20:教会 ≪ビショップ≫
25/02/18 誤字脱字訂正、表現の見直しを行いました。
朝目覚めて、一日の準備に取りかかる。
この部屋に窓はないが、天井に上空の映像を表示できる機能がある。
本当なら白みゆく東の空に向かって祈りたいのだが、方角は分かるから心の目で太陽を見ることにした。
昨晩の散財を少し悔いた後、今日の祈りを捧げた。
朝食は宿泊料金に含まれているそうで、適当にテーブルに着いたらパンにスープ、新鮮な野菜と果物に卵と塩漬け豚と思われるもののスライスが次々と運ばれてくる。。
冒険者向けと考えると少々上品すぎる気もするが、量的には十分だ。パンは食べ放題らしいし。
気分は上流階級のように朝食を楽しむ。
社会一般的にはまだ早い時間ではあるが、僕はとりあえず宿を出る。
昨日教わった道を進んで中央広場に。
中央市場へ搬入する商人の姿がちらほらと見える。
すがすがしく感じる朝の空気を堪能してから、少しだけ気合いを入れる。
向かうは教会。
本来であれば実家帰りともいえる訳なのだが、どちらかと言えば親戚の家を訪ねる感じに近いかな。会いたくない怖い叔父さんのいる家、みたいな。
すこし背筋を伸ばして教会へと歩く。
程なくして、教会建物の正門にたどり着いた。
美しい金属製のアーチに、繊細な模様で作りこまれた鋼線細工のような扉。
当然扉は開かれている。
教会の扉は常に開かれている。これは紛れもない事実であり、礼拝堂まではいついかなる時でも入ることができるのが原則だ。
逆に言うと教会の扉が閉ざされているのは非常事態の最中であることを意味する。例えば戦時中とか。
とは言うものの、そこに人がいるのにスルーと言う訳にもいかないので、掃除をしていた若い聖職者(おそらくは見習い)に一声かけてから、聖堂に進む。
地の果てのような場所にある教会だが、この規模の都市にふさわしい大きさと威厳、荘厳さを兼ね備えている。
天上神の教会は概ね同じ造りになっている。
正面に祭壇があり、そこには教会のシンボルが飾られる。
向かって左手、西側に太陽の光を浴びるように太陽の神の像が置かれ、正対する東側に月の神の像。
ここまでが決まり事で、あとは円を描くように等間隔で並べられる。ちなみに正面は裁きの神、入り口側には武勇の神が祭られることが多い。
原則として天上神教会には主神という考え方は無い。原則と言ったのは、特に地方などの小教会ではセレスティアンの教会に属していても、単一の神像しか飾られないこともあるからだ。その神に対しての信仰が特に厚い場合など見られる。
ここは直径50メートルくほどの円形に神像が並べられている。その外周にドームを支える柱が16。神像は1.5メートルほどの台座の上に5メートルほどの神像が安置されている。材質までは分からないが、白く光沢のある石材が用いられているようだ。
僕は聖堂の真ん中まで進み一度膝をつき、周囲にお立ちになっておれる神々に祈りを捧げる。次に祭壇の前まで進み、膝を折り、手を組んで首を垂れる。
それが済むと祭壇の後ろ、アミューズの神像の足に手を触れてからその場に跪き、そして祈る。それを残り7体の神像にも行った後、再度正面の祭壇に向かい、祈る。
これが礼拝の正式な形である。ちなみに僕はこの時に実際に祈ることはまずない。教会関係者に聞かれたら怒られるのは間違いないが、神との対話は形式にとらわれないのがあるべき姿だと思っている。だが、形式とは時に意味を持つ。少なくとも教会関係者には重要であったりするわけだ。僕も教会関係者ではあるのだが。
一回りして、形式を一応完璧にこなすと、右奥から人影が近づいてくる。
頃合いを見計らっていたようだ。
「良く戻られた、若き聖職者よ」
その声に深く一礼して答える。
「神の導きにて、我が家にたどり着けました事、感謝申し上げます」
これも形式の一環である。決まり文句とまでは言わないが、大体こんな感じ。僕はいつも気分でこの返答を決めている。
僕は返答を追えても姿勢は戻さない。
そこにいる人物がローブの形式から、この教会の責任者である司教であると知ったからである。
「あまり堅苦しいのは抜きにしよう。貴殿も長い旅をしてここまで帰ってこられたのだ。自らの家で寛げぬ道理はないからな」
「寛大なお言葉に重ねて感謝申し上げます」
これも形式。相手が楽にしなさい、と一度言ったからと言って、姿勢を崩すと痛い目を見る。これは僕の経験則だ。
「慎み深いのだな。だが、話をするのに目を見ぬわけにも行くまい。さ、顔を見せておくれ、兄弟よ」
ここで僕は初めて僕は顔を上げる。
そこにいるのは白髪を短くそろえた上品な感じの人間男性。年齢は50代後半と言ったところか。
中肉中背、ありがちなでっぷりと恰幅の良い感じではない。適度に鍛えられているように見える。
落ち着いた朗々と響く良い声だ。
「お初にお目にかかります司教猊下。わたくしはアレン・ディープフロストと申します。月の神の導きにて修行中の身にございます」
もう一度、深く一礼。今度はすぐに姿勢を戻す。
「なかなか堂に入った良い祈りの姿であった。お若いのに精進なさっているようだ」
「恐縮です。私はまだまだ若輩故に修行が足りておりません」
「立ち話もなんだ、お茶でも付き合ってくれるかな」
「猊下のお誘いを断る者など、この南の大陸にはおりますまい」
やべ、舌を噛みそうになった。うまく乗り切ったと思うけど。
正直に言うとここでのんびりお茶という気分ではなかった。
この司教、言葉の先々に慈しみを感じさせる。たぶん何をやらせても僕より一枚上手で、僕がボロを出しかねない。
あ、いや、そこじゃなくて。
これほど出来た人物が、呪われた大陸に左遷されるだろうか。これが僕の感じた疑問点だ。
そしてその能力の高さが逆に僕の疑いを深める。相手はあの堕落した司祭だ。
いっそのこと、ねちっこく袖の下を寄こせと言ってくれた方がどれだけマシだったか。
彼に先導されてついていく。その背中を見ながらふつふつと思う。顔に出ないようにだけはしないと。
礼拝堂奥の司教の執務室に通されると、ほどなくお茶が運ばれてきた。
この段取りは僕が来たことを知らせた時点で建てられたものか?だとすると、お茶の席は最初から考えていた事?
