1-19. レッツクッキング!
帰って来た私達を待ち構えていたのはエルフ達の好奇の目だった。
「あれってカーキンだろ?あんな食えないもの一杯持って帰ってきてどうするんだ?」
「リーゴンだってあんなにあっても食べきれないよ?もったいない」
そんな声があちこちから聞こえる。
「さぁ、リーナ。まずは何もしたらいい?」
話を聞いたタマラが腕まくりして私の指示を今か今かと待っていた。
「ではまずはカーキンの皮を剥いてください」
タマラとエライザにはカーキンの皮むきをお願いする。
「じゃあその間にお湯を準備しましょう」
私とアイリスはお湯を沸かす準備に取り掛かる。
炊事場を見回し鍋を探す。
壁沿いに立てかけてあるものを見つけ、手を伸ばす。
「ちょっと!何してるんだ!」
突然怒鳴り声がした。
驚いて振り返ると見たことがない女性エルフが立っていた。
「別に怪しいことじゃないですよ。ただお湯を沸かそうとしていたところですよ」
アイリスが説明した。
アイリスの姿を見た女性エルフは急に落ち着かない様子でソワソワしだした。
「どうかしましたか?」
その様子が気になり私は女性エルフに訊ねた。
「あっ、いいえ。…あぁ、その鍋ね。穴が開いてるかもしれないから、お湯を沸かすのは別のにした方がいいよ」
そう言うと急いでその場から立ち去ってしまった。
「誰?あれ?」
あまりにも怪しすぎる行動だった。
確かにまだ私は里のエルフ達からの信用はあまりないと自覚している。しかし彼女の行動は今まで私が受けてきたエルフ達のよそよそしい対応とは明らかに違うものに感じた。
「アトラさんの奥さんのリズペットさんだね。お隣さんだけど彼女あんまり外に出てこないからね」
「お隣さん?」
言われて初めてお隣さんの存在を思い返した。
アリシアのテントの裏には黄色のテントが立ち並んでいる。ノースの人たちのエリアだ。
アトラはノースのまとめ役で私がテントから出たときに姿を見ることがよくあった。
気さくに声をかけてくれることもあれば、何故か険しい表情でそっけないときもあった。
そんな彼に奥さんがいたとは初耳だった。
「ノースの人達って本当に交流が少ないんだよね。すごくよそよそしいというか、何かちょっと不気味な感じ」
「不気味?」
「うん。何だか私達のこと監視してるっていうか観察してるっていうか」
それは確かに気味が悪い。
確かノースは最後まで人間達と交戦していた里だと聞いた。
他者との交流には消極的な種族なのかもしれない。それゆえ同族であったとしても他の里の者にはよそよそしいのかもしれない。
「鍋、あっちにもあるけどあれにする?」
少し離れたところにあった鍋を見つけ、アイリスが指差した。
「あっ、うん。じゃあそれでお願い」
アイリスは特に気にしていない様子で鍋を手に取ると水を入れ釜戸に載せた。
お湯が沸く頃、ちょうどカーキンの皮むきが終了するとそれを鍋に投入する。
「何あれ?カーキンを茹でるとかわけわかんねぇ」
相変わらず周囲は私の一挙手一投足に対して悪口を言う。
ある程度茹でると取り出し一旦冷ます。
「これで食べられるのかい?」
タマラがカーキンを手に取って聞いてきた。
「いえ、これからが一番重要な作業になります」
「重要な作業?」
タマラが不思議そうな顔をする。
「串にさしてもいいんですけど、見た目も重要かなと思いまして」
そう言うと私は十分冷めたカーキンを一つ手に取ると下手の部分に紐をグルグルと巻きつけた。
そして等間隔に間を空けて同じことをいくつものカーキンに施して行くと一本の紐にずらりとカーキンが吊るされる。
「何だこれ?」
エライザは世にも奇妙なものを見たとばかりに困惑の声を上げた。
「あとはこれを風通しのよいところで干してしわしわになるまで乾燥させると完成です」
ずばり干し柿だ。
小さい頃祖母の家で何度か手伝って作ったことがあったが、まさかこんなところで役に立つとは。
おばあちゃん、ありがとう!
