15:窮地 ≪プリディカメント≫
25/02/18 誤字脱字の修正、並びに表現の一部見直しを行いました。
激しい痛みに意識を奪われそうになる。
だが痛みそのもの以上に今の状況が僕の心を蝕もうとしていた。
諦めたら終わりだ。希望がある限り奇跡は起こる。
歯を食いしばって痛みに耐え、気を強く持つ。
「重症治療」
精神集中を維持し奇跡は発動され、効果を表した。
回復は自身に向けたものではない。
視界の先でグラントが筋力を最大限に発揮して蜘蛛の糸を引きちぎる。
大蜘蛛を牽制しながらマクゲインの糸も引きちぎっていく。
「ぐがっ」
僕は意図せずして呻く。
脇腹に突き立てられた短剣がもう一段強く押し込まれ、それと同時に刃が90度回転させられた。
痛いなんてもんじゃない。焼ける。かなりの大量出血になっているようで、意識が少し朦朧とし始めた。
「大した英雄主義だな」
傷を大きく広げながらプローラは呟いた。
「これが唯一の勝ち筋なんだ」
目前で蜘蛛の攻撃を受け止めながら後ろを守るグラント。
その後ろで遠くを狙い弓を引き絞る、マクゲイン。
一瞬の間をおいて、弦の弾かれる音。
迷いなく、倉庫の奥に飛翔する矢。
うめき声が聞こえた。
しかし。
薄暗い倉庫の奥、矢が届いたその位置から再び火球が放たれる。
響く爆発音。
大蜘蛛もろとも吹き飛ばす炎がそこに広がった。
あ。
ヤバい。
心の糸が切れる。
何とかしなきゃ。
どうしたらいい?
おいのり、しなきゃ。
「随分とうちのメンバーを可愛がってくれたみてぇじゃねえか」
「え?」
聞いたことのある声が耳に届く。
途切れかけた意識が再度見舞われた痛みによって急激に引き戻される。短剣が乱暴に引き抜かれた。
ほぼ同時に視界の端にくの字に折れたプローラの体が転がっていくのが見える。
何が、起こった?
振り返ると赤く燃えるような髪の女性の憤怒の表情があった。
次の瞬間、部屋の奥で断末魔の叫びが上がる。
それとほぼ同時に入り口の方から紫の魔力によって形成された5本の矢が、物理法則を無視した軌道で飛来し、大蜘蛛に突き刺さる。
どうして彼らが?
そこまで考えて意識が刈り取られそうになる。
出血が堪えてきた。
毒も回ってきてる。
全身の感覚が薄れている。
焼けつくような痛みを感じていた脇腹も、なんか痛みが薄い。
「お前はまだ仕事があんだろうが!」
大きな声で再び現実に引き戻される。
そうだ、僕は仲間たちを助ける義務がある。
唇を強く噛み、ふらつく手で腰のポーチから回復薬を取り出し、一本を飲む。
続けて聖印を切り、自らの傷に治療の奇跡を施す。
傷は完全に塞がってはいない。体力は回復したが毒の効果はまだ続いている。
歩きながらポーションをもう一本取りだす。
歩を進め栓を抜き、解毒薬を一気に飲む。
倒れてるマクゲインの元に行き奇跡の力を行使する。
回復の効果がある。まだ助かる。もう一度奇跡を行使する。
彼は意識を取り戻し、自力で起き上がろうとする。
それを確認してからグラントに駆け寄ると、中度の治療を行使し、彼の意識が戻るのを確認した。
今日使える奇跡を全部回復に使って。三人とも動けるくらいには回復した。
ふう、と一息吹く。
そして集まってきていたレイアさんとロアンさん、ガイアさんに向かって一番の疑問を投げかける。
「どうしてあなた達がここにいるのですか?」
「こういう時は、まず礼を言うのが先じゃろ」
ガイアさんが人のよさそうな笑顔を浮かべて言った。
確かにおっしゃる通り。いや、必ずしもそうじゃない。何か裏がある。
僕はかなり疑り深くなっている気がするが、うん。助けてもらった以前にこの人達が何か裏で糸を引いていたのかもしれない。
そんなことを考えているのを察したのかロアンさんが話しかけてきた。
「まあ、後片付けもあるっしょ?こいつの身柄は預かっていくね。あとはお好きにどうぞ」
「あ、待ってください、話は終わっていません!」
「あとでちゃんと説明するから。まあ、仕事した分の稼ぎはちゃんと確保しなよ?」
そう言い残すと足早に倉庫から出ていく。
