17:港よ、さらば ≪ムービング≫
25/02/18 誤字脱字の修正、表現の一部見直しを行いました。
朝になり、荷物をまとめて部屋を出る。
カウンターで朝食を摂りながら今日出立する旨を告げると店のお姉さんは
「そうかい、またいつでも来ておくれよ」
そう言ってくれた。もちろん商売だし常套句なのはわかっているけども、それでもうれしいものだ。
鍵の返却と保証金の返還を行うが、保証金は今日この後の飲み物代として取っておいてもらった。あと、装備以外の荷物を一時的に預かってもらうことにして。
朝の待ち合わせと言っても彼らがここに顔をそろえるまでに数時間あるだろう。もし彼らが来た場合、何か飲み物か朝食を出してもらうようにお願いして、一度外に出る。預かってる杖は置いてはいけないので持って行くが、普段持ち歩かないモノだけに、妙に邪魔だ。
朝日の差し始めた早い時間の繁華街はまだ人影もまばらで、声を掛けられることも少ない。それでも数人と挨拶を交わしながら桟橋へと差し掛かる。
少し強い海風は天気が崩れる前触れだろうか。
桟橋近くを歩いて港の先にある未開発の地域への道に入る。ここも結構往復したな。
一応道の体を成しているところを歩いて、天然洞窟の入り口に。
焚き火の匂い。雑多な生活臭。重い湿度を伴う潮の匂い。
こういうの、センチメンタルって言うんだよな。自嘲的にそんなことを思っていると、元気の良い子供たちの声が近づいてくる。
「みんなおはよう」
声をかけると子供たちの明るい声が響く。ここに暮らす人たちは貧しく厳しいが、絶望は無い。
物資が豊富で困ることの少ない大都市も、生きていくのに精いっぱいな辺境の村も、ここのようなスラムであっても幸福の総量はそんなに変わらないんじゃないだろうか。
子供たちとあいさつを交わしたり、何気ない言葉を交わしながらそんなことを思う。
そうしてると知っている大人たちも集まってきていた。
「おはようございます」
歩きながら時に足を止めて話を聞き、時に祈りの詞を唱える。
最奥の水くみ場脇の工事は完了している。
僕が見に来ていることを聞きつけたのだろう、工事に参加してくれていた男の一人がやってきて、
「言いつけ通り、仕上がってます」
そう僕に告げた。
まだ乾いてはいないが、乾いてしまえば同じ通路を使用することは不可能だろう。そして気になっていたことを彼に尋ねる。
「申し分のない、出来です。お疲れさまでした。で、少し伺いたいのですが、これは?」
その脇に小さな何も飾られていない祭壇のようなものが作られているのだ。
「ああ、これですか。手配していただいたコンクリートが少し残りましたので、木枠を作って御社を作ってるんです」
「なるほど、それは素晴らしいですね」
僕は笑顔で彼の言葉に答える。実際、神を祭ることは良い事だと思う。人が必ず訪れる場所だし。
「スラムで唯一の水場ですからね。水の神様と月の神様の像を飾りたいと思っているんですよ」
水場に水の神を祭るのは自然だし、ここを作るきっかけになった僕に対しての気持ちもあって月の神を祭ることにしたんだろう。
「神もお慶びになられるでしょう。私からも感謝申し上げます」
そう言ってから深々と感謝を込めて深く頭を下げる。
「ええと、神官さん、顔をお上げになってくださいよ。俺たちの気持ちなんで、その、何と言うか少し困るんだよ」
彼は少ししどろもどろになった。僕はそんな彼に提案をする。
「でしたら、完成した際にはお祭りをしましょう。盛大にと言うのは難しいかもしれませんが」
「ああ、それはいい! もうちょっと頑張らないとな」
彼の顔がパッと明るくなる。
僕は確認すべきことは終わったので、ブットバルデ家に向かう。
夫妻とエリーは家にいた。
今日来た目的を告げる。今日の午後にでもシティ側に入るので、しばらくはここには来なくなることを。
彼らはその言葉に少し沈み、寂しくなりますね。と短く感想を口にした。
それからサザーランドから伝言を預かっているといい、僕に伝えてくれた。
今日からシティーガードの研修訓練に入るので、しばらく顔を合わせることが出来ない。
どうしても感謝の気持ちは伝えたい、とのことだった。
最後にポーチから金貨10枚程を取り出して、彼に託す。
奥の祭壇が完成したら、みんなでお祝いをしてほしい。その費用を預かって欲しいと伝えて。
「では、またお会いしましょう。あなた方に神の祝福がありますように」
そう言い残して僕はスラムを去った。
<気まぐれロブスター>は朝の混雑の時間に差し掛かっていた。
店の業務はそれ程忙しくは無いが、人の数、冒険者の数は多くなる。
そんな冒険者達が全部で20人くらいだろうか。店入り口近くの掲示板前で、今日の仕事はどれにするか、人数を集めるのに声を掛け合い、仲間を募る。
意外なようだが、冒険者は普段は徒党を組まない。
