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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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老獪と悪魔


囲い込むという事。

それは内に閉じ込めた物を掌握しきったも同然だという事に他ならない。

――未熟であるのならば。


通暁(つうぎょう)するという事。

それは己の魔力で以て全容を明かし物事を真に理解するという事に他ならない。

――熟達に甘んじているのならば。


ならば、何を以てして掌握したと、理解したと言い切れるのであろうか。


表、それを手繰る裏。

裏、それを照らす闇。

闇、それを見通す理。


理――。


それこそは根底であり土台、全ての先、全ての元。

世界の最も外側に在りながら、同時に最も内側に在るもの。


理を掌握する為に全容を把握する者こそが、世界を手に入れる資格を持つ。


その為には表に居ても裏に居てもならない。

理に最も近き闇、それに身を(やつ)して初めて資格を手にする権利を得るのだ。



「若輩よ。実に若輩よな……」



――絢爛都市ルクティア。

中央都市の賑やかさとはまた違った騒がしさが木霊する悦楽と金の街。

そんな街の奥深く、表の煌びやかさとは一線を画す濃紺が敷かれた格式の只中。


老獪――ジロウド・デゥ・クロヴィトリーは若干の苛立ちに感情を伏し目を細めていた。


カップに注がれたギブリン茶に落ちた視線。

瞳に魔力が渦巻いたかと思えば、冷めたはずの茶に熱と流れを巻き起こす。

再び立ち昇る香りにて苛立ちを消し去ると、ジロウドは自らの領域に意識を傾ける。


手ずから構築し、張り巡らせた情報網。


意識を傾ければいつでも覗けるその網にひとつの穴が開いていた。

無視するには大きく直接手を下すには小さい。

それをして若輩と呟いた、認めてやるにはまだ足りぬ技量のせいであった。


――ヒュディ・イラ・ヒンデルガイア。


精霊に纏わり憑かれた未熟なる賢人。

情報網に開いた穴はヒンデルガイアの仕業で間違いが無かった。

それというのも穴の周りに蔓延る報せは彼の特徴、銀髪の目撃談ばかりであったからだ。


それをして些少の苛立ち含む若輩。

それをして成長を実感する繰り返しの若輩。

それをして含ませた未熟を嘆く後の余韻なのであった。


故に。

どれ程の策を弄していようとも、

隠している物が何であろうとも、

茶を飲む一息で力任せに暴ける事だろう。


だが、それをしない。

それをするだけの道理が無かった。


魔力の海に波すら立たせぬ小さき苛立ちも同然。

そのような些少事に、己一人が気に入らぬからと云って力で押し通るなど、

そこにどうして正当な道理が生まれようか。


道理が無ければ動かない。

それこそはジロウドの行動原理の中心、魔導に生きる者としての矜持だった。


真にひた隠す物が何であるか?

