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エルフの里は焼かれがち  作者: 北川やしろ
1. エルフと私
12/58

1-12. 救済の女神

 「……はっ?」

 全員が何言ってるんだこいつは、という顔をした。


 突然こんなこと言われたらそりゃそんな表情になるよな。

 「嘘じゃないんです。本当のことなんです」

 私は真面目な顔で続けた。その様子に全員が顔を見合わせていた。


 「あんた本当に大丈夫かい?頭でも打ったんじゃないのかい?」

 タマラがこれまでにないほど心配そうな顔をする。

 「マルク、あんたちゃんと診察したんだよね!」

 「えぇ、もちろんですよ」

 タマラとマルクが口論する。

 「御伽噺…」

 喧騒の中、ポツリとアイリスが呟いた。

 その声に私の心臓がピクリと跳ねた。


 「何だって?」

 アイリスの言葉にレノンが反応した。

 「リーナが倒れる直前、タマラさんとエライザが御伽噺って言ってたんです」

 「それはどういう話だい?」

 レノンはタマラとエライザの方を見た。

 「えっ、あぁっと。確かエライザがリーナのことを「人間だ」みたいなことを指摘して、そんなことはないんじゃないかって」

 「それのどこが御伽噺だって言うんだ?」

 タマラの説明にレノンが首を傾げた。

 「いや、それは関係なくて。イリスがスキルで鑑定して人間じゃないってことがわかってるのに「実は人間でした」だなんて、そんなの『異世界から来た』って言うことしかないよね。それって御伽噺みたいだねってことを言ってたんだよ。ほら異世界転生者は『神眼(しんがん)』が効かないっていうじゃないか」

 「……。なるほど」

 レノンは黙って考え込んだ後ポツリと呟いた。


 「エライザ。お前はリーナ殿が人間だと指摘そうだな。どうしてだ?」


 「それは…」

 エライザは黙り込む。

 それはそうだろう。

 だって結婚がどうのとか同居がどうのとかそういう話をしていた中での矛盾の指摘だったわけだ。

 そのことを話すとなると、当然アイリスにもエライザの秘密を明かすことになってしまう。


 「どうした?言えないようなことなのか?」

 レノンの鋭い視線がエライザを襲う。

 「あの…、それは…」

 チラリとエライザは私を見た。

 助けを求めているのか、余計なことを言うなという念押しなのかはわからなかった。

 しかし今この状況を打破できるのは私しかいないということはわかっていた。


 「私は異世界では人間だったんです。だからエルフの習慣とか風習とかがわからなくて。私の知っているものは全部人間の考え方だったみたいで、それをエライザさんが見抜いて指摘したんです」

