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哀川さんは都合のいい女になりたい  作者: 永菜葉一


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第48話 ゆにちゃん、先輩の旅行に気づいてしまう(ゆに視点)

 週末になって、今日は土曜日。


 わたしは可愛くラッピングした紙袋を抱えて歩いている。


 洋服にも気合いを入れて、着ているのはフリルいっぱいのワンピース。


 自慢のツインテ―ルにはリボンを結んで、トレードマークの春色ポシェットはもちろん今日は靴もピンクにしてみた。


 そうして向かっているのは、春木(はるき)先輩が住んでるアパート。


「来るのは久しぶりですね……」


 まだ新築のようにきれいな二階建てアパートを見上げ、わたしはつぶやいた。


 ちなみに一人で来るのは初めて。

 夏恋(かれん)先輩の後ろにくっついて、何度か春木先輩を迎えに来たことはある。


 でも一人だと上手い口実を作れなくて、いつも夏恋先輩のオマケみたいな形で訪問することしか出来なかった。


 それに春木先輩の部屋に入れてもらったこともない。


 だいたいが手芸部の買い出しの迎えばかりだったから当然と言えば当然なのだけど……。


「……でも、それも今日までです」


 わたしは今日、一気に大攻勢に打って出る。

 

 紙袋の中身は手芸部で編んだ、サマーセーター。


 これをサプライズで受け取ってもらい、さらにはお部屋に上がり込んでお昼御飯とか作ったりして、さらにさらに……いけるとこまでいく!


 もちろんサプライズなので春木先輩には事前の連絡とかはしていない。


 むしろ連絡をしたら(てい)よく断られてしまうだろうから。


 だからこその一気呵成!


「ファイトです、わたし! よーし、いきますよ……っ」


 スカートを翻し、アパートの敷地へ入っていく。


 わたしがこうして攻めに転じた理由は、もちろん哀川(あいかわ)先輩。


 数日前、哀川先輩は夏恋先輩と対峙して……敗北した。


 もう立てない。

 ゆにちゃんと一緒には戦えない。


 そう言っていた。

 申し訳ないとは思っている。


 その直接対決の青写真を裏で描いたのは、わたしだから。


 でも踏み止まってはいられない。哀川先輩以上のポテンシャルを持った同盟相手はおそらくもう現れない。


 だったらもう攻めるしかない。

 雌伏の時は終わった。

 わたしは今日、勝利を取りにいく。


 ピンポーン……。


 玄関のチャイムを鳴らした。

 でも、春木先輩は一向に出て来ない。


「あれ?」


 二度、三度とチャイムを鳴らしてみた。

 でもやっぱり出て来ない。


「留守……ですか?」


 予想外だった。

 事前に調べたけど、今日はアルバイトのシフトも入ってないはず。


 夏恋先輩もおウチで宿題するって言っていたから、連れ出されている可能性もない。


 無趣味な春木先輩が外出してるなんて想定外だった……。


「えっと、他に考えられる可能性としては……スーパーにお買い物とか?」


 とにかく少し待ってみよう。

 そう結論付けた矢先のことだった。


 突然、背後から声を掛けられた。


音也(おとや)なら出掛けてるぞ?」


 振り返ると、ちょっと目つきが悪めだけど、優しそうな雰囲気の大学生が立っていた。


 アパートの駐車場から来たらしく、ハンドルを握ってバイクを押している。


「あ……こんちにはです。三上(みかみ)先輩」


 わたしはペコリとお辞儀をする。


 三上奏太(そうた)先輩。

 わたしたちの学校のOBで、春木先輩のご近所さん。


 直接話したことは数えるほどしかないけど、夏恋先輩と一緒の時にあいさつはしているし、春木先輩からも話は色々聞いている。


 わたしが頭を下げると、三上先輩は気さくな笑顔で笑った。


「おう、久しぶりだな、小桜(こざくら)ちゃん。音也に用事だったのか?」


「あ、はい。でもお出掛け中とは思いませんでした。春木先輩、どこに行ったか分かりますか?」


「ああ、音也だったらほ……」


 自然に答えてくれようとしていた三上先輩の言葉がふいに止まった。


 なんだろう、とわたしは首をかしげる。


「ほ?」


「ああ、いや……ほ、ほ、ほ……ホーリー・コッシ先生の『ぼくのスーパーアカデミア』って漫画が好きなんだ、俺! スーパーメンたちが超カッコ良いんだぜ! とくに『わん・ふぉー・おーる』って異能のネーミングセンスが最高だよな!」


「はあ……」


 親指を立てて良い顔で言われ、わたしはさらに首をかしげる。


 その漫画ならわたしも読んだことがある。

 あるけれど、意味が分からない。

 どういうことなんだろう?


