢漬け野菜など。手際よく分類されていく。
食料品は遠征隊用に配られていた。各員は10日分ほどの食料を配給されて、荷物にまとめていく。
今回は野営時に火を焚くことを禁じられる。だから調理前提の食料は基本的に持っていけない。
慌ただしく、だが整然と進む作業は、さすがに規律正しい聖炎だと、感心する。
僕の装備からコマリにも扱えそうな一般的な短刀と、普段着に使っているローブを渡す。
あとはこの間、入れ替えて余っている微弱な防御の指輪と、持ってるけど滅多に使わない微弱な魔法の短弓。戦場に立つことを考えればかなり不安はあるが、基本的に彼女は戦わないから、何とかなるだろう。
問題はNDR114改めザック。
大型の両手武器、特に大戦斧が好みらしい。レイアに予備で持ってないか尋ねたが持っていない。
幸いと言うかレーヴァは鎧が着られない、というより、そもそも必要が無い。彼の体はすでに複合装甲が覆っており、彼の体を守っている。
仕方ないので、聖炎の長柄斧でも借りるかなと思って分隊長の誰か…と探していたら、デニスだったっけ?を見つけて事情を話してみる。彼は少し待て、と言いながら僕の知らないテントの一つに入っていくと、しばらくしてから斧を手にして出てきた。
彼が手にしていたのは高品質の戦斧だった。
貸しとくから好きに使ってもらって構わない。ただ一応教会の備品なんで返してくれ。
そう言って手渡してくれた。ついでにこれはあげるよ、と言って肩当をくれた。
右に付ける深紅のショルダーパッド。防具ではないが、そこについてるスパイクは一応は武器として機能するそうだ。
もらって良いの?と聞いたら、なぜここにあるのかさえ分からないものらしい。もちろん呪われたりはしていないから。そう言って去っていった。
ザックは斧を受け取ると、2、3回素振りをして、「うん、これは良いものだ」と気に入った様子。
これも使う?とショルダーパッドを渡すと、少し固まっていた。
とりあえずつけてみると…ベルトの締め方がおかしくて、どういう訳か片方だけの胸当てのようになってしまった。
それを見たロアンが、「変態かよ…」と冷たい視線をザックに送っている。
僕は慌てて、ザックの名誉のために正しく取り付けなおした。
一応利き腕はどちらかと尋ねてみたら、彼は一瞬考えてから、
「左右同じように使えるが、第一選択肢は右だ」
一応右利きか、レーヴァにも利き腕があるんだ、と感心しつつ、一度彼が自分で取り付け損なった肩当を外す。
ベルトの通してある向きを変えてから、左の上腕に下側のベルトで仮止めし、肩の位置を調整。次に背中から右の脇を回すようにベルトを回してから、パッドのへりに通して前側で締める。
締め具合を尋ねると問題ないって、言ってるけど、かなりきつく締めても本人は平気そうだった。
動くことを考慮し、少し緩めて肩からずれない程度に調整してから、素振りをしてみてよ、と言うと少し気合いの入った素振りを見せてくれた。
さすがに鏡はないので、厩舎にある水桶の前に連れて行き、水面に映る彼の姿を見せた。
「素晴らしい」
そう言って暫く固まっていた。いや、自分の姿に見とれていたのかな。
まあ、彼の人生初の衣服類の着用だろうし、少しくらい感動してもいいだろう。
あ、ザック。肩にスパイクが付いている分だけ、周りに少し気を付けないとダメだよ?
