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第13話 尋問からの大胆アプローチ in 小桜さん

哀川(あいかわ)先輩とは一体どういう関係なんですか?」


 そろそろ窓の向こうが暗くなり始めた、夕方のメクドナルド。


 2人分のシェイクが乗ったテーブルを挟み、小桜(こざくら)さんからの直球ストレートなご質問。俺としては真顔で返すしかない。


「どういう関係って、ただのクラスメートだよ」

「ダウト」


 瞬殺だった。

 小桜さんからの即座の否定。

 なんなら食い気味だった。


 俺が誤魔化そうとすることを読んでいたのかもしれない。


春木(はるき)先輩と哀川先輩はただのクラスメートなんかじゃありません。確実にそれ以上の関係です」


 じっとこちらの様子を観察するような眼差し。

 笑っているけど、笑っていない。


 後輩なのにプレッシャーが強過ぎる……っ。


「気をつけて下さいね? 当法廷で虚偽の証言をした場合、今後の学生生活の安全が保障されなくなる可能性があります。一度目までは許しましょう。でも二度目はありませんよ?」


「待って。なんか俺、知らない間に告発されてる……!?」

「検事はわたし。傍聴人もわたし。裁判長もわたしです」


「完全な違法裁判……! 弁護士を呼んでほしい!」

「はい、なんですか? 弁護士もわたしです」


「法廷に小桜さんしかいない! 出来レースだよね!? もう極刑にされる未来しか見えない……!」


「極刑にされるようなことをしたんですか?」

「いやっ、し、してないけどさ……っ」


 駄目だ、と思いつつ、反射的に口ごもってしまった。


 だって言えるわけない。


 ちゃんと話したのはつい昨日のことで、なのに家に泊めて、あまつさえ、む……胸まで見せられてしまっただなんて。


 先輩として後輩にそんな不埒な話は聞かせられない。

 だが聡い小桜さんは俺の動揺を見逃さなかった。


「やっぱり」


 どこか確信を持ったように俺へのプレッシャーを強める。


「おかしいです。わたしの前ではいつも冷静な春木先輩なのに、哀川先輩の話になると途端に動揺だらけになってる。こんなこと今までなかった」


 マズい。

 ボロが出そうになってる。

 

 どうにか立て直せ、俺……!


「小桜さん、何か勘違いしてるみたいだけど」


 咳払いをし、俺は空気を変えにかかる。


「哀川さんと俺は本当にただのクラスメートだよ。確かにさっき学校で何か勘違いさせちゃうようなやり取りがあったかもしれないけど、あれは哀川さんが小桜さんのことをちょっとからかっただけだと思う。もともと教室でも冗談が好きな人なんだ」


 はい、すみません、嘘です。

 教室の哀川さんは冗談どころかロクにクラスメートと会話もしません。


 でもここはどんな手段を使っても誤魔化さなければならない。じゃないと可愛い後輩の恋愛観に多大な悪影響を及ぼしかねない。


「ダウト」


 しかし俺の目論見は木っ端微塵に打ち砕かれた。


「春木先輩、嘘が下手なんですから、もう少し自分の馬鹿正直さを自覚した方がいいですよ。ブラフや読み合いの類でわたしを騙せるなんて思わないで下さい。少なくとも春木先輩には無理です」


「え、や、そんなことは……」

「無理です」


 断言された。

 先輩の威厳も木っ端微塵だった。


「春木先輩と哀川先輩はすでにクラスメート以上の関係です。証拠があります」

「しょ、証拠……?」

「哀川先輩のネイル」


 小桜さんはテーブルの上で手の甲を見せ、自分の指先を示す。小桜さんの爪は何も塗っていない普通の爪だけど、言いたいのは今日の哀川さんの爪のことだろう。


 ラメが入った、ピンク色のネイルの爪。


 それがなんの証拠になるって言うんだろう……?


「哀川先輩は有名人なので、校内で何度か見掛けた覚えがあります。なかにはネイルを塗っていた日もありました。でもそのどれもがマリンブルーのネイルでした」


 マリンブルー……やや緑がかった青。

 確かに哀川さんには似合いそうだ。


「同じ女子からすれば、哀川先輩のあのダウナーな雰囲気に合ってるのは、どう考えても青系統です。ピンク系統はちょっと明るすぎます。あれだけの美人でオシャレもする人ですから、哀川先輩が自覚してないわけありません」


「そうかなぁ。爪の色ぐらい何色でもいいと思うけど……」


 今日のピンクも似合ってたと思うし。


「それは男子の観点。はっきり言ってセンスゼロです」

「センスゼロって言われた……」


「なのに哀川先輩が見栄えを捨ててまでピンクのネイルをしてた理由、そんなの……考えなくてもわかるでしょう?」


「……?」

「もう……」


 普通にわからなくて首をかしげたら、盛大に呆れられてしまった。本当、木っ端微塵……。


「春木先輩、オレンジって言ったら、どの季節を連想します?」

「オレンジ? えーと……夏かな? なんか暑そうだし」


「じゃあ、茶色だったら?」

「んー、秋? 葉っぱが落ちて、裸の木になってく感じで」


「白はどうですか?」

「冬だと思う。雪の色だし」


「最後です。……ピンクは?」

「あっ」


 テーブルに頬杖をつき、呆れ顔で小桜さんは言う。


「春の色ですよね。ねえ、()木先輩?」


 これは…………ちょっと参った。

 小桜さんに呆れられても仕方ないのかもしれない。


 じゃあ。

 その、なんていうか。


 哀川さんは……俺を連想する色だから、わざわざピンクのネイルをしてたってこと?


「大切な人を思い出せるものを身に着けるって、女子にはあるあるなんですよ。ちなみにですが――」


 ぽすっ、と軽い音がした。

 視線を向けると、テーブルにあるものが置かれていた。


 それはポシェット。

 小桜さんがいつも肩から掛けている、トレードマーク。


 その色は――ピンク。


 もともとは白だったけれど、色々あって今はわざわざピンクの手作りカバーが被せてある。


「問題です。わたしはもう何か月、このポシェットをピンク色にしてるでしょう?」

「……っ」


 二度目の衝撃。

 しかしこれ以上、情けない姿は見せられない。


 小桜さんの問いかけに対して、俺は頭のなかで計算する。


 小桜さんと初めて会ったのは去年の12月。

 高校受験を控えた小桜さんの願書提出直前のことだった。


 1月には試験前にもかかわらず、手芸部にもう顔を出していた。『ぜったい合格しますからっ』と言って。その時にはもうポシェットはピンクになっていた。


 現在は6月。

 となると……。


「かれこれ……半年近くかな」

「そうです」


 ツインテールの髪を揺らし、小桜さんは可愛らしく小首をかしげた。


 そして。

 年下とは思えない流し目で。

 ほのかな笑みで。

 甘く囁く。




「ちょっとはわかってくれました? わたしの本気」




 ……俺はもう二の句が継げなかった。

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