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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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†漂流者†


――昔、女の漂流者がとある村に流れ着いた。


その女の話す言葉は聞いたことも無い言語で、途方に暮れた村民は魔法使いを呼んで通訳させた。

女の名はエリシャ、()()()()という国の()()()()出身だと云う。



「……ってことは……異世界っつうことかよ……!?」



驚愕しながらも事態を飲み込んだエリシャは意外なことにも歓喜の声を上げ、嬉々として身の上を話し始める。

追われる身であったこと、橋から海へと身投げして気づいたら此処に流れ着いていたことを語り、

しがらみから解放されたことを噛みしめているようだった。


魔法局の規定に則り帰還を促す魔法使いだったが、エリシャは当然の様にそれを拒否。



「だって帰ったら殺されちゃうっつーの」



やむを得ない事情を抱えるエリシャに村民達は快く衣食住を提供。

少々粗野な振る舞いが見られるエリシャだったが不思議と接しやすく途端に子供達の注目の的となる。


――元居た世界はどんなところ?

――そこでは何をしていたの?


エリシャはどんな質問にも気さくに答えていった。



「元の世界、ねぇ。……あんまりいいトコじゃなかったね。

そこではシスターっつうのをやってたんだ、この服はシスターが身に纏う礼服みたいなもんさ」



身寄りの無い子供や路頭に迷う人々に衣服や食べ物、住む場所を提供する慈善に特化した仕事。

そんな説明を受けた村民達は深い共感を示しはじめる。


この村こそが、孤児や家族を失い路頭に迷う者達が寄り集まって出来た村だったから。



「じゃあさ、ここに教会建てようぜ!」



まるで此処に導かれるようにして流れ着いたエリシャと、

村民達の境遇と重なる奇妙な縁を元にして、運命の女神フォルアを信仰する教会が建つ。


祈りの所作や言葉遣いを真似る子供や大人達はエリシャを始祖や教祖とするも本人はそれを拒否。

信仰や宗教の在り方を強要はせず自主性に委ねる在り方を推し進め、

上下の垣根無く村は自由で特異な文化を咲かせていく。


それを契機に村は町へと規模を移す。


家族を失っても、仕事を失っても、戦う力を失っても、もう誰も迷わない。

帰るべき場所が、暖かく出迎えてくれる場所が出来上がったのだから。


人の優しさで成り立つ街の噂は風に乗ったように方々へと散らばり、

港町として利益を得始めた頃……。


――それはやって来た。



「なんだぁ~このシケた街はよぉ~?」



居心地の良い街の噂は良くない者まで呼び寄せていた。

最近繋がった海上航路からの商船に乗って悪漢が街へと辿り着いていたのだ。


間の良いことか悪いことか、漁港近くで暇を潰していたエリシャはその光景を見て静かに笑う。

その笑みに惹き付けられた悪漢に瞬く間に囲まれ、刃物閃かせながら迫られても、

それでもエリシャは自虐的に笑うことを止められなかった。


気狂いしたかのように笑い続ける女の声が、取り囲んだ男共の耳に障り始め……。


――直後、一切物怖じすること無く男共に近づき、

清廉なる祈りのような声色で、地獄への渡し賃を眉間に押しつける。



「お祈りしな……これから逝く場所が、少しでも良いところでありますようにって――」



懐から取り出して、

眉間に押し当てられて、

撃鉄を起こされても、

男にはそれが何なのか理解出来ない。


閃く刃こそが、この世で最も暴力を体現しているのだと信じていたから。


だから不思議だったのだ。


何故この女は、

これから死ぬというのに、

命乞いのひとつもしないのかと……。



ッ――――



聞き慣れない破裂音は、意識に差し込まれた一瞬の空白となって皆の視線を釘付けにする。


仰向けに倒れる悪漢。

倒れて弾む頭部、そこから迸る鮮血が地面を赤く彩る。



「っくっく……っくっくっく……」



声を落とし、喉だけを鳴らして笑いながら、エリシャは落胆していた。

久しぶりに感じた衝撃に指も手も腕も痛んだが、痛みなど心底どうでも良かった。


