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哀川さんは都合のいい女になりたい  作者: 永菜葉一


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第52話 デートの待ち合わせでイチャイチャ

 一週間があっと言う間に過ぎ、休日になった。

 

 俺は今、駅近くの繁華街にいる。

 背中側には待ち合わせによく使われる、モニュメント。


 今日は哀川(あいかわ)さんとのデートの日だ。


 スマホで時計をチラリと確認。

 現在、待ち合わせの10分前。


「哀川さんのことだから、まだ来ないかな」


 以前の3人デートの時は、余裕たっぷりにほぼ時間ちょうどのご登場だった。


 なのでまだ来ないだろうと思っていたのだけど……。


「お、お待たせ、ハルキ君。……待った?」


 予想外に背後から声を掛けられた。


 もちろん哀川さんの声だ。

 

「や、ぜんぜん。俺も今来たとこだ……よっ!?」


 お約束のようなセリフを言いながら振り向き、直後に俺は言葉を失った。


 哀川さんの服装が……想像とまったく違ったから。


 以前のデートでは肩出しのニットに、おへそが見えるタイトなパンツという刺激的な格好だった。


 だから今回も無意識にそういう哀川さんを想像していた。

 だけど、今目の前にいる哀川さんは、


「な、なに? 今日のあたし……なんか変?」

「い、いえ、まったくそのようなことは……っ」


 思わず変な敬語になってしまった。


 今日の哀川さん、清楚な白のワンピース姿だった。


 肩に羽織ったカーディガンが涼しげで、キュッと締まった細い腰には緩くベルトが巻かれている。


 イヤーカフはつけておらず、ピアスは小さいものが一つだけ。あとは手持ちの小さな鞄を持っている。


 もちろん指先だけは春色に染まっていた。


 なんていうか、すごく良い……。

 いつもの刺激的な格好とは真逆で、ギャップにクラクラしてしまう。


「えっと、その……すごく、すごく……」


 褒めようと口を開いたのに、しどろもどろになってしまった。


 でもこれじゃいけない、と俺は気合いを入れて語り掛ける。


「……似合ってる。すごく綺麗……です」

「良かった」


 ふわっ、と哀川さんの顔に笑みが広がった。

 小さな鞄を振って歩きながら、嬉しそうにそばに来てくれる。


「ハルキ君、こういうのも好きだって聞いたから」

「え、聞いた? 誰に?」


唯花(ゆいか)さんよ。こないだばったり会ったから聞いておいたの」

「あー」


 唯花さんというのは、上の階の奏太(そうた)さんの彼女さんだ。


 最近は俺がバイトの時とかに、哀川さんに鍵を渡して先に部屋にいってもらったりしているから、そういう時にばったり会ったのだろう。


 言われてみると、以前に奏太さんと『女子のどんな格好が好きか?』みたいな話をした気がする。


 奏太さんからは『唯花が高校生の時の制服』って発言が飛び出してきて若干引いたのだけど、俺の方は『たとえば……清楚な白のワンピースとか?』と答えた記憶がある。


 たぶんその情報が奏太さんから唯花さんに流れて、今回、哀川さんの耳に入ったのだろう。


 うん、まあ是非もない。


 白のワンピースが嫌いな男子なんていない。

 第二の僧正(そうじょう)近藤(こんどう)も以前にそう言っていたし、これは確実だ。


「でも意外かも……哀川さん、そういう女の子っぽ過ぎる格好は好きじゃないのかと思ってた」


「別に嫌いじゃないわよ? それに嫌いでも、ハルキ君の好みなら着てあげるし」

「あ、ありがと」


 当たり前みたいに言われて、ちょっと照れてしまう。

 でも哀川さんの言葉には続きがあった。


「それにハルキ君がこういうワンピースが好きっていうなら、あたしで上書きしておきたかったし」


「上書き?」


 なんのこと?

 と首をかしげる。


 すると哀川さんはちょっと拗ねたように唇を尖らせた。


「だって、君の最初の奥さんも……こういう格好してたじゃない? だからあんなに簡単に結婚したのかな……って」


「へ? 奥さん? 結婚? い、一体なんのこと?」


 当然ながら俺は結婚なんてしたことない。

 

 哀川さんの発言は完全に意味不明だった。


 それに奏太さんには白のワンピースがいいと言いはしたけど、実際に誰かが着ているところを見たことなんて…………あっ。


 一人だけいた。


 それにあの時は哀川さんも一緒だった。


「もしかして……美晴(みはる)ちゃん?」


 哀川さんの妹、美晴ちゃん。

 

