10:呪歌 ≪ガルドル≫
25/02/18 誤字脱字の修正、表現の一部見直しを行いました。
考えても埒が明かないので、とりあえずの方針は決めないと。
というわけで決めた。
今回の情報は街の統治者の誰か(実際のところ港湾管理者一択なのだが)に持ち込むことにする。
そもそも僕一人でなんとかできる相手ではない。だが、放置するわけにはいかない。何らかの対処が必要だ。
奴は結構な大物で、何かしでかすための準備期間は十分にあった。そのうえで今回の事件を起こしているわけだ。
誰かに丸投げで済むならそれが一番。
実験なんかが目的であればそれでいいのだが、何か一連の大きなことをしようとしている気がする。根拠は無いのだが、書類にあったストームポートの地図が、どうも気になる。
であれば街の統治者にタレこむのが最適解である。この街で事件を起こす輩だ、統治者との敵対関係は間違いないだろう。
次に、教会はリスクがある。
奴はもともと教会出身で内情に詳しい。ここにある教会は彼にとって最大の障害になり得るので何らかの手は打っているだろう。内通者は疑うべきだし、監視程度で済めばよいが、ご本人が内部に潜伏している可能性も排除できない。
この場合は一手目で詰むことになる。それは避けたい。
ストームポートには主大陸の3国の領事館が存在する。ストームポートは旧王国の貴族の領土となっていて、その旧王国はもう存在しない。3国とも南の大陸での権益を狙っていて、微妙なバランスがこのストームポートの独立性を維持しているのだ。なので3国のどこかが堕落した司祭と繋がっている可能性は否定できない。
街の統治者と堕落した司祭が繋がっている可能性はゼロではない。だがそれは、この街を踏み台にして世界征服とかって話でないと割が合わないし、それにしてもギャンブルが過ぎる。はずだ。この辺が希望的観測交じりなのは承知しているが、ここに張るのがたぶん正解だと思う。
賭けに負けたら…ごめんなさい。で終わりだ。
周囲で人々が動く気配が多くなってきた。
僕は静かに小屋を出ると、アナスタシア母子の小屋に行き、状態を確認しつつ、エリーの様子を見ていてくれるようにお願いする。
もちろん、彼女の治療は成功して、今は休んでいることを告げる。
次にエリーの小屋から荷物を静かに持ち出して広場に戻る。
行き交う人に挨拶をしたり、祝福の詞を言ったりして聖職者らしいことをしつつ、鎧を装備する。使ったポーションやスクロールを補充したいが、十分な現金が無い。ここは何とか乗り切らないと。
そんなことを考えながら支度を整え終わると、ちょうどサザーランドがやってきた。
「神官さん、おはよう」
「おはようございます、サザーランドさん」
挨拶を交わし、僕は気になっていたことを尋ねる。
「二つほど気になっていたんですが、聞いても良いですか?」
「なんなりと」
「まず一つ目が、報酬にと用意されたお金です。あれはどうされたんですか?」
「ああ、あれですか。あれは、今手元にある俺の全財産だ。大した金額じゃねえのは分かってるよ」
サザーランドは少し照れ臭そうに頭を掻きながら答えてくれた。
なるほど、呟いて僕は続ける。
「二つ目は連日お手伝い頂いて助かっているんですが、お仕事は大丈夫なんですか?それに出航も近いのではないかと思うのですが」
「それなんだが…」
サザーランドはなんだか歯切れが悪い。
「その話もしたいなとは思ってたんだけどさ。俺、船乗りは辞めたんだ」
「え?」
「…シティガードになることにしたんだ。以前からオーガスタ隊長に誘われてたんでね」
「そうなんですか。それは…」
今度は僕の歯切れの悪さに、何かを察したようにサザーランドは続けた。
「いや、金作るためとか、隊長を呼んで来るのにとか、そういうのは一切関係ねえよ。まあ、神官さんの影響がなかった、とは言わねえけど…」
「僕の影響、ですか?」
「何て言うのかな。今まで船乗りを続けてきて、自由を満喫して来た訳だよ。
そんな時に神官さんを見てさ。なんか、誰かの役に立つ仕事ってのも悪くねえなって思ったって言うか…」
「そうでしたか」
僕は笑顔でそう返す。彼にとって<頃合い>だったのだろう。悪いことじゃないと思う。
「で、最後にお聞きしたいのはブットバルデ家との関わり…」
「ジエニア、ああ、ブットバルデの旦那な。付き合いは5年くらいになるかな。
あいつは港湾で働いててさ、気さくな人でね。何度か飲みに行ったりしてるうちに、あいつの自宅に誘ってくれたんだ。
そんでもって、家族とも仲良くなってな。
そういう生き方も悪くないんだって教えてくれたんだよ」
僕はその言葉ですべてを察した。
このままだとエリーは一人になってしまう。だから親代わりとまでは行かないにせよ、見守ることを選択したんだろう。
大した男だと思う。誰かのために自分の人生を変えられるのだから。
エリーの声が届いたのも納得できる。彼はエリーから見て善良で頼りになる存在なんだ。そして多分、エリーもサザーランドも、神に愛されているのだ。
僕の素朴な疑問は晴れた。
「そうですか、ありがとうございます。おかげでスッキリしました。
あ、大変なことを忘れてました。サザーランドさん、エリーですがもう大丈夫です。今は眠っていますが、じきに目を覚ますでしょう」
「ああ、良かった…本当に良かった…」
サザーランドは立ったまま顔を伏せる。本当に喜んでいるのが伝わってくる。
