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哀川さんは都合のいい女になりたい  作者: 永菜葉一


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第9話 新ヒロインが現れたら哀川さんは……

 哀川(あいかわ)さんに(つつ)かれた鼻先が熱い。

 もう顔から火が出そうだ。


 そんななか、そろそろ帰ろうかという話になり、俺たちは南校舎の階段を降り始めた。


「明日から話す時はここに集まろっか? 別々に教室を出て、踊り場のところで待ち合わせするの。ね、よくない?」


 哀川さんは何やらご機嫌である。

 階段を降りる足取りは軽く、なんなら鼻歌でも歌い出しそうだ。


 しかしこっちは混乱しっ放し。

 とてもじゃないが、まともに顔を見られない。


「ねえ、ハルキ君ってば」

「ごめんなさい。ちょっと黙ってて下さい」

「えー」


 哀川さんはこれ見よがしに不満げな顔をするけれど、楽しそうな雰囲気が滲み出ている。


 よし、無視しよう。こっちだって朝にフル無視されたんだから、これぐらい許されてしかるべきだ、うん。


 とにかく今は状況を整理したい。


 誠に恐縮ながら哀川さんは俺のことを『好きになっちゃうかもしれない』らしい。

 

 でも俺の方からは『好きになっちゃダメ』だという。


 そのくせ哀川さんは俺に見せようとオシャレをしてきたり、良い雰囲気で鼻をツンとしたり、強火でアプローチしてくる。


 いや、うん。

 ね、本当。

 マジで、マジで。


 本当にワケが分からないんだけど……!!


「おー、青少年が悩んでる」


 無言で頭を抱える俺を見て、哀川さんが無駄に拍手をしてくる。


「ハルキ君、ハルキ君。何か悩み事があるなら聞こっか? あたし、相談に乗るよ?」

「こンの人は……っ」


 本当、誰のせいだと思ってるんだろう。


 いや哀川さんは理解している。

 おそらく今の俺の精神状態なんて手に取るように理解してるはずだ。


 その上でこうしてからかってくるんだから、本当にもう……。


 いや、いい。

 とりあえず一旦、考えるのをやめよう。


 哀川さんにからかわれながら悩むのは、きっと血圧に良くない。


「なんで俺、この年で血圧の心配なんてしてるんだろう……」

「ハルキ君、高血圧? もう、カップ麺ばっかり食べてるから」


「はいはい、気をつけます」

「あ、話投げたー」

「投げもするよ、もう」


 階段を降りきって、南校舎の四階廊下に出た。

 

 まあ、哀川さんが元気なら何よりだ。

 朝、ホームルーム前に席にいなかった時は、何かあったのかと心配だったし。


「一応、確認だけど、お母さんとは大丈夫だった?」

「ウチの母親?」


「うん、ほら家出した娘が……」

「朝帰りしたから?」

「言い方!」


 ツッコみつつ、廊下を歩きだす。

 哀川さんは思ったよりあっけらかんとしていた。


「別に何も。というか、会わなかったから。母親は寝室から出てこなかったし、あたしが家にいなかったのも気づかなかったんじゃない? 相手の男は朝にはもういなかったし、とくに何事もなかったわ」