「すぐには食べられないのかい?」
タマラは器用に私のやったやり方をすぐに覚えると手を動かしながら訊ねてきた。
「はい、前年ながらすぐには無理ですね。これは元々保存食ですから」
「保存食?10日くらいは持つのかい?」
「いえ。多分ですけど30日とかは持つんじゃないですかね」
確か12月くらいに作った干し柿は2月くらいまであった記憶がある。
もちろんこの世界とは衛生環境はもちろんだが、洞窟の中という環境ではかなりの違いは現れそうなので、短めに言っておく。
「30日だって!?本当に!?」
タマラは目を見開いて驚いた。
「ええ。本当は外に出して陽の光に当てるのが一番いいんですけどね。それならもっと長く、品物もいいものが出来るんですけど」
「何だって!じゃあ外に出そうじゃないか」
タマラは興奮気味に言った。
「鳥や獣に食べられるかもしれないので、鳥避けは欲しいですね。あと干すときには重ならないようにしてください」
「わかった。すぐにレノンに言ってくるよ」
そう言うとタマラは立ち上がって一目散にレノンの元へ走っていってしまった。
「ねぇリーナ。リーゴンも同じようにするの?」
アイリスはリーゴンを鍋に入れようとする。
「待って!それはまったく別の方法で加工するから!」
危うく茹でリーゴンが出来上がるところだった。
タマラがいなくなってしまったが、代わりにシュモライザが作業に加わってくれた。
「リーゴンを適当な大きさにカットして、少量の水を加えます。そしてそこに砂糖をく合え煮ていきます」
この世界にも砂糖はあった。
砂糖というと南国のサトウキビを思い出しがちだが、実際のところ北国で作られる砂糖大根ことビートが原料として一番使われている。
そして炎竜の棲み家といわれる森にはビートに良く似た植物があるらしく、エルフ達はその植物を収穫して砂糖を生産していた。
「少し蜂蜜も入れてみよう」
煮たってきたところで蜂蜜を少々追加。
リンゴもといリーゴンジャムの完成だ!
ちなみにこれも小さいときに祖母と一緒に作ったときの知識だ。
おばあちゃん、ありがとう!
「ルーナ、シアン。味見してみる?」
野次馬の中に見覚えのある人影を見つけ、味見役を提案する。
「えっ、いいの!」
ルーナとシアンは喜んで駆け寄ってきた。
ご存知、二人は園庭で一緒に遊んでいる子供エルフだ。
ルーナは最初に私に話しかけてくれた少女、シアンは子供の中のリーダーで常に私をからかってくる生意気な少年だ。
「指出して」
そういうと二人は人差し指を差し出す。
出された指にちょっとだけジャムをのせる。
「食べてごらん」
二人はお互い顔を見合わせると指を口に入れた。
「!?」
「何これ!?すっげ~上手い!」
ルーナは目を見開き驚きの表情を浮かべ、シアンは絶叫した。
「本当だ。リーゴンの甘酸っぱさがより強く濃縮された感じだね」
試食したシュモライザも太鼓判を押してくれた。
「パンにつけたりって言ってたけど、これなら確かにパンもおいしくなるかも」
アイリスにも好評だったようだ。
ちなみにこの世界のパンはクソ不味い。
ライ麦パンのような黒い見た目にバサバサで硬く、とにかく水分が持っていかれる。
おまけに若干独特な苦い味がする。
しかし栄養価が高く保存が利くという理由から主食として食べられている。
実際にやってみる。
激まずパンにリーゴンジャムを乗せる。
「これなら一杯食べられそう」
ルーナがにっこり笑う。
「ええっ、ルーナ。本当に!?」
ルーナの言葉に女性エルフが口元を押さえて驚きの表情をした。彼女はルーナの母親だ。
ジニーの話によるとルーナは食が細くそれが理由か他の子供達より体力があまりないらしい。
襲撃にあった場合他のエルフ達と共に逃げ切れるかが心配されていた。
そんな彼女がもりもりパンを食べている光景は大人達にとっても衝撃的な光景だったようだ。
「そんなに美味いのか?」
「ちょっと気になるね」
私に向けられていた視線が悪意から好奇心と好意的なものに変わり始めた瞬間だった。
後に出来上がった干し柿も大好評となり、私の評価はあっという間にうなぎ登りに上昇していった。この日のことは後にリーゴン革命と呼ばれエルフの里の歴史に刻まれることになるのだった。




