0:荒野 1 ≪ワイルダネス≫
「ザック、下がって! レイア、ロアン、援護を!」
バーバリアンの戦斧が目の前の物体を叩き潰したタイミングで、僕は声をかけた。
返り血を浴びたザックは指示通りに2歩ほど下がり、その隣にいた鎧をまとった女戦士が両手刀を構えなおしながら一人で敵の正面に立つ。同時に左隣にいた子供が短弓を立て続けに射かける。
「子供言うな!」
何かを察したロアンは怒鳴りながら、短弓を次々と放っている。僕はそんな様子を見ることもなく、片膝を地に着け目を閉じていた。
「わが神デミムアに願う。この者に癒しと活力を与え給え」
ザックの背中に添えた左手が柔らかな光を放つと、いくつかの矢傷、槍傷が塞がった。
同時にザックが振り返り親指を立てる。
僕はウインクして見せると立ち上がり、後方に控える二人のうち、若い女性に向かって頷く。彼女は何かを理解したようにうなずくと、詠唱を始めた。
同時に僕も目を瞑り、再び祈りを始める。
「………… 加速」
「わが神よ、我らに戦い続ける力をお与えください。我らに祝福を!」
ザックが猛然と飛び出してレイアの横に並ぶ。レイアも防御重視の体制から攻撃の手数を増やし始める。
前衛二人の嵐のような虐殺が始まると僕は二人の間を抜けてくるものに注意を集中させる。矢を盾で弾き、怒りの色に染まった獣のような生き物の棍棒の一撃を盾で受け止める。動きが止まった獣のような奴の首元から、短剣が生えてくる。ロアンが音もなく背後に回り一突きしたのだ。
前からの圧力が減り始めると、一気にザックが前進…突撃を始めたので、腰に差してあった短い杖にメイスを持ち換えると振りながら「癒せ」とつぶやく。
ザックが呪文の到達範囲から抜ける前に届き、効果を現した。ついでに、レイアにも杖による癒しを施す。
突撃したザックが10メートルほど先にいた、半獣半人を3体ほど切り伏せると、レイアも残っていた半獣半人を切り倒していた。
「周囲の警戒を」
念入りに周囲の様子をうかがうが、これといって気配はないので、今回の襲撃はここで終わりのようだ。
「お宝、お宝♪」
周囲の確認を行っている間に、出番のあまりなかったもう一人の後衛と思われる初老…だと思う魔術師はそこらに転がっている半獣半人の腰袋やら懐やらを漁り始める。
「爺さん、最初に見つけようが所有権を主張しようが、取り分は取り決め通りだからね」
警戒しつつもロアンは初老魔術師に釘を刺すが、
「そんなことは言われんでも解っとるわい。これはロマンなんじゃ!!」
などと言いながら2体目の物色を始めている。
勿論金目のものは回収しなければならないので、ザックと僕とGさんは身ぐるみを剥がして金目のものを漁る。残りの3人は周囲を警戒中だ。
本来ならロアンにも手伝ってほしいところだが、戦闘直後で安全が確保できたとも言い切れないので、警戒能力の高いローグであるロアンは周囲の警戒をしてもらっている。
ちなみに鎧を着た戦士、レイアは動き回るとそこそこ音を立てるので、とりあえずじっとしてもらって周囲を警戒、魔法使いであるコマリも、もう一人の魔法使いが熱烈な収集家であるために自然と警戒要員になる。
「はいはいー、いつも通り戦利品はこちらの袋によろしくー」
そういって袋を地面に置く。貯蔵袋と呼ばれるあまり見た目のあまりよろしくない…ちょっと小汚い袋は魔法の品物で、冒険者の必需品と言われるものの一つだ。見た目以上に物が入り、重量の増加も軽減してくれる。生きているモノは入れられないらしい…試したことがないので正確ではないが恐らく人間の二人や3人は(容量的に)入れられるだろう。うん、たぶん。
今回遭遇したのはゴブリン。人間の子供ほどの大きさで、角こそないが小鬼などとも呼ばれる。魔族に類される小型の人型生命体で、同族以外はすべて脅威と思っている節がある。極めて好戦的で少数の人間なら間違いなく襲ってくる。道具も使うし武器や防具ももちろん使ってくる。
中には人間の言葉を片言で話すものもいるが…モンスターだ。連中は基本的に集落か部族の単位で生活している。今回遭遇したのは都合13匹。おそらくは狩猟隊だろう。近くにより大きな集団がいる可能性も否定できない。
こうして都合13匹のゴブリンから換金性の高いものだけ回収する。一息入れたいところが、血の匂いがプンプンするこの状況で休憩は取れないので、手早く死体に聖水を撒き、簡単に「成仏しろよ」と思いながらまとめて祈る。そして一堂に合図して歩きはじめた。
