1-23. 断罪その2
「まず、『どのようにして外に里の情報を持ち出したのか?』です。これを話す前に一つ皆様に見てもらいたいものがあります」
そう言うと私は後方に控えたエライザの方を見た。
エライザは頷くとあるものを台車に乗せて私の隣まで運んだ。
「何だあれ?」
突然現れた謎の物体にエルフ達がざわつきだす。
「これは森の中に設置されている人間達の道具です」
「道具?人間達の?」
どこかのエルフがいい感じにリアクションを取ってくれる。
してくれたらいいなという絶妙な反応が少し嬉しい。
「実際に設置されているものではありませんが、人間の里ようは町で昔使われていたものです。壊れたと判断されたのか、もう使わないと判断されたのかはわかりませんが捨てられていたものを偵察部隊にお願いして拾ってきてもらいました」
箱のようなものを挟んで片側にはお皿のようなものが取り付けられており、お皿の中心部分に重なるように棒のようなものがぶら下がる。
棒は真ん中の箱と繋がっている。もう片側にはぶら下がっているのとよく似た棒が飛び出している。謎の物体の登場にその場の全員の頭にはてなが浮かぶ。
「これは『思念』を伝える受信機と発信機です」
「『思念』を伝えるだと!?」
そう、これは電波の受信・発信装置だ。
皿の部分がパラボラアンテナとなり電波を受信し、棒の先端から電波を発信する。
もっとも目の前にあるのは情報を入力する機能はないので受けた電波をその先に送るための中継装置といったところだ。
距離が離れれば離れるほ電波は弱くなる。
そのため電波が途切れないように途中で増幅させる必要がある。
そのため森の中には転々とこのような中継装置が設置されていたのだ。
叔父が家電の分解を趣味にしており、かつて捨てられていた衛星放送のアンテナと受信機の解体をしていた思い出がヒントとなった。
「そんなもの思念が送れるっていうのかい?わけがわからないよ?」
エルフ達は見たこともない不気味な物体に少し恐怖する。
「森に設置してあるのはもっと簡単なものなんですが、ほぼ同じようなモノなのでよく見ていてください」
「?」
エルフ達は黙って私と機械を交互に見つめた。
「思念とは違ってこの装置はちょっと特殊な方法で情報を送るんです。こういう風な感じで情報を伝えるんです」
私はそう言うと手に木の板と棒を持つと棒で板を叩いた。
コンコンという乾いた音が響いた。
「スキルの『思念』は会話するように相手に言葉を直接脳に伝えます。でもこの機械はそんなことは出来ません。代わりにさっき私が板を叩いたように打点を信号として使うんです」
「打点?」
「一度叩いたらその情報を一つの点として送るんです。二回叩いたら二つの点がというようにしてね」
私の説明に何となく理解を示す者もいればまったく理解不能というように匙を投げる者もいた。
「百聞は一見に如かずです。実際にやってみましょう」
そう言うと私はエライザに合図を出す。
エライザは頷くと広場の一番端へと移動した。
「今から実際にこの装置を使って情報を送ります。私が内容を決めてしまうと事前に準備していたと思われてしまうので…、ミーシャさん、協力していただけますか?」
私はミーシャを指名した。
ミーシャは驚きの表情をしたがすぐに頷くと私の元へとやって来た。
「ミーシャさんが決めた情報をあの位置にいるエライザがこの機械目掛けて送ります。するとこの機械がその情報を受信して教えてくれます」
「何!?あの位置から送るだと?」
ミーシャは驚きの声を上げた。
しかしこれが成功すればエルフ達も私の話を受け入れてくれるようになるだろう。
「遅れるのは打点のみです。例えばまず2回打つ、次に4回、次に3回とかそういう感じでお願い。何回繰り返すのかの制限はありません」
「何だそれ?まぁ、いいが…」
そう言うとミーシャは送る内容を決める。
最初に2回、次に5回、その後は2回、2回、6回、1回、5回打つと決めた。
なかなかに複雑だ。
その情報をアイリスがエライザに伝えると戻ってくる。
私は機械に近づくと側面にあるボタンを押した。
ウィーンという低き音が鳴り始めた。
「何だ、その音は!?」
エルフ達はパニックになった。
「大丈夫です。この機械が動き始めただけです」
「動く?」
一応に不思議そうな顔をした。
「この機械はただ置いてあるだけでは何の役にも立たないんです。こうして起動させてはじめて使えるようになるんです」
そう答えると私は手を挙げてエライザに準備完了の合図を送った。
すぐにエライザも手を挙げて了解と伝える。
こちらの方を向くと手を耳の横に寄せ、目を閉じた。
機械はすぐにガシャンガシャンという音をたて始めた。
突然のことにエルフ達は互いに抱き合って震える。
音が鳴り止むと機械の下から一枚の紙がペロンと現れた。
私はその紙をゆっくり引き抜くと、機械のボタンを押して停止させた。