コマリに渡す装備を見繕っている最中に港湾地区で手に入れた指輪の事を思い出した。これも十分に使い道がある。
蓄魔の指輪。すっかり忘れていたので、なんの準備もしていない。
僕は聖域の加護の奇跡を1回。中度の治療を一回指輪の中に封じ込める。
コマリの元に戻って、「僕の祈りが込められた指輪だから」と渡して使い方を説明。一回ずつしか使えないが、使ったら言ってくれれば補充する。うまく使ってねと伝えて、一休みだ。
出発まではもう少し時間がある。
夜通しの移動になる。休めるときに休んでおかねば。
夕刻が近くなり、僕らは普段からすると少し早めの食事を摂っていた。
聖炎の信者の一人が届いた比較的新鮮な食材類で作った料理を届けてくれた。
日持ちする根菜類や、塩漬け肉。この砦で作られ続けているペースト状に煮詰められたスープベース。
そう言ったものを上手くアレンジしたシチューのようなものだった。
それに加え、今日焼かれたパンや、チーズ、フレッシュな果物のペーストなど、ここでは飛び切りのご馳走が食卓を彩る。
ジャングルの真ん中で豪華な食事を楽しめるなんて、想像すらしていなかった。聖炎の人たちの心配りがうれしい。
裏を返せば、僕たちがかなりハイリスクを犯すことを皆知っている。
追撃が予想されるところを、先行していくという事は、敵に対しての斥候を行い、敵の目を引く囮となり、その上で、絶対にドロウの集落にたどり着かねばならない。
確かにハイリスク極まりない。
でも、僕は楽観的でいられる。
今この砦に、レイアより強い戦士はいるとして一人だけ。
この砦にいる誰よりも、ロアンは優れた探索者だ。
魔術を使わせればGさんはこの砦で最も強力だろう。
そんな、英雄的なパーティに僕はいる。
僕も全力で彼らをサポートする。
これで無理なら誰がやっても無理だ。
もちろん、不確定要素も多いし、何が起こるかなんてやってみなければ分からないものだ。
そう、やってみなければ分からない。だから、分からないことは心配しない。
だから僕は楽観的でいられる。
行軍時の隊形を説明する。先頭はロアン。その後ろ3メートルの位置にザック。ロアンとザックにはハンドサインをいくつか覚えてもらう。軍隊で使用されるハンドサインなのでザックは改めて覚える必要はない。ロアンはこういう記憶力はかなり良いので付け焼刃で問題ない。
その後ろに左から僕、コマリ、Gさん。
最後尾が中央線よりやや右寄りの位置で、いつもの両手剣ではなく、大型盾に長剣を装備してもらう。
戦闘状態に入った場合はロアンは僕たちの位置まで後退。原則移動はせずにその場での迎撃に徹する。
最後に移動中は基本無言で、しゃべるのは最小限度。あとは、成り行き次第という事で。
そう、忘れていた。我々がジャングルに入って比較的早いタイミングで襲撃を受ける可能性があるので、場合によっては一度砦付近まで戻ることもあると思う。その場合は指示を出すので、頭の片隅に置いておいて欲しい。
こんな感じで事前会議は終わる。
食事の後片付けを簡単に済ませ、最後の荷物をまとめていると、エウリが僕のもとを訪ねてきた。
「どうかしましたか?」
「きつい任務だが、成功させよう。みんなで凱旋して、祝杯をあげようぜ」
僕の問いかけにエウリは少し間を置いてから答えた。彼は僕たちを心配して、だけど何と言って良いかわからなくて。
その末にたどり着いたのがきっとさっきの言葉だ。
その思いを察して、僕は笑顔で答える。
「当然ですよ、お祝いの時は奢ってくれるんですよね?」
「ああ、勿論だ。そうしよう」
彼は少し笑顔を浮かべて答えてくれる。うん、これでいい。こういう時にあまり深刻になっちゃダメなんだ。気負いは能力発揮を阻害する。
肩の力が適度に抜けている状態が、ベストパフォーマンスに繋がるから。
彼の言葉に答え僕は右手を軽く上げると、彼はそれに答えてハイタッチを交わした。
パシンッと乾いた小気味の良い音が響く。
僕たちの出発の合図だ。
「さあ、行こうか」
皆に声をかける。作戦開始だ。
南側ゲートに向かう途中に、人々が声をかけてくれる、そして僕たちの後ろからついてきて、ゲート前に到着するときには結構な数になっていた。
