第47話 今夜、どこに泊まるの?(※15禁注意)
――あたしは君が好き。
街よりも少しだけ月に近い高台で、その声は夜空に高く響いていった。
告白された。
哀川さんに告白された。
いつかの朝帰りのような『好きになっちゃうかも』じゃない。
はっきりと『好き』だと言ってもらえた。
ヤバい。
嬉しい。
顔が一気に熱くなっていく。
見れば、哀川さんも真っ赤になっていた。
俺はそんな彼女の両肩を掴む。
「あ、哀川さん!! 俺も――」
「ストップ!!」
「ふへぇ!?」
返事をしようとした瞬間、相変わらず真っ赤な哀川さんに両手で口を塞がれてしまった。
「あ、危なかったわ。危機一髪ってこのことね……っ」
どういうこと!?
と叫ぼうとしたが、口を塞がれているので「ふがふがっ!?」としか言えなかった。
すると哀川さんは俺の口を封じたまま、頬に焦ったような汗を浮かべて言う。
「いい? 返事はしちゃダメよ?」
「ふぁ、ふぁんで?」
訳:な、なんで?
「だってハルキ君、まだ言う気じゃなかったでしょ……?」
「ほ、ほふう……」
訳:む、むう……。
その通りだった。
俺だって哀川さんに『好き』だと叫びたいし、『将来を見据えた上で付き合って下さい』と交際を申し込みたい。
でもその前に……筋を通さなきゃいけない人がいる。
ゆにちゃんだ。
彼女にきちんと俺の気持ちを伝えてからでないと、哀川さんに告白するべきではないと思う。
哀川さんはそうした俺の考えも汲み取ってくれていたらしい。
「今のは、その……ごめんなさい。あたし、我慢できなくなっちゃって……思わずフライングしちゃった。だから今のは聞かなかったことに……」
「聞かなかったことには……出来そうにないよ。嬉し過ぎて」
俺は優しく手首を掴んで彼女の手を離させ、自由になった口で言った。
哀川さんは恥ずかしそうに、そして困ったように視線をさ迷わせる。
「……ん。まあ、そう……よね」
「……うん」
すごく気恥ずかしい空気だった。
お互いにちょっとモジモジしてしまい、視線も合わせられない。
そんななか、哀川さんが身じろぎしながら口を開く。
「じゃあ……えっと、一度、保留」
「保留?」
「そう、保留にして」
なるほど、保留か。
哀川さんは自分の髪の毛先を手いじりしながら続ける。
「あたしが言ったこと、聞かなかったことにしなくてもいいけど……でも返事をするのはナシね?」
「ダメなの?」
「ダメ」
だって、と頬を赤らめて、落ち着かなげに黒髪を耳に掛ける、哀川さん。
「今のはフライングしちゃったあたしが悪いけど……やっぱり、自分から言うよりはハルキ君から言って欲しいし……」
「……あ」
それはそうだ。
付き合うにしたって、俺から告白するべきだし、そうしたい。
そういう意味で哀川さんの『保留案』は俺にとってもありがたい話だった。
まあ、よく考えると、保留の意味はよく分からないけど、でもここは積極的に乗っていこう。
「わかった。じゃあ、申し訳ないけど、保留にさせて」
そう言ってから咳払いを一つ。
そうして間を作り、改めて彼女の目を見る。
「次は俺から言うから。それを待ってて欲しい」
「……うん」
哀川さんの頬がさらに赤く染まり、嬉しそうにほころんだ。
「……待ってます」
不意打ちの敬語。
正直、可愛すぎて死ぬかと思った。
でもなんとか堪え、やがて俺たちは高台を下りて、札幌の街へと戻った――。
………………。
…………。
……。
だが!
しかし!
