2-14. アリスの家
アリスの家はラグナシティの南部にあった。
中心市街地からは随分離れた閑散とした場所だ。
しかしそのような場所だったからこそ、私達は誰の目にも見つかることなくアリスを送り届けることが出来た。
「おかえりなさいませ、アイリス様」
扉を開けると一人の老紳士がアリスを出迎えた。
私達よりは少し背が高く、白髪の男性だった。
「ただいま、セバスチャン。遅くなってしまってごめんなさい」
アリスはそう言うとローブを脱いだ。
長い銀髪がハラリと揺れ、室内の照明に照らされキラキラと輝いた。
「こちらの方は?」
すぐに私達の存在に気が付いた。
妙に鋭い視線と殺気を感じ、私は内心ビビっていた。
「町の中で困っていた私を助けてくれた方々です」
そう私達を紹介すると、さぁ大丈夫ですからと私達に告げた。
私達は顔を見合わせるとローブを脱いだ。
「!?」
その姿を見て老紳士は驚きの表情を隠さなかった。
「イリス様とリーナ様。エルフ族の方です」
老紳士が動くより前にアリスが私達の前に立ち塞がった。
よく見ると老紳士は腰当たりに手を当てていた。
何か武器でも取り出そうとしたのかもしれない。
そう考えるただけで恐怖を覚えた。
「エルフ族…ですか?何故ここにエルフ族の方々が?」
当然の疑問だった。
「言ったではないですか。私が困っているところを助けてくださったと」
アリスはそれまでと同じようなにこやかな笑みを浮かべたままだったが、これ以上の詮索は無用と言わんばかりの圧を言葉から感じた。
「それは理解いたしました。そうではなく、何故壊滅作戦により滅亡したはずのエルフ族の方がいらっしゃるのかということです」
老紳士はアリスの圧に屈することなく、アリスに説明を求めた。
「それはエルフの方々が王国の考えをすべて読みきった上で先回りしていたからです。私達はエルフの皆様の掌の上で踊らされていたのですよ」
「なんですと!?ではザイン軍曹の策を読みきっていたということですか?」
老紳士は再び驚きの表情をすると私達を見つめた。
マジマジと鋭い視線が向けられる。
私の方がアイリスよりしっかり見られているような気がするのは気のせいだろうか?
って言うか、ザイン軍曹って誰?
「ね?私が言った通りだったでしょ?」
アリスは老紳士を見つめていたずらっぽく微笑んだ。
「さすがはアイリス様です。おみそれいたしました」
老紳士はアリスに羨望の目を向けると頷いた。
「言った通りって?」
二人のやり取りを聞いていたアイリスが口を開いた。
その問いかけに老紳士が答えた。
「アイリス様はエルフの方々はきっと生きておられると申したのですよ。この国の誰もがエルフ族は完全に滅亡したものと思っている中、ただ一人だけ」
そう言うと老紳士はアリスを再び見つめた。
その視線は本当に彼女のことを大切にし、かつ信頼しているということを物語っていた。
「セバスチャン、今日から私はアイリスではなく『アリス』と名乗ることにします。どうでしょうか?」
「『アリス』ですか?しかしどうして突然?」
老紳士の視線を受け、アリスは自らの呼び名について切り出した。
「セバスチャンも『アイリス』の名では商売をするのに支障があると言っていたではありませんか?それにイリス様の本名もアイリスと申されるそうです。同じ名前ではどちらのことを言っているのかわかりにくいじゃないですか。で、どうでしょう?変ではないですか?」
アリスは少し上目遣いで老紳士を見つめた。
「いえ、大変お似合いかと思います。元の名の響きも残しつつ、違和感もありません。大変すばらしいと思います」
老紳士は頷き、仕えている主人の新たな呼び名を受け入れた。
「ありがとう。リーナ様が考えてくださったのですよ」
「ほほう。こちらの方が考えてくださったのですか?」
老紳士は私に鋭い視線を送った。
「カトリーナと申します。勝手なことをお許しください」
軽く頭を下げた。
「リーナ様は王国のエルフ壊滅作戦の全貌を事前に全て読みきっていたそうなんです。ですからエルフの方達は全員助かった。それだけでなく、王国側も作戦が成功したもの思い込むように偽装工作までなされたようなんです。是非そのときのお話を伺いたくて!」
アイリスは嬉しそうに老紳士に話しかけた。
その様子はまるで祖父と孫のように見えた。
『グゥーーーーーーーー』
突然周囲に重低音が響いた。
「すいません…」
アイリスが恥ずかしそうにした。
しかしもう慣れたのか顔を赤くすることはなかった。
「セバスチャン。お二人の分の夕食は準備は出来ますか?」
アイリスの腹の虫を聞き、アリスは話そうとしていたことを止め老紳士に訊ねた。
「大丈夫です。今日はいい品物が多く手に入りましてね。気合を入れすぎて少々多く作り過ぎてしまい困っていたところだったんです。ですのでお二人がいらしてくださって丁度よかった。すぐにご用意しますね」
老紳士は今度は優しげな笑顔を私達に見せた。