 北海道で会った時、あの子は白のワンピースを着ていた。

 それにおままごとで俺がお婿さん役もやった。


 ぱちくりと目を瞬きながらの俺の問いかけに、哀川さんは拗ねた顔のままうなづく。


「……そうだけど?」

「そうなんだ……」


「悪い?」

「いや悪くはないけれども」


 そうか。

 美晴ちゃんか。

 なるほどぉ……。


 思わず、口の端がピクピクしてしまう。


 すると、すかさず哀川さんが目を剥いた。


「ちょっと! なにニヤニヤしてるのっ?」

「いやだって……」


 ダメだ。

 もうニヤニヤを抑えられない。


「哀川さん、あんな小さな美晴ちゃんにヤキモチ妬いちゃったってことでしょ?」

「な……っ」


 確かに北海道でおままごとをした時も目がブラックホールになっていた。


 でもまさかこっちに帰ってきてからもヤキモチが続いていて、唯花さんのアドバイスがあった上とはいえ、わざわざワンピースまで着てきてくれるなんて。


「それってなんかすごく可愛いな、って」

「~~~~っ」


 哀川さんの頬がかぁーっと赤くなっていく。


 そしてまるで裸でも見られたかのように、恥ずかしそうにワンピースの体を隠して後ろを向いてしまった。


 見れば、耳まで赤くなっている。

 可愛い。

 なんだか……いじわるをしたくなってしまう。


「どうして隠すの?」

「……見ないで」


「え、なんで? 見たいよ。せっかく着てきてくれたのに」

「……やだ。見ちゃダメ」


「もしかして、妹の美晴ちゃんにヤキモチ妬いてたのが今になって恥ずかしくなっちゃった?」


「……もうっ!」


 俺のニヤニヤ尋問に耐えられなったらしく、哀川さんは感情を爆発させるみたいに体を起こした。


 そして真っ赤な顔で逆ギレ開始。


「そうよ、そう! 相手が実の妹でも、小さな子供でも、ちょっとでも君の琴線に触れたのかもって思ったらヤキモチ妬いちゃうの! なんかモヤモヤして居ても立ってもいられなくなっちゃうの! 悪い!? ごめんね! こんなダメなお姉ちゃんでごめんね!」


 すごい。

 謝ってるのにぜんぜん謝ってる感がない。


 しかも最後の『ごめんね』が美晴ちゃん向けな辺り、俺に謝られても……感が半端じゃない。


 そんな哀川さんが可愛すぎて、俺のニヤニヤも天元突破してしまいそうだ。


 だけどこれ以上困らせるのはさすがに申し訳ないので、俺は咳払いをして気持ちを切り替える。


 しかしいざ謝ろうとしたところで、


「……着替えてくる」

「えっ」

「家に帰って着替えてくる!」


 哀川さんが背を向けて駆け出そうとしてしまう。


 これはいけない、と思い、すかさず彼女の手首を掴んで止めた。


「あ……っ」

「そのままでいてよ」


 優しく引っ張って、後ろ向きに倒れかけた彼女を抱き留める。


 黒髪からふわりとリンスの香り。


 それに鼓動を速めつつ、俺は哀川さんの耳元へ囁く。


「着替えたりしないで、そのままでいてよ。今の哀川さん、すっごく可愛いから。だからそのままでいてほしい」


「……っ。で、でも……」


 哀川さんは頬を染め、視線をさ迷わせる。

 でも、と言いつつ、嫌がってない反応だった。


 だから俺はさらに言葉を続ける。


「美晴ちゃんのワンピース姿が俺の琴線に触れたことなんてないよ。誰だっていいわけじゃないもの。俺の琴線に触れたのは、ひとりだけ」


 内緒話のように耳元で囁く。


「君だけだ。哀川さんのワンピース姿、すごく可愛い。だから帰ったりしないで。そのままでいてよ」


「~~~~っ」


 真っ赤になったまま、哀川さんはぷるぷると震えていた。


 そしておずおずと手を伸ばすと、肩を抱いた俺の手に触れて、いっそ従順なくらい素直にうなづいてくれる。


「……ん、わかった。君がそう言うなら……帰らない。このままでいる」


 その返事が嬉しくて、思わず笑みが広がる。


「ありがとっ」


 哀川さんは俺の笑みを間近で見て、照れたようにつぶやく。


「う、嬉しそうにし過ぎ。……ばか」


 良かった。

 これで一安心だ。


 せっかく俺のために着てきてくれたのに、着替えに帰ったりなんてさせられない。


 それに俺自身が哀川さんのワンピース姿を見ていたいし。


 さて、それじゃあデートの開始だ……と思ったところで、俺は――いや俺と哀川さんはやっと気づいた。


 バックハグで耳元囁きなんてしている俺たちを、まわりの人たちが熱に浮かされたような、ぽー……っとした表情で見ていることに。


「あの子たち、街中ですっごいイチャイチャしてる……」

「すごいな、最近の若者は……羨ましい」

「あー、なんか彼氏に会いたくなってきたぁ……っ」


「「……っ」」


 我に返って、冷や汗が噴き出た。


 ま、街中でなんてことしてるんだ、俺たちーっ!


 猛烈に恥ずかしくなった。

 大焦りで哀川さんと目を合わせる。


「じゃ、じゃあ行こうか!」

「そ、そうね。行きましょう。今すぐに!」


 逃げるようにその場から駆け出す。

 こうして、慌ただしく俺と哀川さんのデートが始まった。



次回更新:土曜日

次話タイトル『第53話 水族館でもイチャイチャ』

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