「見てください」
私は機械から出てきた紙をミーシャに手渡した。
「これは!?」
ミーシャが驚きの表情と声を上げた。
紙には端から2つ、5つ、2つ、2つ、6つ、1つ、5つの穴が開いていた。
「指定した回数と合ってますよね」
「ああ…、確かに」
ミーシャの言葉にエルフ達は騒然となる。
しかし、
「でもただの点だけじゃない?何にもそこに内容なんて入ってないじゃないか!」
一人のエルフが叫んだ。
確かに情報の送信と受信は出来たのかもしれない。
しかし送られた情報はただの点の連打だった。
それだけでは何の意味もない。
そこによく気付いてくれたと私は心の中でガッツポーズした。
「ええ、この機械は点を送ることしか出来ません」
「じゃあどうやって里の情報を伝えるのさ!」
苛立ったような叫び声が響いた。
確かにそうだと言わんばかりの視線が私に向けられる。
「例えば点が1回なら『あ』、2回なら『い』というように打つ点の回数によって文字が決まっていたとしたら、どうですか?」
「あっ!?」
驚きの声がした。
私の言葉の意味をその場全員が理解したようだった。
広間はまるでお通夜のように静まり返った。
「ということは外に出ることを許され、『思念』が使える者が裏切り者ということか!」
沈黙を破るようにミーシャが静かに怒りの声を発した。
「いえ。それは違います」
私はすぐさま否定した。
「何故だ!?今の説明ではそれ以外は考えられないだろうが!」
ミーシャは激高した。
「落ち着いてください。まずそんなことに該当するのはエライザしかいませんが、エライザは常に私達と共に行動してましたから、おかしな行動をしていればさすがにわかります。それに、どうやらエライザが外に出る許可を得る前から情報漏えいは始まっていたようです」
「では、一体誰が、どうやって、どこから送ったというのだ!」
ミーシャは興奮のあまり言葉が出てこずに地団太を踏んだ。
「それはこの洞窟の中から送ったんですよ」
「はぁっ?」
私の答えにミーシャはポカンとした顔になると間抜けな声を上げた。
「いやいやいや、この洞窟は外に『思念』を通さないことくらい、あんただって知ってるだろ?それが何だ、出来るっていうのか!」
「はい、それが出来ちゃうんですよ」
「何だって!?」
広場が騒然となった。
彼らにとって厚い岩壁は最大の防御ポイントだったからだ。
それが崩れたとなれば一大事だ。
「一体どうやって?どこから漏れていたんだ!?」
疑問の声が飛ぶ。
「園庭にある昔使われていた通路はご存知ですよね。あの通路を覗くと外が見えます。そこから外へ情報を飛ばしていたんですよ」
私は調査した結果わかった事実を伝えた。
「外が見えることは知っている。しかしあそこから見えるのはほんの僅かな隙間だったはずだ。あの隙間を狙うなんて穴にかなり近づかないと無理だ。そんなことしてたらすぐに周りにバレるに決まってるじゃないか」
「はい。だから遠くから狙ったんですよ」
「はぁっ?何言ってるんだ。ちょっとでも狙いが外れれば岩壁に当たって思念は吸収されてしまう。まさか奇跡的に隙間を通過するまでずっと送り続けてたっていうのか?」
あり得ないとばかりにミーシャは首を振った。
「確かにそうですね。一人だったら」
「!?何…だと…」
私の言葉に驚きのあまりあんぐりと口を開け固まってしまった。
「要は力技です。一人の力で無理なら複数人で力押しすればいいんですよ。そうすればちょっとの隙間でもすり抜けることが出来るんです」
「まさか…。そんなことって」
ミーシャは膝から崩れ落ちた。
エルフの結束は強い。
だから単独犯と思っていたのだろう。
裏切り者が複数いるという事実にお互いが信じられないとばかりにエルフ達が騒ぎ出す。
「静かにせんか!話はまだ終わってはおらん!」
レノンが場を制する。
すると喧騒は一瞬にして納まった。さすが里長だ。
「『思念』を使えるのはイーストで3人、あとはノースを除いて1人ずつの計5名。彼らが結託していたということか!」
誰かが呟くと一斉に『思念』持ちのエルフ達に冷たい視線が向けられた。
「違う!俺はそんなこと知らない!」
視線が向けられたウエストのエルフが必死に否定する。
おそらく彼がウエストの里の『思念』使いなのだろう。
「皆さん落ち着いてください」
私はまずはエルフ達を落ち着かせた。
何故ならこれからが本番なのだから。
「これが落ち着いていられるか!」
怒号が飛ぶ。
しかし私は冷静にあることを告げた。
「まず皆さんは勘違いをしています」
「勘違い?」
「はい。まずそちらの方は無関係です。そして『思念』持ちは5名ではなく6名です」
「6名だと!?」
驚きの声が上がり場が騒然となる。
「そうですよね、アトラさん?」
「!?」
突然自らの名前を呼ばれ、アトラは驚きの表情を見せた。
となるはずだったのだが、アトラはまったく違う反応を見せた。