ここまで短い旅を共にした冒険者たちも、分隊長たちも、司教の姿もあった。
「猊下、先陣の任を賜りましたること、御礼申し上げます」
僕は司教に一礼する。
彼は頷き、言葉少なく言った。
「楽な仕事ではないが、貴殿ならやり遂げるだろう」
「ありがとうございます。猊下、僭越ではありますが、見送りに来てくれた方々に挨拶をしてもかまいませんでしょうか?」
司教に一礼しながらそう問うと
「構わんよ、好きにすると良い」
司教のお許しは頂いたので、僕は群衆の方に一歩進み、深く一礼をすると、歌い始める。
「 恋しき故郷ははるか遠く
眼下に見ゆるは街の明かり
試練の旅を続ける騎士は
今日も歩み続ける
・・・ 」
抑揚を付けメロディックに語りだす。草原に暮らす部族の祈り歌のように。
この騎士は旅の途中で美しい娘と出会い、その娘の窮状を救うべく悪魔と戦う。
激戦の末にその騎士は悪魔を討ち果たす。
そして娘と騎士は、結ばれない。彼は神に仕える聖戦士であったから。
騎士の英雄譚と結ばれぬ悲恋の恋、比較的新しく作られた、万人する受けのいわゆる定番。
もちろん事実かどうか、定かではない。
そして定かではないけど、はじめて本人の前で歌った吟遊詩人は僕かもね。
歌はこう締めくくられる。
「 聖なる炎の乙女に仕えし
その騎士の名は
黄金の剣
かの者は今も旅を続ける
今はいずこ
」
「ここに!」
「ここにいるぞ!」
「ここにおられる」
周囲から一斉に合いの手が入る。僕は今一度、少し大きな声で一節を歌う。
「 今はいずこ 」
先ほどよりも大きな声で、より多くの声が響く。
「目の前にいるぞ」
「猊下万歳」
「ここだ、ここにいる!」
僕は歓声に応えながら、手のひらを下に向ける仕草で静まるよう促した。すぐに歓声が止み、僕は続きを即興で歌う。
「 恋しき故郷ははるか遠く
眼前に見据えるは密林の闇
試練の旅を続ける騎士は
正義の剣を天にかざす
聖なる炎の栄光の為に
」
そう締めくくり、歌を終える。静寂の中僕は深々と聴衆に一礼すると、周囲は爆発するかのように歓声が上がる。
その声の中司教に向かい一例すると彼に聞こえるか聞こえないか、控えめの声で、
「ご無礼は平にご容赦を」
「余興だ、よい」
司教はそう返しニヤッと笑うと、腰の長剣を抜いて高く掲げ、左手で聖炎の聖印を切って叫ぶ。
「神を称えよ!旅立つ彼らに神の祝福のあらんことを!」
司教の威厳に満ちたオーラが周囲に広がると同時に、彼による祝福の奇跡が僕たちを包む。
言い難い高揚感が僕たちを包み、彼らの声援に見送られ、我々はゲートからジャングルへと向かい始めた。
ロアンがすぐに僕に向かって声をかけてくる。
「んと、士気が上がるのは良いと思うんだけどさ、出発時にあのバカ騒ぎはマズくない?」
もっともだけど、マズくない。
「まあ、普通に考えたら見つかるのはまずいよね。でもさ・・・」
僕は説明を続ける。
僕たちは出発から監視されている可能性がある。どうせ襲撃を受けるならジャングルに踏み入ってすぐがベストだ。だったら出発を教えるのはそう悪い手ではない。
呪歌はジャングルの中で出番はないだろうから、使って問題ないし、それにあの状況だからこそ最大の効果を発揮する。
「司教も分かった上で最後は協力してくれたんだよ。僕の即席に合わせてくれたじゃない」
バードの歌は伝説とか英雄譚だ。そしてその歌はこれからも続くことを示唆した。あの場にいた多くの人が、伝説は続き、その場に居合わせるという別の感情を持つはずだ。歌に語られるのは栄光と挫折であることもあるが、そこはガルドルで士気が上がっているから、マイナスにとらえる人はいないだろう。
そしてその高揚感はガルドルの効力が切れても続く。そこに伝説の実感が伴うから。
「なーるほどねー」
「お主は聖職者よりも吟遊詩人の方が向いておるのではないか?もちろんクレリックとしても有用じゃとは思うがな」
ロアンに続いてGさんが横やりを入れてくる。僕はそれに静かに答える。
「聖職者でなきゃダメなんですよ。僕の野望はかなり大きいんですから」
その言葉を区切りに静かになる。もうジャングルは目の前だった。




