22:最後の砦 ≪ラストチャンス≫
25/02/18 誤字脱字の訂正、表現の一部見直しを行いました。
船は1時間遅れで出航となった。
予定していた護衛の冒険者パーティは4組だったのだが、一組が最後まで現れなかったのだ。
結局やむなし、ということで出航の運びとなった。
船は港を出て順調にラストチャンスの町に向けて進んでいるようだ。
揺れもあまりなく、これなら酔って苦しむことは無さそうだ。
それはいい。
しかし…何この暑さ。
街中はあんなに過ごしやすかったのに。
僕はたまりかねて鎧などの装備品を外し、涼を求め船縁の小さな日陰に膝を抱えて座り込む。
「ここは赤道直下だからなぁ。そりゃ暑いさ。ストームポートは常に魔法による天候操作がされてるからな」
平気な顔をして僕を見下ろしながらレイアが言う。
ああ、一つ納得したことがある。
彼女の装備している鎧は、分類的にはフルプレート、重装に分類される全身を覆う金属鎧だ。
だが、至る所の装甲版が大きめに外されていたり、ウエスト部分はほぼカバーされていなかったり、胸元も広めに開けられていたりと、少し露出が多いのでは?と思わせる造りだった。ガッチリとしたむき出しの腹筋とか、筋肉の鎧があるようにも見える首から鎖骨回りとか、陽に焼けて褐色の少し傷としわの刻まれた精悍な顔つきとか、ざっくりと纏められてる燃えるような赤毛とか、雰囲気として総合的に完成された美のようなものがある。繊細で壊れそうな美の対極にある機能美。
別に女性としてのセクシーさをアピールしている訳でなくて、この地で活動するための必要な暑さ対策。
いや、彼女の逞しいけど女性も感じさせるウエストラインは十分にセクシーだと思う。
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。暑さにだいぶ参ってきているようだ。
船長がレイアと何か話をしている。
順調と言えば順調だが、風が想定よりも弱いので、揺れはしないが速度もあまり出ていないという。
予定よりも到着が遅れるかもしれないとのことだ。
僕としては揺れるよりはその方がいい。
「ま、暑さには慣れろ。ラストチャンスもここと変わらんし、町を出たらジャングルが続くからな」
そう言い残して去っていった。
気候は地図で気が付いていたはずなのに…使った客船はそれなりのレベルで快適だったし、そこからストームポートに入ったから、暑さを今まで感じることは無かったのだ。うん、仕方ない。
僕はその場で来ていたシャツ類を脱いで、一番薄手の物に交換する。
鎧もブレストプレートの裏部分の当て革や当て布部分を切って、隙間を少しでも作って通気性を確保する。
鎧そのものを加工することは無理だから、今できる事を。そう思いながら作業を続けた。
数時間後、風が少し出てきて、船の揺れが結構感じられたが、大幅に船足が早くなった。
そして予定よりも3時間遅れで夜のラストチャンスに到着した。
「宿入ったらミーティングな」
レイアが他のパーティの連中に声をかけていた。どうやら彼女の仕切りらしい。
その雰囲気は指揮官として堂に入っている感じすらする。従軍経験でもあるのだろうか?
倉庫で救助に来てくれた時に見せた凄味。レベルを考えれば当然なのかもしれないけど、剣技もかなり高いレベルのようだし。
些か思考を取っ散らかしながらそんな事を思っていると、今日宿泊の宿に着く。
そのまま酒場の一角を陣取って、それぞれパーティごとに固まってテーブルに着く。
「まずはお疲れさん。明日から本格的な護衛任務になる。残念ながらジョナサンのパーティは急遽欠席になったが、俺たちの取り分が増えたと思えば、悪くない話だ」
軽い笑い声が上がる。
「ミーティングと言っても手順は皆知っての通りだろうし、注意点も今更だろう。なので簡単に護衛の配置だけ決めておきたい。
護衛対象は馬車4両、速度は低いので、徒歩での警戒になる。
先頭はうちのパーティが受け持つ、ブレイブ、お前んとこのパーティでしんがりを頼む。中ほどにオズワルドのパーティを。遊撃的に動いてくれ。側面の警戒も一応は頼む。これで問題ないと思うが、誰か意見はあるか?」
座ってる冒険者からは「異議なし」の声が次々上がる。
「そんじゃ、解散。ああ、明日の朝はゆっくりで大丈夫だが、昼前にはここに集まってくれ。昼に出発の予定だ」
散り散りに去ってゆく。
「さて、俺たちは飯でも食うか」
その場のテーブルでそのまま食事となる。
その席で、この辺のことを詳しく教えてもらった。
ラストチャンスの町は長きにわたってストームポートから大陸に入る玄関口として機能している。ストームポートを出るとここが最後の補給地点になる事。奥地から生きて帰ってこれたら、助かる事を意味して≪ラストチャンス≫と呼ばれるようになった。
海運によってある程度の物資は常に確保されており、シティーガードの防衛隊もあることから、一定水準の安全地帯と思われている。