眉間にしわを寄せ、ただ黙って私を睨みつけたのだ。
「アトラ殿、どういうことですか?あなたのスキルは『思念』ではなかったはずでは?」
ミーシャが信じられないという驚きの表情で訊ねた。
「アトラさん、ノースフォレストのエルフの中に『思念』持ちがいますよね?」
「何のことですかな」
私の問いにアトラは静かに答えた。
あくまでしらを切るようだ。
「では何故あなた達の里のテントから『思念』が送られているのかご説明いただけますか?」
エライザに依頼した結果、黄色のテントから『思念』が送られていることが確認出来た。
そしてそこに誰が住んでいるのかも…。
しかし今はまだ言わないでおくことにする。
「勝手なことを言わないでいただきたい」
アトラはなおも否定を続けた。
どういうことだ?何が起こってるんだ?と周りのエルフ達がざわつきだす。
私は周りの喧騒も気にせずに話を続けた。
「勝手なことを言う、ですか。それはあなたのことじゃないですか?」
「何?」
「ここに加入するとき、全員のスキルを報告することが求められています。あなた達の里も報告していますけど、あれ本当ですか?」
「本当だ」
アトラは少し早口でくい気味に答えた。
かすかに額に汗が見えた。
「そうですか。でもあれって性善説を前提としていて、本人が言っているのを丸々信用しています。つまり、嘘をつこうと思えば偽ることは可能なんですよ。もう一度聞きます。ノースフォレストのエルフの中に『思念』持ちがいますよね?」
エルフの持っているスキルはすべて里が管理している。
誰がどんなスキルを持っているのかを集約することで、役割を効率よく適材適所に割り振りすることが出来るようになる。
しかしどんなスキルを持っているのかは自己報告だ。
エルフ同士では互いに信用しあうというのがエルフの伝統らしい。
そのため、本当にそのスキルで間違いないのかという確認は行われていなかった。
私の問いかけにアトラはしばし黙り込む。
本当であれば黙る必要などないのに。
しばしの沈黙は彼が嘘をついているということを明確に証明していた。
のだが、
「私達の報告に間違いはありません」
一見するときちんと答えたように聞こえた。
しかし私の質問への明確な答えではなかった。
決して否定しているわけではない。
しかし肯定したわけでもない。そんな回答だった。
アイリスの調査によって彼が嘘を報告していたということは既にわかっているというのに、彼は本当のことを最後まで答えなかった。
「そうですか。わかりました。では穴は塞いでしまってよろしいですね?」
「!?」
私の問いかけにアトラこれまで以上に明らかな動揺と焦り表情を見せた。
「どうしましたか?今回のことに何も関係ないのなら、里の安全のためにもむしろ穴は早急に塞ぐべきではないですか?」
「それは…」
アトラは口ごもってしまった。
彼の動揺はもう誰の目から見ても明らかなものとなっていた。
「困りますよね。定期的に里の情報を送る。それがあなた達に課された使命。別に私はそんなことどうでもいいんですけど、それがなくなってしまうと一体どうなってしまうんでしょうね?」
「貴様!」
私はわざとアトラを煽り挑発した。
案の定彼は挑発に乗った。
叫び声を上げると私に向かって飛びかかる。
アトラのスキルは『跳躍』。
一瞬で数十メートル飛ぶことが出来るスキルだ。
一瞬の出来事なので消えたと錯覚させることも出来る。
長距離の移動を短時間でこなすことが出来ることから『思念』とともに情報連絡スキルとして重宝されているスキルだ。
キャアという悲鳴が広場に響いた。
アトラの手が私の首元へ伸びる。
しかし、彼の手が私に触れることはなかった。
「そこまでだ!」
アトラの手をレノンは掴むと捻り挙げる。
そしてそのまま地面に倒し押さえつけた。
「お主ならきっとこれくらいのことはやるだろうと思っていたが。残念だよ」
「どうして…」
アトラは地面に押し付けられたまま唸った。
「お主らも動くな!」
レノンは視線を広場に移した。
そこに映ったのはノースフォレストのエルフ達が武器を手にした光景だった。
しかし同時に彼らの喉もとには刃物が突きつけられており、身動きがとれずに固まっていた。
偵察部隊と探知係の精鋭による鮮やかな制圧だった。
アイリスの凛々しい姿もそこにはあった。
「武器を捨てろ」
静かにレノンは呟くとノースフォレストのエルフは大人しく武器を手から離した。
「一体何がどうしているんですか?」
今起きている状況が理解出来ず、ミーシャがレノンに問いかけた。
「ノースフォレストの里全員が裏切り者だったんだよ」
「はっ!?里全員が…?」
「私もこのことを知ったときには信じられなかった…」
レノンはそう言うとアトラの手足を拘束すると私の方を見た。
「私の方からお話させていただきます」
私は事の経緯を説明した。




