1-6. エルフの真実
「随分昔のことだが、私の祖父がこんなことを言っておった。魔力のないエルフはエルフではないと…。なので、もし魔力がない者が生まれたら里から追放しなくてはいけない。それがエルフの里の掟であると…。そして追放された者は自らの名前から部族名を剥奪される。実際に魔力のない者が里で生まれたということは聞いたことがない。あくまで言い伝え程度にしか思っていなかったんだがね。もしその掟がダークエルフの里で実際に行われていたとするならば、カトリーナ殿は里から追放されたエルフということになる。そう考えればカトリーナ殿が自らの名前を思い出せないということにも納得が出来る。思い出せないのではなく、失ってしまったのだから」
レノンの言葉にその場が静まり返った。
追放という言葉が頭の中を駆け巡る。
私はここを追い出されるのだろうか。
まぁ、正直しょうがないことだと思う。
私が腹を決めようとしていた時だった。
「待ってください!追放って…。今はそのようなことをやっている場合ではないじゃないですか。一人でも多くの仲間が必要です。私はもうこれ以上仲間を失いたくはありません。里長お願いします。カトリーナさんを追い出さないでください!」
アイリスは大声で抗議する。
今日会ったばかりなのに彼女は何故これほどにまで私を助けてくれるのだろう。少し感動してしまう。
それより彼女の発したある言葉が気になった。
これ以上仲間を失いたくない。
そういえば里に着いたとき彼女はここには逃げてきたとも言っていた。
エルフの里に一体何があったのだろう。
エルフたちを見ると一応に皆神妙な顔色で黙り込んでいた。
静まり返った空間には重苦しい空気が流れる。
「イリスよ、そう慌てるな。私はカトリーナ殿を追い出そうとは考えてはおらん。お前さんの言う通り、今は仲間内で争っている場合ではない」
重苦しい空気を破りレノンが口を開く。
レノンの言葉にこの場にいるエルフ全員が頷いた。
どうやら最悪の事態になることは避けられそうだ。私は胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます!」
アイリスは深々とお辞儀をした。
腰の角度はほぼ直角だ。顔を上げると嬉しそうな顔を私に向ける。本当にいいヤツだなこいつ。
私の中でアイリスの評価が爆上がりする。
抱き合って喜びたいところではあるが、先にやるべきことがあった。
「ありがとうございます。皆様のお力になれるようがんばります」
私は目の前のエルフたちに感謝の言葉を述べた。
礼儀はとても大切だ。感謝されて嫌な思いをする者はいないだろう。
それにもし追い出されるようなことになれば、まったく知らない世界で路頭に迷うことになる。
しかもどうやらエルフは命を狙われているようだ。
さすがに一人でそんな世界を生き抜ける自信はない。
そういう意味でも私は彼らに感謝をせざるを得ない。
「何、気にするようなことではない。同じエルフとして困っている同胞を助けるのは当たり前のことだ」
「そんなことはありません。私のような何も出来ず、どこの馬の骨ともわからないようなモノを受け入れるのは当たり前ではありません。里長様と皆様のご判断感謝いたします」
アイリスとまではいかないが頭を下げる。
今の私にはこれくらいしか感謝を伝える手段がない。それにレノンは私を認めてくれたかもしれないが、他のエルフはどうかわからない。
敵意はなく、スパイでもないということをわかってもらう必要があった。
「そんなに感謝されるようなことは本当にしていないよ。それにカトリーナ殿は役立たずということは決してないよ」
「どういうことですか?」
私が役立たずではない。何を言っているのだろうか。
思わず聞き返してしまった。
「それはカトリーナ殿がダークエルフ族だからだよ。今の我々にとってはこれ以上ない助けになるかもしれない」
「…はい?」
レノンが何やらおかしなことを言い出した。
ダークエルフ族が助けになるとは一体なんのことだろう。
「あの、すいません。私がダークエルフだと助けになるとはどういう意味ですか?」
私は恐る恐る訊ねた。
「おぉ、そうだったな。カトリーナ殿は記憶がないんだったな」
「あっ、はい…」
「何故ダークエルフ族が我々の助けになるのかと言うと、ダークエルフ族は我々エルフ族よりも高い知識と発想力を有しているからだよ」
「高い知識と発想力、ですか?」
「うむ。この世界の様々な革新的な発明の大本はダークエルフ族がもたらしたものと言われてるんだよ。彼らの知識と発想力は群を抜いていてね、それを基にして多くの発明が行われたと言われているんだよ」
なるほど。
しかし残念なことに私はそんな知識も発想力も持ち合わせていない。これはちょっと厄介なことになってしまったかもしれない。
「あの、申し訳ないのですが私にはそのような力はないかと思います。他のダークエルフの方にお願いした方がよろしいかと…」
私がそう言ったところその場の全員が暗い表情になった。
あれ?もしかして何か不味いことでも言ってしまったのだろうか?