「だったらいいけど」

「心配してくれた?」


「そりゃするよ。朝、席にいなかった時は正直、気が気じゃなかった」

「え、ああ……そっか」


 哀川さんはハッとすると、黒髪の毛先をいじりながら申し訳なさそうな顔になった。


「……ごめんなさい。ハルキ君にメイクしたとこ見せたいと思って……心配かけちゃうかも、ってところまで考えてなかった。……反省する」


「いいよ。哀川さんが元気ならそれでいい」

「…………」


 なぜか無言。

 そしてなぜか俺の横顔を見つめてくる。


「哀川さん?」

「ハルキ君って……」


 まじまじと顔を見て、噛み締めるように言われた。


「……やっぱりパパみあるよね?」

「だからやめてって、それ!」


「えー、いいじゃない? パパー、お買い物いこー?」

「やめてやめて! そんな年じゃないし、あと哀川さんが言うとなんか怖い!」


 と、そんなふうに騒いでいたら、突然、背後から足音が聞こえた。

 パタパタと蝶の羽ばたきみたいな軽快な音。

 同時に声を掛けられる。


「あー、こんなところにいたー!」


 親しみのこもった声だったので、一瞬、幼馴染の夏恋(かれん)かと思った。

 でも声色ですぐに違うと理解する。


 この声は――。


春木(はるき)先輩っ、やっと見つけましたよ!」


 振り向くと駆けてきていたのは、予想通りの子だった。


 1年生の小桜(こざくら)さん。

 フルネームは小桜ゆに。


 ツインテールの小柄な女の子で、ふわふわしたお菓子みたいな雰囲気をしている。


 制服を改良するのが趣味で、ケープを羽織ったり、あちこちにリボンやフリルを足していて、正直もはや原型がない。


 トレードマークは肩から斜めに下げたポシェット。高校生としてはやや子供っぽいものの、小桜さんの雰囲気にはよく似合っていた。


 そんな小桜さんが一直線に向かってくる。


「つっかまーえた!」

「おっと」


 まるで妹か何かのように、思いっきり抱き着いてきた。避けるわけにもいかないので、俺も普通に受け止めてしまう。


「もう逃げられませんよ、春木先輩っ」


 密着すると、小桜さんの身長は俺の胸ぐらいの高さしかない。

 上目遣いでニコッと微笑まれ、俺はなんとも言えずに頭をかいた。


「ええと、小桜さん? 男子相手にこういう思わせぶりな態度はダメだよ。……って、いつも言ってるよね?」


「だったら春木先輩もわたしのことは親しげに『ゆにたん♪』って呼んで下さい。っていつも言ってますよね?」


 ああ言えばこう言う。

 一筋縄ではいかない後輩だ。


「それにわたしが『ぱたぱた走り』からの『大好きハグ』をするのは春木先輩だけです。だからなんの問題もありません。法廷で争ってもいいです」


「うん、こんなことで裁判沙汰はやめようね。誰の得にもならないからね」

「わかりました。じゃあ、これで和解成立ですね。やったー、いつでも春木先輩にハグできる権利を得ました!」


「得てない得てない。とりあえず離れて。万が一、こんなところを夏恋に見られたら、どうなるか……たたでさえ『ゆにに手を出したら極刑よ!』って宣言されてるんだから」


 俺の幼馴染は裁判すらしてくれない、圧倒的な独裁元首なのである。


 とりあえず優しく肩を押して小桜さんを離れさせた。


「むしろ夏恋先輩に見つかればいいと思ってやってるんですけどね……ふう、まあいいです。今日はこのくらいで許してあげます」


 なんか怖いことを言いつつ、小桜さんは諦めて離れてくれた。


 はあ、と肩を落とし、俺はふと気づいた。

 隣にいたはずの哀川さんがいない。


 ……ああ、先に帰ったのかな。


 哀川さんは俺との関係を隠そうとしている。まあ、具体的にどういう関係かはなんとも言えないところだけど、教室で挨拶をスルーするぐらいだし、小桜さんが俺の知り合いと気づいた時点で帰ったのかもしれない。


 そう思ったのだけれど。


「ハルキ君?」

「おうわっ!?」


 いきなり背後から低い声で話しかけられた。

 驚いて振り向くと、哀川さんが腕組みで真後ろに立っている。


 え、なんか怖い……。


「あ、哀川さん? てっきり先に帰ったんだと……」

「そうしようと思ったけど、背中越しにキャッキャした楽しそうな声が聞こえてきたから戻ってきたの」


 なんだろう。

 目の錯覚かな?

 

 哀川さんの瞳からどんどんハイライトが消えてってるように見えるんだけど……。


「ねえ、ハルキ君」


 重々しい口調で俺を呼び、哀川さんは目の前で子犬のように「?」となっている小桜さんを見据えた。


 そして恐るべき言葉を言い放つ。


「誰? この泥棒猫みたいな子」


 昼ドラでしか聞いたことないようなセリフ!

 え、なに怖い……!

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