1-15. エルフの宝物
「ねぇリーナ。今日は園庭に行ってみない?」
アイリスが声をかけた。
「園庭?」
「うん。ここのところ里長と話してばっかりじゃない。たまには子供達と一緒に遊ばない?」
衝撃の二日目から早一週間。翌日からアイリスとエライザによる監視が始まった。
それと同時に連日レノンの元へ説明に行くのが私のルーティンとなっていた。
「いいんじゃない。大人はまだしも子供達はあんたのこと気になってるみたいだし」
エライザがぶっきらぼうに答えた。
あの絶望の後、エライザからは「絶対に余計なことはするな」という無言の圧を受けている。
「じゃあ、行ってみようかな」
私は答えると監視役二人と共にテントを出ることにした。
園庭とは子供達の遊びの場のことだ。
エルフの数が増えたため全員が集まるには狭すぎるという理由から広場の場所が移転し、その空いた土地を使っている。
色とりどりのテントの群れの間をすり抜け進む。
見慣れた光景になりつつあるが、違うことといえば、里長のテントや広場、入り口とは間逆の方向だということだ。
初めて見る景色に少しワクワクする。
「そういえば、なんでテントの色が違うの?」
今更ながら疑問をぶつけてみた。
「白がイースト、緑がウエスト、青がサウス、黄色がノース。各里によって色分けしてるんだよ。里によって風習とかも違ってるからね。未だに元の里のエルフ同士の結束は強いんだよ」
「なるほどね」
エライザは丁寧に教えてくれた。
アイリスとエライザはイースト出身だからテントの色は白だ。改めてみると白いテントが一番多い。
「イーストが一番多いんだね」
「そうだね。元々はどの里も同じくらいの数だったらしいけど、一番人間達から遠い場所に住んでいたのがイーストだったから」
「イーストが大体60くらい、ついでサウスが40。ウェストが30、ノースが15ってとこだね」
アイリスの説明にエライザが補足する。具体的な数字があるのが助かる。
「随分ノースは少ないんだね」
「うん。3つの里は早い段階で合流したんだけど、ノースだけは最後まで単独で交戦してたんだ。加入したのはちょうど1年くらい前になるかな。単独で交戦していた分、随分犠牲者が出ちゃったみたい。戦わずに逃げれば違ってたんだろうけど。まぁ、結果論だけどね…」
アイリスの耳が垂れる。
そんなことを話しているうちに賑やかな子供達の笑い声が聞こえてきた。
「子供達が元気なのが、何よりも希望だよ」
アイリスがしみじみと呟く。
「本当なら空と木々に囲まれた場所で遊ばせてやりたんだけどね。私達が子供のときのように」
エライザもそう言うと目を細めた。
子供は宝とはよく言われるが、エルフも同じ感覚を持っているのだろう。
洞窟の中はそれほど広くはない。にも関わらず子供達の遊び場を作るのだから、相当子供達を大切にしているということがわかる。
子供達はキャッキャッと歓声を上げて園庭を走り回る。
よく見ると土偶のようなものが子供達の後ろを追いかけていた。
「あれ何?」
私は土偶のようなものを指差した。
「あれは土人形だよ」
「土人形?」
「そう。土を捏ねて人形にしたものだよ」
それは見てわかるのだが、聞きたいところはそこではない。
「何か動いてるけど?」
「『転写』の魔法だね」
「『転写』?」
「そう。意識を別の物体に送ることでその物体を操ることが出来るスキルだよ」
私の疑問にアイリスが答えてくれた。
「ほらあそこにジニーがいるでしょ。彼女が『転写』を使って土人形を動かしてるんだよ」
エライザが広場の方を指差した。
指された先には大人のエルフが一人、何やらあやとりでもしているかのように手を動かしていた。
格好からして女性のようだが、エライザの件もあるので断定は出来ない。
「ジニー、おはよう」
アイリスが大人のエルフに声をかけた。
「イリス、おはよう。エライザも」
ジニーと呼ばれたエルフはアイリスとエライザには挨拶を返した。
しかし私の姿を見ると口ごもってしまった。
「ジニーは話すの初めてよね。紹介するわ、リーナよ」
アイリスはジニーの様子などまったく気にせず私を紹介した。
「はじめまして、カトリーナです。よろしくお願いします」
「あっ、うん。よろしく…」
私の自己紹介にジニーは短く答えた。
