2-17. ソルガム王国
「少々長話になるかもしれませんね」
セバスチャンはカップに紅茶を淹れ私の前に差し出しすとこの国のことを話した。
「神聖教会とはソルガムに住む人間第一主義を掲げる宗教団体です。『神は人間のみを作り、その創造主を信じる人間は優秀である。信じないもの、それ以外の多種族はみな穢れて劣った存在である。』いう教えを信じている団体です。サハラン族はこの国の南部にあるサハラン砂漠に住む遊牧民のことであり、彼らはその過酷な環境を生き抜くために独自の宗教であるサハラン教を作り心のよりどころとしたのです。サハラン族は砂漠地帯に住んでいるので、日差しを避けるために常に黒いローブを纏っているのが特徴です。今では常に纏うことが習慣になっているようなので、日差しが強くない町でも常に着用しているようです。ですので、リーナ様のことをサハラン族と見間違ったのでしょう」
この国の宗教について、そして私が間違われたサハランとは何か。
どちらもこれまで聞いたことがないことだった。
私は夢中でセバスチャンの話を聞いていた。
「両宗教はこの国で仲良く共存してたのですが、先々代国王になると事態は一遍することになったのです」
「一遍ですか?」
「はい。南部のサハラン砂漠は隣国ロランド公国との国境の役割を果たしています。両国は昔から小競り合いが絶えなかったのですが、先々代国王のとき本格的な戦争に発展したのです」
戦争とはなんとも物騒な言葉だ。私は話と続きを黙って求めた。
「戦争となった大きな理由はロランド公国の急速な発展でした。これまで行っていた交易品はことごとく公国に取って代わられ、ソルガム王国は深刻な不況に見舞われることとなってしまいました。国の状況は日に日に悪化の一途をたどり、このままでは国が倒れてしまう、そう誰もが感じるまでになってしまいました。先々代国王はこの状況を何とか打破しようとしました。そこで彼が頼ったのが『神聖教会』でした」
やっとここで教会が現れた。
しかし国王が頼ったとは一体何をしたのだろう?
セバスチャンは話を続けた。
「国が傾くにつれ、まともな商人は次々と国を去り、残ったのは悪徳商人ばかりだったのです。それが国民をより一層苦しめていました。そこで国王は損得勘定なしで行動している教会のみに商業権を与え国は教会の後ろ盾としてなり教会を全力でバックアップしました。これが功を奏したのか、徐々に不況は収まりをみせはじめました。国王は教会の商業権を撤廃し、一般の国民も再び商売が出来るようになりました。しかしこのとき教会はすでに、国民の信頼という強大な力を手にしていたのです」
何やら物々しい言い方だった。
「国民はそれまであまり気にしていなかった教会の言葉に徐々に耳を傾けるようになりました。自分達を救ってくれた恩人なわけですから。そんな教会があるとき、こんなことを言い出したのです。『公国はエルフの力を借りて発展を遂げた。そのようなまがい物の力を借りた者達には天罰を下さなくてはならない。我々が味わった苦痛を公国にも味あわせなくてはいけない』とね」
「エルフ関係なくないですか?」
突然のエルフの登場に私は苦笑した。
「確かにそうですね。しかし彼らにとってエルフを敵にすることは都合が良かったんですよ」
「どういう意味ですか?」
「教会は国民を味方に付けるための共通の敵を作りたかったんです。神聖教会は人間第一主義と言いましたよね。教会は人間以外の力によって発展をしたということを受け入れられなかったのでしょう。国民を味方にして公国と戦争をするついでにエルフを消そうと考えたんです」
おいおい、なんとも物騒な話になってきた。
私がレノンから聞いた話ではエルフの力を手にしたいからエルフの里を襲ったと聞いた。しかしセバスチャンの話ではその攻撃理由がまったく違っていた。
「本当に公国がエルフの力を借りたのかはわかりません。しかし国民は教会の言うことを信じた。知らず知らずのうちに『神聖教会』はソルガム国民にとって自分達の危機を救ってくれた英雄となっていたんです。国王は戦争回避を一度は口にしました。しかし教会は戦争は必要だと言いました。そして国民は国王ではなく教会の意見に賛同しました。こうなってしまえばもう国王は戦争を止めることが出来ません。そして戦争が開始してしまったのです」
セバスチャンは目を伏せて言った。
「戦争にはサハラン族の協力が不可欠でした。公国との国境を超えるためにはサハラン砂漠を通るしかなかったからです。国は砂漠の民であるサハラン族に優遇措置を与えることで味方に付けることに成功しました。しかし他宗教を嫌う神聖教会にとってこの措置は喜ばしいものでは決してありませんでした。とは言え、戦争においてサハラン族の力は必須。渋々受け入れ戦争は続きました」