 さっきの口ぶりからすると、三上先輩は春木先輩の行き先を知っているように思える。


 なのにそれを誤魔化す理由なんて、三上先輩には……。


 と思っていた、次の瞬間、わたしは気づいた。


 ――三上先輩の視線がわたしの紙袋に注がれていることに。


 明らかにプレゼントだと分かる、きれいに包装されたパッケージ。


 事前に連絡もせず、サプライズで部屋にやってきた、わたし。


 その二つだけで三上先輩はわたしの春木先輩に対する気持ちに気づいたらしい。


 この人はきっと春木先輩のような鈍感じゃない。


 そんな三上先輩が春木先輩の行き先を濁したということは――。


「……っ」


 ゾクッと背筋に寒気が走った。

 きっとこれは女の勘。


「女の子と一緒ですか?」

「な……っ」


「春木先輩は女の子と一緒ですか?」

「や、その……」


「しかもご近所さんにあらかじめ言っているということは……まさか遠出?」

「…………」


 わたしの矢継ぎ早の質問に三上先輩は沈黙した。


 そのまま申し訳なさそうに頭をかく。


「……すまん。俺の口からは何も言えん」

「わかりました。失礼します」


 短く言ってきびすを返した。

 たぶん三上先輩にこれ以上聞いても答えは返ってこない。


 だったら……っ。


 わたしはアパートの敷地を出て、電信柱の影でスマホを取り出す。


 掛ける先は、夏恋先輩。

 春木先輩は今も夏恋先輩のことをただの幼馴染だと思っている。


 女の子と一緒だとしても、遠出するなら普通に報告しているはず。


「『もしもし、ゆに?』」

「夏恋先輩、聞きたいことがあります! 春木先輩は今――」


 そうしてもたらされたのは、青天の霹靂のような言葉。


「音也なら……哀川さんと北海道に行ってるわよ」

「――っ!?」


 ガツンと殴られたような衝撃だった。


 スマホからはまだ夏恋先輩の声が響いているけれど、わたしは無言で通話を切る。


 空は青々と晴れ渡っていた。

 7月の陽射しがアスファルトに照り付けている。

 子供たちの遊び声がどこか遠くで聞こえた。


「ああ……」


 吐息ともため息ともつかない声がこぼれた。


「出し抜かれちゃった……」


 哀川先輩は負けてなんてなかった。

 負けたフリをして、わたしの裏をかいたのだ。


 いっそ清々しいくらい、見事な戦術だった。


「本当最近、策が上手くいかない……」


 スマホ越しの夏恋先輩の声は、少し言いづらそうだった。


 わたしの気持ちを知っているから、2人が旅行にいっているなんて言うのは、さすがに気が引けたのだろう。


 でもそれは『自分は安全圏にいる』と思っている人の思考だ。


 たとえ音也が誰と付き合おうと、最後は自分のところに戻ってくる――夏恋先輩は常にそう考えている。


 でも夏恋先輩は分かってない。


 まるでわたしだけが敗北したと思っているのだろうけど……今、夏恋先輩もまた決定的に負けたのだ。


 哀川先輩という、彗星の如く現れた未曽有の強敵に。


 春木先輩のことだからこの北海道行きはただの旅行じゃない。きっと哀川先輩に何かのトラブルがあって、それを解決しにいったのだろう。


 でも春木先輩は身の丈を常に自覚している。


 誰かを助けるためにこんな遠出が必要になったとしたら、まずは絶対に夏恋先輩に相談する。その過程でわたしの耳にも自然に入ってくる。


 今まではそうだった。

 ただの一度も例外なんてなかった。


 だけど……おそらく今回の件に夏恋先輩はタッチしていない。ただ『哀川さんと北海道に行ってくるから』と報告を受けただけだろう。


 それが意味することは一つ。


 春木先輩は――自分ひとりの力で哀川先輩を助けることを選んだ。


 決定的だ。

 春木先輩はもう……わたしたちの知っている、春木先輩じゃない。


 あの人は、哀川先輩のものになってしまった。


「セーター……せっかく編んだのに無駄になっちゃいました……」


 手から力が抜けて、紙袋が滑り落ちた。

 アスファルトの地面に当たって、紙袋がクシャッと音を立てる――と思った刹那。


「よっ……と」


 横から伸びた手が紙袋をキャッチした。


 三上先輩だった。

 

