9:小さな奇跡 ≪スモールミラクル≫
25/02/18 誤字脱字、および表現の一部修正を行いました。
6回目の1時間。僕は同じルーティンを繰り返し、活動を開始した。
もともと疲れていたし、10分のぶつ切り瞑想ではなかなか疲労感が抜けない。結果、普段の5割増しになってしまった。
止血帯を緩めるのはもっと長い間隔でも構わないのだが、こまめに観察できないことと、タイマーが10分間隔で鳴ることもあり、まあそれでいいかと。
出血量が増えるのは避けたいので、傷口を圧迫止血しつつ血流を確保する。
何度か換えたガーゼを見る限り、大量出血はしていない。助け出すまでの出血量は気になるところだが、おそらくあと数時間は持ちこたえてくれるだろう。
解呪ができなければ回復魔法は効果を持たない。魔法薬を飲ませるのは効果がありそうであったが、在庫がもうない。
それでもこの子の命を助けたいと思う気持ちはあるが、それはやり過ぎではないかとも思う。この子の人生に過保護であってはならない。
ここで助からなければこの子に未来はない。
だが両親を亡くしたこの子は幼くとも一人で生きていかなければならないのだ。
人の命は余りにも安すぎる。これが現実だ。
そして僕もまた、一介の聖職者に過ぎない。
出来る事には限界があり、分を弁えねばならない。
押収した書類の確認を始める。
書類が数点。魔方陣の構成の仕方とか、興味はない。
食料の在庫?はて、あの部屋に食料とか無かったよね?
ああ、二日前に食料が無くなっている記載がある。あの黒マント、断食状態だったか。
こっちは、手紙…内容は。
親愛なるジョセフィーヌへ
私のかねてからの願いは今かなえられようとしている。
雷鳴のような鼓動は
永遠の時を刻む
来世の成就を待つことなく
栄光に日々が訪れる
愛をその時に誓おう
ここで手紙は終わっている。書きかけだな。
ジョセフィーヌってのは女だよなぁ。恋人かそれとも憧れの人とかか。
うん、何かを間もなく達成すると思っていた、ってのは分かった。
次々。。
…地図だな。ストームポートの全体図で、今回魔方陣が作られていた辺りに印が付いている。
見たところそれ以上のものは無いな。
ストームポートの都市の地図ってのは初めて見たな。地図って言ってもざっくりとした街の形くらいしかわからんけど。
ハーバーのサイズ感からするとシティは思ってたよりも街の規模は大きい。1万程度の人口なら結構空き地とかありそうだ。
そんな事を思っていたら10分過ぎた。エリーの様子を確認して、いつも通りの手順をこなす。
次は…これは儀式の手順が書かれている。さっきの魔方陣の書き方の続きか。
一応目を通してみると
正しい儀式の進め方
1.生贄の血で魔方陣を書かなければならない。
1.生贄は無垢なる子供でなければならない。
1.用いた生贄は魔方陣を描く間、生きていなければならない。
1.生贄は複数人であってよい。
1.魔方陣が血で描かれたら速やかにその中央に立ち、以下の言葉を述べねばならない。
〇〇×▽●○××▲…<以下略>
最後の呪文はおおよその意味しか分からないが発音は出来ると思う。あえて伏せておく。
え?気になって仕方ない?仕方ないから概要を教えてあげよう。
「くそったれがくそしてくそくそ。てめーの出る幕なんかないんだよ。地獄の底でてめえの母ちゃんファックして寝てな!」
すまん。これが限界だ。察してくれ。
明らかに忌み言葉の類だし、口にするなど汚らわしい。
次が最後の書類か。手紙、だな。
有能なる我がしもべよ
時は満ちた。今こそかねての計画を実行に移せ。
A
Aってのは差出人の省略サインだな。筆跡鑑定でもすりゃ誰かわかるかもしれない。
あと、確か誰に由来するかを知る類の魔法か奇跡があったような…
それはともかく、これは指令書に他ならないし、有力な証拠…になり得るかもしれない。
書類はこんなところか。
次は日記にかかるべき、だよな。
頭のおかしい奴の日記を読むとか、正直気が進まない。
…
…
…
あ、時間だ、エリーの様子を見ねば。
日記の前から一度逃げる。
エリーの状態は安定。出血は軽微。そんでもって壊疽の兆候もなし、と。
止血帯を絞めてから、固定して。よし。
覚悟を決めて日記に取り掛かった。
10分ごとにエリーの眠る顔を見るの、が何よりの救いだった。僕の天使だ。
夜が白み始めるころにはある程度の内容をつかんだ。もちろん途中何ページも飛ばしたし、斜め読みで正確に把握していない部分もあるけど。