「あれ?それじゃあ、サハランの人達は追放とは縁遠いじゃないですか?」
私は疑問を口にした。
「ええ。その戦争のときには何も関係に問題はありませんでした。逆にサハランの力を借りたおかげで戦争には勝利することが出来たのです」
「勝利ですか?じゃあ砂漠を抜けて領土が広くなったとかしたんですか?」
「いやいや。戦線は拮抗状態が続いたんですが、こちらは戦争特需で儲かったのに対して、公国は一挙に不景気になったんですよ。神聖教会が音頭をとって国民が一致団結して戦争に挑む王国と戦争反対派が入り乱れる公国。意識的な違いもあってか公国内では政局の混乱も見られ、ついには休戦の申し入れがありました。大陸東側の大国・プリウス帝国の仲介もあって多額の賠償金を王国は受け取り、戦争は休戦することになりました。神聖教会はこの戦争で大きな存在感を示すと共にソルガム王国で強い権力を握るようになったのです。以降この国は国王よりも教会の意向が強く働くようになってしまいました。先代国王そして現国王は教会の操り人形と言ってもよいでしょう」
セバスチャンはそこまで話すとお茶を啜った。
「休戦ということはまだ続いてるんですか?」
「ええ。今もまだ戦争は続いております」
どこかで聞いたことがあるような泥沼の情勢だ。
「でも、まだ戦争中ならサハランの人達を追放しちゃ不味いんじゃないですか?」
「ええ。しかし王国軍はサハランの力を必要とせずともサハラン砂漠で戦える戦力を手に入れたのですよ」
「砂漠で戦える戦力ですか?」
「戦闘専用車両の開発です。厚い鉄板を張ることで砲撃にも耐えられ、足回りにベルトを巻くことで砂の上でも動ける車両を開発したんです」
「ちょっと待ってください!車両って…、戦車があるのですか!?」
セバスチャンの言葉に耳を疑った。
私の大声にセバスチャンは驚いた表情をした。
「センシャ?とは何でしょう?」
「あっ、すいません…。えっと、戦闘の際、攻撃をしながらも攻撃を受けても大丈夫なようにした車両のことなんですが…。ってあんまり説明になってないですね」
そのもの自体を知らない人に物事を説明するのって本当に難しい。
恐らく私の説明は不十分すぎただろう。
自らの語彙力のなさにがっかりした。
「なるほど。戦闘用車両だから『センシャ』なのですね。そう言う省略の仕方は初めて聞きました」
しかしセバスチャンは私の拙い説明を読み解くと理解したようだった。
「すいません。ちなみになんですけど、戦闘用じゃない車両とかもあるんですか?」
「戦闘用以外ですか?それはまだないと思います」
「じゃあ、一般の国民の移動って馬車とかなんですか?」
「馬車もありますが、王都なら路面電車が一般的ですかね」
「ろ、路面…。マジか…」
私は思わず天を仰いだ。
そんな話聞いてないぞ…。
すでに電車が走ってるとか、この世界は一体どこまで進んでいるのだろう?
「しかし、車両は軍事用でそもそも開発していること自体、国家機密です。一般の国民はそのようなものが存在することすら知らないと思いますよ」
そんな国家機密を知っている執事って一体何者なんだろうと思ってしまうが、今はそれはおいておこう。
「サハラン族なしでも戦争が可能になったので、神聖教会は異教徒のサハラン族の追放に動き出しているのです。エルフ壊滅作戦の成功を大々的に宣言して以降、ますます教会の権力は強まっています。おそらく反対する国民はほぼいないでしょう」
なるほど、それがユリウス達が言っていたことだったのか。
その話が本当であれば、確かにサハランのフリが出来るのは時間の問題だ。
「貴重なお話ありがとうございました」
「いえいえ。お役に立ちましたかな」
セバスチャンは笑顔を見せた。
「ええ。それはもう。知らないことだらけだったので大変役に立ちました」
私も笑顔を返した。
それにしても、役に立ち過ぎて怖いぐらいだった。
「しかし、どうして私にそこまで詳しくお話してくださったのですか?」
私は疑問を口にした。
「何、私だけが知っていてもどうにもなりませんからね。知ることにより別の誰かの役に立つのなら、その方がよいでしょう。それに私は中部の出身でして。教会の影響力の強い北部と違い、中部は大昔から農作業などでエルフの方々に助けていただいたことがあると言われていましてね。そのときのお返しです。あとは、我が家の家訓ですね。『女性には優しくしろ』と口酸っぱく親父から言われていました。妻に逃げられて以来、やはり家訓は守らなくてはと心から思い知らされましたよ」
そう言ってセバスチャンは笑った。
「なるほど、そういうことですか」
私は納得して頷いた。
「色々と聞かせていただけば聞かせていただくほど、王都を見てみたくなりました」
「そのときにはご案内しますよ」
にこやかな笑みを浮かべたセバスチャンと会話を交わし、私は部屋に戻った。