 「人間だっただと?」

 レノンは険しい顔つきになった。


 大嫌いで憎むべき人間がエルフの里に紛れ込んだということになるのだから、それはそんな顔にもなるだろう。

 「はい。ただ何故かこの世界ではダークエルフになっていたんです」

 「何故だ?」

 「そんなこと、私が一番聞きたいですよ」

 私は吐き捨てるようにつぶやいた。

 その声は自分でもびっくりするくらい暗いものだった。


 「嘘よね、リーナ?人間だなんて…」

 アイリスの頬を涙が伝った。


 「ごめん。騙すつもりはなかったの。私も何が何だかわからないの。でも決してあなたを悲しませるようなことはないと約束する」

 その言葉を聞くとアイリスは地面にへたり込むとうつむき涙を流した。


 「リーナ、君は我々の敵か?それとも味方か?」


 重苦しい空気の中レノンが訊ねた。

 「今の私はダークエルフです」

 私は答えた。

 しかしそれが答えになっていたのかはわからない。

 「そうか、わかった」

 そう言うとレノンはため息をついた。


 「つまりリーナ殿は『救済(きゅうさい)女神(めがみ)』ということになるな」

 「『救済の女神』って?」

 レノンの言葉の意味をタマラは訊ねた。

 「『救済の女神』とは、この世界においてたった一度だけ現れたウルトラレアスキルだよ」

 「そんなスキル聞いたことないよ」

 タマラはレノンの話に困惑の表情を浮かべた。

 「そりゃそうだ。この話は禁句とされてきたことが含まれているからな」

 「禁句?」

 「お前も聞いたことくらいあるだろう。女神(めがみ)アイリスの話くらいは」

 「女神(めがみ)アイリス?知ってるけど。じゃあ何だい、リーナはその女神様だって言うのかい?」

 タマラは驚いたように私の方を見た。

 「そうじゃあないが、そうとも言える」

 「どっちなんだい!」

 よくわからない答えにタマラはイラつく。

 「女神そのものではないが、そのときと同じ役割を持っているということだ」

 「同じ役割っていうと…」

 タマラは考え込むような仕草を見せる。

 よく見るとアイリスもエライザも深刻そうな顔をして同じように考え込んでいた。


 「あの、その女神様の話って一体何ですか?」

 私は訊ねた。

 今の私は完全に蚊帳の外に置かれている。

 どうやらこのままでは知らないうちに女神様にされてしまうかもしれない。

 さらなる嘘の上塗りは勘弁願いたい。


 それにしても女神アイリスとは何ともややこしい。

 もしかしたらアイリスはこの女神から名前をもらったのだろうか。

 女神アイリスはエルフにとってはまさに神様のような偉大な存在のようだ。だとしたら彼女はすごい人物から名前を貰ったということになる。

 『神眼(しんがん)』を持っていることといい、彼女はやはりこの里では特別なエルフなのだろう。


 「女神アイリスとは大昔エルフの里を危機から救ってくれた英雄の話だよ」

 「危機から救う?」

 「そう、そのときも人間達の侵攻があってね。エルフ族壊滅の危機だったんだ。しかしそこにどこからともなく現れた一人のエルフが私達の先祖を導き、危機から救ってくださったという昔話だ」

 レノンは女神の話を教えてくれた。

 「小さい頃から言い伝えられてる話だよ。エルフの里でこの話を知らないヤツはいないよ」

 タマラは頷きながら答える。


 「でもその話と私がどう関係あるんですか?」

 私の問いかけに確かにそうだという表情をタマラ達はした。

 「それはだね、女神アイリスはエルフではなく人間だったということだよ」

 「えっ!?」

 「はっ!?」

 レノンの答えにタマラとエライザは同時に間抜けな声を上げた。


 「あの話は本来の話からはかなり改変されていてね。お前達が知っている話では女神アイリスが人間達に向けて炎の玉を大量に投げたとか、地割れを起こして奈落の底に落としたとか、水の蛇をけしかけたとか、まるで大自然の力を操って人間達に勝利したという風になっていただろう。でもそれは本当はそうじゃないんだよ」

 「えっ!違うんですか!?」

 エライザが驚きの声を上げた。

 「実際には女神アイリスは火山の噴火や地震、そして洪水が起こるということを予言して皆に伝えただけなんだ。そしてそれが本当に起こり、予言を信じたエルフ族はいち早く避難し無事だったが、それを知らない人間達は全員犠牲になった。というわけさ」

 「知らなかった…」

 エライザは真実を知り耳を垂れさせてポツリと呟いた。


 予言。

 確かに予言者が神と同様に扱われるのは宗教上よくあることだ。

 であればアイリスというエルフが女神と呼ばれたのは納得が出来る。しかし、

 「女神アイリスの話とその真実はわかりましたけど、それと女神が人間だったとはどう関係があるんですか?」

 私の疑問にそうだったという表情を再びエライザ達はした。


 「ある里の者が女神アイリスに聞いたんだ。何故あなたはそんなことがわかったんだって。そうしたら女神アイリスはこう答えた。『私はこの世界とは異なる世界からきた人間なんです。しかしどういうわけかこの世界ではエルフとして蘇ったみたいです。だから私は元の世界で得た知識を使って皆さんにお伝えしただけです』と。そんなことあるはずがない。きっと女神アイリスには自然現象を予知できるスキルがあると当時のエルフ達は思った。そこで彼女が行った予言に『救済の女神』という名を付け、ウルトラレアスキルとしたんだ」