「今日も忙しい一日になりそうです。お願いなのですが、特に何もしなくていいですから、スラムにいてください。
もし何かあれば、オーガスタさん達なり、僕なりに使いを出してください」
「わかった、そうするよ」
そこまで話したところで、奥の方からアナスタシアが走ってきた。
「神官さん、お願い来て」
僕とサザーランドは顔を見合わせて頷いてから、二人して奥へと向かう。
何か見落としがあったか。僕の手に負える状況なら良いのだが…
ブットバルデ家の小屋につき慌てて中に入ると、困惑した大人の女性と、涙目になっている少女が向き合っていた。
「あ、天使様、おばちゃんがね、お父さんとお母さんのことを教えてくれないの。ねえ、お父さんたちはどこ?」
アナスタシアの母親に目で合図して家を出てもらうと
「まず、座ろう。僕も座って良いかな?」
アナスタシアはベッドに座り、僕はその前に椅子を置き座る。
背後に立つサザーランドは、たぶん心痛な面持ちだろう。
その様子を見ていたエリーの表情が少し曇る。
「エリー、君は助けられた。
…でも、君のお父さんとお母さんは助けることができなかった。
ごめん。」
「なんで?お父さんとお母さんは助けてくれないの?どうして?」
彼女の目に涙があふれる。
「神様の使いなんでしょ?神様に助けるようにお願いしてよ」
「それは、できないんだ。少なくとも今の僕にはできないんだ」
「いや、いやいや、嘘だもん、お父さんが…お母さんが…私を置いて行くわけない!私もお父さんたちと一緒に行く!!」
エリーの手が僕のブレストプレートを打ち付ける。何度も、何度も。
彼女は両親が亡くなったことを知ったが理解したくはないのだ。
理不尽に対し怒り、両親がいないことを悲しみ、一人であることを、現実を認めたくないのだ。
だけど、残酷であっても彼女は生きなければならない。
僕はエリーをしっかりと抱きしめた。
エリーは激しく抵抗する。それでも僕は彼女を離さない。離してはいけない。
「エリー、ちゃんと聞いて。そして僕に教えて」
彼女を抑えるのにかなり力が入ってはいるが、それでも、声のトーンを替えないように、静かに優しく響くように努める。
「エリーはお父さんとお母さんが好きかい?」
「…」
「僕は知ってるよ、お父さんとお母さんが、どれくらいエリーを好きなのか」
「…」
「だから願ったんだ。エリーが助かることを、生き延びることを」
エリーの力が抜ける。表情は窺い知れない。でも僕の詞に耳を貸してくれている。
「そして祈りは通じた。サザーランドは君の助けを求める声を聞いたって、僕に君を助けてほしいって伝えに来たんだ。だから君は助かった」
「…」
「お父さんと、お母さんの願いなんだよ。君が生きることが」
堰を切るようにエリーは大きな声で泣きはじめる。子供の泣き声。それも慟哭の叫びだ。
聞いていて胸が苦しくなる。
「エリー、お父さんが好き?」
「…うん……」
「エリー、お母さんが好き?」
「…うん……」
泣き声の合間にエリーは答える。
僕は残酷だ。それでも彼女は生きなければならない。
「エリーの大好きなお父さんとお母さんは、何よりもエリーが助かることを選んだんだ。
泣いても良いし、弱音を吐いても良い」
一呼吸置く。そして続ける。
「でも、諦めちゃだめだ。エリーは幸せにならなければいけないんだ。
自分で努力して、幸せにならないと」
僕は平静に、でもできるだけ優しく、残酷な言葉を紡ぎ続ける。
「エリーはお父さんの分も、お母さんの分も、そしてエリーの分も、3人分幸せにならないといけないんだよ」
彼女の泣き声は幾分小さくなっていた。
悲しみが癒されたわけでも、現実を受け入れた訳でも、ましてや諦めた訳でもない。
文字通り涙が枯れかけているのと、泣きつかれたのと。
そしてこれは僕の希望的観測かもしれないけど、そこに小さな覚悟と決意が生まれかけているのだと思う。
悲しみ、不安、恐怖、絶望。
そんなもので占められた心に、小さな灯が灯されようとしている。
「 父はいずこ 母はいずこ
暖かい巣にその姿なく
頭を上げると 広く澄んだ空
広く青い空がそこにある
さあ今、飛び立とう
母からもらったその翼で
父からもらった勇気をもって
巣立ちの時は今
天空に舞い 力の限りはばたけ
そこには友が待っている
全てを教わったはずだ
翼を連ね 南を目指せ 」
僕はエルフの葬送の曲をベースにして、即席で作った歌詞を載せて歌う。
呪歌だ。勇気鼓舞の効果を込めて彼女の心をひと押しするために歌った。
歌が終わり一瞬の静寂、そして再び激しいエリーの泣き声。
泣き声に含まれる感情が少しだけ変わっている。
僕は確かに感じる。この子に生き続ける小さな覚悟が生まれた。
そして小さな小さな安堵がある。
自分だけ生き残った、そんな罪の意識が、自分は生きなければならないという責任に変わり始めているのだろう。
「お父さんもお母さんも、エリーには見えないかもしれないけど、今も見守ってくれているよ」
「うん」
エリーは小さく答え、暫くしてそのままの眠ったようだ。
聡明で強い子だと思う。
今は眠るのが一番だ。衰弱が完全に回復したわけではないし、何より心の傷には時間が必要だ。
僕はエリーを抱えて、そっとベッドに下ろす。
「サザーランドさん、あなたはここにいてあげてください」
短くそう告げると、僕は小屋を出た。