「残念なことだが、それは出来ない相談でね…」
「出来ないって、どういうことですか?」
レノンは意味深な発言を返すと私の問いかけに答えた。
「それはだね……、悲しいことだがすでにダークエルフ族は滅亡しているからだよ」
「滅亡!?」
思わず声が出てしまう。
とんでもないワードが飛び出した。
滅亡とは何を言っているのだろう。
「さっきも言ったがダークエルフ族は高い知識と発想力を持っている。故に彼らの知識を欲するヤカラは多くてな。その代表が人間族だ。ヤツらはダークエルフ族の力を自らのものとして独占しようとした。そして世界を支配しようと企んだんだよ。そして今から100年ほど前、静かに暮らしていたダークエルフの里に奇襲を仕掛けた。ダークエルフ族を根こそぎ捕らえようとしたんだ。当然ダークエルフ族は徹底抗戦をし一時は人間族を撤退させることに成功した。しかし同族の命を何とも思っていない人間達はどれほど犠牲が出ようと関係なしとばかりに数の力で押し返した。次第に周囲を包囲され、物資の補給も援軍も来なくなる。数が少ないダークエルフ族は徐々に劣勢になり、ついには完全に包囲されてしまった。このままでは全員捕虜となり人間達に好き勝手されてしまう。そんなことは到底耐えられない。ダークエルフ族の誇りを守るため、自ら滅亡する道を選択したんだ…」
「自ら滅亡を選択って…」
あまりの衝撃に言葉を失ってしまう。
お通夜のような空気が流れた。
「彼らを助けられなかったという後悔は今でも残っている。しかし同時にエルフの里全てが焼き討ちの奇襲を受けてしまってね。各々自らの里を守ることで精一杯だった。おそらく救援をさせないための作戦の一つだったんだろうな」
同時襲撃とは救援を防ぐという意味ではよく練られた作戦だ。
そこまでしてでもダークエルフの知識と発想力を手に入れようとしたとは驚きだ。
そしてこの世界でも人間は同じ人間を犠牲にしながら侵略を行っているということが悲しく思えた。
同時にエルフの里が焼き討ちに遭うというファンタジー作品の定番ともいえる行為が本当に行われていたとは。
本当にエルフの里は焼かれがちである。
「我々はダークエルフ族とは違い生き残る道を選択した。その結果住み慣れた里を失い森の中を転々と移動し人間達から逃げ惑うことになってしまった。多くの仲間を失い、このままではエルフという種族が消滅してしまう。危機感を持った我々はこれまで別々に行動していたエルフの里を一つに統合し、結束することにしたんだ。それが2年ほど前のことになる。そして今、こうしてまとまって洞窟の中で怯えて暮らしているのさ。まったく、情けない話だよ…」
レノンは悲しげな表情を浮かべていた。
周りのエルフたちも一応に同じようなもの悲しい表情をしていた。
この世界におけるエルフのおかれた状況は想像している以上に悪いようだ。
「ダークエルフ族の生き残りかもしれないカトリーナ殿が我らの元にやってきたということは何か意味があるのかもしれない。カトリーナ殿の記憶が少しでも戻れば、きっとエルフ達に希望をもたらしてくれるのではないか、と私は信じている。君は我々の最後の希望なんだよ」
最後の希望。
その言葉にとてつもない重さを感じた。
私はそんなことを担えるような存在なのだろうか。
「がんばります…」
それしか言えなかった。
何やら私はとても重要な役割を与えられてしまったようだ。
果たして私はこの期待に応えることが出来るのだろうか。
「うむ。では皆様、カトリーナ殿の里への加入に意義あるものは?」
「「「異議なし」」」
内心焦る私をよそにレノンは私の里への加入の賛否を問う。
結果は満場一致で認められ、私は正式にエルフの里の住民となることになった。