明らかに警戒というか関わるのを嫌がっていることがわかる。
「ほら、いったでしょ。あんたまだ歓迎されてないって」
エライザが嫌味を言う。私は苦笑いをするしかなかった。
「ああ!黒いヤツだー!」
突然園庭に元気な大声が響いた。
驚いてその場にいた全員が声の方を振り向くと、5人ほどの子供エルフがこちらの方をキラキラした目で見つめていた。
「コラ、そんな風に言っちゃダメでしょ!」
アイリスが拳を突き上げて叫ぶ。
「だって父ちゃん達が言ってたもん。黒い不気味なヤツが不幸を持ってやって来たって」
「えっ?何それ?」
一人の子供エルフの言葉にアイリスは驚きと戸惑いの声を上げた。
「黒いヤツには近づいちゃダメってお母さんが言ってた。私も黒くなっちゃうよって」
今度は別の子供エルフが言った。
「はぁ?何言ってるの。そんなわけないでしょ!」
アイリスはすぐさま否定する。
しかしその間子守をしていたであろうジニーが子供達の言葉を否定することはなかった。
ジニーもそう思っている一人なのだろう。
「だったとしたら、一番長く一緒にいるイリスはすでに真っ黒なんじゃないの?」
エライザが子供に矛盾を指摘する。
「でもエライザはお腹真っ黒じゃない?」
「はぁ?誰だ今腹黒いって言ったヤツは!」
エライザは拳を挙げて腹黒いと言った子供を追いかける。
キャッキャッっと子供が甲高い声を上げて逃げ回る。
ここだけ見れば微笑ましい光景なのだが…。
「ごめん。私が行こうっていったから…」
アイリスは耳を垂れさせて謝罪した。
何となくだがこうなるような気はしていた。
「帰ろうか?」
私達は何となくここに居ても気まずいので帰ることにした。
軽くジニーに会釈し、来た道を戻ろうとした。のだが、
「ねぇ、もう帰っちゃうの?」
一人の子供エルフが私の服の裾を掴んで声をかけてきた。
曇りのない綺麗な瑠璃色の瞳が真っ直ぐ私を見つめる。
「帰っちゃうの?」
子供エルフはもう一度同じことを言った。
「遊んでくれないの?」
子供はどこか寂しそうに呟いた。
「一緒に遊んでいいの?」
アイリスはしゃがみ込んで子供に訊ねた。
「うん」
アイリスの言葉に子供は大きく首を上下させて頷いた。
「そっか、じゃあリーナが面白いもの見せてくれるよ」
「えっ!?」
何の打ち合わせもなく放たれたアイリスの無茶振りに変な声が出た。
「ほらリーナ。里長が腰抜かしたやつあるじゃない?」
「あぁ、あれ」
数日前、里長への説明の場の光景を思い出す。
「やるのは全然いいけど、モノがないとどうしようもないよ」
「そっか…」
アイリスは肩を落とした。
いいアイデアだとは私も思った。
しかし手ぶらで来てしまったため、申し訳ないがどうすることも出来ない。
「ごめんね。すごく面白いものだったんだけど、それは無理そう。でも他のことならいいよ」
アイリスは子供に謝る。
私も申し訳ない気持ちになる。
「面白いこと、見せてくれないの?」
泣きそうな目で見つめられた。
「あっ…、う~ん」
そんな目で見ないで!心が痛い。
「ちょっと待ってね」
私はそう言うと園庭を見渡した。
何もないと思っていたけれどよく見てみると様々なものが目に付いた。
干してある洗濯物、弓矢の練習用の的、乾燥中の薬草などなど。
何故か壁には鍋が立てかけてあった。
ここから炊事場は随分離れている。洗った後の乾燥中なのかもしれないが、それなら炊事場近くにある松明のそばの方が良く乾きそうなのだが…。
そんな中、子供達が遊んでいたであろう木を丸く加工した小さな玉が目に入った。
直径3センチほどの大きさで、おそらく的に当てる遊び用だと思われる。
さらに水分補給用のコップが数個目に付いた。ちなみにこちらも木で出来ている。
「これならいけるかも…」
私はボールとコップをそれぞれ回収した。
その様子に子供達は「何してるんだ?」という視線を向けた。
子供の前に戻るとアイリスが子供達を私の前に来るよう呼び寄せた。
「今からすご~く面白いことが起こるよ」
あまりハードルを上げないでもらいたい。
「ここに木で出来た玉と中身の入ってないコップが2つあります」
私はコップの中に何も入っていないことを子供達に確認させた。
「この玉をコチラのコップに入れます」