もちろん、追いかけるのも手だとは思うが、正直彼らの実力を見た後ではその気は失せる。
後で説明するって言ってたし、信じるしかないか。
「あのさ、あの人たちって神官さんの知り合い」
「うん、一応だけど」
グラントの言葉に答える僕。なんとも間の抜けた会話な気がした。
そして自然と笑いが込み上げてきた。
グラントも笑い始める。マクゲインも最初はこいつら大丈夫かという感じで見ていたが、つられて笑い始めた。
三人とも生きてる。
生きてる事を喜べるって、なんて素晴らしいんだろう。
何が起こるかなんて、本当に分からないものだ。
一仕切り大笑いした後、僕たちは手分けして金目の物を回収した。
クレーンの操作台にいた魔法使いと思われる男は二人の見覚えのある人物だった。
そう、彼らに仕事を依頼した人物。
第三段階呪文を使ってきたことから見て、職能レベル5以上の魔法使いだ。
こいつがボス格かな。などと想像する。
今一つ解ってない彼らにここまでの経緯を説明する。
1、適当な冒険に参加する形で二人組のローグとパーティを組ませる。
2、それなりに信用させたら、このウイザードが依頼を持ちかける。
3、依頼中に事故が起きて、冒険者は帰らぬ人となる。
4、1に戻る。
上手い手だとは思う。冒険者は失踪しても騒ぎにはならないし、それなりの金は持っている。金がなくとも装備はそれなりで売れるはず。
低リスクで結構な儲けが出る訳だ。
問題は背後関係だ。3人組の犯行、とは考えにくい。この仕組みを考えて実行させてる奴がいる。
それが彼らでないとは断言できない。
…いったん信じると決めたのだから、この話はここで置いておこう。
「要は、俺たちはカモられたってこと?」
マクゲインは素直な反応だ。だから僕も素直に
「僕の推測混じり、と言うのが前提ですよ。お二人が何か特別なものをお持ちとかでピンポイントで狙われた可能性あります。
ただ、僕の推測だと…そういう事になりますね」
僕の回答に少し納得の行かない様子のグラントは、突っかかるように問いただしてきた。
「神官さんはいつから気が付いてたんだよ」
「最初にパーティメンバーの挨拶を聞いた時、です。もっとも、この依頼そのものが罠だとは思っても見なかったんですけどね」
少し間を開けてから続ける。
「まあ、不意打ちにならずには済みましたが、結果からすればあまり役には立ててませんね」
少し反省する。もう少しやり様はあったはず。彼らを危ういなんて言ってた僕が一番危うかったのかもしれない。
「そう落ち込むなよ、結果的には神官さんのおかげで、俺たちも生きてるんだしさ」
マクゲインは明るく言ってくれた。こいつはやっぱり良い奴のような気がする。お人よし加減では二人ともたぶん同レベルだけど。
あ、いかんいかん。僕は全く反省していないじゃないか。
そんな話をしながら、魔法使いとプローラの死体から身ぐるみを剥がす。
あんまり聖職者的によろしくないんだよね、こういうの。でも背に腹は代えられない。神様も許してくださってる……たぶん。
「ローブが1枚、レザーアーマーが1着。指輪が4つに、杖が一本。短剣が1本と、短刀2本。あとは宝石と金貨類が合わせて3500枚分」
「換金すればたぶん悪くない額にはなりますね」
「なるほど、冒険者を狙うわけだな」
「当初のお話通り、全部換金で3人割でいいですか?」
「レザーアーマーと短剣は鑑定結果によっては欲しいかも」
マクゲインはいいものだったら使いたい、とのことだ。
「んじゃ、鑑定して、気に入れば売却額分を取り分から差し引く、という事でいいでしょうか」
「ああ、そうしよう」
下着姿の死体は…そのままにしておくことに。シティーガードに報告は…した方が良いと思うけど、レイアさんたちの話を聞いた後で問題ないと思う。
そういうことにして、最後にちゃんと扉を閉めてから倉庫から立ち去った。
嫌な奴だけど、死んでしまったらこの世では裁かれないよね。
そう思い、哀れな死体の冥福を祈る。
心から祈る……気分には正直なれなかった。
僕もまだ修行が足りない。
それを改めて痛感させられた。