ここで一つ、大きな問題がある。
連絡先を交換し、札幌の駅前まで戻ってきたところで、俺は猛烈な悩みに襲われた。
目の前には大きな道路が通っていて、何台もの車が走っている。
駅ビルも多く、美晴ちゃんの家辺りとは違い、普通に都会の雰囲気だ。
そんななか、俺はスマホを片手に重い口を開く。
「ええと、哀川さん……」
「ん? なあに?」
「ちょっとご相談がありまして、今夜、泊まるところなんですが……」
そう、今夜の宿泊場所。
それが大問題だった。
「どこでもいいわよ?」
高台からそこそこ歩いたので、哀川さんの雰囲気もすでに通常モードに戻っている。
小首をかしげて、気軽に俺のスマホを覗き込んできた。
「どこに泊まるの?」
「あ、いや、その……っ」
思わずスマホをちょっと隠してしまった。
「? どうしたの?」
「いや、ええと、実は……」
ああ、無理だ。
さすがに黙っていることなんて出来ない。
「最初はビジネスホテルを予約しようと思ったんだ。でも高校生だけじゃ泊まれないみたいで……」
「ああ、まあそうよね。じゃあ、漫喫とか?」
「いや……漫画喫茶も夜は年齢確認があるみたいなんだ……ちなみにカラオケも22時以降は未成年NG」
かと言って、丸一日頑張った哀川さんをファミレスでオールなんてさせられない。
そこで出発前に俺が考えていたのは……。
「……大人なホテルなら入れるんじゃないかと……」
「えっ」
驚いた顔をされてしまい、俺の焦りが超加速。
「ごめん、正直めちゃくちゃ軽く考えてたんだ! なんていうか哀川さん、いつもウチに泊まってるし、最近は同じベッドで寝るのも慣れてきたし、別に大人なホテルでもおかしな空気にはならないだろうって……っ」
その考えが甘かった。
ついさっき俺は『好き』と言ってもらった。
そして俺の方も告白することを思いっきり予告している。
高台から下りてきて多少落ち着いたけど、それでも今の状態で大人なホテルになんて行ってしまったら、とんでもないことになりかねない。
なので俺は猛烈に悩んでいる。
しかし哀川さんの答えはあっけらかんとしていた。
「いいけど?」
「えっ」
今度はこっちが驚いてしまった。
「い、いいの……?」
「だって、そういうとこってベッドがあるはずでしょ? ゆっくり休めそうだし」
「で、でもむしろベッドがある方が困るというか……」
「いいから、ほら行きましょう。どの辺なの?」
哀川さんは俺の手首を掴んで、さっき隠したスマホを確認。
表示されている地図を見て歩きだす。
……あ、なんか……大丈夫そう……?
俺はともかく哀川さんは冷静なようだ。
これなら変な空気にもならないかもしれない。
ホッとしつつも、ちょっとだけ残念な気分だった。
そんな自分に対して『はいはい、馬鹿なこと考えてるんじゃない』と叱り飛ばし、俺も改めて地図を確認し始める。
それから10分ちょっと歩き、目的の場所に到着した。
「うわぁ……」
お城のような豪華な外観だった。
こんなところ本当に泊まれるのか……?
そんな疑問が不安となって頭のなかをうずまき始める。
だが俺には頼もしい味方がいた。
クラスメートの近藤。
茶髪でノリの軽い友人が以前に世間話で教えてくれたのだ。
『ああいうところって見た目がめちゃくちゃ高そうだからビビるけど、料金はホームページとか看板に書いてある通りだから安心しろ』
……ありがとう、我が友。
俺は勇気を出して、哀川さんをエスコート。
フロントには誰もおらず、部屋の写真パネルだけがあって一瞬混乱しそうになったけど、これまた近藤のアドバイスを思い出した。
『無人フロントの時は泊まりたい部屋のボタンを押せばオッケーだ。鍵とかは出てこねーけど、自動で鍵が開いてるからそのまま部屋にいけばいいんだぜ?』
……本当にありがとう、我が友。
すべては近藤の導き通りだった。
僧正は俺じゃなく、彼の方だったのかもしれない。
さもありなん。
そして部屋に着いた。
ドアをくぐると、まず目についたのは大きなダブルベッド。
その手前にテーブルとソファーがあって、ドアから続く通路の左右に扉があった。たぶんトイレとお風呂だろう。
ちょっとシャンデリアっぽいライトや壁紙は高級ホテルっぽく見える。
唯一、異質なのは窓の向こうに壁があって、外がまったく見えないこと。でもまあ、見えたら困るだろうし、これでいいんだろう。
とりあえずソファーの上に荷物を置く。
すると通路の扉を両方確認し、哀川さんが言った。
「じゃあ、お風呂入ってくるわ」
「あ、うん。ごゆっくり」
いつもウチのお風呂を使ってもらってるので、この会話にもとくに緊張はしなかった。
ソファーに座り、俺はようやく一息つく。
「はぁ、良かったぁ……」
色々心配だったけど、全部杞憂に終わったみたいだ。
「あとは……あ、そうそう、近藤が『部屋の電気のスイッチはベッドのパネルにあることが多いから、女子が風呂入ってる間に確認しとけ』って言ってたっけ」
ベッドの方を見てみるとアドバイス通り、パネルから部屋の明るさを調節するみたいだった。