 目つきの悪いその人は、しかし優しそうな雰囲気で紙袋をわたしに返す。


「えーと、だな……」


 頭をかいて、なんとも言いづらそうな表情。


 どうやらわたしの雰囲気で色々と察したらしい。

 どんな励ましも意味がない、と分かっている顔だった。


 だからだろうか。

 三上先輩は唐突なことを言った。


「ウチの彼女が今、昼飯作ってるんだ」

「…………」


「焼きそばなんだけど、ビーフンの麺をちょっと混ぜて、隠し味にカレー粉も使ってる。これがすげえ美味くてさ。一緒に食わないか?」


「…………」


「もちろん無理にとは言わないが……作り過ぎてるみたいなんだ。なんていうか、音也がその『カレーの呼吸・伍の型・焼きそば&ビーフン合体すぺしゃる』を好きでさ。あ、このネーミングは彼女発な? 俺のセンスじゃないぞ?」


「…………」


「よく音也にもおすそ分けしてやってるんだよ。でもあいつ今、北海道だろ? 俺が2人前食べることになるから、ちょっとバイクで近所をまわって腹を空かせておくかと思ったんだが……もう完成しちゃったみたいでさ」


「…………」


「だから一緒に食べてくれると助かる」


 三上先輩はちょっと悪い顔をして提案してくる。


「音也の好物、俺たちで食っちまおうぜ。帰ってきたらきっと悔しがるぞ、あいつ」


 それは少しでもわたしを元気づけようとする言葉だった。


 春木先輩にちょっとイジワルをしてやろうという、ちょうどいい温度の、気の利いた提案。


 それを聞いて、ふと思い出した。


 春木先輩がこの人のことを『奏太さん』と名前で呼んでいることを。


 人に距離を詰めさせず、夏恋先輩以外を名前で呼ばない、春木先輩。


 その例外中の例外が……この三上先輩だった。


 ――以前に聞いたことがある。


 春木先輩がアパートに引っ越してきた頃、親戚たちが突撃してきたことがあったらしい。


 あいにく夏恋先輩の一家は遠出していて、春木先輩が精神的に追い詰められた時、この三上先輩が間に入って助けてくれたそうだ。


 その後も三上先輩は意気消沈している春木先輩をバイクの後ろに乗せ、気晴らしにツーリングに連れていってくれた。


 その時の経験が原動力になって、春木先輩はアルバイト代をヒヨコの貯金箱に貯め、三上先輩と同じように免許を取ってバイクを買おうとしている。


 この人は、春木先輩の心の奥深くに入り込むことが出来た人。

 

 どうやったら、わたしも哀川先輩や三上先輩のようになれたんだろう。


 ……考えていたら、なんだかすごく腹が立ってきた。


 だから小さな声で返事をする。


「……食べます、お昼御飯」

「おお! よしよし、来い来い」


「三上先輩の分も食べます」

「俺のも!?」


「三上先輩の分も春木先輩の分もわたしが食べます! こうなったらヤケ食いです。わたしを落ち込ませる人の焼きそばは、この世に一欠片だって残らないくらい食べ尽くしてやります!」


 三上先輩の「いやいやいや……!」と困り果てた声を置いて、わたしは足音高くアパートへと戻っていく。


 もちろんこれは空元気(からげんき)だ。


 それでも泣かずに済んだ。


 空元気を発揮させてくれた三上先輩に内心で感謝しつつ、わたしは思考に集中する。


 泣くのはあとでいい。

 傷つくのもあとでいい。


 ……北海道から帰ってきたら、きっと春木先輩はわたしに話をしにくる。


 その時、無様に泣き崩れるような姿は見せたくない。

 意地でも見せたくない。


 だったら、どんな覚悟で向き合えばいいだろう?


 今にも壊れそうな心を抱えて。

 わたしは自分の恋の終わりに向かっていく――。



次回更新:木曜日

次話タイトル『第49話 哀川さん、レベルを上げ過ぎちゃって無双ゲー』

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