「固くならずにくつろぎなさい。私はこの教会を預かるユリウス・レンブラントだ。以後見知ってくれ」
「恐れ入ります猊下」
一礼し、彼が口にしてから、僕も一口お茶を含む。香りも良かったが、味もなかなかだ。本土から取り寄せた一級品だろう。
「今日は船が入る予定は無いと思うのだが、こちらにはいつ着かれたのかね?」
「シティには昨日の夕刻入りました。少々時間が遅かったのもありまして、朝を待ってお伺いした次第です。
港に着いたのが何時かとの事ですが、先週、ちょうど1週間ほど前になります」
「そうだったのか。で、すぐにこちらに来ずに港湾で何を?」
「シティに入るために働いておりました」
司教はその答えに意外そうな顔をした。
「教会関係者はすぐにでも街に入る許可が下りると思っていたが、変わったのかね?」
「そうなのでは?少なくとも衛兵や港の人に伺いましたが、だれもそのようなことは…」
と、ここまで話をして、最初に聞いた衛兵はすんなりと通したくなかったようだし、教会関係者が素通りできるなら、街の誰に聞いてもそんなことを知っているはずがない。あれ、オーガスタは知らなかったんだろうか?いや、知っていたかもしれないが、僕は彼女に聞いていないし、事件に巻き込まれた後だ。
「もしかして、私が知らなかっただけかもしれません」
僕の答えが司教のツボにはまったようだ。
笑いながら彼は少し苦しそうに言った。
「そうか、知らなかったのか。であれば仕方ない。あなたは実直なのだな、それはあなたの美徳だ」
そんなに笑うところ?褒めてもらえてもうれしい所じゃないと思いますよ。
「という事は宿は取ったのかね?すぐに引き払って宿舎を使うと良い。自由に使ってもらって構わないよ」
「あり難い申し出、感謝の言葉もございません」
そこで僕の言葉が遮られ司教は言葉をかぶせ気味に言ってきた。
「であれば、すぐにでも移ってきなさい。とりあえず司祭に就任してもらって、私を手伝ってほしいからね」
僕はちょっと唖然。そりゃ辺境の教会で人手も足りないでしょうけど、いきなり司祭って何よ。僕は助祭の資格すら取ってないんですけど。
「猊下、恐れながら私は助祭の資格も持たぬ身です。司祭など恐れ多い」
「いや、それは問題ない。教会内の人事権は私にあるのだから」
そういう話じゃなくてですね。
「それにシティに入る前に冒険者のパーティに加わりました。明日より物資輸送の護衛を引き受けております。
断るのは教会の権威にも関わることにもなりかねません」
「そういう話になっているのか。約束は守らねばならんな」
「はい。ですので…」
「ちなみに輸送はどこまで?」
「ラストチャンス経由のセーブポイントまでと聞いております」
「セーブポイント、か」
少し考えているようだ。それを遮るのは失礼に当たるが、ここは止む得まい。意を決して僕は自分の話をしようとすると
「3週間ほどあれば、ここの事情を考慮しても帰ってこれるであろう。そのあとでも構わん。戻ってきたら教会に立ち寄ってくれ」
「…はい」
何という押しの強さ。終始、彼のペースで会話が進んだ。
そのあと教会の運営状況が主に人手不足でどれほど苦しいか、とか。
若い見習いたちをちゃんと訓練できる者がいない、とか。
過ぎには無理だが、方々の小さな開拓村にも聖職者を派遣したいとか。
僕はおじさんの愚痴の聞き役に徹した。
程なくタイミングを見計らい、
「明日からの準備もございますので、今日はこのあたりで失礼します」
と切り出すことに成功した。
司教は
「引き留めて悪かった。貴殿の旅がつつがなく終わることを祈りましょう」
そう言って祈りを捧げてくれた後、
「またな」
と少々気さくな感じで僕を送り出してくれた。
彼がオースティン・ヘイワードの息が掛かっているのか、本人なのか、全く関係が無いのかは、判断材料が乏しい。
まあ、これで何か掴めるとは思ってはいなかったけど。
ただ一つ、理解できたことがある。
敵であろうとなかろうと、彼が僕にとっての天敵なのは間違いないと思う。
店が開き始めたマーケットを横目に、街の統治者直営の買取所の所に足を延ばして、売りに出てる品物とかオークションとか見てから、少しだけ買い物をして宿に戻った。
午後からも、ウインドウショッピングと洒落こもうかな。明日の準備だし。