そっちに移動し、俺はスイッチをいじって使い方を覚えていく。
そうしていると、しばらくしてお風呂場の扉がキィ……と開いた。
「……ハルキ君、空いたわよ」
「ああ、うん、わかっ……たぁっ!?」
振り向いた途端、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
というのも哀川さんが……バスローブ姿だったからだ。
ピンク色のタオル生地で、ちょっと手術着っぽい見た目をしている。
丈が短くて太ももがあらわになっており、胸元はしっかり閉じているのに生地が薄いから柔らかな曲線が強調されてしまっていた。
ゴクリ……と喉が鳴る。
日常だと思っていた空気が一瞬で非日常に上書きされた。
「……お風呂、空いたってば」
「あ、ああ……うん」
「緊張してる?」
クスッと笑う、哀川さん。
でもからかうような笑みじゃなくて、彼女自身、緊張してるのが伝わってきた。
俺はとっさに……あほみたいな嘘をついてしまった。
「緊張? してないけど?」
「本当?」
「うん、ぜんぜん緊張してにゃい」
噛んだ。
にゃいとか言ってしまった。
哀川さんが噴き出し、俺は頭を抱える。
あほみたいな見栄、張るんじゃなかった……っ。
「……お風呂入ってきます」
「はい、ごゆっくり」
後悔しまくりながらシャワーを浴び、俺も手術着のようなバスローブを着て、お風呂場を出た。
ちなみに男性用のバスローブの色は青だった。
……哀川さんはもうベッドに入ってるかな。
出来たらそのまま眠っていてほしい。
じゃないと、またあほみたいな後悔が増えそうだ。
でも、
「……早かったね」
哀川さんは眠ってなかった。
ベッドに腰掛け、俺が出るのを待っていた。
いやいやいや……っ。
理性を全開にして視線を逸らす。
バスローブの丈は短い。
こっちを向いて座られると、健康的な太ももが重なったさらに奥まで見えそうになってしまって、本気で目のやり場に困る。
「ね、寝てなかったの?」
「うん。ハルキ君のこと待ってた」
ま、待ってた?
な、ななな、なんで?
「あの……哀川さん、確認していい?」
「いいわよ?」
「俺たち、まだ付き合ってないよね?」
「ええ、付き合ってないわ」
「じゃ、じゃあ……」
「でも一緒に寝るぐらいはいいでしょ? いつもしてるし」
……ま、まあ、最近は俺の部屋でも同じベッドで寝てる。
だから待っていてくれても不思議はない。
「では……そちらにいきます」
「はい、どうぞ?」
俺は牛歩のような歩みでベッドへ近づく。
哀川さんはその様子を黙って見つめている。
き、緊張感が半端じゃない……っ。
駄目だ。
胃がキリキリして耐えられない。
「あ、哀川さんっ!」
思わず大きな声になってしまった。
すぐに「なあに?」と返事をしてくれる彼女へ、俺は直立不動で言う。
「俺、なんにもしませんので! ちゃんと我慢しますので! だからっ、どうかご安心下さい……っ!」
そりゃあバス停では胸に触りたいと思っていた。
その先への妄想だってあれこれしたりもしていた。
しかし物事にはやはり順序がある。
告白して、付き合って、デートして、キスして、将来の話をして、しっかり未来を誓い合ってからでないと、こういうことをするのは良くないと思う。
しかし彼女のリアクションは逆だった。
「ふーん……」
そっけないつぶやき。
スッと立ち上がると、正面から俺の目を見つめてくる。
怒られるのかと思った。
でもこれまた俺の予想とは逆だった。
哀川さんはいじけたように唇を尖らせ、視線を逸らして頬を赤らめる。
そして小さな声で囁いた。
「……あたし、君に一応、素直に『好き』って言ったんだけどなぁ」
「――っ!?」
細い腕が所在無げにバスローブの体をさする。
「君のこと好きな女の子が……ラブホに行くぞ、って言われて……それでも黙ってついてきたんだけどなぁ」
「――っ!?」
チラッチラッと責めるような、甘えるような、可愛い眼差し。
「これでも……あたし、すっごい勇気を出してついてきたんだけどなぁ」
「――っ!?」
潤んだ瞳。
朱に染まった頬。
甘い吐息。
上目遣いの哀川さんが俺を見つめてくる。
「それでも何もしてくれないの……?」
ズキューンッと心を撃ち抜かれた。
ついでに理性も撃ち抜かれた。
ごめんなさい。
哀川さんが可愛すぎて、順序とかもうどうでも良くなってしまいました。
もはやいても立ってもいられず、バスローブの彼女を抱き締める。
「哀川さん! 俺、俺……っ」
「なあに……?」
耳元の甘い囁きに誘われるように叫んでしまった。
「哀川さんが欲しい……っ!」
次の瞬間だった。
腕のなかで彼女が――ニヤリと笑った。
「はい、言質取ったわ」
「え?」
直後、くるんっと位置を入れ替えられ、足払いを掛けられた。
「へっ?」
訳も分からないまま、俺はドサッ……とベッドに倒れる。
間髪をいれず、哀川さんが覆い被さってくる。
つまりは……哀川さんに押し倒された!