陸路を使ってストームポートからここに向かう場合、その道は険しいままである。一定水準の安全地帯ではあるが、飛び地であることも忘れてはいけない。
一年程前くらいにできたのがこの先にあるセーブポイントだ。
ここは聖炎の管理する砦になっていて、訪れる善良なものに、いくばくかの平穏を与えてくれるそうだ。
さらに奥地に進む冒険者達にとって唯一の避難場所、故にセーブポイントと呼ばれる。僕個人の意見だが、こんなところに聖炎が砦を作る意味が分からない。何せ、救うべき民が住んではいないのだから。まあ、何が目的にせよ、街の統治者からしてみれば入植地を増やす可能性を大きくするのは間違いないから、許可を出したのだろう。
ここから出るとジャングルの中を切り開いた道があって、ある程度は整備されているが、快適な旅が出来るほどではないそうだ。
きわめて順調に進めば4日。途中のトラブルも考慮して5日が片道の標準日程ではあるが、忘却の王の呪いで日程は増減するのが常だし、見たことのない魔獣に襲われるケースもある。街道とはいえそこもまた呪われた大陸なのだと知った。
今回の護衛任務に関して少し気になったので聞いてみる。
「予定していたパーティがドタキャンしたのは、不味くないです?中2台の馬車は、一番の少数でカバーすることになりますし」
「側面からの襲撃はあまり考慮していないよ。道幅自体は狭いし、絶対ないとは言えないが、俺たちが通過した後でしか真ん中を狙うことはできない。
襲撃できるくらいに接近していたら、俺たちが気づくだろう」
レイアが解説してくれる。なるほど。
「言い方を変えると、先頭が一番忙しくて危険って事になるが、今回の3パーティでパーティの戦闘能力が一番高いのがうちだ。
その次がブレイブのパーティ。人数は6人いるし経験も十分だろう。だから次に襲撃の可能性がある後ろを頼んだ」
エールのジョッキを手にして、一口飲んでから、
「オズワルドの所は5人組だが、戦力は今一つと俺は見ている。だが、予備戦力としては役に立つだろう。
さて、俺は早めに寝るぞ。明日も長いしな」
と締めた。
僕も同意して部屋に向かう事にする。
そうしていると結局皆部屋に戻ることとなった。
確保してあるのは1部屋でベッドは無し。小さめの雑魚部屋だった。
冒険者は気にしないことは知っているし、いろんな意味でパーティ単位の方が安全なのもわかるけど。正直僕は少し腰が引けた。
僕の身の安全じゃなくて、女性と同じ部屋っているのは彼女たち的に気にならないのだろうか。
それとなくレイアに、少し遠回しに聞いてみるが、
「お前が何を言ってんのかわかんねえ」
と一蹴された。まあ、それなら。寝る場所を確保して、とりあえず横になる。
もちろん、エルフは眠らない。
みんな驚くほどに寝付くのが早い。身に付けている装備を外してまとめると、次々に毛布にくるまっていく。
一番早かったのはGさんで、その次にロアン、最後がレイアと僕と言う、まあ、装備を外すのに時間がかかる順なわけだが、ロアンもレイアも装備を外すと下着一枚でさっさと寝てしまう。最初に寝息が聞こえてきたのはロアン。そしてすぐにレイアのいびき。結構大きいね。。。
Gさんは静かだ。お爺さん、ちゃんと呼吸してるのか、冗談抜きで心配になったりする。
僕も瞑想に入る。瞑想状態ではあるが、周囲の状況はちゃんとつかめているから、これはこれで面白い。
レイアのいびきは大きい。しかし、廊下や窓の外に何かの気配を感じるとぴたりと止まる。
ロアンは寝相が悪い。結構広い範囲を転がりまわるようだ。僕も一度引かれた。
Gさんは時々奇妙な姿で硬直してる。片足が上がった両手を上げたり。本当に大丈夫かな。
少し愉快に思えるこの光景を少し楽しみつつ、夜は更けてゆく。
陽が昇り始める。僕は小さめの窓際に静かに移動して外を眺めていたら
「ん、早いな」
レイアが目を開けてこちらを見ていた。
「ええ、エルフは眠りませんから。それに聖職者の朝は早いものなんですよ」
「そうか、俺はもう少し寝る」
僕が答えるとレイアは毛布をかぶりなおした。
その場に跪き、祈りを捧げる。
今日もお力添えを頂けるように。
まだみんな寝てるので、装備を身に付けることはせずに、下着の上に普段着のローブ。ベルトは締めてポーチと帯刀。超軽装で部屋から出る。鎧類は背袋に入れて、だけど盾は袋の造り上入らないので手持ちになっている。今までの旅装と変わらない荷物を持っているのに、なんという身軽さ。うん、素晴らしい。
大枚叩いたバッグに惚れ直しつつ、宿から出て街の様子を見て回る。
陽が昇って間もない港町は湿度の高い海風が吹いてはいるが、気温はちょうどよく、絶好の散歩シチュエーションだ。
聞くところによると人口2000弱。1/3がシティガード、防衛兵で残りが一般人。商人や宿屋や港湾で働く労働者や開拓者、そんな感じらしい。