それでもいくつかの重要な内容を拾った。
まず、ジョセフィーヌはどこぞの貴族のお嬢さんらしい。あ、これはどうでも良い話だ。
黒マントの男がかつて我々の教会に属していたこと。
オースティン・ヘイワードと言う名の、その道では有名な司祭の弟子であったこと。
5年ほど前にこっちに渡ってきたときは、すでに教会を除籍していた事。
その後こちらでヘイワードと連絡を取っていた事。
これからは確度の高い推測になるが
古代の邪神の類を崇拝する組織があり、ヘイワードはそこの責任者らしいこと。
黒マントはその邪教集団で邪職者として能力を再獲得していたようだ。
黒マントは並行して魔法使いとしての訓練も行ったようだ。
ちなみに黒マントは使い捨てにされる予定だったのだろう。能力的に見ても、装備から判断しても、僕と同等以下の技量だ。
これは結構ヤバい類の情報だ。
オースティン・ヘイワードは司教目前のある日、突如として虚無の血に鞍替えした、転び聖職者だ。
彼は邪神との再契約の際に、その時まで身に付けていた奇跡の行使を失わなかった。わかりやすい言い方をすると身分保障のスカウトに乗ったのである。
それが別の聖印を用いて儀式を執り行っているとすれば、虚無の血から再び鞍替えした可能性が高い。聖なる血に。手口が似ているのも頷ける。当時よりも高い能力を身に付けているかもしれない。
一番最悪なのは、そんな奴がこの大陸にいるってことだ。
まさに一介の聖職者に何とかできる話じゃない。
どうしよう。これは本当にマズい事に関わってしまった。
と、とにかく。冷静にナレ。ボク。
10分のタイマーがチーンと音を立てる。
とりあえずだ。
エリーの様子見なきゃ。
天使が幾分僕の冷静さを取り戻してくれた。
朝までのひと時、知らない人が見たら、僕の気が狂ってしまったと思われても仕方ないような醜態を僕はさらし続けた。
一人で天を仰いだり、机に頭をぶつけたり。狭い小屋の中を歩き回ったり。
まず奇行の類は一通りやったに違いない。自覚はあまりないけども。
そして10分のベルが鳴るたびに、にこにこしながらエリーの手当てを続ける。
陽が昇り始める時間になって、本当にここにいるのが一人で良かったと、喜びを噛み締めた。
ここからは博打を打たねばならない。
出血は最小限度で来たが、祈りを捧げる間は手当ては出来ない。
なので、最初に止血帯を緩めるか、締めるかを決めねばならない。
祈りを捧げるおよそ1時間、壊疽に至らない可能性もあるし、最悪でも死に至ることは無い。だが出血させ続けたら、出血により死に至る危険性がある。
結論は…止血帯はこの間締めたままにする。
覚悟を決めて祈りを捧げる。焦りを感じれば当然無心にはなれない。だから無心なんてこの際どうでも良い。僕は聖人じゃないんだ。
僕はエリーを救いたい。エゴと言われても良い。ただ神に祈る。
この子を救いたいから力を貸してほしい。この子を救うのに必要な奇跡をお与えください。
月の女神が微笑みかけてくれた気がした。
声が聞こえた気がした。
…信じることを精一杯おやりなさい、と。
意識が一気に拡大する感覚。神の奇跡に至る経路が自分の中にしみ込んでいく。
僕は普段よりも早く、祈りの時間を終えた。
神がささやかな、でもとても貴重な奇跡を与えてくださったのだ。
エリーの止血帯を完全に緩めると、エリーの眠るベッドの脇に跪く。
両手を組み頭を垂れてから、エリーの体の上にデミムアのしるしを描き、そして呟いた。
「解呪」
効果を確認しながら続けてシンボルを描く。
「軽度の治療」
傷口の包帯を取り、傷が完全に消えていることを確認した。
これでもう大丈夫だ。自然と笑みがこぼれる。
貧血状態は完全には回復していないようではあるが、さっきまでに比べると驚くほど顔色も良い。
少ししたら目を覚ますかな。
そう思って椅子に腰かけ窓の外に目をやる。
洞窟の入り口付近から強烈な光が差し込んできている。ああ、そっか、この洞窟は東寄りに向いてるんだっけ。
そんなことを思っていると不意に声がした。
「あなたは誰?天使さま?」
光を浴びるエルフの顔、たぶん見たことが無かったんだろうな。
僕は再び彼女のベッドの横に跪き、笑顔で言った。
「僕は天使じゃないけど、神様の使いの者だよ。もう少し眠りなさい」
彼女は「うん」と小さくうなずいて、すぐに眠りについた。
うん、今はまだ休むべき時だ。
僕はもう一度祈った。
…この子が過酷な現実に打ち勝てますように。