「ふう、ここまで長かったわ。父親からの手紙なんてなかったら、あの日のうちにこうしてるはずだったのに。でもハルキ君からこんなところに誘ってくれたのはラッキーだった。ツイてるわね、あたし」
「え? え? え……?」
何がなんだか分からない。
呆然とする俺へ、哀川さんは申し訳なさそうに微笑む。
「驚かせてごめんなさい、ハルキ君。でもあたしはどんな手を使ってでも、出し抜かなきゃいけない相手がいるの」
出し抜く?
誰を?
まさか、ゆにちゃん?
いやでもゆにちゃんには俺がちゃんと話を――。
「君は知らなくていいわ。ええ、生涯知らなくていいの」
「ちょ……っ」
細い指が俺の首筋をなぞっていく。
「聞いて? あたし今、生まれて初めて母親に感謝してるの。あの人、年甲斐もなく男を取っかえ引っかえしてるんだけど、それってつまりすごくモテるってことなのよね」
首筋を這った指先が今度は俺の頬を撫でる。
なぜか、触られた先からゾクゾクとした。
「まあ、あたしの母親だけあって美人だし? 外見がどう見ても20代にしか見えないってこともあるけど……それ以上にあの人、たぶん床上手なのよ」
「と、床……!?」
「そう」
軽やかなうなづき。
「あたしにはすっごくイヤらしい女の血が流れてる。ずっとそれが嫌で嫌で仕方なかったけど、今は感謝したい気分。あのね、ハルキ君」
哀川さんが見たことがないくらい煽情的に微笑んだ。
「たぶんあたし、そっち方面に関しては、天才だと思う」
「……っ」
いや確かに薄々は感じていた。
だって訳の分からない性癖を植え付けられたし。
今だって俺の両肩は変にうずいてるし。
だからこそ、この流れは致命的にマズい気がする……っ。
「お、落ち着こう、哀川さん。一旦っ、一旦落ち着いて……!」
「ごめんね、それ無理」
ニコッと笑顔。
可愛いのに交渉の余地がまったくない。
しかも笑顔から一転、今度は真顔。
鋭い眼差しで彼女は独り言のようにつぶやく。
「学生時代の恋愛が長続きしない、なんて二度と言わせない」
「だからそれ誰が言ったの!?」
「だからハルキ君は知らなくていいの。一生ね」
黒髪をサラリと揺らし、彼女は俺を見下ろす。
「安心して。キスはまだしないから」
「その宣言、逆に怖いんだけど!?」
一体、何されるの、俺!?
噛まれた経験があるから、恐ろしくてたまらない。
「本当はね、こんなことしなくてももうあたしの勝ちだっていうのは分かってるの。でもそれはそれとして、これは女の戦いだから。ゆにちゃんにもあの人にもこんなことは出来ない。これがあたしの勝利の鍵よ?」
ス……ッと哀川さんが屈んできた。
いつもと違うシャンプーの香りにドキリとする。
俺も同じシャンプーを使ったはずなのに、すごく良い匂いがした。
そして耳元で囁かれるのは、脳がとろけるような甘い声。
「一生、あたしから離れられないようにしてあげる♡」
ビクッと体が反応してしまった。
ヤラしい空気のせいじゃない。
本能的な危機感が全身を駆け巡ったからだ。そう、つまり……。
このままだと俺、とんでもない性癖を植え付けられる……!
「や、やめよう、哀川さん! これ以上は本当にいけない! 俺たち、まだ付き合ってないんだよ!? 付き合ってもないのに、こんなことするなんて……っ」
必死の抵抗。
しかしその言葉は逆効果だった。
「ふふ」
哀川さんの唇にイタズラっぽい笑みが浮かぶ。
そして楽しそうに告げた。
「付き合ってもないのに、こんなことしちゃうなんて――」
あはっ、と笑いながら。
「――都合のいい女でしょ♪」
その直後。
哀川さんによって俺は……俺は……お……れ……うわああああああああああっ!?
次回更新:明日
次話タイトル『第48話 ゆにちゃん、先輩の旅行に気づいてしまう(ゆに視点)』