癖が強い奴が多く、団体行動になじまないのだ。
冒険者のおよそ半分は特定のグループを組まず、残り半分のうちの大半が、緩やかなグループを組んでいて、その時々によってパーティの構成が変わる。
ほぼ決まったメンバーでパーティを構成するのは全体の1割。ちゃんと調べた訳ではなく、僕の中のイメージだが。
そういう訳もあって、ロブスターに戻ると入り口で数人の男に勧誘を受けたが、「約束があるので」と断りを入れる。
入り口付近の喧騒を抜けるとカウンター近くのテーブルは割と静かだ。
「来た来た、おーい、ここ」
マクゲインが声をかけてくる。もちろん脇にはグラントの姿もある。彼らは基本二人組で行動するスタイルだ。
「おはようございます。ガイアさんはまだでのようですね」
彼らのテーブルに遠慮することなく座ってからカウンターに向かってお茶を一つお願いし、これまでの任務についての話を聞いた。
彼らもここにきて決して長くはなく、こなした依頼は4つほど、最初の二つが下水に繋がっている地下迷宮の探索と、倉庫の警備が一つ。
遭遇したのが小蜥蜴人や粘体生物、大蜘蛛という事だった。
グラントはその時が粘体戦は初めてだったらしく、不意打ちされ、危うく装備をダメにされるところだったらしい。
よくある話ではあるのだが、冷静に考えると、確かに厄介な敵だ。天井に張り付いたり、水たまりに擬態したりして、不意を突こうとしてくるし、武器で攻撃するとその強力な酸で武器が傷む。中には魔法に耐性があったり、非常に良く育った個体がいたりと、あんまり舐めてると経験のある冒険者でも痛い目を見る。
こうやって笑い話で済めばいいが、運悪く話すらできなくなった駆け出し達も少なからずいるだろう。
そうやって話をしていると、ガイアさんがやってきた。今日はロアンさん、レイアさんもご一緒だ。
「いやすまん、待たせたかのう」
そういうとテーブルの上に袋から荷物を取り出した。
鎖帷子とラージシールドと指輪の3点。
鎖帷子は聖銀製で軽く仕上げられた所謂妖精族の鎧と呼ばれるものだ。ミスリルであることを除けば付加効果はなく、分類としては魔法の込められた妖精族の鎧って事になるようだ。
ラージシールドは隕鉄製で、これも魔法の込められた盾。追加効果は無い。
指輪は優れた防御の指輪
ガイアさんは早々っと決めろ、と言う感じでぶっきらぼうに説明した後、
「もってけ泥棒」
と誰にでもわかるウソ泣きをした。
なんかガイアさんっていつもこんな感じだよねーと思いつつも少し気になったので聞いてみる。
「正直言って金貨14000枚じゃ、どれも買えないんじゃないですか?」
「提示された価値は買取値じゃからな。下取り価格じゃとこの辺が妥当じゃろうよ。
まあ、全く同じ価値のものを用意できなんだが、金貨14000枚と考えて損は無いと思うぞ」
不愛想に答えるガイアさんだが、商売っ気が無いというか、まじめな人だと思う。言動と一致しない節はあるが。
ガイアさんが続ける。
「どれもスグに実戦で役立つじゃろうし、もっておって分不相応という事もあるまいて。誰がどれを使うかは好きに決めてくれ」
僕とガイアさんの短いやり取り中も、グラントとマクゲインはどれにしようかと目を輝かせながら思案中だ。
ここに並んでいる品は、冒険者に憧れるような子供なら名前は知っているような、おとぎ話にも出てくる品物であるが、冒険者としては現実的な装備でもある。
僕にとっても魅力的な品々だ。彼らが悩むのも無理はない。勿論僕だって悩む。
と言うわけで僕は残ったものにすることにした。
彼らはコミュニケーションが取れているし、おそらく二人で同じものを欲しいとは言わない気がしたからだ。
残り物には福がある、とも言うし。
ひとしきり悩んだのちに割り振りが決まった。
グラントは盾、マクゲインは鎧だ。結果僕は指輪となった。
うん、第一希望が手に入ったので満足だ。
「それでは、我々はこれで失礼する、またどこかで」
そう言ってグラントとマクゲインは立ち去って行った。
僕は杖をガイアさんに渡してから、シティ側に向かうべく立ち上がる。
「さあ、シティへ行こうか」
脇に立っているレイアさんが肩をポン、と叩きながら言った。
「ああ、皆さんもシティに戻られるんですね」
「勿論戻るさ。パーティメンバーが戻るって言ってる訳だしな」
そう言ってウインクして見せる。
「え、えっ?ああ!」
思わず僕は奇妙な声を上げてしまった。そうだった、彼らにパーティに誘われているんだった。
え、でも、これって了承した流れ、だよね。んと、まあ、確かに仲間に加えて頂こうと思ってはいたのだけど。
でも、今回少し厄介ごとに巻き込まれてて、その説明はしなきゃと思っていたんだけど…
「はい、よろしくお願いします」
僕は一礼して一緒にシティ側に向かう。預けてた荷物はもちろん受け取っていくよ。




