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エルフの里は焼かれがち  作者: 北川やしろ
1. エルフと私
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1-2. エルフとの出会い

 「寒っ!」

 最初に感じた感覚はそれだった。

 

 目を覚ますと大地に寝転んでいた。

 視界には青い空が広がる。


 「あれ?私、確か店で転んで…」

 独り言を呟き体を起こすと周りを見回す。

 一面草木が生い茂っている。

 どうやらどこかの森の中のようだ。


 「これは夢?」

 頬をつねる。痛い。

 どうやら夢ではないようだ。

 何故森の中?私の頭の中が大混乱を起こす。


 薄暗い森の中に一人。遭難と獣による被害はまだ経験したことがない。

 こんなときどうしたらよいのだろう。すぐには思いつかない。

 「困ったなぁ」

 とりあえず身の安全を確保しなくては。

 改めて周囲を見渡す。

 カバンなど持っていた荷物の姿は見えなかった。

 スマホを取り出そうと思う。

 周囲を警戒し視線は周囲に向けたまま手だけ動かしてズボンを触ってスマホを探す。

 ズボンの布の感触は感じたが、スマホの感触は感じられなかった。


 どうやら完全に着の身着のままのようだ。

 武器となるようなものは何もない。さて、どうしたものか。

 途方に暮れていた、そんなときだった。


 「あの~、大丈夫ですか?」


 突然頭上から声がした。

 びっくりして頭上を見上げると、頭上に張り出した木の枝の上に人影が見えた。

 よかった人がいた。これでなんとかなる。助かった…。

 私は安堵した。


 「めちゃめちゃ困ってて。助けていただけると嬉しいんですが…」

 私は素直に答えた。

 もし私を襲うのであれば声をかけずに襲えばいい。

 声をかけてきたということは敵意がないということだ、と都合よく自分に言い聞かせる。


 すると頭上の人影は手を上げて返事を返してくれた。

 どうやら助けてくれるようだ。


 「今降りるのでそこから動かないでください」

 声の高さからみてどうやら女性のようだ。

 彼女はそう言うと、3階くらいの高さにある枝から地面に向かって飛び降りた。

 かなりの高さから飛び降りたはずなのに、まるでその場でジャンプしただけであるかのように軽々と着地する。

 「もう大丈夫ですよ」

 彼女は私にそう言うと笑顔で手を差し出した。


 陰になってよく見えなかった声の主の姿がはっきりと見える。

 その姿に私は驚愕した。


 服の上からでもわかる立派な胸の膨らみ、キュッと引き締まった腰のくびれ。

 そこにいたのはスタイル抜群な女性だった。

 しかしそれ以上に目を引く特徴があった。

 長い金髪に尖った耳、長いまつげに瑠璃色の瞳。すらりと長い手足に色白の肌が美しい。

 緑を基調とした服を着用し、背中には弓と弓矢が見える。

 それは漫画やアニメの世界のキャラクターそのものだった。


 いわゆるエルフと呼ばれる生き物だった。



 「こんなところでどうしたんですか?」

 ポカンとしている私にはお構いなしに女エルフは私の手を引っ張り立ち上がらせる。

 改めて近くで見ると顔の作りなどから見てやはり女性で間違いないようだが、やはりエルフと言っていいのか私よりも遥かに強い腕力を感じた。


 「よくわからないんです。気付いたらここに倒れていて…」

 私は彼女の目をしっかりと見つめて答えた。今頼れるのは彼女だけだ。

 身体能力、地の利、ともにない私が今ここで下手に疑われ見捨てられるようなことがあれば間違いなく待っているのは死一択だ。

 「どこから来たかとかわかります?」

 「いえ、わからないんです。気付いたらここにいたんです」

 私は彼女の問いかけに答えた。

 「記憶がない…、ということですか?」

 「…そうですね」

 一瞬答えに窮してしまう。

 記憶はある。しかしその記憶はここでは何の役にも立たない。

 記憶がない状態と状況は同じようなものだ。

 「わかりました、それは大変でしたね。もう日暮れも近いですし、少し行ったところに私たちの里がありますので一緒に行きませんか?」

 彼女は一瞬考えた後すぐに私の手をギュッと握ると心配そうな顔をして提案する。


 彼女の提案に私は驚いた。

 エルフは確か非常に排他的な種族として描かれることが多いからだ。

 どこの馬の骨かも知れないような他人、ましては人間を里に入れるのは大丈夫なのだろうか。

 「とてもありがたいですけど、私が行って大丈夫ですか?」

 「全然問題ないですよ!」

 恐る恐る訊ねる私に彼女はにこやかに笑いかけた。

 「私はアイリス・エルフィンクロイツイースト・アルカディア。イリスと呼んでください。あなたは…、名前は思い出せますか?」

 イリス。何故「ア」だけ取ったのか?