終わったと思っていた連鎖が何処までも付いて回るのだと、心に落ちる痛みの重さに打ちのめされていた。



「変わらねぇ。

こんだけ遠くに来て、何もかも違ってるっつーのに。


何も……何も変わらねぇっ……」



破裂した仲間の頭部に、逃げるという選択肢すら浮かばなかった悪漢達は——。



バンッババババンッ――――



瞬く間も無く撃ち殺される。

エリシャは銃口から昇る煙越しに死体を見やり、変わらない過去と現在(いま)を比較する。


思い出していたのは此処へと流れ着く前、()()()として生きていた過去だった。



言われるがままに――。

命じられるがままに――。

価値などない人々を撃ち殺す日々。


教会という神聖なる領域を隠れ蓑にした粛正の日々だった。


ただ、何かが磨り減っていく感覚が在った。

その摩耗した何かは、軽くなるはずの引き金を重くした。

価値の無い人間が、取り柄さえ無くした瞬間だった。


だから身を投げた。

あの悍ましくも汚らしい、まるで私の生き様のような色をした……




――黒い海に。




幸せ過ぎて忘れていた。

運に恵まれ過ぎて忘れていた。

人の優しさに毒され過ぎて忘れていた。


善在れば、悪も在るのだと。

異なる世界、異なる文化に於いてでさえ、人の愚かさや悪辣は変わらないのだと。



子供達の怯えた顔があった、

大人達の不安そうな顔があった。

全てを裏切ったのだという確信があった。


死体散らばる漁港の中心で、

熱さ残る銃口をこめかみに押しつけて、

虐げられることを許容した場合を必死に考えて、

それで世界が上手く回るのならと歯ぎしりして耐えた場合を考えて……。


だが……。

それこそ皆への裏切りになるのだろうと……。


伏した目のまま一隻の船へと向かって歩き出す。



「潮時、だね……」



帰るべき場所を作った本人が、帰るべき場所を見失っていた。


築いた街も、

積み上げた信頼も、

苦楽を共にした時間も、

たった今自分で撃って壊したのだ。



もう此処には居られな――



「ひっひっひっ――」



立ち去ろうとしていたエリシャの前に一人の老婆が立ち塞がる。


作ったような笑い声で。

作ったような笑顔のまま。

静かに。

しかして皆に聞こえるように。


この場に於ける唯一の真実を言葉にして叩きつける。



「ひっひっひっ……そこに転がってる奴らがこれから何をしようとしていたか?

……それを知らねえ(もん)はここにゃ居ない。

あたしにゃ次の台詞まで分かるよ、


『ここを俺らの街にするぜぇ~姉ちゃん酒だしなぁ~!』


ひっひっひ……改心も矯正もできねぇどうしようもない奴ってのはどこにでもいるもんだ。

……だからねぇ、あんたは正しい事をしたんだよ。

そりゃ皆恐れてる。

優しかったあんたが一瞬の内に六人もやっちまったんだから。


でもねぇ、……あんたを諦めてる奴も、ここにゃ居ないんだよ」



駆けだしてきた子供がひとり、エリシャの足にしがみ付いて泣き始める。

それを見た他の子供達もまたひとり、またひとりと……。

やがては大人も集まり感謝を述べる。

降りかかるはずだった悪意を、降りかかる前に払ってくれたことに……。

そのなんと困難な事かを知っていたから。

拒絶の恐怖を押してでも実行してくれたことへの、

深い感謝を言わずにはいられなかったのだ。



此処こそが、第二の故郷――。

エリシャと皆の涙の団結によってそれは堅く解けない絆となった。



騒動のあった晩のことだった。

旧知の仲となった通訳の魔法使いを通じて何処かから錬金術師を教会へと連れ込むエリシャ。

それと同時に街で最も信頼する七名の女を選任し、その者達は破れぬ戒律の下に銃を与えられ始まりのシスターとなった。


絶対平和を理想とする新たなる自治。

首から下げた真なる図形、二つの正四角を意匠とした撃鉄掲げる修道女達。

庇護下に於いて、彼女たちはあらゆる罪に対して罰を与える事が許可されている。

執行内容には極刑すら含まれ、故に被る尊敬と畏怖によって教会に新たな名が加わることとなった。


その教会の名は――。


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