 何だそれは。

 異世界からエルフに転生。

 そんなの私とまるで同じではないか。


 衝撃の事実に思わずポカンとしてしまう。

 「エルフにとって人間は許されざる存在。しかし女神アイリスは自分が人間だったという。この真実が知られれば里がパニックになってしまう。なんたって彼女はエルフ族を救った大恩人なのだから。そこで当時の里長はこの事実を女神アイリスが生きている間は絶対禁句として外に漏れないようにした。その後、この話は代々里長の間でのみ継承されてきたんだ」

 「そんな話聞いたことないよ。どうして教えてくれなかったんだい?」

 タマラがレノンに突っかかる。

 「代々里長にのみ伝えられるって言っただろ。お前は長ではないんだから知らなくて当然だろ」

 レノンはタマラの圧に必死に絶えながら言い訳を返した。

 「そうだけど…。じゃあ女神アイリスはエルフじゃなかったっていうことなのかい?」

 タマラはなおも喰い気味にレノンに突っかって質問する。

 「いや、どうやらちゃんとエルフだったみたいだ。そのときにも『神眼(しんがん)』を持っている者がいてきちんと鑑定もしたらしいが、間違いなくエルフだったそうだ。それにその後500年以上生きたらしいから。人間ではさすがにありえないだろう。だからおそらく異世界転生者には『神眼(しんがん)』が効かないという話も真実なのだろうな」

 「なるほどね。じゃあそれが確かなら、リーナは女神様の生まれ変わりっていうことになるのかい?」

 タマラは困惑の表情のままレノンに訊ねた。

 「生まれ変わりかはわからんが、少なくとも女神アイリスと同じ役割を持って現れたという可能性が高いのではないかと、私は思う」

 「確かに今もエルフ族存亡の危機。状況は似ていると思うけど…」

 タマラはそう言うと私の方をチラリと見た。


 「というわけなので、すぐにどうするべきかの結論を下すことは出来ない。少し時間をくれないか」

 レノンはそう言うと眉間を押さえながら苦悶の表情を浮かべた。

 様々なことが判明し、脳をフル回転して疲労困憊といったところのようだ。

 「私はこのあと皆にリーナ殿のことを説明せねばならん。今のことで説明する内容も考え直さなくてならなくなってまったようだ」

 そう言うとレノンは空を見つめため息をついた。


 「今のことは言うのかい?」

 「いや、それはまだやめておいたほうがいいだろう。まだはっきりしたわけではないからな。無用な混乱は避けたい」

 レノンはそう言うとタマラの肩を叩いた。

 「リーナ殿にも一言挨拶くらいはしてもらうことになる。タマラ、サポート頼めるか?」

 「ええ、もちろん」

 タマラは躊躇いなく返事した。

 では頼んだとタマラに耳打ちしてレノンはテントを後にしようとする。

 そのとき、


 「待って下さい、里長(さとおさ)!」


 エライザが抗議の声を上げた。

 「どうした?何かあったか?」

 レノンは足を止めてエライザの方を振り向いた。

 「まだこいつがエルフであるという確証はないんですよね?その話がどこかに漏れていてそれを利用している可能性も否定できないじゃないですか。このまま里に置いておくというのなら、ちゃんと判断が出るまでは監視が必要だと思います」

 当然の措置だろう。

 いずれにせよ、私はその判断を受け入れる以外の選択肢はない。

 そもそも何も問題はないので、全面的に受け入れるつもりだ。

 さてレノンはどういう判断を下すのか。


 「ではお前にその監視役を任せてよいか?」

 「えっ!?」

  意外な返答にエライザは驚きの声を上げた。


 「一番リーナ殿に厳しい目を向けているのはお前だろう。だったらお前がその役に適任ではないか?」

 「それは、そうですけど…」

 エライザは困惑の表情を浮かべ、私を見た。

 「私はそれでも構いません」

 私はレノンの意見に同意した。

 私の答えを聞いてエライザは何ともいえない微妙な表情をしていた。

 「そうか、ではエライザに監視の任を与える」

 レノンがそう言い切ったときだった。


 「私にもその役目、やらせてください!」


 今まで黙ったままだったアイリスが声を上げた。

 「イリス。お前には偵察の任もある。掛け持ち出来るのか?」

 「はい。大丈夫です。やらせてください!」

 「わかった。ではイリス、そなたにもリーナ殿の監視の任を与える」

 「はい!」

 アイリスの凛とした声が響いた。

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