今をしてそれを見通せないのはヒュディの手腕がジロウドを上回っていたからである。

それがどれだけ脆く、急造で、荒削りであろうと、

先んじて策を巡らせていた老獪の裏をかいた結果なのだから。


時には()()()やる事もまた必要事項。


嫌味や企みだけではなく、慈しみを持ち合わせているからこそ裏に立ち、表を脅かす闇を見続ける。

矜持の核にひっそり在り続ける細いながらも強靱な軸、それこそが老獪の魔力の源。



「……それはそれとして。やはり気にはなるな」



本音と建前を構築し終えると魔法使いとしての本能が前に出始める。

香りを含んで茶を嗜むその瞳に、魔力の代わりに思考が渦巻く。

俯瞰していく視点が格式の只中から絢爛都市上空へ登り、遙か東の城塞都市にその目が向くが……。



「何処を見ている?」



兇爪伸びし魔の一手が、視界を根元から握り締める。



対面に座るモノを片目を開けて見るジロウドに動揺はない。


広げた翼を折りたたみ、咎を象徴する角を収め、

人の似姿を取っていくその様を見ても、老獪の魔力は微動だにしない。



――魔人、顕現――。



人に形を押し留めて尚も溢れる深淵の魔力。

縦割れの黒き瞳孔に秘める赤紫の燐光。

椅子に座って足を組むその所作の全てに、

圧倒的なまでの威圧を込めて、

それはジロウドの瞳を見つめていた。



「この儂を待たせすぎだ」



「……毎回仰々しくしてやってるんだ、少しは怯めよ」



一触即発。

その筈で在った状況に差し込まれた僅かな会話が空間の緊張を緩ませていく。


ひらりと手を翻し対面に座る魔人の為にお茶を出すジロウド。

受け取って香りを楽しみ、口に含んで目を閉じる魔人。


諍いの気すら見せない両者は此処を会話の場として重んじているようだった。



「どうだった?」



カップを置いて問う魔人に、在りすぎる、と促して取り敢えずはひとつに絞らせる。



「そうだな。では、西からの終焉はどうだった?」



西の既落都市オキシェ。

女王リンテンド・ワズガヴァルドの駐屯軍が制していたかつての最前線。

駐屯軍二千、オキシェ在中人員併せ延べ二万人の死傷者をして、どうだった?、と問う魔人。



「意外ではあった」



茶を嗜みながら嫌味のひとつも無い返事を返すジロウドは、戦術的価値に於ける評価を淡々と述べ始める。



「これは推測だが……。

あの魔の濁流、意図した結果ではあるまい。

下準備とした積年に余りに釣り合わん。

尤も……そうせざるを得ない事情が顕現しただけの事、とも言えるだろうがな」



「私も本音で語るが、確かにあれには落胆した。

完全に時機を逃したというか、そうさせられたというか……」



「無理もない。

完璧に遂行されていればそれだけで人界の終わりであっただろうからな」



くくっと喉を鳴らして笑うジロウドと、

機嫌が悪いのか頬杖して八重歯で歯ぎしりしてみせる魔人。



「都市を五つも落としておるのだ、夢見が悪くなるような失態でもあるまいに……。

何故そこまで機嫌を損ねる?であれば、あの機に乗じて攻め入れば良かっただろう」



「魔人というのはな、根源を同じくするだけで必ずしも協力関係にあるわけではない。


それが最終的に人の根絶に繋がるというだけであって、

各々が抱いて刻む果てに同じ物など無いのだよ。


……む。要らぬ事を口走ったか」



ジロウドの語り口にまんまと乗せられた事に気づき、頬杖の手の甲が口元を覆う。


契約履行・対等――。


魂に降りかかる若干の重さを感じ取ったジロウドは、

相応しい話題として至法が顕現させた剣神について切り出す。



「どうだねあの剣神は?