陽が傾き始めているので、早めの野営でも時間的には問題ないが、少しは離れてからでないと余計なトラブルに巻き込まれることになる。
土に埋めるなんてことは労力の無駄だ。相手は低くても知性があり、集団で暮らす生物、ではあっても、モンスターだ。仮に協力的なゴブリンだったら、もちろん丁寧に埋葬してちゃんと祈りも捧げてやりたい、と思うかもしれないが、幸か不幸か友好的なゴブリンには出会ったことがない。
ここは砕かれた大地、呪われた大陸、地獄に最も近い場所なのだ。
赤茶けた岩がゴロゴロと転がる荒れ地を歩くこと2時間くらいか、陽が沈み始めたので今日はここで野営することとなった。
あいにく焚き火をするだけの薪等は見当たらないが、寒くはない。食事の時に持っている薪を少し使って、調理用に使うこととする。
貯蔵の袋から3本ほど切りそろえられた薪を取り出し、石を組んだその上に薪を乗せる。
中心が決まったのでその周りに円になって荷物を下ろすとめいめい自分の仕事をこなす。
Gさんが薪の上に3脚を準備して、脇の鍋を出して革袋から水を注ぐ。
その脇でロアンが手早く集めてきた枯れ草や小枝を薪の下と上にのせて、火打石で火をおこし始める。
レイアが見た目に反して器用な手つきでジャガイモの皮をむき握った状態で4つ割りにしていく。
ザックはその隣で物思いにふけるように座り込んでいた。
天候も問題なさそうだし天幕を用意する必要はないだろう。僕は周囲を歩きながら一定間隔で聖印を地面に書いてゆく。簡易結界…と言うとちょっとした魔法のようではあるが、そんな効果は全くない。おまじない、気休めの類である。
それを済ませて火の元に戻ると鍋の水が煮立っていた。すでに数種類の野菜とカットされた干し肉が入れられており、周囲に煮物の匂いが漂い始めている。
ロアンに声をかけると、了解と言いながら周囲の様子を見に行く。
複数の聖印に囲われた周囲に、いくつかのワイヤートラップを仕掛けるのだ。
まっ平というわけではなく、大きくはないが岩や礫の小山があったりする。
そう言う地形で接近しようとするものは経路を選ぶ傾向がある。ほんのちょっとした心理的理由だったりするのだが、不意打ちを避けるためには十分有効だ。もちろん、周囲を全部囲えればそれに越したことはないが、設置して、回収しての手間を考えると、最小の手間で最大の成果を狙いたくなる。これは油断と言えばその通りではあるが、冒険者の経験則でもあるのだ。
食事にしてもそうだが、摂れるときには出来るだけ暖かいもの、ひと手間かけたものを取るように心がけている。
それだけでも体と何より心の休まりようが違うのだ。ひとたび警戒地域に入れば食事はおろか長時間の休息も難しくなることがある。休めるときにはちゃんと休み、先に備えていなければいざという時に十分な力を発揮できない。
ロアンがいくつかの警戒用の罠を仕掛け終わると、ザックが立ち上がって周囲の哨戒に入った。
程なくして、野菜と干し肉のスープ。焼き締めたパン。それぞれが携帯している飲み物類と言った、簡素ではあるが暖かい食事が始まった。
食事を取りながらあーでもない、こーでもないととりとめのない話をする。
本当にこういう時間は貴重なものなのだが、休息を十分とるためには段取りも重要になってくる。
くだらない話をしながらも、食器類を簡単に洗い、薄いマットとブランケットを用意して横になる。
うちの冒険グループ(一般的にはパーティと言われる)は夜間の見張りは基本的にザックに任せることになっている。彼は眠る必要がないからだ。この話もおいおいしよう。ちなみにエルフも睡眠は必要としない。エルフは眠らないのだ。
もっとも寝ない代わりに数時間の深い瞑想が必要で、瞑想中には夢を見ることもある。自分で言っていてそれって寝てるんじゃないのかって突っ込むべきだと思ってしまったが、寝ているわけではない。
焚き火はすでに消えており、すっかり周囲は暗い。ザックが足元に置いているランプ以外は明かりのない世界。
今夜は月が昇るのも遅めのようだ。寝待月も悪くない。
寝つきが良くないのか、レイアがもぞもぞと寝返りを繰り返している。
辺りは静かで天上の星々がきらめく音が聞こえてきそうだ。吹き抜ける風は心地よい。
良い夜だな、そんなことを思いながら僕も瞑想に入った。
もう一度言っておく。エルフは眠らない。
登場人物の名前をがっつり間違えていましたので修正を行いました。
25/02/17 誤字脱字の修正、並びに一部表現の変更を行いました。