外周は一部石組、大半が木製の壁で囲われており、周囲を見張る監視塔が一定間隔で立っており、人影が絶えることは無い。
”最後の砦”、という呼び名がしっくりくる光景だ。
周囲にはいくつもの開拓地があって畑が広がっている。さすがにこれを囲って防衛することは難しいので、彼らの家も囲い地の中にあるようだ。
港に向かうと昨日乗ってきた船から荷物が降ろされていた。
スキッドのついた木製コンテナを順番にロープで引いて下ろしている。
スキッドの下に丸太を噛ませて転がす要領で、船からおろし、下ろしたところに設置されたクレーンで釣り上げる。
クレーンと言っても滑車を3つ持った、シンプルな構造で人力で巻き上げるタイプのものだ。荷物を持ち上げるだけの最もシンプルなタイプだ。
船から荷物を下ろす。下ろしたところで一度釣り上げる。そこに馬車の荷台を持ってきて、最後に荷物をそこに乗せる。
そうやって馬車の準備をしているようだ。
この時間から準備しているのは昼までに出発出来るようにするためだろう。
労働者たちの躍動する筋肉。労働に伴う汗。息を合わせるための揃った掛け声。うん、美しい光景だと思う。僕には出来ないし。
一回りして宿に戻ると、皆起きてきていて、食事を始めたところだったようだ。
改めておはようございます、とあいさつをしてから僕もテーブルに着く。
テーブルの上には籠に盛られたパンと、スープの鍋。僕もスープをカップに注いでから、パンを頬ばる。
「アレンちゃん、ちゃんと寝れたの?レイアすごかったでしょ??」
ロアンがにやにやしながら話しかけてきた。なるほど、彼女は自身は被害者という認識らしい。
「幸いにしてエルフは眠りませんからね、すごかったと言えば、ロアンも相当すごかったですよ?どちらかと言えば僕はロアンの被害者ですから」
にっこりと笑いながら伝えるとロアンは「このパン、結構いけるねー」などと話題を変えた。本人も寝相の悪さは自覚があるらしい。
「これから数日は保存食で味気ないからのう。警戒しながらだとのんびりと言う訳にも行かんし。これが最後の晩餐か」
Gさん、言ってることはわかるんだけど、なんか別の意味に聞こえるんですけど。
食事が終わり、防具類を身に付けて出発の最終準備を行う。
僕の装備は自分一人でもちゃんと身に付けられるのだが、フルプレートアーマーは着れないことは無いが、ちゃんとは着れない。他の人の手を借りて、背中周りの調整等を行わないと、完全には機能しない。騎士なんかが従士を連れて歩く理由の一つだったりする。
そんな感じで出立の準備を終えたが、出発までは少し時間があった。
僕は特にすることは無く、ここで周囲を眺めながら軽い瞑想状態に入ることにする。周囲の人間などからは気合いが入った呆けとか言われるけど。
レイアはキャラバンの準備状況を確認に、ロアンは街中をぶらついてくると言って出ていく。
Gさんは…うん、きっと僕と同じなんだな。瞑想してるのだろう。
時間は順調に過ぎ、出発の時刻を迎えた。
周囲には他のパーティも集まってきている。そこにロアンが戻ってきて、「さあ、行こうか」と短く告げると、全員が席を立ちあがって外に出た。
陸地側に設置されているゲート前に4頭立ての荷馬車を先頭にしたキャラバンが並んでいる。
全部で5台。そして先頭の馬車以外は馬車ではなかった。
大きな荷車で、カーゴではあるのだが、引くのが馬ではなく、2頭立ての、かなり大きな…なんだろう。この生き物は。
近くにいたGさんに、あれは何?って聞くと簡単に教えてくれた。
この大陸の固有種でライノスという草食動物だそうだ。ライノス自体は主大陸のサバンナ地域にいるらしいが、南の大陸にいるのはそれに近いが別の種類で、似てる事から同じライノスと呼ばれているそうだ。
馬よりも足は遅いが力が強く、悪路でも行軍速度が変わらない、乾燥に強い、皮膚が厚くて硬く、生存能力が高いなどの利点があるそうだ。
各馬車に御者と助手がそれぞれ乗り込んで、10人。
各パーティの合計が15人。全部で25人のキャラバン。
先頭の馬車は護衛対象ではないので、あくまで護衛は他の4台。ちなみに先頭の馬車はライノスや我々の食料などを運んでいるそうだ。
まあ、護衛対象ではないけども、護衛せざる得ない。
ゲートが開くとレイアさんが先頭で歩き出す。すぐ後ろを馬車が進み、その荷台の一番高い所にロアンが陣取る。
馬車の荷台の最後尾の所にGさんが座っていて、僕はその後ろから歩いていく。
順番にライノスの引く荷車が動き始めて、その横に護衛の冒険者たちがぽつぽつと。最後の荷車の後ろに6人組のパーティが続く。
ラストチャンスの周囲に広がる畑を5分ほどで抜けると目の前にはジャングルが迫ってきた。
ジャングルの中の一本道は、決して広くなく、路面もかなり荒れている。
待ち伏せとか、不意打ちとか食らうと、ヤバそう。
僕はそんな事を思いながら行軍を続けた。