攻略の糸口は見つかったのか?」



歯ぎしりを止め、瞳をギロリと回して見つめ返す魔人の口元は、

徐々に徐々に、もったいぶって、やがて抑えきれなくなるように引き上がり、

ジロウドの抱く凶兆は氾濫する川の如く溢れていく。



「奴の攻略、その糸口は()()()()用意されている」



老獪の眉端がひくついた。


剣神、(ケイ)――。

絶対なる魔導の頂き、至法ルファシア・リノ・アリデキアが顕現させし神話の一柱。

その戦力は正に一騎当千。

魔物や魔獣なぞ相手にならず、圧倒的なまでの暴虐の化身である魔人でさえ一刀のもとに斬り捨てた絶対強者。


頂きに佇みし者が更に手掛けた至高なる力の象徴。

陰ることなど想像も出来ぬ物に落ちるは暗き笑み。


契約履行・対等――。


魔導の頂点に疑いの目を向けることさえ不敬と窘めてきたジロウド。

その過去を捻じ曲げて、今此処でしか探れない意図を思考する負担は魔人が思っていたより重かったようだ。



「お前にとってこれ程とは思わなかった。

あの女を頂として偏重するのは止めておけ、それではお前の価値が下がる」



「要らぬ世話、ではあるが……機会を得たのであれば活用しよう。


――次は何処を落とす気だ?」



感情の機微を排するという事。

それは感情の大幅な乱高下を意味するも同じ事。

表情の裏、心の闇で暴れる誇りや敬いを貶された事実を決して表に出さない為に他ならない。


老獪の波ひとつ立たせぬ大海の魔力を前にして、

その不気味さから総毛立ってもおかしくないにも関わらず、

魔人は笑みを保ったままその不釣り合いを指摘する。



「余程憤慨しているんだろうが……駄目だな、釣り合っていない。

そこまで機嫌を損ねなくともいいだろう?

敬愛する魔女に落ち度があったとしても、その被造物は魔人の一人を消し去っているんだからな?」



契約履行・対等――。


ふっと緩んだ空気に違和感を得た魔人。

それが何かも分からず左右の眉に段差をつけて老獪の言葉を待っていたが……。


やがて浮かんだわざとらしい老獪たるニヤけ面に、下手を打ったのだと直感する。



「儂の感情に重さが在るのなら……その重さを儂自身が見誤るはずが無いであろう?

お前はこう言ったな、不釣り合い、であると。

自分で云うのも小恥ずかしい限りではあるが、儂の至法へと向けた感情は並大抵ではない。

それを貶され、それでも足りない……。

ならば、それほどに重要な箇所を落とす気であるという事」



あっ、と口を開けて呆ける魔人。



「クッ……!だ、だがまだ俺の履行があるだろう!

今ので受けた侮辱は次の履行で返――」



「お~っとっとぉ、そろそろ時間のようじゃぞ?」



「なっ――!?」



人の似姿が端から解けて闇へと帰っていく。


会話の場とした際にお互いが結んだ様々な制約。

例えば赤紫を欺く為の人化は、強すぎる魔の力が人界に影響を及ぼさない為。

契約履行・対等は、お互いの立場を保ったまま駆け引きを成立させる為。

その内のひとつが時間の制約であった。


赤紫の眼光の鋭さに老獪は最後まで動じることなく闇を見送る。

会話を武器とした駆け引きが終わり、格式の只中には静寂とお茶の香りが漂う。


――殺し合いなどいつでも出来る。

それこそが両者を会話の場へと、延いては駆け引きの誓約を結ばせるに至っていた。

奇妙な縁だと何度も思う。二枚舌だと何時でも思う。

人と魔の境界を行き来し、時に仇なし、時に取り入り、時に裏切りながら、

それでも二人は会話を重ね続ける。


いづれは戦い、どちらかが死ぬのだから――。

――ただ、それだけではつまらないとも思うのだ。


生きるならば――。

――殺すのならば。


そこに必要な物が在るのだと信じているから。



今回得た情報は大きく、そして重い。


暗示されしは都市の崩落と人の死――。

あの魔人が落とすと云うのならば落ちるのだろう。

その被害を憂う――、そんな暇こそ無いのである。


領域に傾けた思考が冷たく執拗に、

罵倒にも似た依頼もとい、命令に近い陰口を囁き続ける。



『深緑老様ぁ~!もういいじゃないですかぁ~!

いつまでそんな態度なんですかぁ~!』



泣き言を念思の拳骨で黙らせ()()()()()への指令を終える。


魔女ファラリオ・エワ・エルファリオ――。

ビルメレートに転移門を構え対価として金貨を吸い続ける悪女。

性格の悪さを承知の上で手駒としていたが、此度の終焉事変に於いて最悪の時機が重なってしまった。


商人連合との談合の最中、足下を見られたことが気に食わなかったらしく、

鬱憤は転移阻害の呪詛となって西からの終焉に重なる始末。


老獪は溜息を飾るために茶を啜り、抜ける香りに目を閉じて、

待ち受ける深淵に明かりを投げ込んだ。


策を練り備えること。

それこそが明かりとなって深淵を、闇を、その先に待ち受ける理を明かすことに繋がるのだ。


――闇に身を窶している、なればこそ……。


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