 そんなことを考えて彼女の話をちゃんと聞いておらず、慌てて彼女の質問に答えた。


 「私は加藤李衣奈(かとうりいな)と言います。……あっ!」

 しまった、と私は思わず口を押さえる。

 今の私は記憶喪失なのだ。

 にもかかわらず、つい聞かれるがまま名乗ってしまった。

 無意識というのは恐ろしい。思わず頭を抱える。

 アイリスは私の行動に?を頭に浮かべると、カトウリイナ?カトーリーナ?と私の言葉をブツブツと独り言のように繰り返し呟く。

 すると突然、あっと何かに気付いたような声をあげた。


 「もしかして、『カトリーナ』じゃないですか、あなたの名前?」

 アイリスは嬉しそうにキラキラした目で私を見つめる。

 どうやら私の一連の仕草が忘れていた名前を思い出し驚いていると受け取ったようだ。

 「あっ…はい。そう…、私はカトリーナです」

 少しカタコトになりながら私は答えた。

 否定することも出来たが、それをしてしまうと怪しまれてしまうかもしれない。


 学生時代のあだ名の復活に懐かしさを感じる。

 『加藤李衣奈』だからカトリーナ。安直なダジャレだ。

 しかしこうなってしまっては甘んじて受け入れるしかない。


 「ところで…、下の名前って思い出せます?」

 「えっ、下の名前?…ですか?」

 下の名前って何だ?苗字のこと?それとも名前のこと?

 いずれにせよこれ以上名乗れるようなものはない。

 アイリスの問いかけに私は困惑する。

 「あ~っと…、下の名前…。すいません、それはちょっとわかりません」

 「そうですか…。思い出せませんか…」

 アイリスは私の答えに少しがっかりしたように見えた。

 本当にわからないことだから嘘は言っていない。

 しかしそんなに落胆させてしまうようなことだっただろうか。

 「まぁ、しょうがないですね。でもカトリーナと言う名前がわかっただけでも大収穫じゃないですか!」

 アイリスは何故か私より嬉しそうだった。

 どうしてここまで親身になってくれるのだろう。

 名前がカトリーナになってしまった事実を受け入れながら私は黙って頷いた。

 「ここで立ち話もなんですし、暗くなると危ないので急ぎましょう!」

 私の頷きを肯定と受け取ったのか、アイリスは私の手を掴むと手を繋いだままジャンプする。

 真上に飛び上がると最初私がアイリスを見つけた木の枝の上に着地した。


 「ヒャッ!?」

 思わず悲鳴を上げてしまう。

 高いし枝細いし。

 ひとっ飛びでこの高さまでジャンプとかありえないし!


 「どうしました?」

 パニックになっている私をアイリスは不思議そうな顔で見る。

 「いや、高いし細いし。普通に下を歩いて行くのはダメなんですか?」

 私は必死に訴える。

 「下はダメです。罠があるかもしれませんし、何より魔物に襲われる恐れがありますから」

 私の意見はあっさり否定された。

 っていうか魔物がいるとか初耳なんですけど!

 「あぁ…。あ、あの…私、枝の上ジャンプして移動とか、…無理なんですけど」

 「えっ、出来ないんですか?」

 私の必死の訴えにアイリスは信じられないものを見たかのように驚きの表情で振り返った。

 「本当に出来ないんですか?」

 「あっ、はい。たぶん、と言うかおそらく出来ないかと…」

 私は申し訳なく答える。

 って言うか、普通無理だろ!心の中で舌打ちする。


 「う~ん。それは困りましたね」

 私の反応にアイリスはわかりやすく頭を抱えて悩むと私をジロジロと見つめた。

 「うん、きっと大丈夫です。ゆっくり行くので私の手を離さないでくださいね!」

 何が根拠となったのかわからないが、アイリスはあっけらかんとした表情で私が樹上移動することを求めた。

 おいおい嘘だろ、と私はまさかの展開に驚愕する。

 「私、本当に出来ますかね?」

 眼下の地面を見下ろしながら私は訊ねた。

 「大丈夫です。記憶はなくても体はきちんと覚えているものですよ。さぁ、行きましょう」

 アイリスは怖がる私には構わず手を引っ張ると、有無を言わさず隣の木の枝にジャンプする。

 あまり考えなしに行動しているように見える。さてはコイツ脳筋か?


 しかし私がどんなに拒否していたとしてもアイリスが飛んでしまえば手を掴まれている私も一緒に飛ばざるを得ない。

 意を決してジャンプする。

 と言いたいところではあったのだが、不思議なことにまるで地面を歩くときのように自然に足が出ると隣にある木の枝に難なく着地する。

 「ほら、大丈夫だったでしょ。やっぱり体は思えているものなんですよ!」

 アイリスは嬉しそうに私に抱きつきながら言う。

 柔らかく暖かな人肌(エルフ肌というのが政界なのだろうか?)が触れ、フワリと花の匂いが鼻に香る。

 「ハハハ。何だかよくわかないのですが、出来たみたいです。何でだろう?」

 すんなり出来たことに私が一番驚く。

 自分の隠された能力に思わず引きつった笑いがでる。

 もしかして、私の身体能力って実はすごかったのだろうか?

 「この調子だったら問題はなさそうですね。では私の後について来てください!」

 「えっ、ちょっちょっと待って!」

 アイリスはそう言うと一人で先に行ってしまう。

 思わず間抜けな声が出る。

 おい脳筋エルフ!置いてくな!

 心の中で叫ぶ。

 「大丈夫ですよ。日が暮れる前にさぁ、早く行きましょう!」

 アイリスは嬉しそうに声を弾ませる。

 こいつには何を言ってもダメだ。

 私は抗議するのを諦めただ前を行くエルフの背中を追いかけるに集中することにした。

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