コップに玉を入れ、それぞれのコップが底を上にするようにひっくり返して並べた。
そして両手を開いて手に何も持っていないことを確認せた。
「今、玉はどこに入ってるかな?」
「何言ってるんだよ。こっちに決まってるじゃないか!」
私の質問に子供達は当然とばかりに声を張り上げた。
私は子供達が示した方のコップを少し持ち上げると入れた玉がチラリとこんにちわする。
「はい、確かに今玉はこのコップの中にあったよね?」
「うん、見えた!」
元気よく子供達は返事した。
「じゃあ、ここに私がおまじないをかけると…」
そういうと玉の入ったコップの底を指で軽く弾く。
そしてそのコップを持ち上げる。
「えっ?何で?」
子供達の目が点になる。
何故なら先ほどまで入っていたはずの玉が無くなっていたからだ。
私は手に持ったコップを子供に渡す。中には何も入っていないことを確認させる。
「では入れた玉はどこに行ってしまったのかというと…」
そう言うと隣に置かれたコップを持ち上げる。
「えっ!嘘だ!」
何も入っていないはずのコップの中から玉が出てきた。
その様子に子供達の悲鳴にも似た歓声が響いた。
簡単な手品だった。
子供の頃から不幸に見舞われ、病院のベッドにいることも少なくなかった私は、横になりながらも出来ることとして手品を少々勉強していた。これはそのときに得たものだ。もちろん、大規模なものは出来ないが簡単なテーブルマジック程度であれば何種類かは披露できる。
魔法のあるこの世界では手品なんて驚くべき様なものではないと思っていた。しかしいくつもの種類の魔法があるこの世界であっても、モノを瞬時に移動させることが出来る魔法はないらしい。
そのため、私がこのような手品を見せたところレノンは腰を抜かして驚いたのだ。もちろん、種明かしはきちんとした。
「すっげ~!どうやったの?何の魔法?」
目を輝かせて子供達は私に擦り寄ってくる。
「う~ん、これは魔法ではないかな。私は魔法が使えないからね」
子供達はそうだったという表情をした。
「魔法じゃないなら、何をしたのさ」
子供達は目を輝かせてグイグイ前のめりに詰め寄る。
「もっとすごいのもあるんだよ。それが見たいなら、リーナのこと悪く言った子はちゃんと謝りなさい」
アイリスはそう言うと子供達はお互いに顔を見合わせる。そして、
「リーナおねえちゃんごめんなさい」
と一斉に謝罪の言葉を口にした。
その様子をジニーは眉をひそめて見ていた。
「はい、よろしい」
何故かアイリスが満足そうに鼻息を荒くした。
「早く他の見せてよ!」
子供達はやれと言われたことことはやったんだからはよ、とばかりに催促する。
まったく何も感じていないところからすると、大人達から聞かされていたというだけで、彼らが本心から信じ込んでいたというわけではなさそうだ。そうなると大人の理解を得るのは大変そうだ。
「待ってね。じゃあ、次は…」
次は何をしようかと思案していたときだった。
「痛っ!」
突然エライザが頭を押さえてうずくまった。
「どうしたの?」
心配そうにアイリスが駆け寄った。
「大丈夫。ちょっと頭が一瞬ズキッとしただけ。もう何ともないから」
「そう?マルクに見てもらった?」
なおもアイリスは心配げにエライザを見つめた。
「大丈夫。一度見てもらったけど何ともないって。気のせいか疲れじゃないかって」
エライザはその場でぴょんぴょん跳ねて元気であることを見せた。
「エライザ。無理はダメよ。今日はこの辺にしておいた方がよさそうね」
今まで黙って様子を見ていたジニーが突然会話に割って入った。
「ええー。嫌だー」
子供達が抗議の声を上げる。
「そんなこと言っちゃダメ。エライザは大切な任務をしているんだから。無理させちゃダメ。わかるでしょ?」
子供達はなおも文句言いたげだったがジニーの言うことにしたがった。
名目上はエライザのためだったのだろうが、実際のところこれ以上私と子供達との距離が近づくのを止めさせたかったというところが本音だろう。
これ以上ここにいてジニーや大人エルフの機嫌を損ねても徳はなさそうだ。
私達もジニーの言葉に従い帰宅することにした。
「じゃあね~」
子供達が元気にお別れの言葉を投げかける。
私達はそれに手を振って応えると岐路に着いた。




